第二十三話 古代魔法帝国の宮殿(ヘイダル視点)
前回のあらすじ:
地帝宮に突入したマグナスは、寄り道をしつつもヘイダルを追って急ぐ。
余――皇太子ヘイダルの目的とは、畢竟、アラバーナを再び大国、強国の地位に押し上げること。それだけだ。
これが私利私欲に根ざすものなのか、帝族に生まれた者の義務感から来る心境なのかは、もはや余にも判別がつかない。それくらい長いこと、余にとってその目的は当たり前のことになっていた。幼少の時分からずっとそうだった。
一つだけ胸を張れるとすれば、余はアラバーナの民を愛している。砂漠という過酷な環境にも負けず、素朴に日々を暮らす彼らのことが、例えようもなく愛おしい。
だから余が影から操る“憂国義勇団”には、祖国を食い物にする貴族や豪商どもだけを襲撃させた。無辜の民の生活を、妄りに脅かすことを厳禁した。末端のチンピラどもがその禁を破った時には、断固たる態度で制裁を加え、見せしめとした。
余はアラバーナ中興の祖と呼ばれるような、偉大なる英君になりたい。
だが同時に、愛する民らの暮らしぶりを豊かにしてやりたいのだ。明日の水にも不安を覚える、今の生活から脱却させてやりたいのだ。
しかし、問題は山積みだった。
アラバーナはあまりに資源がなさすぎる。これで経済戦争に勝つのは苦しい。
古代遺跡から発掘できる〈マジックアイテム〉とて有限だ。国を挙げてもっと発掘を振興したところで、先細りになるだけだ。
かといって、軍事拡張路線は論外だ。それでは余が愛する民へ、無体を強いることになる。北にある穀倉地帯や、南にある港湾都市群が、いくら喉から手が出るほど欲しくても、民を侵略戦争に送り出すことだけはできない。
余にできることは、やがて帝位に就いた時に、地味でも真っ当な善政を敷いて、少しずつ、少しずつ、国力を上向けることだけだった。
そう気づいた時に、絶望した。
なぜなら余の父親は、あまりに暗愚だったからだ。
国を傾けることはあまりに容易く、誰にでもできる。あの暗愚がその御代に失った国力を、余が一代で取り戻せるか……否か……。
そんな程度の未来のために精励するなど、虚しいではないか?
余という人間は、なんのためにこの世に生を享けたのか?
しかもだ! 余の何代か後にまた暗愚が玉座に就けば、余の治世はいとも簡単に水泡に帰すのだ。
余は絶望せずにいられなかった。
そして、その絶望につけこまんと、“魔嵐将軍”ジャムイタンは、余に甘い言葉をささやきかけた。
しかし……嗚呼、なんたることだろう!
“魔嵐将軍”の接近は、確かに余にとっての希望足り得たのだ。
余は奴の甘言に誑かされるふりをして、ただの人の身ではなし得ない勢いで、貴重な古代の秘宝を――力を蓄えた。
そして、ジャムイタンをだまし討ちにし、奴自身の力まで余の物とした。
余自身が〈レベル〉40をも超える、魔物となった。
人の身を捨てることに、躊躇はなかった。
なぜならば、余が単身にして如何なる軍勢よりも強大な力を得ることで、愛する民に無体を強いることなく、侵略戦争が可能になるからだ。
何よりも、“八魔将”クラスの寿命は長い。千年を軽く超える。
それだけの時間があれば、余はアラバーナを、史上空前の世界帝国にまで育て上げることもできるだろう。
否、余自身が新たな魔王となって、この世界の地図をアラバーナ一色で染めることだとて、不可能ではないだろう。
その時、民はどんな幸せな顔をしてくれるだろうか?
誇らしげな顔をしてくれるだろうか?
それを想像しただけで――日々、少しずつ欠落していっている余の人間性が、再び温かくなってくれるのだ。
◇◆◇◆◇
大勢の配下たちを引きつれ、余は地帝宮を西へ西へ、古えの実験場を目指して進む。
目前に、あからさまに罠のはられた廊下。
左右の隅に石像が、五メートル間隔で十体、並んでいる。
この石像自身がガーディアンか、あるいは別の殺傷手段を持っているのか、あるいは石像に注意を行かせて実は落とし穴や天井が落ちてくる仕掛けか、はたまた。
「ホメス」
余は六連星のナンバー3にして、“影走り”の異名を持つ〈遺跡漁り〉の名を呼んだ。
それ以上の命令は必要なく、ホメスは心得たように動き出す。つれてきた団員のうち、五人を見繕うと、
「おまえら、あの角まで一斉に走れ」
「で、でもホメスさん……」
「俺らだって命は惜しい……」
「いいから走れ! それともこのオレにぶち殺されてえか!?」
「ひっ……」
「そんな殺生な……」
「もしあの角までたどり着くことができたら、ボスから褒美が出る。優しい首領に感謝するんだな。さあ行け!」
刃物をちらつかせるホメスに追い立てられるようにして、五人が廊下を走っていく。
そして、真ん中まで駆けていったところで、罠が作動した。
十体の石像が目から熱線を照射し、乱舞させたのだ。
たちまち手下たちは焼ききられ、切り刻まれ、廊下に五人分の肉片が転がる。
余は無感動に、腹心の名を呼んだ。
「ナディア」
六連星のナンバー1である〈魔法使い〉が、恭しく一礼すると、強力な魔法で遠隔攻撃をして、石像を打ち砕いていく。
彼女とサリーマの姉妹だけは、余も本物の信頼を置いている。余の幼少期から友として、心を許せる側近として仕えてくれた、股肱の臣だ。
比べて他の団員どもは、「憂国」だとか「義勇」だとか、名ばかりのチンピラどもだ。余が団に加え、統率していなかったら、いずれ強盗や強姦、殺人等を平気で犯していたに違いない、ならず者どもだ。余の愛する祖国に巣食う、害虫どもだ。
ゆえにこいつらを、祖国の公益に貢献させようと思えば、毒を以て毒を制す使い方以外にあり得ない。
ナディアが全ての石像を破壊した後、ホメスがまた五人を選んで、廊下を走らせる。
今度こそ奴らは、向こうの角まで走りきる。
「安全が確認できました、ボス」
「ご苦労」
ホメスの報告に冷淡に答えると、余は悠然と廊下を闊歩する。
命からがら渡りきった五人を、一顧だにもせず横切っていく。
そうやって余らは、多くの犠牲者を出しながら、トラップだらけの地帝宮を着実に進んでいった。
そして、ついにたどり着いた。
半壊し、用をなさなくなった、両開きの巨大な門。
その向こう側には、ただっ広い実験場が見える。
とても地底のこととは思えない、魔法の光源を兼ねる天井が霞むほどに高い、広場である。
「やったぜ、ボス!」
「無事、到着できました、殿――ボス!」
「マグナス一行に先んじることができました!」
安堵混じりの歓声に沸く配下たち。
ここにたどり着くまでにもう、団員は六連星の三人だけになっていた。
そんな三人に向かって余は言う。
「まだ、最後の仕掛けが残っているようだ」
正確には――ホメス一人に目を向けて、余は告げる。
半壊した門の手前は、ちょっとした広間になっている。
不自然なほど、何もない広間だ。
「ホメス。残っているのはおまえだけだ。頼んだぞ」
「……は? ちょ、ちょ、待ってくだせえ、ボス! まさか六連星のオレにまで、人柱になれって言うんですかい!?」
「他にどう聞こえた?」
「…………っ」
絶句するホメスに、余は慈悲すら込めて、重ねて告げた。
「あの門の向こう側までたどり着くことができたら、褒美をやろう。一生遊んで暮らしても、使いきれないほどの褒美をな。優しいボスに感謝するがいい」
「チクショウ!」
ホメスは身の程知らずにも、余に刃を向けてきた。
たちまち余の護衛たちが動く。
ナディアとサリーマの姉妹ではない。後衛職の彼女らに、近接攻撃から咄嗟に余を守る術はない。
余は団員たちの他に、十五体のしもべを連れ歩いていた。
全員が小柄で、フードで顔も体つきも隠している。
その足取りはまさに一糸乱れず。
そして、ホメスが刃を翻すや、しもべたちはフードを脱ぎ捨てた。
下から現れたのは、硬質で無機質な少女の美貌。
加えて煽情的な侍女のお仕着せ姿。
そう、古代魔法帝国の技術が生んだ、殺戮メイドたちだ!
しかもそれが十五体!
彼女らは恐るべき俊敏さと正確無比の動作で、余を完璧に警護しつつ、ホメスを四人がかりで取り押さえる。
「放り込め」
余が命じると、ホメスを担ぎ上げる。
「お助けを! 褒美など要りません! だから、どうか命ばかりはあああああっ」
哀願するホメスに対する容赦などなく、無造作に広間へ投げ入れた。
するとたちまち、広間の床が不気味に蠢き、あちこちに大きな口が開いて牙を剥く。
フロアイミテーターと呼ばれるガーディアンだったのだ。
ホメスは断末魔の悲鳴を叫びながら、無数の口に喰いちぎられていった。
その様を、余は無感動に眺め続ける。
かつて余は“魔嵐将軍”より、未発見の遺跡の在処を示された。
それは古代魔法帝国の、とある皇帝の墳墓だった。
余はそこに眠っていた殺戮メイドたちを全て入手するとともに、彼女らを早速用いた。
まさか余が裏切るとは思ってもいなかった、“魔嵐将軍”を討たせたのだ。
敵はさすがは“八魔将”の一角だった。レベル40台ボスモンスターだった。
せっかく入手できた殺戮メイド百体のうち、八十四体がその場で物言わぬ骸と化した。
しかし、それでも奴を討つことができた。余は奴の力をそっくりもらい受けた。
余はヘイダル=ジャムイタンとなり、また手元にはまだ十五体もの殺戮メイドが残った。
もはや戦力や手足としての“憂国義勇団”など、必要ではなくなっていたのだ。
むしろあんな害虫どもを、生かしておく理由を探す方が難しかった。
高レベル〈遺跡漁り〉であるホメスだけは、〈地帝宮の鍵〉を発掘するため、また地帝宮自体を踏破するために、まだ利用価値があった。
が、それもたった今なくなったというわけだ。
ホメスが骨も残さず食い殺されたのを確認し、余は殺戮メイドたちに命じた。
目前のフロアイミテーターを破壊し、余の前途を切り拓けと。
◇◆◇◆◇
フロアイミテーターの死骸を踏み越え、半壊した門の隙間をすり抜け、余は実験広場に足を踏み入れた。
後に続くはナディアとサリーマの姉妹。そして十五体の殺戮メイドたち。
進むことしばし、黒く大きな球体が宙に浮かんでいるのを、遥か行く手に発見した。
いや、本当に球体なのだろうか? 見様によっては、この世界に開いた、虚ろな穴のようにも見える。実際、その周辺の景色が歪んでいた。
ゾッとする光景とは、まさにこのこと。
しかしあれこそが、余が求めたもの。
魔王の魔力、その片鱗である。
あと少し、もう少しで手に入る。
秘密裏に進めた長年の計画が、いよいよ成就する瞬間が近づいている。
さしもの余も、心躍った。足取りが軽くなった。
しかし――
漆黒の球体、あるいは世界に開いた穴へと急ごうとして、できなかった。
背後から迫る、複数の足音が聞こえてきたからだ。
余は歯軋りを堪え、側近たちとともに振り返る。
そして、後から来た彼らへ向かい、肩を竦めながら言う。
「まさか追いつかれるとは思わなかったぞ、魔法使い」
「きっと追いつけると思っていたよ、殿下」
魔法使いは物怖じせずに答えた。
彼は――マグナスは、そういう不敵な男であった。
初めて見た時からそう。仮にも皇帝だった父上相手に、堂々と言い返す様が小気味よかった。
一目で、好感を覚えずにいられない男だった。
できれば敵には回したくない男だった。
しかし、余が余の覇道を行く限り、彼との衝突は避けられなかったのだろう。
余はそれを、運命のせいだとは決して言うまい。
次回、マグナスVSヘイダル!!!
というわけで、読んでくださってありがとうございます!
毎晩更新がんばります!!




