第十三話 暗中の会話(???視点)
前回のあらすじ:
キャプテン・マンガン率いる海賊団を討伐した。
「私」は使い魔のコウモリを操り、キュジオ様のお屋敷まで向かわせた。
夜更けのことであり、我が主が既にお休み中か、未だ執務を執っていらっしゃるかは、半々というところだった。
そして、まったく頭の下がることに、キュジオ様はまだ執務室にいらっしゃった。勤勉とはきっと、この御方のためにある言葉に違いない。
私は忠誠心を新たにして、窓の外から呼びかける。
『キュジオ様。夜分に申し訳ありませぬ。ネビスにございます』
「ああ、君か。こんな夜更けまでご苦労だね」
キュジオ様はそう言って、手ずから窓を開けて、私の使い魔を中へ招いてくださる。
本来ならば、首領であるこの御方に、わざわざ窓を開けさせるなど言語道断。しかし、使い魔の体では致し方なく、私は無礼にも甘えさせていただく。
そして、キュジオ様はそんなことなど、ちっともお気になさらない御方なのだ。私は忠誠心を新たにして、主の執務机の隅に使い魔を平伏させた。
『キュジオ様に、ご報告いたしたき儀がございまして、罷り越してございます』
「ふむ……。君がこんな時分に訪ねてくるだなんて、よほどの急用かな?」
『はい。キャプテン・マンガンとその一団が討伐されました』
「海洋警察か……思ってたよりも早かったね。またぞろ番犬君が出しゃばったのかな?」
『それが……違うのです。例のマグナスという男が、ほとんど一人で討伐してしまったのです』
「マンガンたちに与えた五隻を? たった一人で? 君の弟子たちもちゃんといたのだろう?」
『信じがたいことですが、事実なのです。私が使い魔の目を通して、見て参りました』
私はマグナスという男が、如何にしてキャプテン・マンガンたちを圧倒したか、細大漏らさず報告する。
「ふうむ……“魔王を討つ者”とやらは、それほどの大魔法使いだったか……」
『はい、キュジオ様。私も〈ファイア〉のみはⅢ系を習得しております。しかし、マグナスの用いた〈ファイア〉系統は、私のそれを遥かに凌駕しておりました。単なるステータス差の問題という次元の話ではありません。つまりは奴が使ったのは、〈ファイアⅣ〉ということです。かの学院の開祖レスターが習得していたと伝えられ、存在のみは確認されております。しかし実際、いったいレベルいくつであれば習得できるものか、私如きでは見当もつきませぬ……』
「ネビス。君とて世界有数の〈魔法使い〉と知って、私はネビュラから招聘したんだ。その君を、マグナスという男は圧倒していると?」
『正直に申し上げて、大人と子ども……いえ、アリとゾウほどの力量差かと……』
「そこまでか……」
『おかげでますます、わからなくなってしまいました。なぜそれほどの男が、わざわざカジウまで来て、急に商売など始めたのか……。そんな真似をせずとも、ラクスタなりアラバーナなりで、望むさま立身栄達を極められるでしょうに」
私は本気で理解できず、首をひねった。
一方、キュジオ様はしばし考え込んでいらっしゃっていたが、
「……もしかしたら、海賊王の財宝を狙っているのかもしれない」
ぽつりと、そう独白なさった。
『ま、まさか!? 奴もでございますか!?』
私は驚きを禁じ得ず、思わず声を上ずらせてしまう。
対してキュジオ様はさすが冷静な語り口で、
「そう考えれば、辻褄が合わないか? その男がどれほど強大な魔法使いであろうと、海賊王の財宝を欲するならば、このカジウで商売を始める他はない」
『確かに仰る通りですな……』
キュジオ様のご指摘を受け、考えれば考えるほどに、私もうなずけるものを感じた。
“南の海賊王”。
百年前にこのカジウを統一した伝説の人物は、九人の息子にそれぞれ島を一つ与えた。
つまりは、息子の誰一人として、実力を認めていなかったということだ。自分の後継者に指名し、彼の持つ全てを与えようとは決してしなかったという話だ。
そして、“南の海賊王”は死の間際、九人の息子たちへ遺言を託した。
彼が持つ財宝の中で、最も貴重な三つを、とある場所に隠した――と。
では、三つの財宝とは何か?
一つは彼自身が愛用し、数々の海賊団を滅ぼした伝説の武具。
〈海嘯の剣〉。
一つは彼自身が記し、伝説の偉人だけが知る様々な情報や真実が、文字に起こされた書物。
〈海賊王の日記〉。
最後の一つは、なんの変哲もないメダルだ。
ただしその所有者をこそ、“南の海賊王”が自分の後継者として認めると遺言した、特別な意味を持つメダルだ。
〈海賊王の証〉だ。
“南の海賊王”の死後、九人の息子たちは特にそのメダルを求めて、血眼になって探し回ったという。
そして、およそ十年の歳月を費やし、とうとう財宝の在処が発見された。
しかし誰も入手は叶わなかった。
強力な番人が、財宝を守っていたからだ。
その番人を斃して奪いとることなど、人の身には不可能であったからだ。
その番人の名は――海原の神霊サイレンという。
そう。
〈勇者〉を選んだ運命の神霊タイゴンや、我ら魔法使いが敬愛する魔法の神霊ルナシティと並ぶ、超越存在だ。
神に直属する下僕の一柱だ。
人間風情が、逆立ちしても敵わない。
海原の神霊を屠ろうと思えば、このアルセリア世界から、海という存在そのものを消滅させなくてはならないとされている。不可能だろう?
海原の神霊は、世にも美しき乙女の姿をした存在だと伝えられる。
また美しい声で、海賊王の息子たちに告げたという。
「海賊王の後継者に相応しい男と、わたくしが認めた方にのみ財宝を与えましょう」
では、その具体的な条件とは何か?
一つは当然、海賊王の直系男子であること。
もう一つは、国が買えるほどの莫大な大金を用意し、サイレンに奉納すること。
それもカジウの海域に関わる、まっとうな商売で稼いだ金のみが対象となる。他国で完結した商売で稼いだ金や、海賊行為等で荒稼ぎをしてもダメということだ。神霊をだますことは決してできない。
なぜこんな奇妙な条件を出したのだろうか?
それは少し考えればわかることだった。その条件を満たすためには、カジウの平和を維持し、商業を振興し続けなければ、絶対に達成できない。
“南の海賊王”はそんな未来を夢見て、それを成し遂げた子孫をこそ、後継者として認める――そう言いたかったのだろう。
彼の実像は諸説あるが、案外、夢見がちな男だったというわけだ。
百年経った今でも、確かにカジウの平和はまあまあ保たれている。経済圏の振興ならば百年前とは比べ物にならないだろう。
しかし“連盟”党首たちはもう、さほど海賊王の後継者になりたいとは思っていないだろう。
繰り返すが、〈海賊王の証〉は何の変哲もないメダルなのだ。
他者に命令を絶対遵守させる〈マジックアイテム〉のような類ではないのだ。
仮に“連盟”党首の誰かが、ついに〈海賊王の証〉を手に入れたとしよう。
それを掲げて、「我こそは海賊王の後継者なり」と嘯くとしよう。
他の八党首はこう答えるはずだ。
「で? それが何か?」
海賊王の後継者となれば、それは確かに「権威」であろう。
しかし、「権力」そのものではないのだ。
他者に何かを強要する、実行力も法的根拠も伴わない。
せいぜい商会の看板に箔がついて、少し商売がやりやすくなるかもしれない、その程度のもの。
“南の海賊王”はまさか百年後、自分の権威が形骸化するとは、思ってもみなかったのだろう。
これを夢見がちと言わずして、なんと言う?
『マグナスという男もまた、ロマンチストなのでしょうか? 理解に苦しみます。何より彼は、海賊王の直系男子ではありません』
「そこは、“連盟”党首の誰かを抱き込んで、後継者に仕立て上げるつもりかもしれない。それこそフェリックスの子どもはまだ赤子なのだろう? 利用するには都合がいいじゃないか」
『確かに……』
「とはいえ、全ては憶測にすぎない。そのマグナスという男の真意を、確かめてみたいね」
『はッ。でしたら、早急に場を設けます』
「そうだな。久しぶりに“連盟”党首会議を開催するというのはどうだい? アズーリ辺りはきっと、彼を帯同するだろう」
『畏まりました。では、そのように』
私は使い魔の体を借りて、キュジオ様に平身低頭させた。
だが、キュジオ様のご興味は既に遥か遠くのことへと移り、思いを馳せるかのように、窓から夜空を見上げていらっしゃった。
そして、再びぽつりと独白なさった。
「海賊王の財宝は、決して誰にも渡しはしない」
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