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「攻略本」を駆使する最強の魔法使い ~〈命令させろ〉とは言わせない俺流魔王討伐最善ルート~  作者: 福山松江
第三章  ワタシに〈ご命令ください〉と押しかけるメイド編(?)
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第九話  否定から入る女党首 アネモネ

前回のあらすじ:


アリアのおかげで、マグナスは誠実の商売の大切さに気づいた。

「儲け話だあ? いいだろう、聞くだけ聞かせてもらおうじゃないか」


 アネモネはそう言いつつも、疑り深い眼差しのまま、俺の胸ぐらは離さなかった。

 ただ、つかむ力を緩めはしてくれたので、話をする分には何も支障がない。


「バゴダードの島民は、ひどく大酒飲みだそうだな?」

「別にバゴダードだけに限らないだろ? 海の民っていうのはそういうもんだ」


 俺は〈攻略本〉で知った情報を口にしたのだが、アネモネは否定した。

 が、


「ただまあ、ウチのシマは砂漠だらけで、本当に娯楽に乏しいんだよ。だから、よそのシマの奴らより、その分少しは酒好きかもしれんな」


 結局は、俺の言葉を肯定するアネモネ。

 少しイラッとさせられたが、俺は平静を装って続ける。


「バゴダード島では、竜舌蘭から作られるテキーラという酒が、好まれているとも聞いた」

「別にテキーラが特別好きってわけじゃない。ワインだってラム酒だって大好物さ。ただ、砂漠だらけのバゴダードじゃ、葡萄もサトウキビも採れないんだ。竜舌蘭なら腐るほど自生してるし、栽培も簡単なんだ。だったらテキーラを好きになるしかないだろう?」


 この女は、ひとまず否定から入らないと気がすまないらしい。

 彼女みたいなのを「面倒臭い女」というのかもしれない。


「アラバーナという国は知っているか、アネモネ殿? バゴダードよりさらに大きな砂漠だらけの土地だ」

「知ってるに決まってんだろう? トネーニ商会はカジウだけで商売やってんじゃないんだ!」

「なら、話が早い。アラバーナでも竜舌蘭は大量に自生している。そして、気候や風土が異なれば、育つ竜舌蘭もまた異なる。アラバーナ産の竜舌蘭で作るテキーラは、バゴダード産のそれとはまた違った味わいがあるんだ」

「ふーん。ま、ウチのシマで作られてるテキーラより、美味しいとは思わないけどね!」


 アネモネは言葉ではそう言いつつ、ゴクリと喉を鳴らした。体は正直な女である。

 

「俺たちマルム商会は、そのアラバーナ産の竜舌蘭を、あんたたちトネーニ商会に卸す用意がある。毎日、同じテキーラばかりじゃ飽きるだろう? 飲み比べできれば、島民の晩酌ももっと豊かになるだろう?」


 人間はその歴史上で何度も、嗜好品が原因で戦争まで起こしているんだ。

 嗜好品というのは、それくらい根源的欲求に根ざしているんだ。

 これが売れないわけがない。


「ダメだダメだダメだダメだダメだ!」


 なのにアネモネは、また否定から入った。つかんだ俺の胸ぐらをガタガタ揺らした。


「そんなものは、売れないとでも?」

「いいや、バカ売れだね! うちらもあんたらもしこたま儲かるね!」

「それのどこに問題がある!?」

「ウチらトネーニがシマの中で儲かるのはいい! だけどアンタらも儲かったら、金がシマから出ていくばかりだっ。アンタらが〈バライの実〉の商売を潰してくれたおかげで、ウチらは外貨を稼ぐ大きな手段がなくなっちまったんだぞ!? だからカチコミに来たんだぞ!? だけど、アンタのその新しいテキーラを売ろうって商売は、代案になりきれちゃいないんだよ!!」


 アネモネは俺をガタガタ揺すりながら、好き放題言ってくれた。

 しかし、正論である。

 俺は揺すられながら、正直、冷や汗をかいていた。


 なぜなら、俺が当初予定していた計画表には、新テキーラ販売のことしかなかったからだ。

 そして、当初の予定のままノコノコとカジウに来ていたら、俺の商売はここで――アネモネに否定されて、終わっていたということだ。


 俺が〈商人〉ではなく、〈魔法使い〉であることを痛感させられる。

〈攻略本〉にどれだけ完璧な情報が載っていようと、それを活かすも殺すも、あくまで自分次第だということを、改めて思い知らされる。ゾッとさせられる。


 でも、ありがたいことに、俺にはアリアがいてくれた。

「三方良し」のことをアドバイスしてくれた。

 俺はなんと果報者なのだろうか!


 だから内心で冷や汗をかきながらも、堂々とアネモネに答えた。


「話は最後まで聞いてくれ。儲け話はもう一つあるんだ。それも、あんたらが外貨をたっぷりと稼げる商売だ。それを以って、〈バライの実〉のわびとさせてくれないか?」

「は~ん? いいだろう、聞くだけ聞かせてもらおうじゃないか!」


 アネモネはそう言いつつも、疑り深い眼差しのまま、俺の胸ぐらは離さなかった。


    ◇◆◇◆◇


 翌日――俺たちは再び船上の人となっていた。

 バルバス船長が指揮する“希望のマリア”号に乗って、バゴダード島を目指していた。

 そして、俺を監視するように同船した、アネモネが憎まれ口を叩く。


「マグナスさんよ、あんた悪運は強そうな男だね。こんな順風、滅多にあるもんじゃないよ。ネルフからバゴダードへの航路は、普通はもっと遠回りをして、風を捕まえるもんなんだ」


 気が短そうなアネモネは、最短コースでバゴダードに帰れることを、殊の外喜んでいる様子だった。


 実際、俺たちはつつがなくバゴダードに到着し、“希望のマリア”号は島最大の港に停泊した。

 そこからは“ナルサイ”号に乗って、目的地を目指す。


「こんなデカくて速い〈浮遊する絨毯(ホバリングカーペット)〉を持ってるだなんて、マルム商会ってのは悪どく儲けてんだねえ!」

「いや、これはナルサイという俺の友人からの贈り物だ」


 鼻を鳴らして皮肉るアネモネに、俺は真剣に答えた。無論、友の名誉のために。


「ハ! そんな貴重で高価なものをポンとくれるお友達とか、何者だよってんだ」


 しかし、この否定から入る女は、疑わしそうにするだけだった。


 俺は別に腹を立てない。信頼できる友人がいないのだろうなと、憐みを覚えるだけだ。


「私、砂漠を旅するのは初めてなんですけど、さすがに暑いですねー。マグナスさん、喉乾いてませんか?」

『冷製の紅茶を水筒にたくさんご用意しております。ワタシの懐で温めておきました』

「温めたらダメじゃないですか、ショコラさん!」

『美少女メイドの人肌温度ですから、きっと美味しくなっているはずです』

「うふふ、古代アラバーナの魔法生物さんって意外と壊れやすいんですねー。頭が」

『失敬です、アリア様!』


 と、アリアとショコラがいてくれたおかげで、目的地まで退屈する暇もなかった。

 アネモネと二人きりだったら、さぞや険悪な道中になっただろうが。


 そして、俺たちは()()()()()()()()()()()、広大な湖に到着した。

 無論、ただの湖なわけがない。

 水の代わりに、真っ黒でドロドロとした粘液を湛える、死の湖だ。


「シマのもんは恐がって、誰も近づきゃしねえ。だから名前もつけられてねえ」

「だろうな」


 俺だって〈攻略本〉の情報がなかったら、こんな不気味な湖に、近寄りはしない。

 持ってきた棒を湖の端から突っ込み、付着した粘液を――初めて目にする物体を、つぶさに観察する。


「なんなんだ、この黒いネバネバは?」

「〈天然アスファルト〉だ」


 俺は〈攻略本〉情報を、さも自分のものであるかのようにひけらかした。

 ……仕方がないだろう。〈攻略本〉のことは、よほど信用できる相手にしか教えられない。


「で、マルム商会さんは、マジでこのネバネバをラクスタに輸入したいって? 本気かい?」

「本気も本気だ。これは〈ゴム〉同様、素晴らしい新素材となる」

「ハン、何に使うかは知らねえけど――」

「用途は教える。加工法もだ。それでゆくゆくは、トネーニ商会も輸出商材としてだけではなく、新素材として扱うといい。この広大な湖一杯にたゆたう資源を、マルム商会と山分けしよう」

「…………」


 否定から入る女が、黙りこくった。

 初めて、否定から入らなかった。

 ただ、やはり猜疑心に満ちた眼差しまでは、変わらなかった。


「……なんでアンタ、そこまで()()()商売をする? 黙ってりゃいいじゃないか。アタシらはこのネバネバの価値なんかわからないんだ。二束三文で買い叩けばいいじゃないか。それでもアタシらは外貨を稼ぐために、お買い上げいただくしかない。商売ってなあ、そういうもんだろう?」


 その目で俺をにらみ、疑問をぶつけてきた。


 だが、俺は怯むことはなかった。

 ただ真実を、誠実に答えるだけでよかったからだ。

 簡単な話だったからだ。


「俺の最終目的は、がめつく荒稼ぎをすることじゃない。魔王を討つことだ。そのために〈海嘯の剣〉が必要なのだ。そのために莫大な金が必要なだけなのだ」

「なっ……」


 アネモネは絶句した。

 まさか思ってもみない、話だったのだろう。

 俺のことを、がめつく胡散臭い、余所者の侵略者だと思っていたのだろう。


「……嘘じゃ……ないんだろうね?」

「好きなだけ疑えばいい。いつまでも監視すればいい。俺に嘘も後ろ暗いところも一切ない」

「…………っ」

「ただ、ガタガタ揺らすのだけは、勘弁していただきたいがな?」


 俺は片目をつむり、冗談めかした。

 できれば、いつまでも険悪なままでいたくないというサインだ。


 果たしてアネモネは、呆れたような苦笑いを浮かべた。

 それから、ばつが悪そうな顔になって、さらにそれから、ポツンと呟いた。


「今ほど自分が女に生まれてきたことを、悔しく思ったことはねえ……。アタシが海賊王の直系男子だったら、アンタと一緒に後継者の座を狙えたのに……」


 肺の中身を全部絞り出すような嘆息をすると、彼女はさっぱりとした顔つきになる。

 それから、俺に向かって深々と頭を下げた。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、“()()()()()()()()()()()

「……知っていたのか?」


 いきなりの殊勝な態度とその台詞に、俺は驚く。

 アネモネはまだ頭を下げたまま、口調だけ元に戻って、


「ああ。ウチらはカジウでだけ商売してるわけじゃないって言っただろ? 特にアラバーナは、同じ資源の乏しい砂漠の土地柄ってことで、常日頃から注視してるんだ。それで、アンタの名前と偉業を耳にしたことがあった」


 それでも所詮は風聞だ。

 アネモネは、俺のことを疑ってかからずにいられなかった。


「アタシは女手一本で、トネーニ商会の舵取りをしていかなきゃいけねえ。万に一つも失敗したり、だまされたりなんか、あっちゃならねえ。だから、何事にもまず疑ってかかるようにしているんだ。それでマグナス様には、不快な想いをさせちまっただろう。どうか許してもらえるとありがたい。この通りだ!」


 面倒臭い女にも、事情はあったということだ。

 一本通った強い芯があったということだ。


 これを聞かされて、まして謝罪されて、許さないわけにはいかないだろう。

 これでまだ根に持っていたら、それこそ「面倒臭い男」だ。


「頭を上げられよ、アネモネ殿」

「許してくれるのか?」

「トネーニの商売を俺たちが一つ邪魔したというのも事実だ、おあいこにしないか? その上でお互いに水に流し、建設的な関係を築いていければ、素晴らしいことだと思うがな」

「乗った!」


 アネモネは頭を跳ね上げると、俺の手をつかんで離さないとばかりに握手した。

 オーバーアクションだと苦笑させられたが、頼もしいことには変わらない。

“連盟”のアズーリ商会に続いて、トネーニ商会とも協力をとりつけられたのは、素直にありがたい話だった。

読んでくださってありがとうございます!

毎晩更新がんばります!!

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新作始めました。
『辺境領主の「追放村」超開拓 ~村人は王都を追放された危険人物ばかりですが、みんなの力をまとめたら一国を凌駕する発展をしてしまいました~』
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ぜひ1話でもご覧になってみてください。
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