第十五話 “連盟”党首たち
前回のあらすじ:
党首会議のため、モンセラ島に上陸。会議を取り仕切るゲオルグ翁と会う。
その翌日からも、俺は面会攻めに遭った。
会議が始まる前に、俺に内々に会いたいと言ってくる党首が、実にあと二人もいたのだ。
クロム島のステンレス商会党首ゴーリキーは、厳つい体躯の陰気な壮年だった。
ゲオルグ翁同様に内々に俺に会い、腹積もりを聞きたがったり、また俺の商才(といっても〈攻略本〉とアリア頼りなのでこそばゆいが)に関心を示したりは、さすがは大商会の党首である。
しかし、本質的には迂遠なことや、腹の探り合いが好きではない男だった。
俺たちはすぐに商談に入った。
クロム島にはカジウの諸島でも唯一、鉱床が存在する。
余談だが、海洋警察に逮捕された罪人は裁判を経て、刑期が終わるまで(終身刑は別)ここの鉱山で強制労働させられると聞く。一説には、死ぬより辛い苦役だとも。アズーリ商会乗っ取りを企んだヨーテルや、キャプテン・マンガン一味などは、今でもここで重労働に喘いでいることだろう。
クロム島で産出されるのは鉄鉱、亜鉛、錫などが主だが、〈クロム鉱〉というこの島独特の鉱物も採取できる。
ところが、この〈クロム鉱〉。銀に似て非なる、出来損ないと思われ、比較的に安値で流通している。
それが如何にもったいないことか、〈クロム鉱〉が加工の仕様によってはどれだけ有用かを(まあ、例によって〈攻略本〉知識なのだが)、俺はゴーリキーに説明した。
「なんと、そのようなお話が! さすが、魔法使い殿は博識でいらっしゃる!」
陰気な物腰のゴーリキーが、この時ばかりは大興奮していた。
俺も大満足だ。魔法使いの地位向上を望んでやまない俺としては、同じ称賛でも今の彼の台詞の類は、願ってもないことなのである。
俺はステンレス商会党首とも堅い握手を交わすと、共同事業計画を進めることを約束した。加工法の話なども含め、詳しいことはまた後日、俺がクロム島を訪れた時にという流れで、一旦は別れた。
ゴーリキーに次いで訪れたのは、バロンボ島を縄張りとするリャヌー商会の党首だった。
ノーブという名の初老の男で、血筋のおかげで党首の座に就けただけの、如何にもなお飾りという印象だった。
実際、俺との話し合いはもっぱら、彼が連れてきた二人の側近との間で執り行われた。
カジウの島々はまさに異国情緒溢れるというか、それぞれが特色のある自然環境を持っているが、バロンボ島には〈竹〉が自生している。
ものの本によれば、東の大陸のさらに東方では珍しくもないそうだが、この辺り――ラクスタやアラバーナのある北の大陸や、カジウ海域――では、竹林が存在するのはバロンボ島だけである。
俺はその〈竹〉を大量に、定期的に購入したい旨を伝えた。
すると、ノーブの側近たちはすぐさま二人がかりで、売り込みをかけてきた。
「さすがお目が高い! ええ、ええ、バロンボ島では〈竹〉の特性を利用し、様々な用途に使っております。例えば――」
「お値段も勉強させてもらって――」
前者の様々な利用法については、とても誠実な説明をしてくれた。〈竹〉ならではの便利さを、商品価値を、それこそ〈攻略本〉にも記載されてないくらい詳細に語ってくれた。
しかし後者は、かなりのぼったくり価格をふっかけられた。
テーブルについた俺やアリアがまだ子どもにすぎないと、見縊っているのだろう。
するとアリアが、鍛え抜かれた鉄壁の営業スマイルで応じる。
「私どもマルム商会が〈竹〉に注目してますのは、その繁殖力と成長力の高さなのです。実際、バロンボの島民の皆さんも、伐っても伐ってもきりがないと、竹林の管理や伐って余った〈竹〉の処分には、いささかウンザリしていらっしゃるのでしょう?」
「そ、それは……」
「確かにそういう面があることは、否定できませんが……」
「でしたら、木材としても比較的安価に、大量に仕入れることができそうだと踏んで、リャヌー商会さんにお話しさせてもらっているんです」
本来は海運コストが割に合わないほど発生するが、〈タウンゲート〉のある俺たちはその点、ほとんど無視できるからな。
「確かにこの辺りでは珍しいものですけど、他の木材で代用できない用途は特にないですし。お値段も他の木材とあまり変わらないということになりますと、私どもとしても別段仕入れる必要性はなくなっちゃいますねえ」
普通ならば、美少女に微笑みかけられて、上せあがらない男は少ないだろう。
が、足元を見ようとした側近たちは、柔らかい笑顔のままバッサリと言い返すアリアの胆力に、むしろ蒼褪めていた。
「わ、わかりました」
「もっと勉強させていただきます……っ」
「ですからぜひぜひ、購入のご検討を」
「ははは……可愛いお顔して、手厳しいお嬢さんだ……」
反省した様子の二人が、価格の変更を申し出る。
アリアがそれを適正と見て、商談が成立する。
両者が笑顔のままやり合っていた間、肝心の党首がずっと、のほほんと茶を啜っていたのが印象的だった。本当に「党首」という名の、ただの置物らしい。
ともあれこれで俺たちは、“連盟”の九党首たちのうち、六人と会議前に面識を得た。
残る三人は全員、“連盟”の中でもトップスリーとされる大商会の党首たちだ。
俺たちマルム商会の如き新参なんぞ、興味はないということか。
はたまた――
◇◆◇◆◇
“連盟”党首会議の日がやってきた。
俺、アリア、ショコラの三人は、ハンナ夫人の随伴として、早朝より出立する。
会議場は、モンセラ島の商工会館。そこの一番広い商談室で行われる。
会議直前、トラブルが起きた。
アリアとショコラを休憩用のホールで待たせて、俺とハンナ夫人で受付に行き、セントニー商会の社員に案内を頼もうとしたところである。
夫人が名乗った途端に、
「アズーリ商会だと? 見知らぬ女が胡散臭い。フェリックスの青二才はどこにいった?」
後から来た中年に、尊大な口調でからまれたのだ。
恰幅がいいといえば聞こえがいいが、腹の突き出た肥満漢だった。
そのくせ、顔色が悪くて妙に青白い。
奢侈に溺れ、贅肉はたっぷりついているくせに、内臓は不健康なのだろう。
そんな中年に向かい、ハンナ夫人は対照的なまでに、礼を尽くした態度でお辞儀をした。
「ご無沙汰しております、ゴルメス様。フェリックスの妻、ハンナでございます」
「無沙汰だ? ワシはあんたなんぞと会ったことがあるかね?」
「はい。去年も一度、夫とともに嫡子が生まれたご挨拶に伺いました」
「知らんな! それよりもフェリックスの青二才はどこだ?」
「……夫は先日、他界いたしました」
まだ癒えてはいないだろう心の傷をえぐられ、それでも夫人は気丈に答えた。
「ああ、そうだった。ネズミのような番頭に裏切られたんだったなあ?」
ゴルメスは嘲笑した。
最初からフェリックスが出席できるわけもない事情をわかっていて、からかったのだろう。
下種めが。
こんな男が、ジャンナップ商会――“連盟”二位の党首だというのだから、良い家に運良く生まれつくのが如何に大事なことか、学ばせてくれるな。無論、皮肉だが。
ハンナ夫人の挨拶もすんだところで、俺はこれ以上彼女を傷つけさせないため、前に出た。
「お初にお目にかかる、ゴルメス殿。俺もご挨拶させてもらっても?」
「要らんよ、若僧。大方、想像がつく。アズーリ商会の未亡人を誑し込んで取り入り、何やら怪しげな商売を始めたとかという、胡散臭い呪い師だろう?」
「夫人の名誉にかけて訂正させていただくが、ハンナ殿は貞淑の見本のような女性だ。それから、俺は魔法使いだ。呪い師ではない」
「フン! どっちも同じようなものだろう!」
ゴルメスは腹を揺すってせせら笑った。
……こういう対応、アラバーナでも受けたな。
皆、工夫のないことを言うものだ。というか、知性が低劣で教養が皆無だと、魔法使いも呪い師も占い師も見分けがつかなくなるのかもしれんな。
恐い怖い、反面教師とせねばな。
「いいか、呪い師?」
と、ゴルメスは俺の胸を人差し指でつつきながら言った。
「貴様はカジウの島々に渡っては、怪しげな商売をしておるそうではないか! まあ、党首とは名ばかりのボンクラどもをだますのは、簡単だったことだろうよ。だが、ワシはそうはいかんぞ? ワシのエベル島に来ても、貴様と商売する気はさらさらない、無駄足だと知れい!」
「ご忠告痛み入る。そして、別に構わんよ」
「な、何ぃ!?」
「あんたの縄張りであるエベル島は、見るべきところが何もない。どう検討しても、商売のアイデアがわかなかった」
「ぐ、ぐ、ぐ、愚弄するか貴様!」
「いや、むしろ敬意に値する。そんな何の特色も目ぼしい資源もない島で、ジャンナップ商会はカジウ二位にまでのし上がったんだ。先人の苦労と創意工夫が偲ばれる。まさに偉業というものだ。そして、その地位を維持している、あんたの部下たちも相当なものだ」
友好関係を築こうと言われれば、願ってもないことだ。
しかし、取引をしないと言われても、他の島を縄張りとする商会と違って、彼ら相手は別に困らない。
むしろ、やがて困るのはジャンナップ商会の方ではないのかな?
エベル島に見るべき資源がないということは、彼らは純然たる交易で、莫大な利益を上げているということになる。
そして例えば、今はラクスタに輸出するだけの〈ゴムの樹液〉も、いずれはネルフ本島での加工生産事業が軌道に乗り、〈ゴム〉製品の販売も開始されるだろう。
その便利さにカジウの人々が気づけば、全域で需要が爆発するだろう。
その時、ジャンナップ商会はまさか買い付けに来ないつもりなのだろうか?
いやはや、先見の明のないことだ。
「さっきのご忠告の礼に、俺も忠告申し上げよう、ゴルメス殿」
「な、なんだと、若僧が生意気な!」
「優秀な部下たちを、党首のあんたがあまり足を引っ張っては、可哀想だぞ? 置物なら置物で、大人しくしていた方がまだしも減益にならないというものだ」
「き、貴様! ワシの品が良いことに、大人しくしておればつけあがりおって! ワシとて偉大なる“海賊王”の直系だということ、思い知らせてくれようか!」
ゴルメスが顔面真っ赤で、拳を振り上げた。
ケンカもしたことはなさそうだが、部下や立場の弱い人間を、さんざんに殴りつけてきたことならありそうだ。
反撃を考えない、ただ相手に与える痛みの多寡だけを考えた者の構えだ。
そして、その拳を俺に向けて振り下ろす寸前――
「そこまでにしておきなさい、ゴルメス殿」
いきなり、やんわりとした声がかかった。
品が良いというなら、これこそがまさに見本という口調。
ゴルメスがそれを耳にした途端、拳を振り上げた格好のまま凍りついた。
俺は興味を覚えて、声の主を見る。
歳は五十前後だろうか。温和そうな紳士がニコニコして立っていた。丁寧に整えられた鼻髭がまた、優しげな印象を助長する。
「こ、これは、ピートル殿っ。いつこちらに!?」
「ハハハ、海が少し荒れまして、たった今、ぎりぎり会議に間に合ったところですよ」
「それは災難でしたな!」
ゴルメスは拳をにぎっていたその手で、一転、揉み手を作り、紳士にすり寄っていった。
「ピートル殿……キンコリー商会のご党首ですか」
「ええ、そうです」
俺の確認に、ハンナ夫人が相槌を打つ。
キンコリー商会とは、ドモン島を縄張りに持つ“連盟”の一角だ。
いや、筆頭というべきか? カジウで最大勢力を持つ大商会だ。
ゴルメスのジャンナップ商会は続く勢力を持っていれど、その実態はライバル同士などでは決してない。
もしピートルがさっきの誰かさんのように、「貴様と商売する気はさらさらない」とゴルメスに宣告すれば、ジャンナップ商会は最大の得意様を失うこととなって、商売が立ち行かなくなるだろう。
であればこそ、ゴルメスのような尊大な男が、ピートルに対してはへこへこと下手に出る。
そのピートルが、俺とハンナ夫人に向かって目礼した後、「もう行っていいですよ」とばかりに、片目をつむった。途端、温厚そうな彼の顔が、なんとも愛敬に溢れる。
“連盟”一位の商会党首に相応しい、魅力的な人物ということだ。
俺もハンナ夫人も、面倒な事態を助けてもらい、一礼する。
それから彼の勧めに甘えて、その場を辞去することにした。
一方、ゴルメスが俺たちの方を振り返って一瞥し、「後で覚えておれよ!」とばかりに、にらみつけてくる。
だが、ピートルに向かって揉み手を続けたままでは、最高に格好悪いな。今のあんた。
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