第七話 法の番犬 ロレンス
前回のあらすじ:
ヨーテルが性懲りもなく殺し屋ケッセルと殴り込みに来たが、一蹴
俺――〈魔法使い〉マグナスは、ロレンスという警察隊長と、握手を交わしていた。
「こんな夜分に駆けつけてくれて、助かった。お礼申し上げる」
「いや、礼を申し上げるのはこちらの方だ。マグナス殿の通報のおかげで、長年追っていた重犯罪容疑者を、現行犯で捕えることができた」
固い握手を交わしている間にも、互いに相手を値踏みする。
――そもそもカリオストロとは、海洋警察とは何か?
彼らの発足もまた百年前に遡るという。
“南の海賊王”は、九人の優れた息子たちにそれぞれ、島を一つずつ分け与えた。
今日、“連盟”と呼ばれる九つの大商会の、ルーツだな。
一方で“南の海賊王”は、最も頼れる腹心だったカリオストロに、一つの組織を任せた。
王の下でせっかく一つにまとまり、平和になったカジウの海域が、再び海賊団の群雄割拠する、戦乱の海にならないように。
抑止のための武力と警察権を背景に、カジウの全ての民と商会に、法と秩序を守らせるための組織。たとえ相手が“連盟”であっても例外を認めず、断固として取り締まることのできる組織。
それが、カジウ海洋警察ことカリオストロだ。
名前の由来はもちろん、初代警察長官から来ている。
この初代長官、よほどに優秀な人物だったらしい。〈攻略本〉をひもとかずとも、歴史書等にいくらでも詳述されている。
彼が立ち上げ、整備した組織は極めて完璧に近く、おかげで百年経った今でも、まずまず腐敗や弱体化することなく、実質を保っている。カジウの法と秩序を守り、抑止力として怖れられている。
それは“連盟”ですら例外でなく、悪事を犯せばきっちりと海洋警察に裁かれる。これを揉み消すことはほぼ不可能。
と――海洋警察はカジウにおいて、そういう立ち位置にいる組織なのだ。
そして、このロレンスという男は、現海洋警察の中でも有名人らしい。こちらは〈攻略本〉情報だ。
異名は“法の番犬”。
巨大な悪事をどこからともなく嗅ぎつけ、糾弾すること数知れず。善人からは尊敬を込めて、悪人からは畏怖を込めてそう呼ばれているという。
組織の使い方が巧みで、部下には慕われ、自身も剣の達人――レベル23の〈剣士〉――と三拍子そろっている。
何より出自を鼻にかけない、ストイックな男だと。
実際に会ってみて、俺はその情報以上に、ロレンスからは切れ者然とした凄味を感じた。
そして、握手をしたまま彼の方も言い出す。
「マグナス殿は〈魔法使い〉だと仰っていたが……」
「如何にも。先ほどの〈サンダー〉は、ロレンス殿もご覧になったはずだが?」
「それにしては不思議だ」
「ほう。というと?」
「マグナス殿と仮に剣で仕合っても、まるで勝てる気がしてこない」
「ははは、それはご謙遜もすぎる!」
俺は笑い飛ばすことにした。
半分本音で、半分は韜晦だ。
このロレンスという男、素晴らしい眼力をしている。
〈魔法使い〉ではあるが、遥かに高レベルの俺の方が、〈力〉や〈素早さ〉といったステータスでも、彼に勝っていることを見抜いている。
ただ……仮に白兵戦を演じれば、果たしてどちらが勝つだろうか?
〈スキル〉の使い方を含めた、戦法の組み立てようによってはロレンスにも分はありそうだが。
何しろ俺は前衛職の〈スキル〉は一切有していないし、一方で〈剣士〉というのはその名の通り剣しか装備できない代わりに、多彩な〈スキル〉を習得できるからな。
まあしかし、正直に言って興味が薄いな。
別に白兵戦ならロレンスが上ということで、何も問題はない。
俺がそう思った一方、ロレンスの感想は違うようで、
「オレとしては、マグナス殿が法を遵守してくれることを、ただただ祈るしかないな」
「こう見えて善良な男で通っているんだ。安心していただきたい」
「けっこう。カジウへようこそ、マグナス殿。貴殿の善良な商売が上手くいくことを祈っている。だが――」
「だが?」
「もし貴殿がカジウの法を破ったその時は、オレは絶対に許しはしない。マグナス殿がどれだけ強大な力の持ち主であろうと、オレは――オレたちは見過ごしたりはしない。必ず然るべき裁きを与える」
「さすがは“法の番犬”! 見事な胆力だ!」
いかにもな優男然としているが、芯に一本通っている。
こういう気骨のある男が、平和と秩序を守っているからこそ、カジウは商人の楽園足り得るのだろうな。
ロレンスが部下たちを指揮し、捕縛したヨーテルやケッセルたちを連行していく様を、俺はショコラとともに見送る。
すると、フェリックス邸の玄関が開かれ、アリアと赤子を抱いたハンナ夫人が姿を見せた。
「お怪我はないですか、ショコラさん?」
『ふぇ? アリア様は、マグナス様ではなくて、このワタシをご案じくださるのですか?』
「だってマグナスさんは、これしきのことでどうにかなる人じゃありませんから」
『うわあああ、うれしいです、アリア様あああああ』
「ちょ、待って、感激しすぎでしょう!?」
ショコラに思いきり抱きつかれて、アリアが当惑していた。
一方で、ハンナ夫人は海洋警察たちを見て――より正確にはその隊長を見て、瞠目していた。
「ロレンス……?」
「……我々はこれで失礼させていただきます」
ロレンスの方はハンナ夫人に気づくなり、あからさまに顔を背けていた。特に、彼女が抱く赤子――フェリックスの嫡子であるリンクから、目を逸らしていた。
そして部下と犯人を率いて、そそくさと立ち去った。
「ロレンス……」
ハンナ夫人が、肩を落として消沈する。
やはり二人は顔見知りらしい。しかも、何やら深い事情があるようだ。
まあ、他人である俺たちが、立ち入るものでもなかろう。
『ロレンス様とお知り合いなのですか、奥方様?』
立ち入るものではないというに!
俺が半眼になってにらむと、ショコラは『えへへ』とばつが悪そうにした。いつもの硬い表情のまま、器用に。
対してハンナ夫人は愛想笑いを浮かべ、
「構いません、マグナス殿。別に大した話ではないんです。わたくしとロレンスは、同い年の幼馴染同士だったんです」
『もしや将来を誓い合った仲でいらっしゃったとか?』
「こらショコラ!」
おまえは未亡人に何を訊いているんだ……。
「ふふ、当たらずといえども遠からずですね」
俺はハラハラしながら夫人の様子を見ていたが、彼女は愛想笑いを苦笑いに変えるだけで、なんでもないことのように教えてくれた。
「実は二十歳の時に、わたくしの方から勇気を出して求婚したのです。でも、ロレンスには袖にされてしまいました。今ではそれでよかったと思います。おかげでわたくしはフェリックスという素晴らしい夫との間に、最愛の息子を儲けることができましたから――」
よく寝ているリンクを、優しく見つめるハンナ夫人。
その横顔は、たとえ苦笑いを浮かべていようとも、逞しい母親の顔つきに違いなかった。
「――ええ、周りには『弟がダメなら兄に乗り換えるのか』だとか、『要するに財産目当てか』だとか、さんざんになじられましたけど。今となってはほんの些事にすぎなかったと思います」
「えっ!?」
『では、ロレンス様とフェリックス様は御兄弟だったのですか?』
びっくりするアリアとショコラ。
一方、俺に驚きはない。そう、『出自を鼻にかけない、ストイックな男』という記述とともに、〈攻略本〉に載っていたからだ。
ただ、ロレンスが何を思って家を出て、海洋警察に身を投じたのか、そこまでは窺い知れない。当然、〈攻略本〉にも載ってはいない。
ロレンスは先ほど、ケッセルを追ってこの島に来たと言っていた。恐らく嘘はないだろう。実際、兄であるフェリックスが亡くなってしばらくが経つが、ロレンスは葬儀どころか、墓参りにすら一度も顔を出していないのだから。
気にならないと言えば嘘になるが――まあ、今はいいだろう。
それよりも、ちょうどいい機会だ。
俺はハンナ夫人に申し出る。
「この島での商売も軌道に乗ってきた。ヨーテルは囚われ、アズーリ商会もあなたの下で蘇るだろう。今後ともマルム商会と、よいおつき合いを願いたい」
「こちらこそ願ってもいないことですわ。ぜひ今後ともよろしくお願いいたします」
「ありがとう、夫人。その上で、知っていていただきたいことがある。俺たちがカジウに来た、本当の目的だ」
俺は一度言葉を切り、声を潜め、小首を傾げた夫人に告げた。
「俺は“南の海賊王”が残した、三つの財宝を手に入れたいと思っている」
「まあ!」
「正確には三つのうちの一つ、〈海嘯の剣〉だけでいい。あなたも“連盟”の一角に輿入れしたなら、伝承はご存じだろう? 海賊王の三つの財宝を継承するには、途方もない額の金貨と、海賊王直系男子の血筋が必要だ」
「は、はい……。夫からも聞かされておりました」
「ならば話が早い。言いたいことが、わかってもらえるだろうか?」
途方もない額の金貨ならば、俺とアリアでがんばって用立てする。
しかし直系男子の血筋は、逆立ちしても不可能だ。
ゆえに俺は誰か一人でいい、“連盟”党首の協力が必要なのだ。ゆえにアズール商会党首に、白羽の矢を立てていたのだ。
だが、フェリックスは亡くなった。
「このリンクを……海賊王の継承者にしたいと、そう仰るのですか……?」
「それが俺が〈海嘯の剣〉をいただく、せめてもの見返りだと考えている」
とはいえ正直、気が引けている。
判断能力のない赤子を、継承者にしてしまってよいものかどうか……。
「今すぐどうこうという話ではない。だから、考えておいていただきたい。もちろん、いつでも断ってくれても構わない。それでマルム商会との関係が気まずくなるとか、そういうことは絶対にない。お約束する」
「ふふ、マグナス殿は意外と気遣いの人でいらっしゃるのね。わかりました。ゆっくり考えさせてくださいまし」
夫人の言葉に、俺はうなずく。
たとえ最終的に断られることになったとしても、アズーリ商会が強力な味方になってくれたことは疑いない。
そう、俺たちがネルフ島に来たことは、決して無駄ではなかったのだ!
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