第五話 豪商の娘 アリア
前回のあらすじ:
アイテム集めまくったり、人助けしたり、絶好調のマグナス。
それで余りまくったランクC装備を、勇者に売ってやる。
ユージンたちと別れ、俺は改めてマルム商会へ向かった。
五階建ての大きな店に入る。
中にはカウンターが一つきりではなくて、目的に合わせて最適の受付で商談ができるよう、いくつも用意されていた。
はてさて俺はどこのカウンターに向かうべきか?
〈魔法使い〉の職業癖で、じっと観察する。
その時、いきなり女に声をかけられた。
「あれ……? あ、あなたは……!」
「む……」
声のした方を振り向くと、見知った顔がカウンターに立っていた。
先日、俺が助けてやった、奴隷商人に捕まっていた娘たちの一人だった。
亜麻色巻き毛の、派手ではないが整った容貌の、十五歳くらいの娘だ。
ちとマズいな……。
俺はそう思わずにいられない。
繰り返すが、いくら悪人相手とはいえ、その持ち物を強奪するのは合法行為とは言い難い。
彼女には、その時の様をバッチリと見られている。
身バレするのは大変によろしくない。
ゆえに俺は、すぐさまクルリと踵を返した。
「お、お待ちください、そこの方! お願いだから待って!」
なのに彼女は、店番を放って全力で追いかけてきた。
俺は全力で逃げる。〈魔法使い〉とはいえレベル28で、〈素早さの果実〉等でフルドーピングした俺の〈ステータス〉はかなりのものだ。
楽々逃げきることができるが、俺は敢えてそれをせず、彼女と着かず離れずの距離を保った。
そうして店を出て、大通りを走って、裏路地に入って、人目に着かないところを選んで、彼女が追いつくのを待った。
「店番はいいのか?」
「よ、よくはありませんが、せっかくあなたに再会できたのに、このチャンスを逃すわけには……っ。そ、それに、私はマルムの娘なので、ちょっとお小言もらう程度で、クビになったりはしませんから……っ」
彼女はゼィゼィ息を整えながら、そう言った。
ほう。商会の娘だったのか。それはそれは。
もしかしたら奴隷商人に捕まっていたのも、単に売り飛ばされるというより、身代金目的の誘拐だったのかもな。
「名前は?」
「アリアと言いますっ。あなたのお名前は?」
「俺に何の用だ?」
「助けていただいた、お礼をしたいんです! ぜひとも!」
俺は敢えて名前をはぐらかしたのに、彼女――アリアは不快に思うどころか、真剣に質問に答え続けてくれた。
しかも心なしか、俺の顔を上目遣いに見上げる瞳が、潤んでいる気がする。
倉庫に閉じ込められていたところを、助けてやった時もそうだったが。あの時は単に恐い想いをしたから、涙目になっていたのだとばかり思っていた。
し、しかし、これはもしや、違うのでは……?
もしかすると、俺のことを……?
いやいやいや! 早計はよくない。〈魔法使い〉のすることじゃない。
俺は女のことはよくわからないし、免疫もないのだ。
慎重に観察しよう、慎重に――
「お礼に私とデートしてくれませんか!」
「ふぉっ!?」
「だ、ダメですか!? それだと私の方がご褒美になっちゃいますか!?」
アリアはもう必死になって食いついてくる。
「私、あの時、悪い人たちにさらわれて、倉庫に閉じ込められて、これからどんなひどいことされるんだろうって、不安で……不安で……。一緒に捕まってた子たちもずっと泣いてるし、もう助からないんだろうなって、私も泣きそうになってて……。でも、そこにあなたが来てくださったんです! 颯爽と助けてくださったんです! それも、見返りもなしに!! 私も商売柄、いろんな男の人を見てきましたけど、こんな凄い人、ステキな人、今まで一度も見たことないって思ったんです!!!」
こ、これは、俺がいくら女に免疫がなくても、誤解しようがない……。
う……うーん……参ったな……。
俺だって若い男だし、別に異性に興味ないわけじゃないけど……。
魔王を倒すって誓いがあるしな……。
俺は正直にアリアに言うことにした。
「すまない。女性の扱いに慣れてないんだ」
――って、何を言ってんだ俺えええええええええええええ!?
正直に言うべきはそっちじゃないだろっ。魔王退治の話だろっ。
テンパリすぎだろ俺ええええっ。
「だ、大丈夫ですっ。私も男慣れしてませんっっ。あなたが初恋の相手ですっっっ」
「あんたもテンパリすぎだろおおおっ」
お互いもう瞳にグルグルと渦を巻きながら、内心をぶちまけ合っていた。
なんだろう……この娘、きらいじゃない。
「わ、わかった。デートしよう。したことないので、作法がわからんが」
「あ、ありがとうございますっ。私も勝手はわからないので、初心者同士拙いところがあっても目をつむるって感じで一つ」
「ああ。そうしてくれると助かる」
「というか私、あなたに対しては盲目的ですからっ」
グイグイ来てくれるなあ。
でも、俺が行けないのでちょうどいい気がする。相性いいのかも?
ともあれ俺はマグナスと名乗り、アリアを驚かせた。
「え!? 魔法使いのマグナスさんと仰ると、勇者様ご一行の!?」
「いや……白状ついでに言うが、俺は戦力外通告を受けた。今ではただ一介のマグナスだ」
「そんなひどい! 勇者様ってバカなんじゃないですかっ? ただの町娘の私ですら、倉庫でゴロツキどもを鮮やかに排除した、マグナスさんのお手並みは理解できるというのに!」
ユージンがバカなのは否定できんなあ。
「まあ、もう済んだことだ。それより、デ、デートはいつにする?」
「こ、今度の水曜日が、私はお休みなんですけど……」
「なら、それでいい」
俺たちは約束をして別れた。
アリアと仲良くなれば、俺の倉庫での狼藉のことも、黙っていてもらえるだろう。
それにラクスタで一、二を争う豪商の娘と懇意にできるということは、俺が所有する余ったアイテムを売り捌くルートも確保できるということ。
――という打算が全くなかったと言えば、嘘になる。
嘘になるのだが、俺は初めての異性とのデートを、純粋に楽しみにした。
ましてアリアのような、美少女が相手ならばなおさらだろう!
読んでくださってありがとうございました!
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