第一話 板挟みからの逆転快進撃(?)スタート
マグナスの新たな旅が始まりました!
三章もぜひよろしくお願いいたします!
南部諸島連盟ことカジウでは、海水浴が庶民から富裕層まで親しまれている。
カジウの夏は長く、六月初めから九月の半ばまで、老いも若きも浜辺での水遊びを楽しむ。
美しいビーチなどもう、それだけで観光名所扱いだ。
俺が今いる、ココナ・ビーチもその一つだった。
砂が真っ白で、キメが細かい。素足で歩いていても、足裏が痛くなるということがない。ただしあまり体重をかけると、踝まで埋もれることになるのが玉に瑕か。
浜辺から眺める海は、水平線まで真っ青で、どんな天才的画家でも描き表わせないだろうほどに、美しかった。
そして、そんな水打ち際に遊ぶ、二人の美少女たち。
「マグナスさーん! そんなとこで寝そべってないで、こっちで一緒に遊びませんかー?」
そう言って誘ってくれるのは、アリアだった。
彼女は隠れ巨乳である。
それが今みたいな水着姿だと、全く隠れていない。
少女とは思えないほどよく実った乳房が、少女らしい張りと弾力を持っている。アリアが俺に向かって手を振るたびに、たゆんたゆん揺れる。
俺が一緒に遊びに行けないのは――正直に言えば――彼女の肢体を目の当たりにしているせいだった。
恥ずかしい話……立ち上がったが最後、前屈みにならないといけない状態なのである。ナニがとは言わないが。
『マグナス様! 冷たくて気持ちいいですよ! ワタシ、こんなの初めてです!』
もう一人の美少女が、アリアの隣で手を振っていた。
ショコラである。
古代アラバーナの技術の結集である、殺戮メイドとして生まれ変わった彼女(?)は、今は殺戮水着少女となっていた。
そしてこれまた正直に表現すれば、ショコラの水着姿も悩殺的だった。
アリアとは対照的な魅力を湛える、妖精のようにスレンダーな彼女の肢体は、文字通り作り物だからこそ可能な、奇跡のラインを描いている。
「マグナスさーん! 一緒に遊びましょうよー!」
『今日は「休日」なのですから、羽を伸ばしましょう! ショコラがいっぱいご奉仕して、楽しませて差し上げますから!』
俺にはもったいないくらいの恋人と、もったいないくらいのメイドが、水打ち際から誘い続けてくれる。
だから今は立ち上がれないんだ! ――なんて男の生理を説明できるわけがない。
「どうしてこんなことになったんだ……」
俺は思い返さずにはいられなかった。
◇◆◇◆◇
それは一週間前の話である――
『どうぞ、マグナス様。たんと召し上がってくださいませ』
そう言ってショコラは、テーブルにところ狭しと並ぶ、豪勢な料理を指し示した。
「い、いただこう」
俺はやや震え声になりながら、皿の料理に手を伸ばした。
『如何ですか、マグナス様? お口に合いますか?』
「…………美味い」
俺は正直な感想を口にした。
本気で金がとれる腕前だと思った。それも世界中の食通たちが、大金を持って列をなすレベル。
『ワタシたちサーヴァントは、ご主人様に喜んでいただくため、ありとあらゆるご奉仕ができるようにと、一級の技術を習得しておりますから。ええ、それはもうありとあらゆるご奉仕ができるんです』
「あまり調子に乗らないでください、ショコラさん」
無表情のくせにどこか誇らしげな態度のショコラへ、ぴしゃりと言ったのはアリアだった。
テーブルに俺と差し向かいで、ショコラの手料理に舌鼓を打っている。
『アリア様のお口には合いませんでしたか?』
「いいえ、とっても美味しいです。……遺憾ながら」
『やった! 将来、マグナス様とアリア様がご結婚なさっても、ワタシが毎日美味しい料理を作って差し上げますからね。ご安心くださいませ』
「…………ずっと居つくつもりなんですね」
アリアは不満そうに言った。「私だっていっぱい練習してるのに」と小声で愚痴っていた。
正直、スマン……。
しかし、ショコラを追い出すわけにはいかない。ラムゼイの遺跡から、連れ出した責任というものがある。
だからアリアにも説明して、了解を得て、ラクスティアにある新居に連れてきたのだ。
『さあ、マグナス様。どうぞ次のご命令を』
「あー……いや……特にない……」
『そんな殺生です! ワタシたちサーヴァントは、ご主人様にご奉仕できないと、ストレスで心が病んでしまうのです』
「おまえ、五百年くらい誰にも奉仕できなかっただろう?」
『目の前にご主人様がいるにもかかわらず、できないのがストレスなんです!』
俺の的確なツッコミにも負けず、ショコラは小柄な全身で訴えてきた。
「……わかった」
『ありがとうございます。では、ぜひ次のご命令を』
「席について、おまえも一緒に食べろ。それが命令だ」
『マグナス様! なんてお優しい!』
ショコラは無表情のままだったが、体は感激に打ち震えていた。器用な奴だ。
一方、アリアは俺のことをジトーッと見ていた。
その目が「マグナスさんてホント甘いですよね」と言っていた。
食事後――
命令してくださいとうるさいメイドに掃除をお願いし、俺はアリアと二人きりになった。
「……怒ってるよな、アリア?」
「実はそんなに」
アリアは思いきり苦笑いを浮かべて答えた。
「そうなのか?」
「ええ。むしろマグナスさんらしいなって思いましたし、こういう人だから私も選んだんだなって。マグナスさんはその気になったら何十手先でも読んで行動できちゃう人ですけど、けっこう脇が甘いですから。そこを支えるのが私の務めだと思ってますから」
「……ありがとう」
俺まで感激に震えながら、搾り出すような声で言った。
「ただ、怒ってるふりをしていいですか?」
「怒ってる……ふり……?」
奇妙なことを言い出したアリアに、俺は首を傾げる。
「以前、マグナスさんにいただいたご提案で、マルム商会は貿易に力を入れます。アラバーナだけじゃなくて、カジウでの活動も拡大させます」
「やはり海洋貿易こそ王道だからな」
急に堅い話になって、俺は脈絡についていけないものを感じながら、大真面目に答えた。
「カジウに潜む“八魔将”を斃すためには、個人レベルを遥かに超えた莫大な金が必要だ。それを稼ぐのを、マルム商会に手伝って欲しいんだ」
「承知してます。アラバーナ同様、カジウでの下準備も万端です」
「ありがたい。無論、当初の話通り、目的を達するまでは俺も手伝う」
八大国の一つであり、海洋に浮かぶ九の群島と、それぞれを縄張りとする商社の協商連盟。
かつて“南の海賊王”と呼ばれた偉大な男が残した、国家形態という名の遺産の後継者。
それがカジウだ。
アラバーナが砂漠と遺跡の国だとしたら、カジウは海原と商船の国。
俺はそこで、大国の年間予算に匹敵する金を稼がなくてはならなかった。
「マグナスさんはこれから、九つの海を股にかけるわけですが――つきましては、私もご一緒させていただきます」
「な、なにっ!?」
「いくら知識があっても、マグナスさんお一人で商売なんてできるわけがないですし」
「そ、それは確かにそうだが……」
「私がお手伝いすれば、しばらく一緒にいられますよね?」
「あ、ああ。考えてみれば願ったりのシチュエーションだが……」
「一緒の船旅なんて、ステキだと思いません?」
「全く異存はないが……」
「いわば、婚前旅行です」
「お、おう」
アリアはすっかり一人で盛り上がっていたが、俺はそれに水を差すことはできなかった。
なにしろ彼女は怒っている(ふりをしている)ので、宥めなくてはならなかった。
ようやく話の脈絡がつながり、同時に俺は観念して答えた。
「それでアリアの怒りが解けるなら、ぜひ船旅をしよう」
そう答えるしか俺には選択肢がなかったのだ。
◇◆◇◆◇
そして、現在に至る――
俺はアリアとともにカジウまで来て、これから商売を始める。
押しかけメイドのショコラも一緒。
奇妙な三人の珍道中などと、ならないようにしなくてはいけない。
「休日」以外でも毎日アリアといられるからと、浮かれないようにしなくてはな。
……とはいえ。
アリアとの初めての旅に、俺がワクワクしているのも、否定しようのない事実だ。
いざ――海原へと行かん!
次回、船旅が始まります!
というわけで、読んでくださってありがとうございます!
毎晩更新がんばります!!