第十八話 休息はあまりに束の間で
前回のあらすじ:
党首会議のおかげで、協力してくれそうな商会と、してくれなそうな商会の色分けが鮮明となった。
波が本当に穏やかな砂浜だった。
おかげで水の透明度が高く、得も言われぬほど美しい。
ドモン島の東側にある海岸は、一年中こうだという。
「すごいですよ、マグナスさん! 水底まで見えちゃいます!」
『とってもきれいです! テンション、アゲアゲです!」
波打ち際で戯れるアリアとショコラも、大はしゃぎだ。
しかも、周りにほとんど人はいない。いるのは、お世話係としてピートルから宛がわれた、キンコリー商会の女性社員だけ。
人目を気にせず、悠々自適に海水浴を堪能できる。
ここがピートルの個人所有する砂浜だからだ。
「島中が名観光地になっている、グァバには敵わないがね。我が家のプライベートビーチ一つだけをとれば、どこのビーチにだって負けませんよ」
ピートルはそう言って、俺たちに別荘ごと一日貸してくれたのだ。
党首会議が終わって、商売のためにドモン島を訪れた俺たちに、いきなり仕事話というのも味気がないから、まずはゆっくりしてはどうかと勧めてくれたのだ。
俺はその言葉に甘えることにした。
最近はアリアと常に一緒にいることができて、お互い寂しくないせいか、「休日」が飛ばし飛ばしになりがちだったからだ。
「今日は思いきり遊ぼう」
「はい、マグナスさん!」
『ワタシもお供いたします!』
という流れになったのだ。
海水浴もこれで二度目。
前回よりも、俺も余裕が出てきた。
具体的にはアリアとショコラの水着姿を見て、もう前屈みになったりしない!
というわけで、俺も二人と一緒に水と戯れる。
女性陣が腰まで浸かる程度の浅瀬で、夏の日差しと水の冷たさの対比を楽しむことしばし――
「きゃっ、あっ、わわっ」
水底の緩いところに足をとられたらしいアリアが、転びそうになった。
俺は咄嗟に抱きとめて支えた。
「あはは、下は水だから転んでも平気ですよ、マグナスさん。でも、ありがとうございます」
「お、おう」
照れ笑いを浮かべるアリアに、俺は生返事をする。
まともな返事をする余裕など、早くもなくなっていたからだ。
水着という、布地面積の極めて少ない格好で抱き合った結果、アリアの珠の肌が俺の素肌に直に触れてしまった。
その艶めかしい感触に、アリアをしっかり立たせた後、俺は前屈みになってしまった。
「あれ? どこ行くんですか、マグナスさん?」
「疲れたので、休憩してくる」
ナニがとはいわないが、鎮まるまでちょっと大人しくしてくる。
「ええっ、またですか!?」
『今日は思いきり遊んでくださるのではなかったのですか!?』
「――って、だからくっつくな、ショコラ!」
水着姿のまま、後ろから俺を羽交い絞めにしてくるショコラに、俺は情けない悲鳴を上げてしまった。
なんかいろいろ背中に当たってるから!
◇◆◇◆◇
――そんなことがいろいろありつつも、楽しかった「休日」は、あっという間に終わってしまった。
とはいえ、英気を養うことはできたし、気を引き締めて迎えた翌朝。
別荘で一泊した俺たちは、そこのテラスで朝食をとる。
海と浜辺と朝焼けが一望できる抜群の景観と、新鮮な朝の空気とともにいただく、豪勢なモーニング。別荘付のコックが振る舞ってくれた海鮮料理は、夜明け前に漁師が獲ってきた素材がふんだんに使われ、すこぶる美味かった。
ショコラが急に対抗意識を燃やして、『デザートはワタシにお任せください!』と息巻いたが、「いいから今回はピートル殿に甘えよう?」と、俺とアリアが左右から宥めすかせた。
実際、ゆっくりできるのもここまで。今日からはまた仕事に勤しまなくてはならない。
食後に、島特産の果汁を絞ったジュースを堪能しながら、ショコラが言い出した。
『そういえばマグナス様。結局、キュジオの目星はついたのですか?』
「さすがに無理だ。手がかりがなさすぎる」
「まあ、そう仰らずに。会議に出て、マグナスさんにも思うところはあったでしょう?」
俺は肩を竦めたが、アリアまで興味津々となって食いついた。
だから、自分でも思考の整理がてら、現時点の雑感を披露した。
「まず当たり前の話、アズーリ商会はキュジオと関係ない」
「ずっと仕事でご一緒してますし、アズーリ商会の内情は精通してますもんねー」
「同様にトネーニ商会の内情も明らかで、連中が迂遠なことを企むようには思えない」
『アネモネ様以下、悪い意味で裏表のない方がそろってますよね』
「パライソ商会の線もないだろうな。グァバ島をキャプテン・マンガンに襲わせるのがマッチポンプだったとしたら、意味不明すぎる」
「確かにさすがにムチャクチャですよね」
「そして今回、キンコリー商会が無関係だということも確信した」
キンコリー商会は“連盟”一位。
となれば、裏で派手に暗躍するよりも、まっとうな商売に精を出す方が普通に儲かるのだ。
盤外戦でカジウの海域が荒れて、チャンスが転がり込むのは下位の商会であって、キンコリー商会は平和であればあるほど得をする。
ピートルは保守的な考え方をする男だし、ますます正道な儲け方を好むだろう。
あるとすれば、部下が勝手に暴走して、そいつがキュジオだという線だが――
ピートル本人と会って話したことで、その可能性を俺は排除した。
彼は部下の、水面下の暴走を見過ごすような無能とは思えない。
「その四商会は無関係だ。しかし、後の五商会のどこにキュジオが潜んでいても、驚きはしないな」
例えば、食えないジジイであるゲオルグ翁本人であるとか。
例えば、“連盟”二位のゴルメス……は、キュジオの「尻尾を出さない」男像とかけ離れているが、それこそ部下が勝手に暴走していても、あの愚鈍は気づくことができないだろう。
そして、あのパウリという鮮烈な印象の青年。
あれは相当なワルだろう。そのワルを全権代理に据えるゼール商会も相当だろう。
本人らは海賊商会は卒業し、まっとうな商売に立ち返ったと主張しているらしいが、なるほど口さがなく言われ続けるわけだ。
党首自身が会議に出てこなかったのも、非常に気になる。
『さすがマグナス様、かなり絞り込めましたね』
「会議に出席した甲斐がありましたねー」
「甲斐は確かにあったが、絞り込めたかというと、まだまだだろう」
俺はそう言って、〈攻略本〉を広げる。
なんとはなしだった。毎朝更新される情報を、流し読みしようという程度の気持ちだった。
しかし、俺はページをめくる手を、ピタリと止める。
にわかに信じられない思いで、そのページを食い入るように凝視せずにいられなかった。
「どうしたんですか、急に?」
『何か異変でもございましたか?』
俺のただ事ならぬ様子に、アリアとショコラが不安そうに訊ねてきた。
声の震えを堪えきれぬまま、俺は答える。
「……ゲオルグ翁の項目が消えている」
アリアの目が見開かれ、ショコラもまた椅子から腰を浮かせた。
「どういうことですか!? マグナスさんにとって、もう『重要人物』ではなくなったってことですか!?」
「そんなわけがない。……ないが、〈攻略本〉はそう判断したのだろう」
「それって、どういうことですか!?」
『頓智ですか、マグナス様?』
考えられることは一つだ。
俺はそれを確認するために、急いでページをめくり、該当する人物の項目を探す。
「……あった。やっぱりだ」
「何がですか!?」
「昨日まで、載っていなかった重要人物の項目だ。名前はハンス。セントニー商会の新党首――ゲオルグ翁の後釜だ」
「えっ!?」
アリアが驚くのも無理はない。俺自身、驚いている。
その新党首の項目には、こう書かれていた。
『ゲオルグの長男』
『辣腕すぎた父親の下で畏縮して育った、毒にも薬にもなれない人物」
『キースによって暗殺されたゲオルグに代わって、新党首に就任した』
これだけでは、詳しい事情はわからない。
そもそもキースとは何者か。かなりありふれた名前だが……。
とにかく、だ。
「状況が動くぞ。それも大きく……!」
俺は〈攻略本〉のページをめくりながら独白する。
ゲオルグ翁が暗殺されたことはすぐに知れ渡り、“連盟”の商会はそれぞれリアクションを起こすだろう。
明日以降も〈攻略本〉の情報は、激動していくに違いない。
「ピートル殿とも相談せねばな」
俺は食事を中断し、席を立つ。
アリアとショコラがすぐに追ってくる。
「モンセラ島での合同事業に、ちょっと支障が出てきますよね?」
『でも、その程度の影響でございますよね? マグナス様たちが、それ以上の不利益をこうむることはないですよね?』
「…………」
俺は前を行きながら、にわかに返事ができなかった。
――そして。
“法の番犬”ロレンスの指揮する海洋警察が、俺を捕縛しにきたのは、その七日後のことだった。
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