第十二話 海賊退治
前回のあらすじ:
件の海賊船のバックには、またもキュジオという人物がいた。
俺――〈魔法使い〉マグナスは、戦いへ赴こうとしていた。
パライソ商会党首ポポスから、グァバ島近海を荒らす海賊団の討伐を、請け負ったのだ。
まずは“希望のマリア”号のバルバス船長と相談。
「船長。戦闘装備をするのに、準備が何日かかる?」
「そんなものはいつでもできてるぜ?」
「フ。さすがだな」
俺は熟練の元海賊船長に、緊急の出港準備を始めてもらった。
一方、“連盟”でも武闘派で知られるトネーニ商会の女党首が、申し出た。
「マグナス殿が行かれるというなら、ウチも戦艦を出す。ただ――」
「ただ、派手に船団を組めば、海賊たちの方が寄ってこない。それでは退治できない。だな?」
「ああ、そうなんだ……。だからポポス殿の依頼も、ウチらは請け負うことができなかった。海賊どもはアタシらカジウ商人の共通の敵だし、ウチらとしても戦うこと自体に否やはないんだが……」
「そのお気持ちだけでけっこうだ、アネモネ殿。派手な船団を組むとまずいのは、俺たちとて同じこと。アジトを強襲するにも、先に逃げられてしまう可能性が高い」
「ああ、そうだよな――ってアジトを強襲だあ!?」
アネモネが素っ頓狂な声を出して驚いた。
「マグナス殿は、連中のアジトの位置をご存じなのか!?」
「確実ではないが、予測がついている」
〈攻略本〉があるからわかるとは言えないので、俺は言葉を濁した。
しかし、アネモネは感極まった様子で、「スゲエ! “魔王を討つ者”スゲエ! さすが底が知れねえ!」と大興奮。
……俺の手柄ではないので、少し気恥ずかしい。
「そういうわけだ。“希望のマリア”号一隻で行ってくる」
「だったらアタシも乗せてってくれ! とびきりの腕っこきを十人くらい連れていく。せめて切り込み隊くらいはウチに任せてくんな!」
「……わかった。頼りにさせてもらおう」
彼女の心意気を無下にするのもどうかと思い、俺は首肯した。
◇◆◇◆◇
そして、俺は船上の人となった。
件の海賊団のアジトまで、バルバス船長の見立てでは四日間の旅程である。
しかし、俺もアリアもショコラも、船旅というやつにはとうに飽いている。代わり映えのしない海原! 水平線! もううんざりだ。
だから船室にこもって、バゴダードの船乗りの間で大流行だというカードゲームをアネモネに教わり、興じていた。
順風満帆、予定通りに航路を進み、そして三日目に予定外のことが発生した。
件の海賊団らしき船団を、見張りが望遠鏡で発見したのである。
「まさかアジトに着く前に遭遇するとはな。まったく、運がいいというべきか、悪いというべきか」
「海賊団にとっては、間違いなく不運でしょうねー」
俺の言葉に、アリアが冗談めかして答えた。
ともあれ、俺は彼女やショコラとともに、甲板へ上がる。
バルバス船長が望遠鏡を貸してくれながら、状況を説明する。
「どうも連中、一仕事終えた後の帰りのようで。喫水線が深く、小型船の割には船足が遅くなっているでしょう? 略奪品をわんさと積んでる証拠です」
「『でしょう?』と言われても、俺には違いがわからないよ」
俺は苦笑で答える。その道のプロの見立てには、まるで敵う気がしない。
無論、だからこそこういう頼れる男を、高給で雇い入れているわけだが。
「連中、俺たちを獲物と思って、あちらから襲ってきてはくれないかな?」
「いいえ、一目散に逃げてますな」
「ふむ……どういう判断なのかな?」
「これも喫水線から、オレらの船が積み荷をろくに積んでないと、判断したのかもしれません。するとこいつは戦艦としても優秀な最新鋭ですから」
「戦いに来たと、バレているということか」
なるほど、ベテランの話は本当に早いし、納得できる。
「追いつけるかな、船長?」
「どうでしょうな。連中もいざとなれば、積み荷を捨てて逃げるって手がありやすから」
「そうか。なら、これを使おう」
俺は懐から〈潮風の鈴〉を取り出した。
アラバーナのクリムの遺跡深層で発掘した、〈マジックアイテム〉である。
掌大ほどもある大きな鈴で、振っても全く音がしない。正確には、人の耳には聞こえず、潮風の精霊たちにのみ聞こえる音が鳴るのだという。
しばし振り続けていると、一帯の潮風が変化を起こした。
“希望のマリア”号は相変わらずの順風満帆。しかし、海賊船どもの周りだけ完全に潮風が凪ぎ、帆が萎れていた。
「潮風を自在に操れる〈マジックアイテム〉ですかい。オレら船乗りには夢のお宝ですな」
「実際、ランクSの貴重な物だよ」
カジウに来てから俺たちの船旅が常に順風だったのも、この〈潮風の鈴〉のおかげだった。
「カカカ! 連中、自分らだけ足が止まって、泡食ってますぜ」
バルバスが愉快痛快と高笑いする。
笑っていられるのは、何も指示せずとも優秀な船員たちが、戦いの準備を始めているからだ。操船に従事する者と戦闘員とにテキパキわかれ、火矢の用意をしていく。
アネモネたちトネーニ商会の腕利きたちも、いつでも切り込みできるぞと気炎を上げる。
俺は傍らのアリアに言った。
「ショコラの傍が一番安全だ。絶対に離れるなよ」
「はい、マグナスさん! しがみついて離れません」
『しがみつかれたらワタシが戦い辛いのですが……。いえ、なんでもございません。それでも戦ってみせよとのご命令なら、全力で遂行してみせますとも!』
自分の胸を叩くショコラ。
俺も安心して任せられる。
そして、その間にも彼我の距離が近づいてくる。
「どうやら件の海賊団で、間違いないようですぜ」
舳先に立ち、望遠鏡を構えたバルバスが報告した。
「あの真ん中にいる船。いわゆる旗艦ですな。そこにキャプテン・マンガンの顔が見えます」
「知り合いか?」
「遠目に見たことがある程度でさ。実際、有名な奴です。海賊相手にこういう表現はどうかと思いますが、気の利いた男です。海洋警察が手を焼かされるのも納得ですな」
バルバス船長は他にも色々と注意してくれる。
例えば、旗艦の船倉には身代金目的の人質が押し込められているはずだから、絶対に沈めてはならないだとか。
「ただ……連中、妙なことを準備してますな」
「妙なこと?」
船長は答える代わりに、望遠鏡を渡してきた。
俺はそれで海賊船の様子を見る。
「……甲板にずらりと並べているあの連中は、もしや〈魔法使い〉か?」
「マグナス殿の見立てなら、間違いないですな。クク、連中、面白いことを思いつく」
「思いついても、あれだけの数の魔法使いを海賊風情が雇って揃えるのは、難しいだろう」
「背後に何か、強力な組織でもついている可能性がありますな」
「なるべく捕虜をとって、吐かせるべきか……」
俺たちが相談している間にも、彼我の距離が矢戦の間合いまで詰まっていた。
海賊船から無数の火矢が飛んでくる。が、無駄なことだ。
俺は〈潮風の鈴〉を振った。
ただそれだけで強風が荒れ狂い、飛来する矢を薙ぎ払う。
「……本当に、船乗りにとっちゃ夢のお宝ですな」
その結果に、バルバス船長をして絶句させてしまう。
一方で、彼の部下たちが射放った矢は追い風に乗って、旗艦を除いた海賊船へと次々と降り注ぐ。
だが、敵も然る者だ。
海賊たちは矢戦が一方的な結果となっても、どうにかパニックを呑み込んでいた。俺たちの火矢による延焼を防ぐため、動き回っていた。
そして、彼我の距離がさらに詰まると、各海賊船の甲板に並ぶ、計五十人ほどの魔法使いたちが、一斉に呪文を唱え始めた。
応じて、俺も呪文を唱えた。
「「「フラン・イ・レン・エル!」」」
無数の詠唱が洋上に木霊する。
敵船団から、およそ五十発の〈ファイア〉系統が斉射された。
学院にいた俺でも、こんな派手な光景は見たことがない。
まして“希望のマリア”号の船員たちは、肝を潰していた。
アネモネが選抜した腕っこきたちの中にさえ、腰を抜かす者がいた。
だが、五十人分の炎の魔法より、俺の〈ファイアⅣ〉一発の方が勝っていた。
互いの船を狙い、洋上に躍った炎と炎がぶつかり合って、打ち消し合う。
だが完全な相殺とはならず、俺の撃ち放った炎の魔法が、威力をだいぶん削がれつつも勢い余り、海賊船の一隻に直撃し、その横腹を炎上させる。
とても消し止められる火勢ではなく、搭乗していた船員や魔法使いたちが、船から跳び下り、海上へと逃げ出す。
ふむ。この手応えだと、もう少し手加減してもよかったか。
ともあれ――
俺の〈ファイアⅣ〉は、直撃したその一隻の乗員のみならず、他の海賊たちにも多大な影響を及ぼした。
恐らく、海賊どもは五十人もの魔法使いによる〈ファイア〉斉射に、絶大な信頼を寄せていたはずだ。だからこそ、矢戦での敗北ではパニックにならなかった。
しかし、その頼みの魔法戦でも、俺に一方的にやられる結果となって、海賊どもは今度こそ恐慌状態に陥った。腰を抜かすも者、あるわけもない逃げ場を求めて甲板を彷徨う者、天に祈る者たちが続出した。
そこへ俺は畳み掛ける。
“希望のマリア”号の甲板を走ると、船縁を跳び越えて、そのまま海上へ躍り出す。
「マグナス殿!?」
「いきなり何を!?」
バルバス船長やアネモネたちの驚き声を振りきり、俺はそのまま空中を駆け上がった。
そう、何もない虚空を足場に変えて、蹴って、走ったのだ。
ヘイダル・ジャムイタンから得た戦利品、〈魔嵐将軍のブーツ〉の特殊効果である。
確かに俺は、レベル29で〈フライト〉を習得した。大空を自由にした。
だが〈フライト〉で飛んでいる最中は、他の魔法を使えないというデメリットが存在する。
ところがこの〈魔嵐将軍のブーツ〉で空中を駆ける能力は、あくまで〈マジックアイテム〉の効果なので、俺の魔法を阻害しない。
「な、なんだあれは!?」
「ひ、人が空を飛んでいる!?」
「いや、走ってる!?」
敵味方問わず、船員たちの驚き声が満ちる戦場の空を、俺は悠然と駆け抜けた。
そして、海賊船の遥か頭上をとると、そこから魔法攻撃を再開する。
「ティルト・ハー・ウン・デル・エ・レン!」
唱えたるは〈サンダーⅣ〉。
光の竜の降臨にも似た大落雷が、狙った一隻のメインマストを撃つ。
船倉まで貫いて大穴を開け、また燃え上がって倒れるマストから、海賊たちが慌てふためいて退避する。
さらに〈サンダーⅣ〉をもう一発!
俺は瞬く間にして、海賊船五隻のうちの三隻を大破させていった。
海賊どもからすれば、まさに悪夢のような光景だろう。
「なんだよ、あいつ……?」
「本当に人間なのか……?」
「バカ言うな! あんなのが、オレらと同じわけがないだろう!」
「風を操り、宙を翔け、雷を降らす――」
「嵐だ!」
「あいつ、嵐の化身だ!!」
まだ無事な二隻の甲板でも、恐慌を来たした海賊たちが、次々と膝を折っていった。
船乗りたちは、何よりも嵐を畏れると聞く。
もし航海中に嵐と遭ったその時は、一刻でも早く過ぎ去ることを願って、一心不乱に祈るという。
海賊たちはまさに、天空にいる俺へと向かって、一斉に祈り始めた。
その中には、キャプテン・マンガンとやらの姿もあった。
これ以上にはない、降伏宣言であった。
俺は見えない階段を下りるようにして、“希望のマリア”号に帰艦する。
「海賊たちの捕縛を頼む。海に跳び込んだ連中もひろってやってくれ。まとめて海洋警察に突き出す」
「「「……………………」」」
「ん? どうした?」
「あ、いや、マグナス殿の戦いぶりに、ちょっと現実逃避していただけだ」
「つーか、ウチらの出る幕が全くなかったじゃんか……」
「凄まじすぎてもう、この世のこととは思えませんや……」
バルバス船長やアネモネたちが、まだぽかーんとなっていた。
そんな周囲の様子を見て、くすくす笑っていたのはアリアとショコラだけだった。
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