第四話 忘恩の元番頭 ヨーテル
前回のあらすじ:
マグナスが協力を得ようとしていたアズーリ商会の党首フェリックスは、毒殺されていた。
それでマグナスとアリアは、未亡人となったハンナたちと協力することを決定。
ネルフ島に到着した俺たちは、ハンナ夫人に招待され、彼女の邸宅で一泊した。
俺たちは用心棒代わりにもなるので、彼女も安心できたことだろう。
夫を亡くしたその夜に、熟睡できるかどうかは別の話として……。
〈攻略本〉によれば、ネルフ島は『土地の半分を密林が覆い、滝のような雨が降る』と書いてあった。しかし、聞きしに勝る高温多湿の環境で、ひどく寝苦しかった。
蚊の多い土地柄でもあり、虫除けのために焚いたお香の悪臭もキツい。
「眠れたか、アリア?」
「いいえ、あんまり」
「だよな」
「あはは……」
翌朝、俺たちは互いに苦笑いを浮かべた。
『でしたらワタシにご命令ください。一晩中、お二人を扇いで差し上げます。お香なんて焚かなくても、近づく蚊は一匹残らず殺戮して差し上げます』
「そんな極端な真似はせんでいいッ」
『それがご命令ですか? マグナス様はやっぱり優しいです』
「常識的なだけだ常識的な」
と、ショコラともそんなやりとりをしながら、三人で出かけた。
早速、ヨーテルの顔を拝みに行ったのだ。
留守を頼んだバルバス船長と彼の部下たちは、かなりの武闘派とのこと。屋敷の警護は充分足りる。
代わりにハンナ夫人から、忠義厚い社員を一人、案内役に借り受ける。
「この時間なら、野郎は港の倉庫にいるはずです」
と、その青年の言う通りだった。
船倉に巣食うネズミみたいな顔をした中年が、忙しなく手下をコキ使っている。
こいつがヨーテルだ。
そして、あちらの方でも俺たちの顔に気づいた。
「ヨーテルさん! あいつらです、昨日オレらを海へ叩き落とした奴らは!」
「ば、バケモンみてえに強いんでさあっ」
「何しに来やがったんだ、あいつら!?」
「ヒャ……ハハ……っ、ボコられてえ奴は、どこ……だあ……?」
と、手下どもはすっかり怯えきった様子だった。
しかし、ヨーテルはそんな手下どもを見て、小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
それから恐れげなく、俺たちの方へとやってくる。
「うちの社員に対し、不当に暴力を振るったというのは、貴様らで間違いないかね?」
修羅場慣れしているのか、意外とドスの利いた声で詰問してくる。
俺はすっ呆けて答えた。
「さあ、知らないな」
「しらばっくれるんじゃない! 貴様に殴られたと、うちの社員が訴えてんだよ!」
「知らんものは知らん。もっとも俺たちの船に対し、海賊紛いの真似をした怖れ知らずどもを、成敗してやった記憶ならあるが」
「貴様、いけしゃあしゃあと!」
激昂するヨーテル。
「憶えておけよ、若僧? いずれ商売が落ち着いたら、必ず貴様を法の下に引きずり出して、昨日の狼藉を裁いてやるからな!?」
意訳すれば、「いずれアズーリ商会の乗っ取り騒動も落ち着き、ネルフ島での影響力が盤石になったら、カジウの法を守る海洋警察たちへの融通も利くようになるので、その時に不当な裁きを与えてやる」と言ったところか。
「ワシは極めて忙しいんだ! 今が稼ぎ時なんだよ!」
ヨーテルは捨て台詞を残して、去っていこうとした。
俺は奴らの倉庫に山と積まれた「商品」を観察しながら、その背中に向かって言った。
「乾燥させた〈バライの実〉か。これだけ大量に集めようと思ったら、相当前から段取りをつけていなければならなかっただろうな」
「ああ、そうさ。価値のわからんボンクラが、安値で捌こうとしていたがね! ワシはそんな愚かな真似はせん。こいつで大儲けよ!」
ヨーテルは立ち止まると、振り返って高笑いをした。
俺たちの前で勝ち誇ってみせたくて、堪らない様子だった。
――繰り返すが、ネルフ島は蚊の多い土地柄だ。あまりにたくさん刺されると、怖ろしい風土病も引き起こす。〈攻略本〉にもそう書いてある。
そこでネルフ島の人々は、〈バライの実〉という果実を乾燥させ、お香として焚く。ひどい臭いの煙が出るのだが、蚊の方でもこの臭いをきらって、寄ってこなくなるのだ。
ところがこの〈バライの実〉は、ネルフ島では収穫できない。
カジウにあるまた別の島で収穫されたものを船で運んできて、夏の蚊害に備えるのである。
その収穫、海運、販売は、アズーリ商会が代々担ってきた。
独占しているのとはちょっと違う。なぜならアズーリ商会はそれだけ仕入れの手間をかけておきながら、可能な限り安価に売っていたからだ。他の商会は、割に合わなくて手を出さないというだけだからだ。
ではなぜアズーリ商会は、その割に合わない商売を、百年ずっと続けていたのか?
無論、代々の誠実な党首たちが、島民の健康のために、半ば公共事業と割り切り、営んでいたからに違いない。
そして今年は、例年よりも雨量が少なく気温が高いため、蚊が大量発生――それも十年に一度の異常発生する見込みである。
ここまでは全て〈攻略本〉にも載っている。
そして、ここからは昨日、ハンナ夫人から聞いた話だ。
蚊害と戦ってきたアズーリ商会の党首たちは代々、その年に蚊が大量発生するか否か、経験則的に判断できるのだという。
それでフェリックスは今年の異常発生に備え、例年以上の〈バライの実〉を用意させていた。周到とはまさにこのこと、“連盟”党首の実力を示す一例ではないか。
ところが、ここでフェリックスとヨーテルは衝突した。
ヨーテルの方が急に、「異常発生するのならば、なんのかんの理屈をつけて、例年より高く売りつけるべきだ。大儲けする商機だ」と主張したのだという。
誠実な商売を心がけるフェリックスは当然、聞き入れることなく、両者の主張は平行線をたどった。
そして、毒殺と商会乗っ取りに至る――
その主犯であるヨーテルが、依然として勝ち誇った。
「貴様ら、昨夜はフェリックスの屋敷に寝泊まりしたそうだな? 大方、夫人に泣きつかれて、味方する気になったか? 人の好いことだ! しかしお人好しでは金儲けはできん。そのことをワシが教えてやろう。このワシの目が黒いうちは、この島で貴様らに商売などさせんから覚悟しておくことだな!」
俺は泰然と反論した。
「はて? 商売の成立要件とは、売る物があって、欲しいという客がいれば、それだけで事足りると思ったのだがな? あんたの許可などいちいち必要ではないだろう?」
「よくぞ豪語したな、若僧! だが、ワシは知っているのだぞ? 貴様らが乗ってきたあの大きな船、積み荷はろくにあるまい?」
「ほう! よく御存じだ」
「ふははは、うちの社員にも目端が利く奴がいるんだよ! 喫水線の深さを見れば、積み荷のおおよそを推測できる奴がな!」
自分の手柄でもあるまいに、ふんぞり返るヨーテル。こいつが「うちの社員」と連呼するのは、自分が所詮、卑怯な手でアズーリ商会を乗っ取った番頭にすぎないという、コンプレックスの裏返しだろうな。
そんな小物が下卑た笑みを浮かべ、恫喝してくる。
「積み荷がないということは、貴様らはネルフ島には仕入れをしに来たんだろう? 残念だったな! ワシは貴様らには何も売らんよ! 他の商会たちにも圧力をかけて売らないようにしてやる! ワシの目が黒いうちは、島で商売させんとはそういうことよ! ギャハハッ、思い知ったか? なんならワシの靴を舐めてみるか? 万が一にも、ワシが貴様らを許す気になるかもしれんぞ? ギャハハハッ、ギハハハハハハッ」
最後まで勝ち誇り、これみよがしな高笑いをするヨーテル。
ゆえに、奴には聞こえていなかった。
「商品ならあるさ」
という俺の台詞が。
さあ――この勝った気でいる男に、目に物を見せてやろう!
次回、ヨーテルをぶっ潰します!
というわけで、読んでくださってありがとうございます!
毎晩更新がんばります!!




