第十九話 断罪と断行の精神
前回のあらすじ:
束の間の休息を楽しんでいたが、〈攻略本〉のおかげで、セントニー商会党首が暗殺されたことを知る。
そして、なぜかロレンスらがやってきて――
ドモン島へ商談に来た俺たちは、ピートルの邸宅の離れに間借りしていた。
離れといっても、普通に立派なお屋敷である。
キンコリー商会党首本宅の周囲には、こんなのがゴロゴロしているのだ。
「別に町の宿などとらずとも、ぜひ当家にご逗留なさってください」
どうせ商談や共同事業計画の立ち上げのため、頻繁に会うのだからと、ピートルは言ってくれた。
――それから一週間。
離れで朝の食休みをしていた俺たちのところへ、本邸から使いが息せき切って駆けてきた。
「た、大変でございます、マルム商会様! 今、本邸の方にカ、海洋警察がっっ」
ついに来たかと、俺は〈攻略本〉の表紙を撫でる。
“法の番犬”たるロレンスが、俺を捕縛に来ることは、こいつのおかげでわかっていた。
アリア、ショコラとうなずき合う。二人にも事情は先に伝えてある。他にもいくつか対応の準備をしておいた。
そして、俺たちは本邸へ向かおうとした。
ロレンスらが来ることはピートルにも伝えていたが、なるべくなら迷惑はかけたくない。彼が俺たちを匿っているなどと、あらぬ誤解をかけられたら事だ。
しかし、ロレンスはさすが優秀だった。そんな無意味な押し問答をピートルとはしなかったようだ。迅速且つ的確な行動をとっていた。
俺たちが離れの玄関を出た時には、既にロレンスとその部下たち――海洋警察が包囲していたのだ。
数は五十を下るまい。
報せに来てくれた使用人が、その物々しさに蒼褪めている。
一方、俺はなんら後ろ暗いところのないことを示すため、悠然と、堂々とロレンスらに向かって言った。
「朝から職務熱心だな、諸君。大方、島には着いたばかりなのだろう? もう少しゆっくりしてはどうかな?」
「オレは貴殿の戯言を聞きに、わざわざドモンまで来たわけではない、マグナス殿。貴殿を捕縛しに来たのだ」
「容疑は?」
本当は聞くまでもなく知っていたが、とはいえ話の脈絡を通すために、敢えて訊いた。
ロレンスははっきりとした口調で答えた。
「セントニー商会党首、ゲオルグ翁の殺害容疑だ」
覚悟はしていても、いざ耳にして気持ちのよい台詞ではなかった。
もし、〈攻略本〉でゲオルグ翁が暗殺されたことや、その容疑が俺にかけられていることを知らなかったら、あまりに寝耳に水すぎて、さぞや仰天させられたことだろう。
「あまり驚いていないな、マグナス殿。やはり身に覚えがあるということだな」
「いいや、ない」
ゲオルグ翁とは党首会議の直後、そのままモンセラ島で共同事業計画について、詳細を詰めた。それが終わると、翁とは互いに笑顔で別れることができた。次いで俺たちがこのドモン島へ向かった後は、一度も会っていない。
その旨を俺は簡潔に、ロレンスに向かって釈明する。
一方、聞いたロレンスは、
「そう、貴殿らマルム商会は、重大な商談をセントニー商会としていた。そこでこじれて、犯行に及んだのではないか?」
「まさかそれ一点だけで、俺が疑われているわけではあるまいな?」
この優秀な警察隊長に限ってないとは思うが、念のために確認する。
「無論だとも」
ロレンスはなぜ俺に容疑がかけられているかを、公正に聞かせてくれた。
そこまで細かい情報は〈攻略本〉にも記載されてなかったので、助かる。
「ゲオルグ翁は日中、それも町中で、フードで顔を隠した人物の襲撃を受け、殺害された。通行人が大勢いる目の前で、炎の魔法によってだ。骨まで炭化するほどの、凄まじい火力だったという。現場検証を行った海洋警察所属の魔法使い曰く、〈ファイアⅡ〉でもそうはならないそうだ。そして、〈ファイアⅢ〉ともなると、使い手が世界でも五人いるかどうかという、稀少にして高度な魔法なのだそうだ。“魔王の討伐者”たるマグナス殿なら当然、使えるのだろう?」
「ああ、使える。それが俺に容疑がかかった、最大の理由か」
逆に言えば、真犯人は俺に容疑をなすりつけるために、そんな真似をしたわけだ。
「なあ、ロレンス殿。考えてもみてくれ。わざわざ公衆の面前で、滅多に使えない手段で、人を殺すか? まるで犯人はこのマグナスだと、吹聴するようなやり方ではないか。俺が本当にゲオルグ翁を殺害するなら、こんな手段をとるわけがない。そうは思わないか?」
「――という逃げ口上を用意するため、裏をかいて敢えて非合理な手段で犯行に及ぶ。そんな知能犯を、オレはたくさんみてきた」
「……なるほど、そうだ。なんの潔白の証明にもならんな」
俺はここでの口論の無意味さを悟った。
しかし、伝えるべきことは伝えておく。
「俺は犯人じゃない。犯人は例のキュジオに仕える腹心だ。魔法都市ネビュラのキース――ネビスと名乗っている魔法使いだ」
「っ……。いきなり、何を……?」
「信じられないだろうが、本当の話だ。いや、今は信じなくてもいい。聞くだけ聞いてくれ。そのネビスは、動物の精神を乗っ取り、使い魔として使役する。俺も習得していない、〈遺失魔法〉だ。ゲオルグ翁が、いつも黒猫を連れていただろう。あれがネビスの使い魔だったのだ。翁も知る由はなかったろうが、会話も行動も常に筒抜けだったということだ」
なぜ、俺がそれを知っているか?
もちろん〈攻略本〉に記載されていたからだ。
ゲオルグ翁が暗殺されてからというもの、カジウの情勢は水面下で大きく動いた。〈攻略本〉情報も連日、目まぐるしく更新されていった。
そして、俺にとって最も注目に値したのは、ついに「キュジオ」や「ネビス」の情報が『重要人物一覧』にはっきりと記載されたことだ。
今までもキュジオは、確かにカジウのあちこちで悪巧みを進めていたようだ。
しかし、その一環であるヨーテルやキャプテン・マンガンの悪事に、俺の方がたまたま首を突っ込んだことはあっても、あちらから俺を明確に敵視して、仕掛けてくることはなかった。
ゆえにキュジオの悪事を、「魔王を討つための情報を網羅した〈攻略本〉」は、さほど重要とは判断していなかったようだ。ゆえにキュジオにまつわる情報も、特記されていなかった。
しかし、キュジオはついに俺を排除するために動いた。濡れ衣を着せるため、ゲオルグ翁を暗殺した。
ここにきて〈攻略本〉もキュジオのことを、魔王を討つための障害だと判断したようだ。
『重要人物』一覧に奴や『キース』の項が明記されたのだ。
そのことは、いくらロレンス相手でも、説明するわけにはいかない。
いや、たとえ説明したとして、結局は一笑に付されるだけだろう。〈攻略本〉に書かれた聖刻文字を読めるのは、俺だけなのだから。
ゆえにやむなく、過程を省いて結論だけでロレンスと交渉する。
「キュジオの居場所が判明したんだ。俺の捕縛は少し待ってくれないか? 逃げも隠れもする気はない。俺と同行して、ともにキュジオに会いに行かないか?」
「断る。そんな超法規的措置は許されない」
「……“法の番犬”め」
今までどんな巨悪であろうと決して許さず、立ち向かったという剛毅な男は、同時に融通の利かない頑固な男でもあった。
半ば予想もできていたがな!
「総員、捕縛開始!」
「シ・レイ・エス・プレ!」
ロレンスが部下たちに命じ、けしかけてきたのに応じて、俺も呪文を唱えた。
本来は単体しか対象にできない〈スリープⅡ〉、それを〈大魔道の杖〉の特殊効果で警察隊員全体に向けてかける。
レベル38に達した俺の状態異常魔法だ。数十人からの隊員がばたばたと倒れ、その場で〈昏睡〉状態となる。
一方、ロレンスは――
「オレには効かんぞッ!」
腰の剣を抜き放ち、裂帛の気勢とともに疾走してきた。
宣言通り、俺の〈スリープⅡ〉は全く効果を及ぼしていない。ただロレンスが携えた剣の真っ直ぐな刀身が、凛冽な輝きを自ら放っただけ。
奴が持つ剣は、銘を〈断罪と断行の精神〉という。
歴とした〈マジックアイテム〉だ。“南の海賊王”が腹心中の腹心だった初代警察長官に授け、以降は代々、最も手柄の多き前線隊員に伝えられるしきたりの、曰くつきの逸品だ。
〈攻撃力〉の高さも然ることながら、所有者に状態異常魔法と弱体魔法に対する、絶大な〈魔法抵抗〉を与える特殊効果がある。
俺はそのことを〈攻略本〉情報から知っていた。
しかし、〈断罪と断行の精神〉が所有者に与える〈魔法抵抗〉は絶大であって絶対ではない。使い手本人の〈魔法抵抗〉が凡庸なら、剣の加護があってもなお、俺の〈ステータス〉の暴力でねじ伏せてしまうことはできるだろう。
ロレンスはどうか? 実際に試してみなければ、効くか効かないかはわからなかった。
〈精神力〉という、魔法抵抗やMP上限に関わるステータスがある。
ただし、この「精神力」という名称は便宜上のものである。恐らくは大昔の、どこぞの影響力のある王族が名づけて、普及したものだろう。
名が体を表していないこと甚だしく、例えば根性だとか意志の強さだとか、人の心の在り方とはなんら因果関係がない〈ステータス〉なのだ。
実際、聖刻文字で書かれた〈攻略本〉の表記を、俺たちの言葉で翻訳すれば、「精神力」というよりも「霊力」というニュアンスの方が遥かに近い。
人の意志の力は、知恵の力同様に、〈ステータス〉などに表されないということだ。
職業やレベルとも無関係だということだ。
そして――強い意志は、状態異常魔法に抗うための重要な一因となる。
ロレンスはレベル23の〈剣士〉だ。高レベル相応の〈精神力〉の持ち主だ。
〈断罪と断行の精神〉の、絶大な加護もある。
それでも俺の〈スリープⅡ〉に耐えてみせたのは、彼が持つ誰よりも強く高潔な、意志の力の賜物であろう!
「見事だよ、ロレンス殿!」
俺は心からの賛辞を贈らずにいられなかった。
ロレンスからの返答はない。
俺を捕縛するため、剣を携え、無言で迫り来る。
その目が、口よりも雄弁に語っていた。
「魔法使い相手だ、一秒でも早く懐に入らせてもらう。だが、白兵戦でも貴殿に勝てるかどうか――こちらも試させてもらうぞ!」
と。
いつぞや、そんな話を俺たちは交わしたな。
だが、すまない――
「ショコラ」
『はい、マグナス様。お任せください』
貴殿の相手は俺ではない。
その代わり、ショコラは近接戦なら俺よりも強いぞ?
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