第二十話 嗚呼、愚かなり(ファラ視点)
前回のあらすじ:
久々のラクスティアでバゼルフに依頼したりアリアと仕事という名のデートしたり
私――皇女ファラは残存の第一軍団をまとめ上げ、親衛隊とともに首都アラバンに凱旋した。
マグナス殿がカイザーサンドワームを斃した時点で、カクラル地方の事件にまつわる箝口令は解いていた。
また事件の顛末については、早馬を出して首都に報せていたし、既に民の知るところとなっていた。人の口に戸は立てられないのだ。
よって私たち凱旋軍は、民に大歓呼を以って迎えられた。
一地方を食い潰すかもしれなかったほどの、巨大で危険なボスモンスターを相手に、勇気を奮い起こして立ち向かい、見事斃してみせた英雄たち――という扱いである。
実際は、マグナス殿一行が斃したのだし、民にも「第一軍団に、ラクスタの“魔王を討つ者”の絶大な協力があった」というアラバーナ贔屓の曲解ながら、その事情は知れ渡っている様子。
しかし、肝心のマグナス殿たちが、この凱旋パレードに参加することをきらった。
あの気持ちのいい男は、謙虚がすぎると思う。ただの「はにかみ屋」という線も捨てきれないが。
おかげで私は、民たちの称賛を浴びても、まるでマグナス殿たちの手柄をかすめとってしまったようで、居心地が悪い。
ただ――マグナス殿は、どうも私に手柄を譲ってくれた節がある。無論、私が皇女として宮廷内で、より発言力を高められるようにという配慮だ。
目先の功績よりも、遥か未来を見据えている。いやはや、深謀遠慮という言葉は、マグナス殿のためにあるのかもしれない。
よって私は、胸を張って民の称賛を浴びることを、皇女としての務めであると割りきることにした。
彼らの支持を実績に変えて、宮廷内での立場を強め、やがてはマグナス殿に便宜を図ることのできる地盤を築いて、恩返しとするのだ。
それに、カイザーサンドワームに立ち向かっていった、兵たちの勇敢さに嘘偽りはない。彼らには称賛を浴びる権利がある。
だから総大将たる私が小さくなっていたら、彼らも立場がないだろう。
もう一つ、私はタハール将軍のことも公上、悪く言うつもりはなかった。
一応はお国のために出征し、その作戦途上で死んだのだから、彼の死は悼まれるべきだ。国葬の形をとるべきだ。
しかし、早馬とともに書き添えたその私の意見は、皇帝に却下されたらしい。
傲慢なタハールは政敵も多かったから、誰かが父上に耳打ちしたのだろう。
タハールは愚かな作戦で、兵の命をみすみす失った戦犯として、生前の功績を全て剥奪されたそうだ。
一族からも「恥さらし」とされ、死後なお破門され、墓は郊外に立てられたらしい。死んだ兵の遺族たちから、ツバを吐きかけられているらしい。
父上たちのやり口も含め、思うところはある。
が、私はこれを自分への戒めとした。
人の上に立つ権力者は、無能であること、それ自体が罪なのだと。
◇◆◇◆◇
帰還後のあわただしさも一段落し、私はいよいよマグナス殿たちを伴い、参内した。
約束通り、父上から〈遺跡探索特級許可証〉をもぎとるのだ。
マグナス殿にいつが都合がよいかを訊ね、今日この日と相成った。
「ただ、俺は一応、あの皇帝に投獄された前科があるんだが、のこのこ参内して平気なのか?」
「平気だとも。父上はもうマグナス殿のことも、投獄を命じたことも憶えていない」
「…………」
さすがのマグナス殿も愕然となっていた。
クリム殿がやれやれと嘆息し、
「ゾッとしない話だねエ。一国の主ともあろう者が、気分で無実の人間の未来を奪っておいて、そのことを反省するどころか、ケロッと忘れてるなンてさ」
「何も言い返す言葉がない。実際、常日頃から私と兄上が、彼らを解放していなければ、宮殿の牢獄はとっくの昔に溢れ返っている」
「そんな皇帝を相手に、〈許可証〉は本当にもらえるのかね?」
「安心して欲しい、ラムゼイ殿。今回はもう根回しもすんでいる。大臣たちは、私が今回の報償に大それたものを要求しないとわかって、ホッとしている。父上にも、思いきりおべんちゃらを使っておいた」
父上の治世に普段から心服している魔法使いが、父上の領土に異変があったと聞いて馳せ参じ、解決に尽力した。この感心な男に褒美を授ければ、父上の度量が天地に遍く知らしめるのは間違いない。
という具合だ。
「あっはっは! 姫サンの苦労する姿が目に浮かぶようだねエ!」
「笑ってくれるな、クリム殿。それに、マグナス殿も申し訳ないが、話を合わせてくれるか? もちろん、謁見中は基本、私に任せておいてもらっていい」
「承知した。よろしく頼む」
そんな軽い打ち合わせをして、クリム殿たちは控室でくつろいでもらい、いよいよ私とマグナス殿は父上との謁見に臨んだ。
恥ずかしいほど高い壇上に鎮座し、白粉まみれ、口紅べったりの中年男――これが、こんなのが私の父だ。
しかし、私のおべんちゃら工作が上手くいき、今日は最初から上機嫌であった。
「我が娘よ。朕のものであるカクラル地方の安堵、大儀であった」
「ありがとうございます、父上。しかしこれも、父上の薫陶の賜物にございますれば」
「ほっほっほ。そうであろう、そうであろう」
「はい、父上。つきましては、私の後ろに控えるこのマグナスにも、父上の薫陶を賜りたく。父上の御名が一筆された〈許可証〉を携え、この者が遺跡より偉大な結果を持ち帰れば、それすなわち父上の業績と申し上げて、過言ではございません」
「ほっほっほ。であるか、であるか」
私の論法は屁理屈にもすぎたが、この愚鈍な父にはその区別もつかないし、とりあえず持ち上げておけば、この人は満足なのである。
大臣たちも根回しはすんでいるので、澄まし顔で聞き流している。
つつがなく〈許可証〉は発行され、私はマグナス殿との約束を守ることができる。
そう思っていた、まさにその時だ。
「お待ちください、陛下!」
居並ぶ重臣の末席から、異議が上がった。
私はぎょっとなってそちらを振り返る。
ムラトという名の、青年貴族だった。
私の大勢いる婿候補の中でも、一番歳が近い。
亡きタハールに代わって、第一軍団の将軍になると目されている男でもある(そして、タハールの死体蹴りを父上に唆したのも、恐らくはこのムラト)。
「このような胡散臭い魔法使いに、陛下の偉大なる御名の記された〈許可証〉を授けるなど、あってはならぬことにございます! どのような不届きな目的で悪用するか、わかったものではございませぬ!」
「むむっ」
「待て、ムラト! マグナス殿が信用できる御仁であることは、このファラが保証する!」
「お聞きあそばしましたか、陛下? この不埒なる魔法使い、この通り既に皇女殿下を誑かしておりまする。なんたる奸物! なんたる邪悪! このような男を放置しておけば、必ずや我が国の禍根となりましょうぞ!」
「むむむっ」
もはや挙動不審というレベルで、父上の目がうろうろしていた。
私とムラトの言い分の間で、父上の心が揺れ動いているのがわかった。
ムラトめ!
貴様、いったいなんのつもりで、マグナス殿を讒言している!?
そうすることにいったい、貴様になんの得がある!?
私は怒鳴るのを堪えて、若き貴族のなよなよとした顔をにらみ見た。
実際、列席する大臣たちもムラトの意図が読めなくて、驚いている様子だった。
果たしてムラトは、我が婿候補の一人は、形相を歪めて告発した。
「凱旋した兵たちが申しておりました! この胡散臭い魔法使い殿とファラ殿下が、ひどく仲睦まじい様子で語らっている様を、しばしば目にしたと!」
嫉妬に狂った男の、この世で最も醜い形相であった。
「バカなことを……」
私とマグナス殿の間に真実、浮いた話などあるわけない。
ただ、マグナス殿は兵らにとって命の恩人にして英雄で、そんな彼が皇女たる私と恋仲になれば似合いのカップルだと、無邪気な噂話を楽しんでいただけだろう。
それをこのムラトは真に受けたか。
嫉妬のあまりに、現実が見えなくなったか。
いや、仮にそれが現実だとして、無辜のマグナス殿を断罪していい理由になろうか!?
しかも、なんと厄介なことだろう。
列席する重臣たちの中にも、ムラトの告白を真に受けて、マグナス殿に敵意の目を向ける者たちが続出した。
この中には、私の婿候補が多すぎる!
「父上! ムラトの申すことは、根も葉もない言いがかりにございます!」
「いいえ、陛下! かつて臣がそのような妄言を、陛下に申し上げたことがございましたでしょうか? 臣が常に陛下の御ため、誠心誠意お仕え申し上げていることは、何よりも陛下がご存じのはず!」
「そ、そうじゃ。ムラトはいつも、朕のために優れた助言ばかりを申してくれた」
耳あたりのいいおべっかや、政敵を蹴落とすための讒言の間違いでしょう!
私はそう叫びかけて、グッと堪えた。
讒言はともかくとして、おべっかで父上を操ろうというのは、お互い様だ。私にムラトを責める謂われはない。
しかし……しかしだ。
それも全ては、父上の責任だ。
父上が阿諛追従する佞臣ばかりを重んじ、真の忠義の持ち主たちを放逐したため、この宮廷はおかしなことになっているのだ。
おべっか合戦で明日の国政が決まる、亡国の政府と堕しているのだ。
我がアラバーナが、日に日に傾いていっているのだ。
私がどれほど国を憂えようと関係なく! 皇帝一人の愚かさのせいで!
「ほっほっほ。いや、朕もな、実はそこな魔法使いは胡散臭いと思っておったのじゃ。ファラがどれだけ言い募ろうと、〈許可証〉を下賜するつもりなど最初からなかったのじゃ」
「さすがは陛下! このムラト、畏れ入りてございます! 臣如きの愚見など、全く必要はございませんでした」
「よいぞ、よいぞ。それもムラトの忠義の表れよ。天晴じゃ」
……この愚かな父がいる限り……私がどれだけ努力しようと……アラバーナは終わる……!
いつまで経っても、どこまで行っても、そのことを痛感させられる。
怒りで全身が震えた。
ならばいっそ私の手で、父上を――
「短慮は慎まれよ」
マグナス殿の言葉に、私はハッと我に返った。
それはほとんど周りに聞こえないだろう小声だったが、しっかりと私の耳には染み渡った。
おかげで、思い留まることができた。
しかし一方、このままでは私は、マグナス殿との約束を果たせない。〈許可証〉をもぎとれない。マグナス殿に合わせる顔がない。無能な権力者は、それだけで罪だ。
「聞こえてこないか、殿下?」
忸怩たる想いを抱えた私に、苦しむ必要はないと諭すような口調で、マグナス殿が言った。
私は言われるがままに耳を澄ました。
そして、聞こえてきた。
「ご注進! ご注進にござる!」
血相を変えた近衛兵が、息せき切って謁見の間に馳せ参じる、大声と足音が。
「何事だ、騒々しい!」
「はい、ムラト様! 大変な事態でございまする!」
「だから、なんだと訊いておる!」
「む、むむむむむ――」
近衛兵がむせ込んだ。
それほど彼を慌てさせるような、とんでもない事件が起きたということだ。
この場の一同の視線を、一身に集めた近衛兵が、半泣きになって叫んだ。
「謀反でございます、陛下!」
「「「な、なんだとー!?」」」
「畏れ多くも陛下を弑逆奉らんと、多数の兵が押し寄せて参っておりまする!」
「ええい、バカな!」
「近衛兵は何をしているのだ!?」
「その近衛兵の大半が、謀反に加担しておりまする! ゆえに無人の野を行くが如く、謁見の間を目指して進軍中にございまする!」
「いったい何が起こっているのだ!?」
「なぜ帝室への忠義厚い近衛が、帝室の主たる陛下に背き奉っておるのだ!?」
「どこのどいつが謀反の首謀者だ!?」
「ヘイダル殿下でございます!」
「「「……は?」」」
「謀反の首謀者は、ヘイダル皇太子殿下でございます!」
もはや絶叫じみた報告に、謁見の間が静まり返った。
わけがわからなかった。
皆もきっとそうだろう。
ムラトの時に抱いた疑問の比ではない。そんな真似をして、いったい兄上になんの得があるのだ? 帝位継承順位の低い者ならともかく、第一位の兄上が!
私はもう混乱しきって、声を失っていた。
皆も失っていた。
そんな中で一人――マグナス殿だけが、朗々たる声で一石を投じた。
「皇帝陛下。このままでは御身の命が危ないが、如何なさるおつもりか?」
それで父上も我に返る。
「い、いやじゃ、朕はまだ死にとうない! 誰ぞ、あの愚息を成敗いたせ!」
目を剥き、金切り声で命じるが、応答する臣下はいなかった。
それはそうだろう。頼みの近衛兵が大半、兄上に付き従っているという話なのに、いったいどうやって食い止めろというのか?
「ムラト!」
「痛たたたたたっ陛下申し訳ございませぬっ。急に腹痛がっっ。持病の心臓発作がっっっ」
「ムラト! この佞臣が!! ええい、斬れい! 斬ってしまえい!」
「そ、それはご勘弁を陛下ぁぁぁぁ……」
父上がようやくその事実に気づき、ムラトが泣きわめきながら引っ立てられていっても、時すでに遅しであった。
「あああ……朕はどうすればよいのじゃ……」
「お覚悟を決められよ。御身が皇帝であられる限り、謀反者は絶対に容赦はしない」
マグナス殿が父上に言った。
まるで人間を唆して魂を奪うという、異国の悪魔のような微笑を湛えていた。
だが、愚かな父上は何も気づかない。
「な、ならば朕が皇帝でなくなれば、ヘイダルも見逃してくれるのではないか!?」
「ふうむ。その可能性は大いにございますな。さすがは陛下、知恵者であらせられる。俺如きではそんな大胆な発想、思いつきはしません」
「そうであろう、そうでろう! ならば朕は皇帝をやめるぞ!」
命が助かりそうとわかって、父上は満面に笑みを浮かべた。
その顔のまま、言い出した。
「ファラ! そなたが次の皇帝じゃ! ヘイダルのことは任せたぞ!」
マグナス殿が、私の肩を叩いて言った。
「戴冠おめでとう、新しい女帝陛下」
私の口から、変な声が出た。
「………………はえ?」
こんな間抜けな声、私は生まれてこの方、一度も出したことがない。
そして、私の生涯でもう二度と出しはしないだろう。
それくらい衝撃を受けていたのだ悪いか!?
痺れて真っ白になっていた私の頭に、だんだんと理解の色がにじんでいく。
それでもなかなか混乱から立ち直ることはできなかったが、一つだけ、真っ先にやるべきことは思いついた。
マグナス殿が壇上を指し示し、教え諭してくれた。
私は声を張り上げる。
「先帝陛下を安全な場所へ! 西の塔へお連れいたせ!」
そこは帝族専用の、いと尊き牢獄だ。
父上は一生、飼い殺しにさせていただく。
「ま、待て、ファラ!? それでは話が違――」
「急げ! 賊徒がここまで押し寄せる前に! 新帝たる余の勅である!」
「ひいぃ誰ぞ! 誰ぞ、朕を助けよぉぉぉぉっ」
父上の情けない悲鳴が、遠くへと消えていった。
次回、乗り込んできたヘイダルと対面――!
というわけで、読んでくださってありがとうございます!
2章もついに20話まで書き上げることができました!
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