第二十六話 VSドラーケン
前回のあらすじ:
キュジオと取引をしようとした矢先、八頭の巨大な魔物が襲い来る。
ネビスが恐れおののいた様子で叫んだ。
「ウォータードラゴンなんて、洋上で出会ったが最後、どんな戦艦でも沈められてしまうという、伝説の魔物じゃないの! そう、伝説なのよ!! ベテランの船乗りでさえ、遠目に見かけることすらなく、引退を迎えるのが普通だという話なのに! そんな稀有なモンスターが、どうして一度も八匹も!? こんなタイミングで!?」
やり場のない怒り、苛立ち、嘆きでヒステリックになっている彼女へ、俺は答える。
「あれこそが“魔海将軍”の差し金だ。俺や海洋警察、ついでにジャンナップ商会の戦力を一網打尽にするため、近隣に潜伏させていた強力な魔物を、けしかけてきたのだ」
「“魔海将軍”が!?」
ネビスは仰天した。
彼女を含む一般の者たちからすれば、“八魔将”だなどという超常の存在は、まさしく遠い世界の出来事なのだろう。
魔物が現れ、じわじわと生活を脅かされることで、人々は魔王や“八魔将”の存在を頭では理解していても、だ。本当の意味で実感が伴うのは、あくまでそこら中にいる雑魚モンスターの存在だけなのだ。
それがいきなり、“魔界将軍”の直接的な攻撃を受けて――それも、異常極まるほど強力な魔物を差し向けられて――ネビスは震え上がっていた。
世界が、本当はどれだけ窮地を迎えつつあるのか、それが実感できて、きっと足元が揺らぐような恐怖を覚えていることだろう。
一方、パウリはさすが冷静だった。
俺の話の一か所を聞き逃さず、また聞き捨てならないとばかりに、
「近隣に潜ませていたモンスターだって?」
「そうだ。神霊サイレンは、“魔海将軍”にとっても目の上のたんこぶだ。隙あらば拘束できるようにと、配下の中で最も強力な魔物に、ずっと監視させていたのだ」
「へえ。それは度し難いな」
パウリは傲岸不遜に呟いた。
もし“魔海将軍”が聞いていたら、「貴様こそ人間の分際で度し難いわ!」と、激昂していたに違いない。
このパウリは会った時からずっと、横柄で、傲慢で、しかしどこか小気味のいい男なのだ。
ともあれ、
「あいつの一番の狙いは俺だろう。だから、おまえたちは手出し無用だ」
俺は二人にそう言い置くと、舳先を蹴って、何もない宙へと身を躍らせる。
そのまま、不可視の階段を駆け上がっていくように、大空へと走り出す。
掛け値なしに世界に一つしか存在しないランクSSSアイテム、〈魔嵐将軍のブーツ〉の特殊効果である。
あまりに巨体すぎて遠近感が狂うのと、脅威すぎてプレッシャーが凄まじいのとで、勘違いしてしまうが、迫り来る八首の竜までまだ距離は遠い。
そこまで自前の足で駆けていくのは、いささか億劫だった。しかし、四の五の言ってはいられない。“海鷲”号は当然、ロレンスやパウリの艦隊を巻き込まないように、なるべく離れたところで戦う必要があった。
逆に、魔物とは充分に近づいたところで、俺は交戦を開始する。
「ティルト・ハー・ウン・デル・エ・レン!」
遥か眼下の魔物へ向け、奴の弱点属性を衝く〈サンダーⅣ〉をお見舞いする。
八つある竜の首……そうだな、魔法使いらしく合理的に、AからHを割り振るとしようか? そのAの鼻面に電光が直撃し、大きな火傷跡を刻む。竜の首Aは痛みでのた打ち回り、その長い首を激しく揺らせる。
残る七つの首が怒り狂い、目を真っ赤に濁らせながら、上空の俺へと海中から首を伸ばして襲いかかってくる。
「ぬうっ」
俺は咄嗟に〈魔嵐将軍のブーツ〉で虚空を蹴って跳び、竜頭BとCに危うく食い殺されそうになったところを、どうにか回避する。
〈魔法使い〉とはいえレベル38のステータスと、さらにデストレントの果実でフルブーストした〈素早さ〉がなければ、危なかっただろう。
「しかし、ここまで首が届くか……」
舌打ちを禁じ得ない。
もっと高い場所まで駆け昇ることも検討したが、すぐに却下。
今度は俺の〈サンダーⅣ〉の有効射程が怪しくなってくるし、第一体力を無駄に使いたくない。いくら階段がついているからといって、百階建ての塔を頂上まで登る気になるかどうか……想像しただけでゲンナリする。
「クーン・ウン・イ・カル・ケル・ヌー・エ・シス――」
やむなく俺は〈クイックネス〉や〈マジックシールド〉等で自己バフをかける。
次々と襲いかかってくる竜頭A~Hを回避しつつの、〈サンダーⅣ〉によるカウンター態勢。
もちろん、近接戦の本職ではない俺は、たまに一発をもらってしまう。
突進してくる竜頭をかわしきれずに、破城槌めいた頭突きを食らって吹き飛ばされる。
しかし、〈HP〉もまたレベル38相応なのだ。少々でやられはせん。
そして、魔法による攻撃能力であれば、俺は人後に落ちはしない。
〈サンダーⅣ〉の連発で、散々に痛めつけてやる。
モンスターの方でも、「これは堪らぬ」と思ったに違いない。
とうとう、奴は正体を現した。
八本の首の中心あたりで、海面が大きく波打つ。
その下から、途方もなく巨大な「何か」が浮かび上がってくる。
蛸の頭だった。
しかし、そのサイズは砦と見紛うほどに大きい。
そして、その蛸の頭を中心に、八本の竜の首が躍っていた。
勘のいいものなら、この時点で気づいただろう。
そう、八匹のウォータードラゴンの群れに見えたそいつらは、実は一匹の超巨大蛸型モンスターが持つ、足でしかなかったのだ。
逆の表現を用いれば、この邪悪な蛸型モンスターは、八本の足の代わりに竜の首が生えているのである。
俺はもちろん、〈攻略本〉情報で知っていた。
こいつの名はドラーケン。
レベル37。
俺より一つ下とはいえ、海戦とあっては、地の利は圧倒的にあちらにある。
実際、グラディウスやショコラにガードしてもらえないのは、魔法使いの俺にはキツい。
「しかし、泣き言を言うのは趣味ではない!」
俺は敢闘精神を貫いて、〈サンダーⅣ〉を唱え続ける。
上空からの落雷で、ドラーケンの頭部を貫く。
一方、ドラーケンの頭部がいきなり膨張し、さらに巨大化した。
蛸の口からブレスを吐く、その準備動作だ。
俺も応じて、素早く呪文を唱える。
「デル・レン・ア・フラン・ティルト!」
そして、間に合う。
ドラーケンが上空の俺に向けて、口から爆炎のブレスを一直線に吐くのと、俺が放った〈ウィンドⅣ〉で、その猛火を吹き飛ばしたのは、ほとんど同時だった。
むわっ、とした熱気がここまで届く。
もし〈ウィンドⅣ〉による迎撃が間に合わず、ブレスの直撃を受けたらどうなっていたことかと、ゾッとさせられる。
俺の背中を、汗が伝い落ちていく。
だが、その冷や汗が止まった。
無数の風切り音が、聞こえてきたからだ。
それは戦艦に搭載されたカタパルトが大きな石を発射する音であり、矢を雨嵐と射放つ音であった。
さらには大勢による呪文の詠唱まで聞こえてきた。
俺は目を瞠らずにいられなかった。
今日のシチュエーションを作ってやれば、“魔海将軍”がドラーケンを差し向けてくるのではないかと、上手く誘き寄せたのまでは計画通り。
後は大勢が見ている前で、俺が単身でドラーケンを討ってみせるだけだった。
そういう予定だった。
まさか、ゼール商会や海洋警察の艦隊が、味方してくれるとは思っていなかった。
こんな予定はなかった。
そんな計画表は、俺の頭に描かれていなかった!
“海鷲”号一隻相手では、使い道のなかったカタパルトが、ドラーケンの大きすぎる的に、面白いように命中していく。
艦隊で囲んで、八本の竜の首に矢の雨を降らせる。
それをパウリやロレンスが、大声で指揮する。
さらには多数の魔法使いたちが、〈ファイア〉系統と〈サンダー〉系統で滅多打ちにする。
特にナディアとネビスの火力は、堂々たるものだった。
無論、ドラーケンとて黙っていない。
頭部を膨らませて、蛸の口からブレスを吐いて、艦隊を焼き払おうとする。
しかし、そうはさせじとショコラが突っ込んだ!
水でできたマリードの体に包まれ、ビショ濡れになりつつも、海上を滑るようなスピードで移動。ドラーケンに接敵し、タコの頭部にとりつくと、素晴らしい運動神経と脚力で駆け上がっていき、その眼球を直接蹴りつける。
堪らずドラーケンが苦しみ喘ぐ。
艦隊からは大歓声が上がる。
そして、ますます攻勢をしかける。
一言も頼んでいないのに、俺とともに戦ってくれる。
「……こんなのは趣味じゃないんだがな。泣かせてくれるじゃないか」
俺は苦笑いとともに、嘆息させられた。
そして、負けていられるかと、気合を入れて呪文を唱えた。
ヘヴィカスタマイズするための、長い呪文を詠唱した。
「――フラン・レン・エス・ズィー・エル」
ヘヴィカスタマイズした〈フリーズⅣ〉。それを〈魔拳将軍の対指輪〉の特殊効果で、左手に〈保留/ストック〉する。
「――シ・ティルト・オン・ヌー・エル」
ヘヴィカスタマイズ〈ストーンⅣ〉。それを右手に〈保留/ストック〉する。
そして、両手を重ね合わせて握り拳を作った。
その間にも、ドラーケンへとまっしぐらに宙を駆け下りていた。
重ね合わせて作った握り拳を、奴の頭頂に叩きつけた。
すると、ドラーケンの肉体に異変が起きる。
俺が殴った頭頂部から徐々に、肉体が凍っていく。
全身全て、足の先まで、竜の首の鼻面の先まで、完全に凍り付いていく。
最後には、巨大すぎる一個の氷のオブジェと化し――
その姿のまま、海底へと沈んでいった。
これこそが、魔法の神霊ルナシティのみが可能としたという、〈合体魔法〉。
神話の故事に事例を当たれば、氷と土を合わせたこれは、〈アイスコフィン〉――とその名が言い伝えられている。
「「「おおおおおおおおおおおお!」」」
「「「やったあああああああああ!」」」
「「「勝ったあああああああああ!」」」
「「「あのバケモンに勝てたああ!」」」
艦隊からたちまち巻き起こる、爆発的な歓声。
上空まで届くその声に包まれながら、俺はひどく満足した気分に浸っていた。
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