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第二十二話  古代魔法帝国の宮殿

前回のあらすじ:

ヘイダルの企みと正体を暴いた。

 アラバーナ宮廷における大きな政変は、新たな女帝であるファラ陛下をしばらく、大いに悩ませるだろう。

 しかし俺は、彼女の聡明さと活力、高潔な精神があれば、この苦難を乗り越えて、アラバーナをよりよき国へと舵取りできるはずだと信じている。


 例えばファラ帝は急務として、近衛兵団の対処に乗り出した。

 本来ならば謀反に加担した彼らは、処刑するのが当然。

 しかし、あくまでヘイダルの理想を信じた彼らの愛国心に、ファラ帝は情状酌量する意向を示した。彼らを無期限の謹慎処分とした。


 実際問題、近衛兵の大半を処断などと杓子定規にやってしまえば、首都や宮殿の治安に関して、屋台骨が揺らいでしまう。

 また、ヘイダルのクーデターがあまりに周到且つ、いざ事を起こせば一気呵成だったのも僥倖だった。首都や宮殿が戦場になることもなかったし、宮殿内で事態が完結したため、どれだけの規模だったかなど詳細なところは、民には伝わらなかった。甘い処分でも示しがつけられるという状況だった。


 当面は、ファラ帝が心をつかんだ第一軍団を警護に使いつつ、近衛兵らには折を見ての現場復帰を促すという顛末になった。

 まったく見事なまでに、柔軟で現実的な施策ではないか!


「もっともそれは、マグナス殿が周到且つ一気呵成に、兄上と近衛の心を切り離し、また兄上を撤退させてくれたからこそであるがな」


 ファラ帝はそう言って謙遜した。

 そして、彼女の名前が直筆された、〈特級許可証〉をくれた。


 俺が次に宮殿に来る時は、この許可証をもらいに来る時――すなわち、彼女を帝位に推戴する時だと計画していたが、頭の予定表以上に上手くいった達成感が俺にはあった。


「これを提示してくれれば、全ての古代遺跡を探索できる。無論、残る二つの〈地帝宮の鍵〉が眠る、最難関遺跡にもだ。兄上の謀反まで鎮圧してくれたマグナス殿に、今さら形式と手続きを踏んでもらうのも、心苦しいがな」

「いや、形式と手続きは大事だ。俺は好んで無法を罷り通す主義ではない」


 だから、ありがたく〈特級許可証〉をいただく。


「ヘイダル殿下も帝室秘蔵の〈鍵〉の入手は諦め、どちらかの遺跡の探索に乗り出すだろう。俺たちも急がなくてはならない」


 俺はファラ帝が謀反者を未だ「兄上」と呼んだ心情を(おもんぱか)り、「殿下」と呼んだ。


「その帝室秘蔵の〈鍵〉だが、新帝たる余の権限を以って、マグナス殿に貸与したい」

「ふふ、相変わらず話のわかる方だな、殿下――いや、陛下は」


 俺はそれもありがたく借り受けた。

 これで俺たちもヘイダルたちも、最難関遺跡から〈鍵〉を一つ入手するだけで、地帝宮に突入できるようになる。

 そして十中八九、そこが決戦場となるだろう。


「兄上を頼む、マグナス殿」


 最後にファラ帝が毅然と言って、俺たちを送り出してくれた。

 断固たる覚悟と意味のこもった「頼む」だった。


    ◇◆◇◆◇


 俺たち一行――クリム、ラムゼイ、三つ子、修理が完了したグラディウス――は、首都アラバンを出立した。

“ナルサイ号”と〈タウンゲート〉を駆使し、モリスの遺跡へ急行した。


 この遺跡もまたラムゼイの遺跡同様、〈地帝宮の鍵〉を保管した古代の軍事施設だ。

 構造もそっくりで、ラムゼイの遺跡を一度は完全攻略した俺たちに、同じことを再現できない理由はなかった。

 懸念があるとすれば、ヘイダルたちの狙いもかぶって、奴らに先に越されることだったが、杞憂に終わってホッとした。


 俺たちは一日でモリスの遺跡を攻略した。

 最優先目的の〈地帝宮の鍵〉の他、〈マリードの魂〉や〈アブソリュート・サンダー〉といったレアアイテムを首尾よく入手できた。

 それらを持ち帰ると、一旦〈タウンゲート〉で首都に戻った。ファラ帝への報告と情報交換を行った。


「ドンロフの遺跡を守る警備兵に、兄上に気をつけよと早馬を送っておいたのだが、一足遅かった。既に兄上が一団を率いて現れ、遺跡を探索して何やら持ち帰ったという報せがあった」


 やはり思った通り、もう一つの最難関遺跡から〈鍵〉を発掘していたか。

 ちなみに()()()()()()()()()()()()()()()()だが、ヘイダルと狙いが別々になったのは偶然であろう。


 ともあれ、これでいよいよもって一刻の猶予もならない。

 俺たち一行は急ぎ、地帝宮を目指した。



 地帝宮へと至る転移門は、ラサードの遺跡の最深部に設置されている。

 これは最大級の規模を持つ遺跡で、古代魔法帝国時代にはその都であり、地帝宮の門前町であったものだ。

 ただし発見されたのは大昔で、既に全階層がクリアになっている。

 警備兵も申し訳程度に駐屯している。ゆえにヘイダル一行が数時間前に、ラサードの遺跡に踏み入ったことを、彼らから聞くことができた。


「数時間差か……これ、追いつけますかね……?」

「地帝宮の方は全くクリアになっていないんだ、奴らもそう早くは進めないだろう」

「なるほど、マグナスの言う通りだぜ!」


 テッドの不安に俺が答え、ラッドが指を鳴らす。

 魔王の魔力の片鱗は、地帝宮の一角で眠っている。奴らがそれを探し当てて入手する前に、追いつきさえすればいいのだ。



「無駄口叩いてないで急ぐんだよ、坊主ども!」


 クリムに叱咤され、俺たちは足早に門前町であるラサードの遺跡を突破。最深部にある転移門にたどり着いた。

 見た目は巨大な鏡だが、縁の左右に宝玉を納めるための穴がある。そこへ〈地帝宮の鍵〉を二つ納めることで『一時間の間、転移門が起動する』と〈攻略本〉に記載されている。

 なお起動中はもう〈鍵〉を抜いてもよく、さすがヘイダルはうっかり残していくような下手は打っていなかった。


「行くぞ」


 俺は左右の穴に、宝玉の形をした〈鍵〉を納める。

 転移門は遅滞なく起動し、鏡は俺たちを映すのではなく、遥か地底にある宮殿の景色を映し出す。

 五百年経ってもいまだ機能を喪っていない、古代魔法帝国の技術に改めて感嘆と敬意を覚えながら、俺は鏡の中に足を踏み入れた。

 水の中に入るようなわずかな抵抗があり、転移門の向こうへすぐに抜けた。

 壮大極まる玄関廊下。石造りの高い天井に広い幅、そして長い石畳がずっと先へと続いていく。

 あまりに実感乏しいが、ここはもう遥か地の底というわけだ。


「道が広い……というか、大きいですね。今まで潜っていた遺跡とケタ違いだ」

「つーか、なんか鉄屑とか石の破片があちこちに散乱してっし、小汚くねえ?」

「ガーディアンが配置されていて、ヘイダルの奴らが排除した――って感じでさあ」

「おお、マッドも目が肥えてきたのう。恐らくその通りじゃ」

「だけどジイサン。それにしちゃ床も壁も天井も、あちこちボロボロすぎじゃアないかい? こんだけ広い廊下をいっぱいに使って戦闘してたってのかい?」


 俺の後をついてきた、クリムやラムゼイ、三つ子たちが、あちこちを見回して言う。

 平然としているのはグラディウスだけ、相変わらずのプロフェッショナル感を醸し出している。だが、物珍しいのも当然の人情である。


「この地帝宮は魔王の魔力が暴走した、爆心地でもあるんだ。あちこちにガタがきていて当然だし、ほぼ無事なところもあれば、逆に瓦礫と化しているところもある」


 俺は頭に叩き込んだ、〈攻略本〉の地図情報を参照して答えた。


 逆にヘイダルたちは、地図情報など持っていないだろう。

 俺たちはすぐに彼らの後を追った。

 彼らがどの道を通ったかは、いちいち調べるまでもなかった。配置されていたガーディアンとの交戦の跡やその残骸、あるいは発動した罠と“憂国義勇団”団員の死体等を、たどっていけばいいからだ。

 そしてヘイダルたちは、決して最短ルートを進んでいるとは言い難かった。

 ただ、魔王の魔力の片鱗があるのは、西の実験広場だということくらいは知っているらしい。全く見当違いの方を目指しているわけではないようだ。


 こっちにだけ完璧な地図情報があることは、ヘイダルたちに対して大きなアドバンテージとなる。

 俺は彼らの足跡をたどりながら、途中で全く違う進路をとった。


「もしかして、こちらの方が近道なのですか?」

「いいや、むしろ遠回りになる」

「遠回りなのかよ!」

「だが、絶対に回収すべき〈マジックアイテム〉があるんだ」


 俺の言葉に、仲間たちが納得してくれた。


 そしてここからは、〈攻略本〉の地図情報を頼りに進んでいく。

 ヘイダルたちがある意味、露払いをしてくれていたこれまでと違い、ガーディアンも配置されたままだし、大掛かりな罠も残っている。

 しかし、ガーディアンは俺の魔法とグラディウスの拳で粉砕し、罠の解除や回避法は〈攻略本〉に記載されていた。

 まさに破竹の勢いで、目的の場所に到着した。


 古代魔法帝国、最後の皇太子の執務室だ。


    ◇◆◇◆◇


 他の帝族たちの部屋が、軒並み瓦礫の下に埋もれているのに比べ、その部屋だけは奇跡的に、半壊ですんでいた。

 天井が崩れ落ち、部屋の何分の一かが埋まっていたが、執務机は無事だった。


 俺はその引き出しの中身に用があるのだが、近寄る前に、ぎょっとなって足を止めた。

 いきなり――本当にいきなりのことだ。

 人影がスーッと出現し、執務机の椅子に腰かけていたのだ。


「やあ、お客人たち。余の執務室へようこそ」


 まさに切れ者然とした、怜悧な趣きのある青年だった。

 金色の瞳には自信が漲っている。

 でも何より驚くべきことは、彼の肉体は透けていて、背後の景色が見えるのである。


「ゴ、幽霊(ゴースト)!?」

「……いいや。ありゃそンな可愛い代物じゃないよ」


 仰天したラッドに、クリムが緊張の面持ちで答える。

 除霊は〈僧侶〉の専売特許。ただの幽霊(ゴースト)だったならば、彼女は怖れもしなかっただろう。

 そう、こいつはそんな生易しいものじゃない。


古代魔法帝国の亡霊エンシェントスペクターだ」


 当時の魔法使いの中でも特に優れた者たちが、現代では完全に失伝している死霊術(ネクロマンシー)を用い、自らの肉体を捨て、魂だけの――永遠不変の存在となった姿である。

〈攻略本〉でも、地帝宮を彷徨うモンスター扱いで記載されていた。

 その〈レベル〉は最低でも30だ!


「つまりあんたが、マデッタ皇太子殿下かね……?」

「如何にも余がマデッタだ」


 油断のない視線を配りながら訊ねるラムゼイに、霊体の青年は鷹揚の首肯を返した。


「嘘をつくな。それともからかっているだけか?」


 俺もまた〈大魔道の杖〉をにぎりしめながら指摘した。

 この広い広い地帝宮に、ほんの数体彷徨っているだけとはいえ、こいつらと出くわすかもしれない可能性は、もちろん考慮していた。

 そして、遭遇したら尻尾を巻くつもりでいた。

 勝てない相手ではなかろうが、多大な出血が予想される。俺の敵はヘイダルたちであって、彼らではない。無意味な消耗は避けたい。


「どうして嘘だと思うのかね?」

「皇太子マデッタは、儀式の暴走に巻き込まれて死んだ。スペクターとして転生する準備も余裕もなかった」

「ほう。貴公、面白いものを持っておるな」


 皇太子をぬけぬけと詐称した青年は、俺が持つ〈攻略本〉をひたと見据えた。

 今まで、こんな反応をする者は一人もいなかった!


「……やらんぞ?」

「ククク、けっこうだよ。神の力の気配を感じるからね。今の私が触れたら、そのまま天に召されてしまいそうだ」


 本気とも冗談ともつかないことを言う青年。


「そんな情報(ほん)などよりも、それを使いこなす貴公の方が興味深いね」


 彼の金色の瞳が、〈攻略本〉から俺へと移り、じっと見つめられる。

 俺はもういつ戦いになってもいいように、内心で身構える。

 あの机の中身を手に入れるまでは、撤退はできない。

 だが――


「クク、そう身構えずとも、私に()る気はないよ。机の中の物も持っていきたまえ」


 青年はそう告げると、再び霊体(からだ)がスーッと薄くなっていく。


「待て。結局あんたは何者なのだっ」

「さて? スペクターとでも呼んでもらおうか。では、さらばだ。また会おう」


 あからさまな偽名を名乗った青年は、それきり本当に消えてしまった。


「……また会おう……か」


 それがいったいどれだけ先のことになるかは測り知れないが、俺もまたスペクターとは再びどこかで出くわす、そんな予感を覚えていた。


 ともあれ、今は謎の亡霊にかまっていられる時間はない。

 俺は机の中から〈皇太子の印璽〉を入手すると、今度こそヘイダル一行を追って、西の実験広場へと向かった。

 頭の中に叩き込んだ、最短ルートを使って。

読んでくださってありがとうございます!

毎晩更新がんばります!!

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