第二話 初めての航海
前回のあらすじ:
アリア、ショコラを仲間に、諸島国家カジウで交易することになった。
「潮風が気持ちいいのは最初だけって、ホントですねー」
『ワタシの髪がベタベタです。これではマグナス様に撫でてもらえないです』
アリアとショコラがぼやく。
船が出港して一時間。
俺と一緒に甲板の船縁に立ち、海原の波模様を眺めるのにも、そろそろ飽きてきたころだ。
「まあ、ショコラさん。撫でて欲しいなら、私に言ってくれればよかったのに。ぐりぐりぐりぐり」
『やめてください、アリア様。ベタついた髪が変な形で固まってしまいます』
多分に退屈凌ぎなのだろう……こんな風にアリアとショコラが、しょっちゅうじゃれ合っていた。
最初、俺は二人のやりとりを、ハラハラしながら見ていた。
「ケ、ケンカはよくないんじゃないか……?」
と震え声になって、仲裁しようともした。
ところが、アリアもショコラもきょとんとなるばかりで、
「ケンカて。そんな意地悪してるつもりはないですけど」
『アリア様の仰る通りです。押しかけメイドのワタシを、アリア様はなんだかんだ構ってくださって、正直感謝感激です。マグナス様にアリア様、お二人に出会えてショコラは幸せです。五百年、寂しい想いに耐えた甲斐がありました』
「そ、そうか……。俺の杞憂ならいいんだが……。でも、二人とも女の子なんだ。仲がいいのなら、もっとこう……棘のない談笑をするとかなんとか……」
「うふふ、マグナスさんてば、女の子に幻想持ちすぎですよ」
『ワタシで女性慣れしてみては如何でしょうか? 喜んで練習台になります』
「うふふ、イケナイことを言うお口は、この口ですかー?」
アリアが言った傍からショコラの口を、左右に引っ張っていた。
俺はますますハラハラとなっていたし、ショコラも『痛ひですー』と抗議していたが……。
確かによくよく観察すれば、ショコラはいつもの無表情に見えて、目がはっきり笑っていた。五百年ぶりの他人とのスキンシップを楽しんでいるようだった。
俺がどうも他人とのスキンシップが苦手というか、自分から他人に触れるのを遠慮してしまうタイプだからな……。
アリアもそれを理解した上で、俺の分までショコラにかまってやっているのかもしれない。
「というかですね、マグナスさん。お友達同士なら、普通これくらいビシビシ、ズケズケ、やり合いません?」
アリアはそう言いながら、途中でハッとなった。
ショコラを少し離れたところへ連れていき、小声で説明していた。
「そうでした。マグナスさんはお友達のいない人なんでした」
『不憫なマグナス様。寂しくないよう、ますます誠心誠意ご奉仕差し上げなくては』
「そこ! 聞こえてるからな!」
俺がツッコむと、アリアが「冗談です」とくすくす笑いながら戻ってくる。
「ね? 仲が良いからこそ、これくらいはやり合いますし、一緒にいて楽しいし飽きないんじゃないですか。というか、ずっと棘のない談笑ばかりしてるとか、お友達ってより商売相手ですよ」
「……なるほどな」
アリアには本当に学ばされることが多い。
だから俺は一人の人間として彼女を尊敬してやまないし、だから恋人として彼女のことが好きで好きでしょうがないのだろう。
◇◆◇◆◇
俺たち三人の、親愛と棘を織り交ぜた談笑が、飽きることなく続く。
退屈なはずの船旅が、いつしか時を忘れる。
俺たちが乗っているこの船は、マルム商会が所有する交易船だった。
全長六十メートル、三本マストというかなりの大型。しかも最新鋭船。
名を“希望のマリア”号という。
俺の最初の目的地であるネルフ島へと、真っ直ぐに向かっていた。
「今日は一年に一度あるかどうかってくらい、風が強いくせに素直だ。この調子なら、予定よりも二時間早く着くだろう」
とは、船長であるバルバスの言だ。
隻眼隻腕の五十二歳。歳に似合わぬ逞しい体躯。マルム商会がこれぞと見込み、大金で雇っている経験豊富な船長である。
元は海賊船の長だったという、異色の経歴を持つ猛者でもある。
「海のことはオレに任せてくれ」とばかりの自負が全身から漲り、たとえ雇い主のご令嬢相手でも遜ったりはしない。
信頼に値するプロだった。
実際、彼の読みはピタリ的中。
ネルフ島最大の港が、予定の二時間早く見えてきた。
アラバーナではラムゼイにも感じたが、その道に精通した男の読み予測というものは、全く正確なものだと舌を巻かされる。
そんなバルバスが、鋭い声になって報告してきた。
「港からキナクサい臭いがしてきやがったぜ」
彼の言葉の意味は、すぐにわかった。
港を発った一隻の小型帆船が、五隻の中型帆船に追われ、今にも取り囲まれようとしているのである。
「囲んでいる方は、アズーリ商会の旗を掲げているな」
目を凝らし見るバルバス船長。
そして俺がネルフ島へやってきた目的はまさに、この島を縄張りとするアズーリ商会と、友好的な接触をするためだった。
のっけからトラブルに巻き込まれたくないものだが……。
船長は続けた。
「普通に考えれば、密輸か何かやらかした連中を、アズーリ商会の奴らが追いかけて、オトシマエをつけさせようって構図だ。だが、なんともキナクセえ。オレの勘がそう言ってらあ。あの囲んでいる五隻の方が、まるで海賊みたいに見えちまうぜ」
そう言って、俺とアリアに判断を仰いだ。
船を動かす、航路を決める、船員たちを取り仕切る――そういったことにこの男は、素人の俺たちには絶対に口を出させない。
だが、この船が採るべき、そもそもの方針については、しっかりと耳を傾けてくれるのだ。
ただのワンマン船長とは一線を画している。
「あの包囲の中に割って入って、小型船の横に着けることはできるか、船長?」
もしあの小型船が犯罪者のものなら、そのまま俺たちの手で拿捕してアズーリ商会に突き出し、挨拶代わりとできる。
しかし、もし船長の勘が当たっていたら――
俺は彼の読み予測を信じて、両対応ができる依頼をした。
「任せろ。お安い御用よ」
船長は物騒な笑みを浮かべて応えた。
大船に乗った気分とはまさにこのことだ。
バルバスは的確に船員たちに指示を出す。彼らもまた船長が選りすぐった、高給取りの腕っこきどもだ。陸より海で暮らす方が遥かに長いタフガイどもだ。
あれよあれよという間に、“希望のマリア”号は包囲の中に割って入り、小型船にピタリと横付けする。
その小型船の甲板で、赤子を抱き締めた母親が叫んでいた。
派手ではないが仕立てとセンスのいいドレスを着た、妙齢の美女である彼女が、形相を歪めるようにして、金切り声で訴えていた。
「悪い者たちに追われているんですッ! お助けください! お願いします!!」
無垢な赤子を抱いた母親の訴えだからといって、それを鵜呑みにするほど俺は浅薄ではない。
だが――
だが、ああ、しかし、俺たちと小型船を取り囲んだ連中は、なんともはや底が浅く知れた連中だった。
“希望のマリア”号に強制接舷してくると、許可もなく四つ爪鉄錨のついたロープを大量に投げかけてきて固定し、そのロープを伝ってわらわらと攻め込んできたのだ。
「ひひひ、なんでえオメエら、いきなり割って入ってきてよう」
「きひひ、なんでもいいじゃねえか、こんなデケえ獲物をいただけるなら」
「オメエらあの密輸船の仲間なんだよな? な? まあ、違うって言っても知らねえけどなあ」
「仲間なら、オメエらにもオトシマエつけてもらうのが筋ってもんだよなあ」
「ヒャハハ、ボコられてえ奴はどこだあ?」
言いがかりをつけ、俺たちを皆殺しにし、この立派な船を積み荷ごといただこうとする様は、まさしく正義なき海賊のやり口と変わらなかった。
バルバス船長の勘がこれまた当たっていた。
「これは懲らしめてやるしかあるまいな」
『はい、マグナス様。ワタシにご命令ください』
俺とショコラは、甲板の左右にわかれ、群がる海賊どもと対峙した。
「なんでえ、ぼうず? 降参してえのか? フヘハ、お利口な奴だあ!」
「でも残念でした! オメエらは皆殺しだよーん!」
「別嬪さんだけは生かしておいてやるよぅ。オレらが飽きるまでなぁ」
「ヒャハハ、ボコられてえ奴はどこだあ?」
海賊どもは湾曲刀を振りかざし、問答無用で斬りかかってきた。
獲物をいたぶる、下卑た笑みを口々に浮かべていた。
俺はその顔面へ、《大魔道の杖》を容赦なく打ち込む。
あちらも問答無用ならこちらも無用。
一人、また一人と無言で殴り倒し、赤子の手をひねるように海へと叩き落としていく。
俺は〈魔法使い〉だが、〈レベル〉は38に達している。しかもデストレントの果実で全ステータスをフルブースト済み。
たとえ白兵戦でも、相手が前衛職でも、俺と張り合おうと思えば〈レベル〉が20台半ばは必要だろう。
そんな人間が、カジウにいったい何人いるだろうか?
ましてこいつら有象無象どもに、やられるわけがない。魔法を使うまでもない。
一方でショコラである。
『きゃー。やめてください。乱暴しないで。暴力反対ですー』
と悲鳴を上げながら、海賊どもをギッタギタにしていた。
暴力の化身となってパンチキック。当たるに幸い、海中へと叩き落とす。
殺戮メイドを素体とする彼女は今や、それこそ俺を凌駕する白兵戦闘能力の持ち主だ。
海賊如きに後れをとりはしない!
「ひええ、こ、こいつらバケモンだあぁ……」
「命だけはお助けを!!」
「ヒャハハ……ボコられてえ奴は……どこだあ……?」
命乞いする連中を、俺とショコラは問答無用で海原へと叩き落とし続ける。
さすがに命までとる気はないが、そこでしばらく頭を冷やし、反省するがいい。
『成敗完了です』
とショコラが腰の左右に手を当て、誇らしげにした。
「改めてマグナスさんってば規格外ですよね。それにショコラさんまで強い……」
とアリアが呆れ返っていた。
バルバス船長以下、“希望のマリア”号の船員たちもまた目を丸くしている。
ふふ、彼らほどの男の中の男たちに認めてもらえるのは、正直悪い気分ではないな。
◇◆◇◆◇
「助けていただき、ありがとうございました」
小型船に乗っていた、赤子を抱いた母親と船員たちが、一同に集まって頭を下げる。
「礼ならこちらのバルバス船長に言って欲しい。様子がおかしいと看破し、警告してくれたのは彼だ」
「いやいや、それもマグナス殿の力があってのことさ。ともあれ、頭を上げてくんな。過酷な海じゃあ助けたくても助けられねえ、見殺しにするしかねえことも多い。だからこそ、助けられる時は助けるべきだ。オレはそう思う」
経験豊富な元海賊の船長は、しゃあしゃあと善人ぶった。
海千山千というのは、こういう男を言うのだろうな。
「どなたであれ皆様には、わたくしどもの命を救っていただいた、感謝しかございません」
一方、若く美しい母親は、なかなか頭を上げようとしなかった。
そして、礼儀正しく名乗った。
「わたくしはフェリックスの妻で、ハンナと申します」
「なに!? それではもしや、アズーリ商会の!?」
「はい。アズーリは夫が営んでおります商会です。……いえ、商会でした、と言うべきでしょうか……」
ハンナはそう言って、翳のある表情をうつむけたのだった。
キナクサい臭いは続く!?
というわけで、読んでくださってありがとうございます!
毎晩更新がんばります!!




