第二十二話 敵艦見ゆ
前回のあらすじ:
神霊サイレンのいるアンドレス島を目指すと、ロレンスに敢えて伝えて出港した。
俺たちの“海鷲”号はのんびりと、アンドレス島を目指した。
ロレンスら海洋警察の艦隊が、ある程度のところまでは追いつけるようにと、敢えてのことだ。
俺の所有する〈潮風の鈴〉があれば、航海にトラブルは発生しない。バルバス船長が鍛えた船乗りたちの操船技術もあり、航行速度は完璧に調整できる。
途中、バロンボ島に寄って、一泊する余裕すらあった。
それでついでに、俺たちの指名手配が既に出回り始めていることも、確認できた。さすがは海洋警察、俺たちがロレンスらを撃退してからまだ日が浅いというのに、動きの早いことだ。
ただ、やはりというか、厳戒態勢とまではなっていなかった(それをやろうと思ったら、俺たちが立ち寄るかどうかも怪しいバロンボ島に、多数の人員を配備しなければならない。あまりに不合理だ)。おかげで、お忍びで滞在できたというわけだ。
そうして俺たちは、ロレンス麾下の艦隊と付かず離れずの距離をコントロールしつつ、アンドレス島の姿をついに、望遠鏡にとらえた。
しかし同時に、島の手前で待ち構えている、艦隊の姿もとらえていた。
数はなんと五十隻を超えるのではなかろうか。まさに大艦隊である。
「な、なんですか、あれ……」
「キュジオの用意した艦隊のようだな」
震え声になったアリアに、俺は即答した。
声に、感心の響きがにじむのを、隠せなかった。
「マ、マグナスさんは、何を感心してらっしゃるんですかねえ~~~?」
「いや、予想通りだなと思う半面、予測を超えてきたなと」
「……まず、予想通りな方をお聞きしましょうか」
「俺はピートル殿はもちろん、ロレンス殿にも敢えてアンドレス島を目指すことを教えた」
『それはロレンス様に、艦隊で追いかけてきて欲しかったからですよね?』
「加えて、情報があちこちに漏洩すると思ったからだ。もちろん、キュジオにも伝わるだろうとな」
海洋警察もキンコリー商会も、規律と統制のとれた優秀な組織だと思う。
だが、末端にまで目を向ければ、間者の一人や二人は紛れ込んでいるだろう。
それもあり得ない一枚岩の組織など、それこそあり得ない。
「だから、俺に海賊王の財宝を渡したくない連中は、こぞって立ちはだかるだろうと、それは予想していたんだよ」
「それ、予想というよりマグナスさんの掌の上ですよね……」
アリアが呆れ声をこぼしつつ、島前で封鎖線を敷く艦隊を眺める。
一方、バルバス船長は望遠鏡で奴らの船を観察しながら、
「どうやら二つの艦隊の連合所帯ですね。旗印でわかりまさあ。黒字に三つの金の輪が、ジャンナップ商会の旗。もう一つ……三叉の矛を持った人魚って旗は知りませんね」
「三叉の矛に人魚は、神霊サイレンの似姿だ。キュジオの艦隊で間違いないだろう」
「ジャンナップ商会まで邪魔に来てるんですか!?」
『ゴルメスの豚野郎様。絶対に許せないです』
「財宝を渡したくない連中は、キュジオだけではないということ……のはずだったんだがな。顔を見せたのが、たった二勢力というのは、少し意外だった」
〈攻略本〉情報によれば、もっと他にもいるはずだが。
結局はこういうことか。
あちこちに間者を忍ばせている抜け目のなさは言うに及ばず、速やかに対処に出られる行動力、判断力、決断力、何よりポンと艦隊を動かせる財力と権力――それらを有している人間が、如何に少ないかという話か。
キュジオという人間の、卓越を証明しているわけか。
「実際、キュジオが用意した艦隊はあれほど多い。そこが俺の予想の上を行っていたし、舌を巻いたということだ」
「それもバルコン級が八隻に、サーベ級が二十三隻ですからね」
『凄いことなのですか、船長様?』
「ああ、嬢ちゃん。バルコン級てのは“希望のマリア”号と同じ、最新鋭艦だ。サーベ級は一世代前の戦艦だが、それでもカジウで一番普及している。それだけいい船ってことだ」
『な、なるほど……』
「ジャンナップ商会もサーベ級で統一しているし、数合わせだけのオンボロ艦は一隻もねえ。さすが大商会サマは違うな」
『…………』
ショコラはもう押し黙った。
だんだんと恐くなってきた――からではないだろう。
艦隊の方から、白旗を揚げた小舟が近づいてくるのが、見えたからだ。
話し合いの使者ということである。
「さあて、どうします?」
「無論、甲板に上げてやってくれ、船長。話をしようじゃないか」
「了解!」
バルバス船長が部下に命じて、隣に寄せてきた小舟へ板を渡す。
それを伝ってやってきたのは、まず屈強そうな男が二人。
そして、彼ら二人に護衛された、二十半ばほどの若い女。肌の色が不健康なまでに青白い。
「ロクソン商会のアリスと申します」
女は丁重に挨拶をしてきた。
まあ、存在しない幽霊商会の、偽名の名乗りにすぎないが。
「初めましてだな、アリス殿。で、あの物々しい艦隊は何事かな? 我々はただアンドレス島を目指している、善良な船乗りなのだが」
「お惚けになっては困ります、マグナス様。あなた様は今、指名手配犯でございます。そして、“法の番犬”の艦隊が、すぐ後ろへ迫っております。ならばわたくしども善良なるロクソン商会としては、海洋警察に協力するのが道理」
「なるほど、一理ある」
「どうぞ、マグナス様。賢明なご判断を。たった一隻で、わたくしどもの艦隊と戦うのは不可能でございます。マグナス様がここでこのまま海洋警察を待ち、大人しくお縄につかれると仰るなら、わたくしどもも手出しはしません。カジウの海を流血で汚さずにすむというものです」
「お気遣いはありがたい。だが俺は断固として島へ向かう。そちらが邪魔すると仰るなら、力ずくで突破させていただくだけだ、ネビス殿――いやさ、ネビュラのキース!」
「な……っ」
顔色の悪い女が、いきなり俺に本名を呼ばれ、正体を看破され、絶句した。
肩を震わせ、足を震わせ、覿面に狼狽していた。
そう、この女こそがネビュラのキース。
キュジオの腹心にして、使い魔を駆使してカジウ全域で暗躍する、レベル21の極めて優れた〈魔法使い〉だ。
「帰ってキュジオに伝えられよ。いるんだろう、あの中に?」
「なっ……なっ……キュジオ様のことまで……っ」
「無益な流血を避けたいのは俺も同じだ。しかし、そちらが邪魔立てするというなら、容赦はできん。正直に言えば、手加減をしてやれる余裕もない。キュジオはそれだけの戦力をそろえた。そろえてしまった」
「あくまで……戦うというのですね……? 後悔なさいますよ……?」
「それはこちらの台詞だ」
俺がぴしゃりと言うと、ネビスはまだ狼狽を隠せない様子ながら、変わらぬ丁重さで一礼して、護衛とともに帰っていった。
遠ざかる小舟を見て、ショコラがボソリ。
『帰しちゃっていいのですか、マグナス様? キュジオの腹心なのでしょう?』
「悪人はあいつらの方で、俺までその流儀に染まる理由はない」
そう、これは明白にしておかなくてはならない。
「俺は虐殺をしたいわけじゃない。ただ、火の粉が降りかかるというのなら、払いのけるしかないだけだ」
読んでくださってありがとうございます!
そして今夜はもう一話、20時ごろにアップする予定です!
そちらもよろしくお願いいたします!!




