第二十五話 凱旋式と戴冠式
前回のあらすじ:
道を完全に誤ったヘイダルを、マグナスは討つ。
ヘイダル=ジャムイタンを斃したことで、俺の〈レベル〉は38となっていた。
〈魔嵐将軍のブーツ〉や〈天界の宝石:雷閃〉など、貴重な戦利品も入手した。
しかし、俺の気は一向に晴れなかった。
無言で、漆黒の球体を振り返る。
まるでこの世界に開いた、虚ろな穴。
古代の実験によって召喚され、顕現した魔王の魔力。その片鱗。
人の身にはすぎた、オーバーエネルギー。
俺は印璽を以って殺戮メイドたちへ命じた。
「以後、誰も近づけさせるな」
忠実なサーヴァントにしてガーディアンである彼女ら十五体は、永遠にその命令を守り続けるだろう。
俺はそうして仲間たちとともに、首都アラバンへと凱旋した。
◇◆◇◆◇
俺たちの凱旋式とファラ帝の戴冠式。
それらを兼ねる盛大な宴が、アラバン宮殿の庭園で執り行われた。
さすがに戴冠式は別にやった方がよくないか? 新女帝の権威が揺るがないか?
俺はそう疑問を呈したのだが、
「まとめた方が、予算も安上がりだろう?」
と、ファラ帝はあけすけなことを言って、ほくそ笑んだ。
半分は冗談だろうが、経済観念がしっかりしているのは、為政者として大切なことだ。
俺はそれ以上何も言わなかった。
そういうわけで、今日がその宴の当日。
アラバーナ中から集まったという列席者の数は、相当のものだった。
ただし今日は主役も多い。
ファラ帝は当然として、俺たち一行は六人もいるのだ。ファラ帝の差配で、俺たちは庭園のあちこちに散り、それぞれが大勢に囲まれ、挨拶攻めに遭うことで、混雑を分散させた。
「やれやれ、アタシらを祝ってくれるっていうから期待してみりゃ、なンだい」
「まったく骨じゃったわい」
とは、後で聞かされたクリムとラムゼイのぼやきである。
逆に三つ子たちの方は満更ではなかった様子で、
「正直、僕たちなんて大したことしてないのに、称賛の嵐って感じでこそばゆかったです」
「オレなんかべっぴんのネーチャンにモテてモテて、もうね!」
「こんなこと、生まれて初めてでさあ」
と、楽しんでくれたのならそれはよかった。
なおグラディウスのことも、救国の英雄の一体として、庭園に飾り立てるようファラ帝に依頼された。
ミスリルゴーレムなど、この遺跡の国でも物珍しいのだろう。大勢の注目と感嘆を集めていた。特に子どもたちに大人気で、腕にぶら下がって遊ぶ姿も見えた。
そんな光景を見て、
「うふふ、とっても楽しそうですねー」
と、俺の隣でクスリとしたのはアリアだった。
宴に出席するに当たり、同伴してくれないかと頼んだのだ。
一つは例によって、人づき合いの苦手な俺に代わり、挨拶に来る列席者たちへの応対を、任せるためだ。アリアの人柄に裏打ちされた交渉能力には、本当にいつも助けられる。
それともう一つ、マルム商会がアラバーナとの貿易を強化するに当たって、責任者であるアリアの顔を売り込んでおいて、全く損はない。何しろ彼らは、戴冠式に招かれるほどの有力者たちなのだから。
そんな彼女と、今は二人で庭園を歩きながら、
「グラディウスさん、ものすごい人気者ですよ」
「子どもは大きくて強そうなものが大好きだからな」
「あら? マグナスさんはお好きじゃないんです?」
「……俺はもう子どもではないぞ」
「あはっ。好きに年齢は関係ありませんでしたねー」
他愛もない談笑を続け、俺たちは庭園の中心部に到着する。
そこにはファラ帝がいて、列席者からの熱烈な祝いの言葉を、順番に受けとっているのだ。
俺の方へ挨拶に来る人間が減ったので、そろそろ頃合いかと思っていたが、彼女の周りにはまだまだ人だかりができていた。
それもそうか。新しい女帝の覚えをめでたくしたい人間が、後を絶たないのも当然の話だったな。
俺たちは列に並び、順番が来るの待つことにした。
そして、いよいよ俺たちの番になると、
「律儀に順番を守らずとも、顔を出してくれてよかったのだぞ、救国の英雄マグナス殿」
ファラ帝が俺の顔に気づいて、呆れたように言った。
別にアリアと談笑していれば何も退屈しなかったし、あっという間だったけどな。
「初めてお目にかかります、女帝陛下。マグナスさんの友人で、ラクスタの商人マルムの娘、アリアと申します。このたびはファラ陛下のご戴冠、心からお祝い申し上げます」
アリアは異国の女帝の前でも畏縮せず、完璧な恭しさを以って祝いを述べた。
「マグナス殿のご友人ならば、余にとっても同じこと。どうか親しくして欲しい」
ファラ帝は実際に、親しげな抱擁をアリアと交わす。
たちまち周囲の、アリアへの見る目が変わる。マルム商会は、アラバーナでの商売がやり易くなるだろう。生臭い政治の話だが、ここはありがたく、新女帝の権威を笠に着させてもらおう。
「さて、マグナス殿。改めて貴殿には厚く報いねば、余は忘恩の謗りを受けてしまうな」
「俺は魔王を討つための旅をしている、ただそれだけの男だ。陛下のご威光を以って、国内でその便宜を取り計らっていただければ、これに勝る褒美はない」
「あい、わかった。ならば余もラクスタ王同様に、貴殿に号を贈るとしよう」
ファラ帝はいきなり俺に艶然と微笑みかけると、
「“新女帝の夫”というのはどうだ、マグナス殿?」
とんでもないことを口走った。
たちまち周囲から、爆発的などよめきが起こる。
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」
「なんと、ファラ陛下がご求婚あそばされたぞ!?」
「戴冠式がこのまま結婚式というわけですか!」
「これはめでたい!」
「いや、めでたい!」
散々に囃し立てられ、俺は渋面にさせられる。
アリアが怒ってないといいんだが……と恐る恐る確かめる。彼女は思いきり苦笑いを浮かべていたが、別段、気分を害している様子はなかった。俺も一安心だ。
とはいえ、軽い恨めしさを込めつつ、ファラ帝に答えた。
「お戯れを仰られるな。皆、真に受けてしまっただろう?」
「ふふふ、そうだな。すまなかった。軽い冗談のつもりだった」
ファラ帝が肩を竦めると、周りも「なんだ」「御冗談か」「まあ、それはそうだろう」という空気になる。誰も彼女の求婚を本気だったなんて考えはしない。
ファラ帝は冗談めかした空気を漂わせたまま、アリアに向かって言った。
「正直に言って、余はあなたが羨ましい。余もマグナス殿の友人になりたかったよ」
「畏れ入ります。でも、御身ほどのご器量でいらっしゃれば、すぐに良いご友人が見つかることと存じます」
アリアは極めて大真面目に答えた。
まるで二人の間でしか、通じないやりとり。
そう、俺は首をひねらされていた。「別に友人ということなら、いくらでも歓迎なのだが?」と。
だから真意を訊ねようとしたのだが、ファラ帝は俺の機先を制し、
「では、余も大真面目な話をしよう。マグナス殿――我が国はラクスタ同様、貴殿に“魔王を討つ者”の称号を贈ろう」
ファラ帝のこの宣言により、俺は魔王を討つために必要なことに関して、アラバーナ内であらゆる便宜が図られることとなった。地味だが、大変に助かることだ。
「ありがたい」
と、俺は今度こそ感謝を述べる。
ファラ帝に挨拶をしたい者はまだまだいた。だから俺たちは彼女の前を辞去することにした。
去り際、ファラ帝がまた戯れを言った。
「余の寝室の鍵は返さずともよい。いつでも遊びに来ておくれ」
「……わかった、遠慮はしない。ただし堂々と正門からお邪魔しよう」
「ふふ、マグナス殿らしい返事だ。しかしだからこそ、余は貴殿を好ましく思うのであろうな」
◇◆◇◆◇
宴があった翌日は、俺とアリアは首都アラバンの観光をした。
俺は未だゆっくり回ったことはなかったし、アリアにとっては商売上、町のことをよく知ることも大事である。
案内をしてくれているのは、この町生まれのこの町育ちという二人だった。
二人とも目深にフードをかぶって、人相をしっかり隠している。
ナディアとサリーマの姉妹であった。
実のところ――
地帝宮でヘイダルを斃した後、二人は主君に殉じて、溶岩の中に身を投じようとした。
それを俺が引き止めたのだ。
「おまえたちは祖国のために、敢えてその手を汚していたのだと思ったが、俺の勘違いだったのかな?」
「何をバカなことを!」
「姉上の言う通りです! 私たちは無論、アラバーナのために――」
俺は二人の反駁を遮って言った。
「ならば、死んでなんとする? その生ある限り、アラバーナのために尽くすべきではないのか?」
「そ、それは……そうだけれど……」
「殿下とともに大逆を犯した私たちが、どうやってアラバーナのために貢献できるというのですか!?」
「ならば、俺についてこい。おまえたちにその『場』を与えてやろう」
俺の言葉がさぞや意外だったのだろう。
姉妹は驚き、互いの顔を見合わせていた。
しかし、やがて意を決したように、
「……わかりました。……あなたについていきましょう。その言葉が真実かどうか、確かめさせていただきましょう」
「もし真実であったならば、私たちの罪をせめて贖いましょう」
と――そんなやりとりがあって、俺は姉妹にアリアを紹介したのだ。
今後はアリアの近くで働き、彼女のアラバーナ交易を助けるべしと。
特にナディアが使える〈タウンゲート〉は、物を輸送することに関して、反則的な効果を持っている。
姉妹の方でも、強い意欲を見せてくれた。
食糧の輸入には常に頭を悩まされるアラバーナにおいて、フェアな商売を始めようというマルム商会で働くことに、遣り甲斐や生き甲斐を見い出してくれた。
「マグナス殿にわだかまりがないと言えば……嘘になります」
「しかし誓って、身を粉にして働きます。これからはアリア様に誠心誠意お仕えします」
「私たちの祖国のために」
「ヘイダル殿下が愛したアラバーナのために」
俺の見立ては間違っていなかった。
満足してうなずいた。
そして今――
姉妹に首都観光を案内してもらいながら、俺は思う。
アリアが早く打ち解けるように努め、姉妹もその想いに応えるようにし、まだどこかぎこちなくはあるが、それでも女三人で談笑しているところを眺めながら思う。
ヘイダル殿下。あなたはやはり立派だった。
ラクスタではテンゼンという愚かで小心な近衛騎士隊長が、多くの部下を巻き込んで、魔物に魂を売るよう唆していた。
でも、殿下。あなたは違った。
人の道を完全に外れる危険は、自分一人のうちのみに留め、姉妹を巻き込まなかった。
だからこそ俺はこうして、姉妹たちに更生と贖罪を促すことができた。
再起の道を提示できた。
もしかしたら、それはあなたの狙い通りだったか?
だとしたら……ふふ、一本とられたよ。
その一点において、俺はあなたの掌の上だったわけだ。
だが――それが痛快で堪らない!
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