第十四話 セントニー商会党首 ゲオルグ
前回のあらすじ:
ともに未だ謎の人物である、キュジオとネビスが密談。マグナスの実力や目的のことをひどく気にかけ、連盟党首会談を開くと決定した。
俺――〈魔法使い〉マグナスは、モンセラ島に来ていた。
アズーリ商会暫定党首であるハンナ夫人の随伴として、“連盟”党首会議に出席するためだ。
他の党首たちも、顧問やら腹心やらを数人、同席させるのが通例らしい。
ならば俺やアリア、ついでにショコラが会議に顔を連ねても、何も問題はないだろう。
なお、夫人の息子であり本来の党首であるリンクは、まだ赤子ゆえに参加させるわけにはいかない。ネルフ島に残し、乳母に預けてきた。
俺たち四人が“希望のマリア”から下船するなり、セントニー商会の人間がやってきた。
火山島として有名な、このモンセラを縄張りとする“連盟”の一角だ。
開催地は持ち回りだそうだが、今回は当然、彼らが何から何まで仕切ることになっている。
「粗末ながら、皆様の宿をご用意させていただいております。三日後の会議まで、どうぞお寛ぎくださいませ」
セントニー商会でも幹部級らしいその中年はそう言って、丁重に案内してくれた。
小さいながらも、手入れの行き届いた屋敷を丸々一つ、俺たちのために提供してくれた。
「マグナス様さえよろしければ、後ほどゲオルグがご挨拶させていただきたいと、申しております」
ゲオルグというのが、セントニー商会の現党首であることは、俺の頭にも入っている。
「ハンナ夫人にではなく、俺の方にと?」
「はい。高名な“魔王を討つ者”でいらっしゃるマグナス様に、ぜひ一度お会いし、お話を聞かせていただきたいと、ゲオルグは申しております。別段、商談や会見というわけではなく、食事でも交えながら軽い雑談でもさせていただければ、幸いでございます」
「あい、わかった。ぜひゲオルグ殿によろしくお伝えいただきたい」
俺はすぐさま了解する。
「軽い雑談」という話を頭から信じたわけではないが、なんの意図があって俺に会いたがっているのか、確かめてみたかった。
だが、セントニー商会党首より先に、仮住まいの屋敷を訪ねる者がいた。
海洋警察が誇る部隊長、“法の番犬”ロレンスだ。
党首会議の開催に当たって、警備だけは中立・公正な彼らが行う決まりだという。
「その節は、貴殿には世話になった」
と秀麗な顔つきの青年は、軽く頭を下げた。
俺がキャプテン・マンガン一味を捕縛し、海洋警察に引き渡したことを言っているのだ。
「マンガンをきつく責めて問い質したが、さほど有益な情報は吐かなかった。キュジオと名乗る人物の後援を受けていたこと。しかし実際に会ったことはなく、何も知らないということ。いつもネビスと名乗る、しゃべる隼が連絡役となっていたこと。何度責めてもそれだけだ」
協力者への義理だろう、ロレンスはそう教えてくれた。
実は、引き渡す前に俺も詰問はしていて、俺のことを「嵐の化身」として畏怖したマンガンは何でもペラペラしゃべったのだが、それでわかったことはロレンスと同じだった。マンガンはほとんど何も知らず、キュジオはひどく用心深い男という事実だけ。
まあ、バルバス船長の読み通り、背後に大きな組織らしきものがあったことを、確認できただけよかったが。
俺は試みにロレンスに訊いてみる。
「キュジオという名に心当たりは、警察隊長殿?」
「ない。マンガンも言っていたが、本名かどうかすら定かならぬとあっては、手掛かりとして全く意味をなさない」
「海洋警察とあってもそうか……」
とはいえ俺は、義理堅い彼に礼を言い、茶でも飲んでいってはどうかと勧めたが、ロレンスは「仕事があるから」と固辞して去っていった。
一応は兄嫁であるハンナ夫人とは、顔も合わせようとしなかった。
◇◆◇◆◇
夕食時になると、セントニー商会党首が訪ねてきた。
好々爺然とした老人で、膝に黒猫を抱く姿がなんとも似合っている。
しかし、単身で訪れるというフットワークの軽さもさることながら、ゲオルグ翁は語り口調が若々しく、言葉の端々から知性の明晰さが感じられた。
特に、男の俺に対して見え透いた世辞は一切言わない一方で、同席したアリアやショコラたちには花を持たせて、たっぷり賛辞するという弁舌巧みさが感心させられた。
男(つまりは俺)の心を引き留める秘伝を彼が語り出した時は、アリアとショコラの食いつきぶりがすごかったが……。
事前予告通りに、食事を交えながらの「軽い雑談」が、どれほど続いただろうか?
ゲオルグ翁がさりげなく切り出してきた。
「風の噂に聞いただけなのだが、なんでもマグナス殿は、貴族に取り立てようというラクスタ王の誘いや、アラバーナの新女帝のプロポーズを断ってまで、魔王を討つ旅を続けておられるとか?」
「プロポーズは陛下のご冗談ですが、おおむねその通りです」
「まさに大志ですね。しかし、ならばカジウくんだりでご商売をなさるのは、道草のように思えるのは、老人の浅はかさというものかな?」
「お気持ちはわかる。しかし、まさに魔王を――より正確にはカジウに潜む“八魔将”を討つために、商売を始めたのですよ」
その質問に、俺は正直に答えた。
隠しても痛くない腹を探られるだけで面白くないし、ゲオルグ翁が真に聡明さを持ち合わせているなら、協力だとて見込めると思ったからだ。
というか俺は、今回の党首会談を良い機会に、意思表明する予定でさえいた。
「俺は別に〈海賊王の日記〉を求めていません。まして直系男子ならざる俺には、〈海賊王の証〉は無用。ただ、カジウの“八魔将”を討つためには、〈海嘯の剣〉が必要なのです。討った後なら、“連盟”にお返ししてもいい」
「なるほど、そういうことでしたか!」
ゲオルグ翁は思わずといった様子で膝を叩いた。
そこにいた飼い猫がびっくりしていた。
しかし、俺の話を本当に信じたかどうかは、わかったものではない。
このゲオルグ翁は好人物に見えて、内心を容易に悟らせない老獪さがある。
そして、口に出してはこう言った。
「ならば、この私にも協力させていただきたい」
「俺とともに海原の神霊の下へ赴き、俺にはなれない後継者として、財宝を受け継いでくださるということかな?」
「いや、老い先短い人間が、海賊王の後継者などになるものではないさ。それはアズーリ商会の坊やにでも任せよう。ただ、マグナス殿はもっともっと稼がなくてはならないし、実際にネルフやバゴダード、グァバ島ではユニークな商売をしていらっしゃるそうじゃないか。だったらモンセラ島でも私の商会と組んで、より大稼ぎができるのではないかな?」
「そのお言葉を待っていた」
俺が答えると、ゲオルグ翁はテーブルの対面から右手を伸ばし、俺もすぐに握手に応じた。
そして、結局は「商談」のための「会見」となった。
もちろん俺は歓迎だし、ゲオルグ翁もまさか本気で「軽い雑談」をしに来たわけではなかったという話だ。
俺はゲオルグ翁に、腹案を披露した。
火山島であるモンセラには、各地に温泉が存在する。しかも〈攻略本〉情報によれば、様々な病の湯治に有効な、名湯だらけらしい。これを目玉に観光業を振興するのだ。
あくまで娯楽を求める人々はグァバ島を使うだろうが、病に悩む人々というまた別の顧客がモンセラ島には見込める。
また一方で、島で採れるがまだ誰も有効活用法を知らない〈天然セメント〉を、買い取りたいとも申し出る。
「面白い! さすがユニークだ、マグナス殿! ぜひ党首会議が終わった後に、詳しいお話を詰めよう!」
ゲオルグ翁はすっかり興奮した様子で叫び、大喜びで帰っていった。
本当に内心興奮しているのか、喜んでいるのか、やはり俺の観察眼を以ってしても、窺い知れなかったが。
彼が俺に内々に会いに来た理由も、ただ俺たちと商売がしたかっただけなのか。否か。
ゲオルグ翁が去った後、アリアとショコラが無邪気に言っていた。
「しかし、目つきの悪い猫ちゃんでしたねー」
『ええ、失敬な奴でした。マグナス様のことを、ずっとにらんでいました』
実は、俺もそれが気になっていた。
が、現状で何もとれるアクションはない。
党首会議まであと三日。
どうもキナ臭い会議になりそうだと思うのは、果たして俺の気のせいか?
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