表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/182

第二十四話  汝、溺れることなかれ

前回のあらすじ:


ヘイダルが魔王の力の片鱗を目前に捉えた。しかしそこへマグナスが!

 俺――〈魔法使い〉マグナスは、地帝宮の西にある実験広場を闊歩していた。

 無論、俺一人ではない。

 俺の左右を、クリムが矍鑠(かくしゃく)と背筋を伸ばして、ラムゼイが飄々と腰の後ろに手を回して歩いている。

 俺のすぐ後ろを、テッド、ラッド、マッドら三つ子が、すっかり頼もしくなった顔つきで、ついてくる。

 そのさらに後ろには、重量級のグラディウスが、足音を鳴らしながら大股で歩く。


 そんな俺たちの登場を見て――ヘイダル皇子が苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 彼の両脇を固めるナディアとサリーマの姉妹は、緊張を隠せない面持ちをしていた。

 そして、硬質な無表情をそろえて並べる、十五体の殺戮メイドたち。


 俺の仲間たちと、ヘイダル一行。

 二つの対立する価値観と目的を持つ者たちが、対峙した。


 俺はヘイダルという皇子のことを評価している。

 だから、「なぜこんなバカな真似を考えたのだ?」だとか「後悔はないのか?」だとか、無用な問答をするつもりはなかった。

 ヘイダルの方も、同じ想いなのだろうか? 彼もまた、それ以上は何も言ってこなかった。


 ゆえに静かに、戦いの幕が切って落とされた。


 ヘイダルが戦闘メイドたちへと号令する。


「印璽を以って命ずる。あの者どもを鏖殺(おうさつ)せよ」

「ならば()()()()()()()()()()()。戦闘行為を停止せよ」


 俺もまた殺戮メイドたちに命令した。

 地帝宮で手に入れたばかりの、〈古代アラバーナ帝族の印璽〉を掲げながら。

 双方の命令を受けて、果たして殺戮メイドたちは――


『二つの命令を同時に受理』

『互いに衝突する命令と判断』

『基本原則に則り――待機状態を維持する』


 無機質な声で応答し、俺とヘイダルの両方の命令を受けつけることなく、その場で棒立ちになった。


「なぜ貴様がそれを持っている、マグナス!?」

「手強い殺戮メイドを相手しながら、あなたを討つなど不可能なのでな」


 だから、わざわざ寄り道をするリスクを負ってまで、印璽を手に入れたのだ。


「マグナス! 小癪な奴め!」


 ヘイダルは吠えるとともに、魔物に魂を売った人間の、本性を現した。

 四枚の羽根を持つ、巨大な蛇へと変化した。

〈天界の宝石:赤青(せきしょう)〉で弱体させてもまだレベル42を誇る、最高峰ボスモンスターだ!

 ヘイダル=ジャムイタンだ!

 それをさらにナディア&サリーマ姉妹が、強化魔法でバフをかけていくのだから、堪ったものではない。


「木端微塵となれい!」


 蛇の魔物がヘイダルの声で叫ぶ。

 と同時に、四枚の羽根をはばたかせ、強風を巻き起こして、俺たちを全体攻撃してくる。


「〈アブソリュート・エア〉!」


 すかさず俺は懐から取り出したクリスタルを、頭上へと投じた。

 メンベスの遺跡から発掘した〈マジックアイテム〉だ。〈風属性〉のダメージを一定値まで完全に吸収し、俺たちを守る効果を持つ。ヘイダル=ジャムイタンの攻撃力は尋常ではないが、こいつが吸収できるダメージ量もまた尋常ではない。


「奇妙なものを隠し持っているではないか!」


 ヘイダルは忌々しげにしつつも、攻撃方法を変えてきた。

 四枚の羽根をこすり合わせて、そこから激しい電光を撃ち放ってきたのだ。


「〈アブソリュート・サンダー〉!」

「なんだと!?」


 俺はモリスの遺跡で発掘したクリスタルを、頭上へ投げる。

 こいつも〈エア〉と同じ効果、ただし吸収するのは〈雷属性〉の攻撃だ。

 俺が〈地帝宮の鍵〉を求めるため、ドンロフの遺跡ではなく、モリスの遺跡を選んだのは必然だと言ったのは、ついでにこれが入手できるためだった。


〈風属性〉と〈雷属性〉。

“魔嵐将軍”の代名詞ともなる二つの強力な攻撃を無効化し、俺たちは一気に攻める。

 まずはグラディウスがその巨体を突進させ、ヘイダル=ジャムイタンと白兵戦を演じる。

 分厚い拳で殴りつけ、鋭い牙で噛みつかれる。


 ヘイダル=ジャムイタンの牙は、一定確率で〈魔痺〉を引き起こす。

 これは〈激麻痺〉よりも重篤なバッドステータスで、本来は麻痺系に〈完全耐性〉を持つミスリルゴーレムにさえ、通常の〈麻痺〉を引き起こすという代物だ。


「神は仰せになった。『汝を苛む痺れを癒さん』と……」


 すかさずクリムが〈キュアパラライズ〉に駆け寄る。

 ヘイダル=ジャムイタンは、後衛職の彼女に牙を向けようとするが、それはグラディウスが許さない。巨体を以って阻む。

 クリムとてずっと一緒に冒険して、グラディウスへの信頼があったからこそ、前へ出られたのだ。


「神は仰せになった。『汝に祝福あれ』と……」


 そのままクリムは、グラディウスへ強化魔法をかけていく。

 高レベル〈僧侶〉たる彼女の霊験はあらたかで、防御系バフ効果の高さには、〈魔法使い〉たる俺は及ばない。


「ムウラ・ア・ヌー・ア・ウェア・プレ・ヌーン……」


 ゆえに俺は、グラディウスの攻撃能力をバフする強化魔法をかけていく。

 本来、〈魔法使い〉の強化魔法は、〈僧侶〉と違ってあまり効果的ではない。〈強化魔法増幅〉という専門性の高いスキルを会得して初めて、使い物になる。

 だが今の俺は、タルタルの遺跡で発掘した〈強化魔法増幅の技術書〉のおかげで、そのスキルを会得できていた。


「シ・ティルト・レン・エ・ヌー・ゲンク・ティルト・ハー……」

「神は仰せになった。『汝は我が庇護の下にある』と……」

「クーン・ウン・イ・カル・ケル・ヌー・エ・シス……」

「神は仰せになった。『汝を脅かすものは全て、我が威を畏れ、汝を避けて通る』と……」


 俺とクリムはまるで合唱するように、グラディウスへ強化魔法をかけていく。


 またその間にも、三つ子たちが攻撃を開始していた。

〈バレット・クロスボウ〉という、矢ではなく(つぶて)を発射する飛び道具を、三人とも装備している。

 発射するのは、この戦いのために準備してきた、特別製の礫だ。

 そう、バゼルフに作成を依頼した、〈古代アラバーナ精製ミスリル銀〉の礫だ!

 いったい一発で、金貨何十枚分の金をなげうっているのか、計算もしたくない。が、最高峰ボスモンスターへダメージを通すためならば、これくらいのことはやらなくてはならない。


 俺たちとともにいくつもの難関遺跡を探索し、多くのボスモンスターを倒してきた彼らは、今や素晴らしく度胸をつけていた。

“八魔将”級の魔物を相手に、武器の射程や自分たちの腕前と相談しながら、安全な距離を見定めて、冷静に射撃を続けた。

 もはや堂々たる態度だった。

 ラムゼイの教え、導き方がよかったとはいえ、よくぞここまで育ってくれたものだ!

 

 一方、そのラムゼイは、彼にしかできない役割を果たしてくれていた。

 敢えて威力の弱い〈ショートボウ〉を装備して、僧侶妹のサリーマを攻撃し続けるのだ。それも、殺傷しないように四肢だけを狙って。

 しかし、サリーマはこっちの狙いがわからないから、ヘイダルを置いて斃れてなるものかと、自分に回復魔法を唱えるしかない。

 そうやってかかりきりにして、ヘイダルへの支援を疎かにするのが、こっちの作戦だった。


 姉妹は当然、安全をとって後方にいる。

 ラムゼイもまた三つ子たち同様、後方にいる。

 するとラムゼイの位置からは、サリーマの距離は極めて遠い。それを狙い過たず、生かさず殺さず弓射を当て続けるのだから、まったく見事な腕前である。

 派手な大活躍というわけではないが、いぶし銀の支援が光った。


 そんな頼れる仲間たちに支えられながら、俺はいよいよ攻撃魔法に専念する。


「シ・ティルト・オン・ヌー・エル!」


〈攻略本〉で調べた弱点属性を衝く、〈ストーンⅣ〉の連発だ。

 ガーディアンにも有効ということもあって、このアラバーナでは本当に世話になった魔法だな。


「ぬうう……教えてくれ、マグナス……!」


 ヘイダルが、俺の猛攻を浴びながら、唸るように言った。


「俺に教えられることなら」

「余と貴様が戦うのは、これが初めてのことだ。にもかかわらず、これはなんだ……!」

「なんだ、とは?」

「なぜこうも、周到な準備ができている! 用意ができる!?」

「悪いが、それは教えられない類の話だ」

「ふざけるな! 貴様はいったいいつから、余を倒すための準備を始めていたというのだ!」


 憤慨して吠えるヘイダル=ジャムイタン。

 その問いならば、俺も答えることができた。


「無論、最初からさ」


 最初から、この偉大な皇太子を討つことを想定し、頭の中に計画表を作り上げて、俺はこの砂漠の国へとやってきたのだ!


「そうか……最初からか……。……ふふ……クフハハハッ……なんとも、怖ろしい男よな」


 ヘイダルはグラディウスと牙を交えながら、胴体を揺すって笑った。

 どこか自暴自棄の気配を持つ笑い方だった。


 ヘイダルは、頭の切れる男だ。

 ゆえに悟ってしまったのだろう。

 このままでは万に一つも、彼らに勝ち目がないことを。

 そしてゆえに――彼は博打に走ることを厭わなかった。


「ナディア! サリーマ! 今までよく余に仕えてくれた!」

「殿下!?」

「なぜそのような、別れのお言葉を!?」

「余とてまだ別れるつもりはない! だが、もしもの時のために言うておく!」


 ヘイダルはその長い胴体を翻すと、格闘中のグラディウスから逃げ出した。

 そして一目散に、漆黒の球体へと蛇行し(はしっ)ていった。

 まるでこの世界に開いた虚ろな穴――魔王の魔力の片鱗へと!


〈攻略本〉によれば、古代魔法帝国の皇帝は、この巨大な魔力を変換加工し、望むエネルギーとして利用することを計画していたという。

 恐らくはヘイダルもまた、そのつもりだっただろう。

 しかし、俺という妨害者が、彼の頭の中にある計画表を狂わせた。

 ゆえに計画を修正せざるを得なくなった。


 人間とは異なり、魔物と化した彼ならば、魔王の魔力の使い道は、他にもある。

 直接体内に取り込むことで、強引なレベルアップを図るのだ!

 しかしその代償に、彼の自我は喪われる。

 ただ破壊衝動だけを持つ、正真のモンスターと化してしまうのだ。


 ただしそのことは、〈攻略本〉を持つ俺だからこそ、知っていること。

 ヘイダルにとっては、なんの副作用もなく、魔王の魔力を取り込めるかもしれないと、その一縷の望みに賭けるしかなかったのだ!


 大きな顎門(あぎと)を開いて、漆黒の球体にかじりつくヘイダル。

 喉をふくらませて、魔王の魔力の一部を呑み込む。

 止める暇もありはしない。グラディウスに追いかけさせても無駄。それほど結果はたちまちのことだった。


「RUOOOOOOOOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 ヘイダル=ジャムイタンの瞳が真っ赤に染まり、理性なき獣の雄叫びを上げる。


「殿下!?」

「どうなさったのですか、ヘイダル殿下!?」

「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 もはや姉妹の言葉に応答もすることなく、ただのエサの如く喰らわんとする。


 その寸前――ようやく追いついたグラディウスが、身を挺して盾となった。


「ヘイダル殿下はもうダメだ! 本物の魔物と化したのだ!」


 俺は九死に一生を得た姉妹へ向かって叫ぶ。


「嘘よ……」

「そんなの、信じられません……」

「目の前の現実を直視しろ! そして、おまえたちも奴を倒すのに手を貸せ!」

「いや!」

「殿下を裏切ることなんてできません!」

「どっちが裏切りだ!?」


 俺は姉妹たちを喝破した。


「ヘイダル殿下が、理性なき魔物と堕して、それでいいとおまえたちは言うのか!? 違うだろう!? もはや殿下にとっての救いとは、ただ一つだ!」


 姉妹もまた、愚かには程遠い女たちだった。

 ゆえに泣き出しそうな顔になりながらも、俺の言葉を理解した。


「殿下!」

「お許しください、殿下!」


 ヘイダル=ジャムイタンへ向けて、おずおずと杖を構えたのだ。


 そして、総力戦が始まる。


 俺もまた最大の攻撃魔法を準備するため、長い呪文の詠唱に入る。


「――フラン・イ・レン・エル」


 ヘヴィカスタマイズした〈ファイアⅣ〉。それを〈魔拳将軍の対指輪〉の特殊効果で、左手に〈保留/ストック〉する。


「――シ・ティルト・オン・ヌー・エル」


 ヘヴィカスタマイズ〈ストーンⅣ〉。それを右手に〈保留/ストック〉する。


 そして、両手を重ね合わせて握り拳を作った。

 思いきり大地へと叩きつけた。

 そこから火柱が生まれ、ヘイダル=ジャムイタンへと一直線に走っていく。


「グラディウス!」


 俺の命で、忠実なミスリルゴーレムは姉妹を抱えて、退却する。

 当然、ヘイダル=ジャムイタンはその後を追おうとする。

 だがその鼻面へ、地面を走る火柱が炸裂する。


 瞬間、大地が爆発した。


 ヘイダル=ジャムイタンの直下から、一層巨大な火柱が噴く。

 かと思えば奴のいる周辺の、地面がドロドロに融解していく。

 溶岩の泉と化していく。


 これこそが、魔法の神霊ルナシティのみが可能としたという、〈合体魔法〉。

 神話の故事に事例を当たれば、炎と土を合わせたこれは、〈マグマフォール〉――とその名が言い伝えられている。


「OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOAAAAAAAAAAAAAA!」


 ヘイダル=ジャムイタンの巨体が、溶岩の中へと沈んでいく。苦痛にのたうち、咆哮する。

 しかし、いくら暴れても、溶岩の中から逃れることはできない。

 四枚の羽根を使い、羽ばたこうとしてももう遅い。既に最初の噴火で、その羽根自体が炎上している。


 理想のために、道を間違えてしまった哀れな皇子が、苦悶で暴れながら沈みゆき、溶岩に呑み込まれていく様を、俺は黙然と見守った。

 思わず〈攻略本〉をぎゅっと、にぎりしめていた。


 大きな目的を為すためには、強い力が要る。

 それは絶対の真理だ。

 しかし、力に溺れ、我を忘れてはならない。

 そのことを、ヘイダルは思い出させてくれた。


〈攻略本〉の一ページ目に書いてある言葉。


『その情報を活かすも、殺すも、全ては君次第である! 健闘を祈る!!』


 この言葉の重みを、改めて思い知らせてくれた。 


 だから俺は、ヘイダルの最期を黙って見届けた。

 完全に溶岩の底へと沈んでいった彼の、最後の哀しげな咆哮が、なんとも耳に痛かった。

次回から二夜にわけて、エピローグ的なお話をUPします。


いつも読んでくださってありがとうございます!

毎晩更新がんばります!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
拙著「追放村」領主の超開拓、のコミカライズ連載が始まりました!
こちらピッコマさんのページのリンクです
ぜひご一読&応援してくださるとうれしいです!
― 新着の感想 ―
[気になる点] パラライズ2は、低レベルな魔法では治せない的な事言っていたけど、魔痺は、なぜ治せたんだ?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ