第二十四話 汝、溺れることなかれ
前回のあらすじ:
ヘイダルが魔王の力の片鱗を目前に捉えた。しかしそこへマグナスが!
俺――〈魔法使い〉マグナスは、地帝宮の西にある実験広場を闊歩していた。
無論、俺一人ではない。
俺の左右を、クリムが矍鑠と背筋を伸ばして、ラムゼイが飄々と腰の後ろに手を回して歩いている。
俺のすぐ後ろを、テッド、ラッド、マッドら三つ子が、すっかり頼もしくなった顔つきで、ついてくる。
そのさらに後ろには、重量級のグラディウスが、足音を鳴らしながら大股で歩く。
そんな俺たちの登場を見て――ヘイダル皇子が苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
彼の両脇を固めるナディアとサリーマの姉妹は、緊張を隠せない面持ちをしていた。
そして、硬質な無表情をそろえて並べる、十五体の殺戮メイドたち。
俺の仲間たちと、ヘイダル一行。
二つの対立する価値観と目的を持つ者たちが、対峙した。
俺はヘイダルという皇子のことを評価している。
だから、「なぜこんなバカな真似を考えたのだ?」だとか「後悔はないのか?」だとか、無用な問答をするつもりはなかった。
ヘイダルの方も、同じ想いなのだろうか? 彼もまた、それ以上は何も言ってこなかった。
ゆえに静かに、戦いの幕が切って落とされた。
ヘイダルが戦闘メイドたちへと号令する。
「印璽を以って命ずる。あの者どもを鏖殺せよ」
「ならば俺も印璽を以って命ずる。戦闘行為を停止せよ」
俺もまた殺戮メイドたちに命令した。
地帝宮で手に入れたばかりの、〈古代アラバーナ帝族の印璽〉を掲げながら。
双方の命令を受けて、果たして殺戮メイドたちは――
『二つの命令を同時に受理』
『互いに衝突する命令と判断』
『基本原則に則り――待機状態を維持する』
無機質な声で応答し、俺とヘイダルの両方の命令を受けつけることなく、その場で棒立ちになった。
「なぜ貴様がそれを持っている、マグナス!?」
「手強い殺戮メイドを相手しながら、あなたを討つなど不可能なのでな」
だから、わざわざ寄り道をするリスクを負ってまで、印璽を手に入れたのだ。
「マグナス! 小癪な奴め!」
ヘイダルは吠えるとともに、魔物に魂を売った人間の、本性を現した。
四枚の羽根を持つ、巨大な蛇へと変化した。
〈天界の宝石:赤青〉で弱体させてもまだレベル42を誇る、最高峰ボスモンスターだ!
ヘイダル=ジャムイタンだ!
それをさらにナディア&サリーマ姉妹が、強化魔法でバフをかけていくのだから、堪ったものではない。
「木端微塵となれい!」
蛇の魔物がヘイダルの声で叫ぶ。
と同時に、四枚の羽根をはばたかせ、強風を巻き起こして、俺たちを全体攻撃してくる。
「〈アブソリュート・エア〉!」
すかさず俺は懐から取り出したクリスタルを、頭上へと投じた。
メンベスの遺跡から発掘した〈マジックアイテム〉だ。〈風属性〉のダメージを一定値まで完全に吸収し、俺たちを守る効果を持つ。ヘイダル=ジャムイタンの攻撃力は尋常ではないが、こいつが吸収できるダメージ量もまた尋常ではない。
「奇妙なものを隠し持っているではないか!」
ヘイダルは忌々しげにしつつも、攻撃方法を変えてきた。
四枚の羽根をこすり合わせて、そこから激しい電光を撃ち放ってきたのだ。
「〈アブソリュート・サンダー〉!」
「なんだと!?」
俺はモリスの遺跡で発掘したクリスタルを、頭上へ投げる。
こいつも〈エア〉と同じ効果、ただし吸収するのは〈雷属性〉の攻撃だ。
俺が〈地帝宮の鍵〉を求めるため、ドンロフの遺跡ではなく、モリスの遺跡を選んだのは必然だと言ったのは、ついでにこれが入手できるためだった。
〈風属性〉と〈雷属性〉。
“魔嵐将軍”の代名詞ともなる二つの強力な攻撃を無効化し、俺たちは一気に攻める。
まずはグラディウスがその巨体を突進させ、ヘイダル=ジャムイタンと白兵戦を演じる。
分厚い拳で殴りつけ、鋭い牙で噛みつかれる。
ヘイダル=ジャムイタンの牙は、一定確率で〈魔痺〉を引き起こす。
これは〈激麻痺〉よりも重篤なバッドステータスで、本来は麻痺系に〈完全耐性〉を持つミスリルゴーレムにさえ、通常の〈麻痺〉を引き起こすという代物だ。
「神は仰せになった。『汝を苛む痺れを癒さん』と……」
すかさずクリムが〈キュアパラライズ〉に駆け寄る。
ヘイダル=ジャムイタンは、後衛職の彼女に牙を向けようとするが、それはグラディウスが許さない。巨体を以って阻む。
クリムとてずっと一緒に冒険して、グラディウスへの信頼があったからこそ、前へ出られたのだ。
「神は仰せになった。『汝に祝福あれ』と……」
そのままクリムは、グラディウスへ強化魔法をかけていく。
高レベル〈僧侶〉たる彼女の霊験はあらたかで、防御系バフ効果の高さには、〈魔法使い〉たる俺は及ばない。
「ムウラ・ア・ヌー・ア・ウェア・プレ・ヌーン……」
ゆえに俺は、グラディウスの攻撃能力をバフする強化魔法をかけていく。
本来、〈魔法使い〉の強化魔法は、〈僧侶〉と違ってあまり効果的ではない。〈強化魔法増幅〉という専門性の高いスキルを会得して初めて、使い物になる。
だが今の俺は、タルタルの遺跡で発掘した〈強化魔法増幅の技術書〉のおかげで、そのスキルを会得できていた。
「シ・ティルト・レン・エ・ヌー・ゲンク・ティルト・ハー……」
「神は仰せになった。『汝は我が庇護の下にある』と……」
「クーン・ウン・イ・カル・ケル・ヌー・エ・シス……」
「神は仰せになった。『汝を脅かすものは全て、我が威を畏れ、汝を避けて通る』と……」
俺とクリムはまるで合唱するように、グラディウスへ強化魔法をかけていく。
またその間にも、三つ子たちが攻撃を開始していた。
〈バレット・クロスボウ〉という、矢ではなく礫を発射する飛び道具を、三人とも装備している。
発射するのは、この戦いのために準備してきた、特別製の礫だ。
そう、バゼルフに作成を依頼した、〈古代アラバーナ精製ミスリル銀〉の礫だ!
いったい一発で、金貨何十枚分の金をなげうっているのか、計算もしたくない。が、最高峰ボスモンスターへダメージを通すためならば、これくらいのことはやらなくてはならない。
俺たちとともにいくつもの難関遺跡を探索し、多くのボスモンスターを倒してきた彼らは、今や素晴らしく度胸をつけていた。
“八魔将”級の魔物を相手に、武器の射程や自分たちの腕前と相談しながら、安全な距離を見定めて、冷静に射撃を続けた。
もはや堂々たる態度だった。
ラムゼイの教え、導き方がよかったとはいえ、よくぞここまで育ってくれたものだ!
一方、そのラムゼイは、彼にしかできない役割を果たしてくれていた。
敢えて威力の弱い〈ショートボウ〉を装備して、僧侶妹のサリーマを攻撃し続けるのだ。それも、殺傷しないように四肢だけを狙って。
しかし、サリーマはこっちの狙いがわからないから、ヘイダルを置いて斃れてなるものかと、自分に回復魔法を唱えるしかない。
そうやってかかりきりにして、ヘイダルへの支援を疎かにするのが、こっちの作戦だった。
姉妹は当然、安全をとって後方にいる。
ラムゼイもまた三つ子たち同様、後方にいる。
するとラムゼイの位置からは、サリーマの距離は極めて遠い。それを狙い過たず、生かさず殺さず弓射を当て続けるのだから、まったく見事な腕前である。
派手な大活躍というわけではないが、いぶし銀の支援が光った。
そんな頼れる仲間たちに支えられながら、俺はいよいよ攻撃魔法に専念する。
「シ・ティルト・オン・ヌー・エル!」
〈攻略本〉で調べた弱点属性を衝く、〈ストーンⅣ〉の連発だ。
ガーディアンにも有効ということもあって、このアラバーナでは本当に世話になった魔法だな。
「ぬうう……教えてくれ、マグナス……!」
ヘイダルが、俺の猛攻を浴びながら、唸るように言った。
「俺に教えられることなら」
「余と貴様が戦うのは、これが初めてのことだ。にもかかわらず、これはなんだ……!」
「なんだ、とは?」
「なぜこうも、周到な準備ができている! 用意ができる!?」
「悪いが、それは教えられない類の話だ」
「ふざけるな! 貴様はいったいいつから、余を倒すための準備を始めていたというのだ!」
憤慨して吠えるヘイダル=ジャムイタン。
その問いならば、俺も答えることができた。
「無論、最初からさ」
最初から、この偉大な皇太子を討つことを想定し、頭の中に計画表を作り上げて、俺はこの砂漠の国へとやってきたのだ!
「そうか……最初からか……。……ふふ……クフハハハッ……なんとも、怖ろしい男よな」
ヘイダルはグラディウスと牙を交えながら、胴体を揺すって笑った。
どこか自暴自棄の気配を持つ笑い方だった。
ヘイダルは、頭の切れる男だ。
ゆえに悟ってしまったのだろう。
このままでは万に一つも、彼らに勝ち目がないことを。
そしてゆえに――彼は博打に走ることを厭わなかった。
「ナディア! サリーマ! 今までよく余に仕えてくれた!」
「殿下!?」
「なぜそのような、別れのお言葉を!?」
「余とてまだ別れるつもりはない! だが、もしもの時のために言うておく!」
ヘイダルはその長い胴体を翻すと、格闘中のグラディウスから逃げ出した。
そして一目散に、漆黒の球体へと蛇行していった。
まるでこの世界に開いた虚ろな穴――魔王の魔力の片鱗へと!
〈攻略本〉によれば、古代魔法帝国の皇帝は、この巨大な魔力を変換加工し、望むエネルギーとして利用することを計画していたという。
恐らくはヘイダルもまた、そのつもりだっただろう。
しかし、俺という妨害者が、彼の頭の中にある計画表を狂わせた。
ゆえに計画を修正せざるを得なくなった。
人間とは異なり、魔物と化した彼ならば、魔王の魔力の使い道は、他にもある。
直接体内に取り込むことで、強引なレベルアップを図るのだ!
しかしその代償に、彼の自我は喪われる。
ただ破壊衝動だけを持つ、正真のモンスターと化してしまうのだ。
ただしそのことは、〈攻略本〉を持つ俺だからこそ、知っていること。
ヘイダルにとっては、なんの副作用もなく、魔王の魔力を取り込めるかもしれないと、その一縷の望みに賭けるしかなかったのだ!
大きな顎門を開いて、漆黒の球体にかじりつくヘイダル。
喉をふくらませて、魔王の魔力の一部を呑み込む。
止める暇もありはしない。グラディウスに追いかけさせても無駄。それほど結果はたちまちのことだった。
「RUOOOOOOOOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
ヘイダル=ジャムイタンの瞳が真っ赤に染まり、理性なき獣の雄叫びを上げる。
「殿下!?」
「どうなさったのですか、ヘイダル殿下!?」
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
もはや姉妹の言葉に応答もすることなく、ただのエサの如く喰らわんとする。
その寸前――ようやく追いついたグラディウスが、身を挺して盾となった。
「ヘイダル殿下はもうダメだ! 本物の魔物と化したのだ!」
俺は九死に一生を得た姉妹へ向かって叫ぶ。
「嘘よ……」
「そんなの、信じられません……」
「目の前の現実を直視しろ! そして、おまえたちも奴を倒すのに手を貸せ!」
「いや!」
「殿下を裏切ることなんてできません!」
「どっちが裏切りだ!?」
俺は姉妹たちを喝破した。
「ヘイダル殿下が、理性なき魔物と堕して、それでいいとおまえたちは言うのか!? 違うだろう!? もはや殿下にとっての救いとは、ただ一つだ!」
姉妹もまた、愚かには程遠い女たちだった。
ゆえに泣き出しそうな顔になりながらも、俺の言葉を理解した。
「殿下!」
「お許しください、殿下!」
ヘイダル=ジャムイタンへ向けて、おずおずと杖を構えたのだ。
そして、総力戦が始まる。
俺もまた最大の攻撃魔法を準備するため、長い呪文の詠唱に入る。
「――フラン・イ・レン・エル」
ヘヴィカスタマイズした〈ファイアⅣ〉。それを〈魔拳将軍の対指輪〉の特殊効果で、左手に〈保留/ストック〉する。
「――シ・ティルト・オン・ヌー・エル」
ヘヴィカスタマイズ〈ストーンⅣ〉。それを右手に〈保留/ストック〉する。
そして、両手を重ね合わせて握り拳を作った。
思いきり大地へと叩きつけた。
そこから火柱が生まれ、ヘイダル=ジャムイタンへと一直線に走っていく。
「グラディウス!」
俺の命で、忠実なミスリルゴーレムは姉妹を抱えて、退却する。
当然、ヘイダル=ジャムイタンはその後を追おうとする。
だがその鼻面へ、地面を走る火柱が炸裂する。
瞬間、大地が爆発した。
ヘイダル=ジャムイタンの直下から、一層巨大な火柱が噴く。
かと思えば奴のいる周辺の、地面がドロドロに融解していく。
溶岩の泉と化していく。
これこそが、魔法の神霊ルナシティのみが可能としたという、〈合体魔法〉。
神話の故事に事例を当たれば、炎と土を合わせたこれは、〈マグマフォール〉――とその名が言い伝えられている。
「OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOAAAAAAAAAAAAAA!」
ヘイダル=ジャムイタンの巨体が、溶岩の中へと沈んでいく。苦痛にのたうち、咆哮する。
しかし、いくら暴れても、溶岩の中から逃れることはできない。
四枚の羽根を使い、羽ばたこうとしてももう遅い。既に最初の噴火で、その羽根自体が炎上している。
理想のために、道を間違えてしまった哀れな皇子が、苦悶で暴れながら沈みゆき、溶岩に呑み込まれていく様を、俺は黙然と見守った。
思わず〈攻略本〉をぎゅっと、にぎりしめていた。
大きな目的を為すためには、強い力が要る。
それは絶対の真理だ。
しかし、力に溺れ、我を忘れてはならない。
そのことを、ヘイダルは思い出させてくれた。
〈攻略本〉の一ページ目に書いてある言葉。
『その情報を活かすも、殺すも、全ては君次第である! 健闘を祈る!!』
この言葉の重みを、改めて思い知らせてくれた。
だから俺は、ヘイダルの最期を黙って見届けた。
完全に溶岩の底へと沈んでいった彼の、最後の哀しげな咆哮が、なんとも耳に痛かった。
次回から二夜にわけて、エピローグ的なお話をUPします。
いつも読んでくださってありがとうございます!
毎晩更新がんばります!!