第二十四話 「キュジオ」の正体(???視点)
前回のあらすじ:
キュジオとゴルメスの連合艦隊を打ち破る。
私――パウリは、最悪のおじいちゃん子である。
祖父は名をデレクレクといい、このカジウの歴史に名を残した人物だ。
もっとも、悪名の方ではある、が。
ゼール商会の先々代党首であり、「海賊商会」路線に舵を切った、張本人だ。
私が生まれる前の話だが、祖父の時代のゼール商会は、それはもうやりたい放題だったらしい。カジウのあちこちに隠れ家を作り、無数の海賊団を組織して、九つの海全てを狩場に見立て、商船を襲っては略奪行為を働いた。当然、海洋警察とは蛇蝎の如く憎み合い、血みどろの抗争に明け暮れた。
その海賊時代の武勇伝を、祖父本人や古株の社員たちから聞くたびに、幼少期の私はワクワクを抑えきれなかったものだ。
もっと話を聞かせてくれと、毎日のようにせがんだことを、今でも憶えている。
「どうしておじい様は、海賊稼業を始めようと思ったの?」
子ども時代の私は、無邪気にそんな質問をしたことがある。
「“南の海賊王”の後継者になる夢が、断たれたからさ」
祖父は苦い顔つきになって、そう答えてくれた。
既に家督を譲り、隠居生活をしていた彼は、角のとれた温和な老人でしかなかったが、あの時は本当に苦々しい表情をしていた。
「でも、それってあべこべじゃない?」
こまっしゃくれた子どもだった私(それは今でもそうか?)は、そう指摘した。
「後継者になるには、真っ当な方法でお金を稼がなくちゃいけないんでしょ? 海賊になったらダメじゃない」
「違うんだよ、パウリ。それこそ逆なんだ。ワシも若いころは、真っ当な商売に熱を入れてたんだよ。だけどある日、それが無意味だとわかったんだ」
「どうして?」
「“海賊王”の後継者として認められるには、彼の直系子孫じゃないとダメなんだ」
「うん、それで?」
「ワシは違ったんだよ。サイレンに会いに行った時、彼女が教えてくれた。ワシは――いや、ゼール商会の誰もがもはや、“南の海賊王”とは血が繋がっていないんだとね」
「えっ、なんで!?」
子ども時代の私は納得がいかず、反駁した。
祖父の言葉は同時に、私もまた“海賊王”とは血が繋がっていないのだという事実を指しており、容易には認めがたかったのだ。
祖父は苦々しい顔のまま、子ども相手に、真剣に答えてくれた。
「ワシの父――本物の“海賊王”の直系は種なしだった。一方、ワシの母は密通した男たちの子どもを産んで、素知らぬ顔で父に育てさせたんだ。ワシはその不義の子どもだったんだ」
祖父の言葉の意味は、子どもだった私には難しかった。
しかし、長じて私を絶望させることになった。
「ワシは母を恨んだよ。そして、真っ当な商売に精を出すのが、もうバカらしくなった。どころか、ワシが後継者になれないのなら、他の誰がなるのも許せなかった。だからこの海を荒らし回り、血で染めてやったんだ。若気の至りと言われれば、それまでだがね」
祖父のその言葉は、まるで呪詛のように私を縛っている。
◇◆◇◆◇
荒くれどものカリスマだった祖父も、寄る年波には勝てなかったという。
まして海賊業など、気力・体力が充実してなければ、やっていけるものではない。
逆に年季を重ねることで、ゼール商会内で台頭していったのが、先代党首になるモラクだ。
祖父の長子、そして私から見て伯父に当たる男だ。
「父上のやり方はあまりに疲れます。もうついていけないという若い者が、大勢います」
モラク伯父はそう言って、祖父に隠居を迫ったという。
対外的には祖父を殺したことにし、落とし前をつけて、「これからは真っ当なゼール商会に立ち返ります」と宣言した。
しかし裏では、荒くれどもに変わらず海賊行為を続けさせた。祖父を本当に殺さなかったのも、荒くれどもを従わせるためだった。
モラクの代が祖父の代と違ったのは、ゼール商会全てを挙げて、大々的に海賊稼業を行うのではなく、あくまで裏の一事業に据え、隠蔽したことであろう。
海賊組織を規模縮小し、その犯罪行為やゼール商会との関係が露見するリスクを、限りなくゼロに抑えた。
先代党首のモラクとは、そういう狡猾な男だった。
もっとも、私は伯父を非難する気はない。今、その裏の組織を預かっているのは、他ならぬこの私なのだから。
そう、モラクは次代の担い手として、表のゼール商会は一人娘に与え、裏の海賊組織はこの私に任せてくれた。「パウリ。おまえは天職だ」と。
祖父や古株の社員たちの生き様に憧れた私が、奇しくも海賊組織の頭領になったわけだ。
私はもっぱら裏方で、海に出ることもなければ、組織の運営や謀略を張り巡らせるのが主な仕事だったが、まあそれなりに楽しんでいた。
天職かもしれなかった。
しかし、そんな私が海賊稼業など、どうでもよくなったのは四年前――
二十二歳の時のことだった。
◇◆◇◆◇
「ねえ、パウリ。ちょっとお願いがあるんだけど」
四年前のある日、いきなりそう言い出したのは、我が奔放なる従妹殿だった。
現ゼール商会の党首である、エリスだ。
私とは六つ離れた、当時はまだ十六歳。しかし、既に妖艶な色香をたっぷりと漂わせる、すこぶるつきの女だった。
もっとも、性格がひどくワガママで、思考が刹那的で、つまり私の好みとは全く外れているので、この従妹殿に魅力を感じたことは一度もないけれど。
私はおどけた仕種で肩を竦めながら、エリスに応じた。
「なんだい、我らがゼールの女王? 世界で一番美味しいお菓子をとってこいと仰せかな? それとも月より大きなダイアモンドをご所望かな?」
「それも欲しくはあるけれど、今回はもっと簡単なお願いよ。アンドレス島に行ってきて欲しいの」
「はて。あんな無人島に、商売の種があったかな?」
「商売は関係ないわ。どこぞの商会が、密かに〈海賊王の証〉を入手したって噂があるの」
「へえ。『僕』の耳には入ってないけれど?」
「いいから! あなた、ちょっと行って確かめてみてくれない?」
「わかった、わかった。ご党首サマの仰せとあれば、逆らえないね」
本当は、私が従妹殿の言いなりになる筋合いはない。
私は当時既に、裏の組織を完全掌握していた、小なりとはいえ現代の海賊王。
対してエリスは、党首の地位を世襲しただけの、ただのお飾り。
どちらが本当に実権を握っているか、ゼールの者なら誰でも知っている。
ただ、サイレンに一度くらい会ってみたい。私はそんな気まぐれを抱いたのだ。
だから、従妹殿の頼みを聞く気になったのだ。
それに従妹殿が、コルセア島の外へ出るのは歓迎できない。
なぜなら彼女は――現ゼール商会党首は、世間的には「屈強で貫目たっぷりの、海賊商会に相応しい男」ということになっているからだ。
モラクは冷酷な男だったが、その反動か、一人娘のエリスのことは溺愛してしまった。党首の跡目を彼女に継がせると言って聞かないまま、早逝した。遺言となってしまった。
私を含める周りも、まあ他に子どもがいなかったことだし、どうせお飾りにするだけだしと、反対はしなかった。
ただ、外聞が悪いというか、海賊商会が舐められるわけにはいかないので、従妹殿の正体を隠して、嘘の人物像を喧伝しているのだ。「敵が多いから、人前には出ない」というもっともらしい言い訳も添えて。苦肉の策である。
そういうわけで、私は部下に命じて船旅を整えさせ、アンドレス島へと向かった。
部下たちは優秀で、航海は順調だった。しかし、人の力ではどうしようもないものがある。
そう、嵐だ。
もうアンドレス島も目前というところで遭遇し、私たちの船は弄ばれた。一刻も早く過ぎ去ってくれるようにと、私たちはひたすら祈るしかなかった。
だが祈り虚しく、船は難破した。高波を受けて転覆し、粉々に砕けたのだ。
私たちは諸共に海中へ呑み込まれ、助かる術はなかった。
ないはずだった。
しかし、私たちのうちの幸運な幾人かは、目を覚ませば、アンドレス島の浜辺に横たわっていたのである。
私が最初に気づいたのは、頬の痛み。
海中に呑み込まれた時、砕けた船の木材が当たって、大きく裂けていたのだ。
次いで気づいたのは、浜辺で横たわる私たちを、何者かが優しく見守ってくれていたこと。
三叉の矛を携えた人魚。
海原の神霊サイレンであった。
「御身が助けてくださったのか?」
信じられない想いで、私は訊ねずにいられなかった。
彼女は首を左右にした。
「ここにいる方々だけしか、助けられませんでした」
哀しげな顔つきになって言った。
その表情、その言葉だけで、この超常的な存在が、慈悲深い神霊なのだと悟るには、充分すぎた。
何より彼女の物憂げな顔は、この世のものとは思えないほどに美しかった!
コルセア島に残したネビスが、帰ってこない私を案じて使い魔を寄越し、代わりの船で迎えに来るまでの二週間。
私と生き残った部下たちは、サイレンの手厚い援助を受けつつ、無人島生活を続けた。
私にとって、人生最良の日々であった。
そう、私はまるで初心な少年みたいに、彼女に恋をしていたのである。
◇◆◇◆◇
“南の海賊王”が残した、三つの財宝。
その伝承には、こんな一節がある。
三つの財宝は、海原の神霊が守っている。
かつての恋仲だった、海賊王の墓とともに、百年経った今でも守っている。
サイレンは、海賊王の後継者が現れる日を待っている。
かつての恋人の血を引き、かつての彼と等しく偉大な男に、三つの財宝を受け渡し――
そして、かつてのようにもう一度、その後継者と愛を語らうのだ。
そんな日が来ることを、サイレンは今日も待っている。
いつまでも待っている。
――と。それが真実か、果たして出来の悪い創作かは、私にも、誰にも判別がつかない。
いざ蓋を開けてみるまで、海賊王の後継者が現れるまで、わからない。
私はサイレンと愛を語らいたかった。
海賊王の後継者になりたかった。
だが。嗚呼。しかし……。
私は海賊王の血を引いていないのだ!
今なら祖父の気持ちがわかる。
私が後継者になれないのなら、他の誰がなるのも許せない。
海賊王の財宝は――何より彼女は、誰にも渡さない。
若気の至り? 笑うなら笑いたまえ。
私は「キュジオ」になろうと決めた。
麗しき神霊に横恋慕し、魔王に魂さえ売った、あの神話の登場人物のようになろうと。
「だからさ、ちょっと艦隊組んで、アンドレス島までマグナスを阻止しに行こうと思うんだ。構わないだろう、従妹殿? ご党首殿?」
「別にいいけれど。あなた、死ぬわよ?」
お飾りのご党首サマに、形だけの承認をとりにいった私に、エリスは意味深長にそう言った。
「僕がマグナスに敵わず、殺されると?」
「海には危険がいっぱいということよ」
従妹殿はあくまで意味深長な言葉を続けるだけだった。
この二十歳になってもまだワガママが治らない、気まぐれお嬢様に、まともにつき合うのはバカバカしいことだ。
「いいさ。サイレンが誰かのものになった世界で、まだ生き永らえる気なんてないからね」
私はおどけた仕種で肩を竦め、艦隊編成のためにご党首サマの御前を辞した。
決然たる足取りで赴いた。
命を懸ける? 上等だ。
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