第十九話 明日は今日の先にある
前回のあらすじ:
“憂国義勇団”のナンバー1&2や殺戮メイドと激闘などなど
俺――〈魔法使い〉マグナスは、ラクスタ王都に工房を構える、バゼルフを訪ねていた。
ラムゼイの遺跡を脱して、すぐのことである。
「ガハハ、こりゃまた派手にやられたのう!」
ゴズのアダマンタイトの斧で、ズタボロにされたグラディウスを見て、バゼルフは豪快に笑った。その眼差しは、名誉の傷を負った息子を見る、誇らしげな父親のそれに酷似していた。
「修理を頼めるか? 〈古代アラバーナ精製ミスリル〉なら持ってきた」
「おう、任せい。そいつがあれば、グラディウスの〈魔法耐性〉はますます向上すること、間違いなしじゃ」
ラクスタでも最高の〈秘術鍛冶師〉であるドワーフは、自信たっぷりに胸を叩いてみせた。
俺が稀少な〈合成素材〉を持ち込んでは、難しい依頼を次々するようになってから、バゼルフの腕前はさらにメキメキ上がっている。
「それと、いつも世話になっている俺から、あんたへプレゼントだ」
「よせよせ、おまえさんがそんな殊勝なタマか」
「ははは、バレたか。ともかく、受けとってくれれば俺も助かる」
俺はそう言って、バゼルフに手袋を贈った。
ラムゼイの遺跡の最深部で入手したばかりの、〈ゴッドハンド〉だ。
「装備しているだけで〈力〉と〈器用さ〉が30上昇する、ランクA装備だ」
「ふむ。それはすごいんか?」
「ああ、とんでもないさ」
世界の摂理に精通してないバゼルフが、ピンと来てないのは仕方がない。
〈ステータス〉が30上昇となると、〈力〉の伸びに優れた前衛職や、〈器用さ〉の伸びに優れた生産職でも、なんと5レベル相当の上昇量となる。
特にバゼルフのような〈秘術鍛冶師〉は、レベルアップ時にステータス上昇より、〈スキル〉の強化派生に重点を置きがちだから、ますますこの恩恵は大きいはずだ。
「これを使って、よりよいものを鍛造してくれ」
「なるほど、そういうことなら遠慮なく借りておこう」
いかにも偏屈なバゼルフらしい物言いだが、俺はきらいじゃなかった。
「で? グラディウスの修理以外にも依頼はあるんじゃろ?」
「ああ。余った〈古代アラバーナ精製ミスリル〉で、武器を造ってもらいたい」
と、俺は依頼を伝える。
バゼルフは「贅沢な使い途よのう」と呆れたが、“八魔将”を討つためならば、仕方のないことだった。
「それと、こいつの修理を頼みたい」
俺は最後にそう言った。
連れてきた、今や上半身(?)だけの姿となってしまった、ショコラを指し示しながら。
『ワタシ、ショコラと申します。このたびはお世話になります、バゼルフ様』
仰向けに寝転んだショコラは、可愛らしく小首を傾げてお願いした。
「うむ、承知した。ただのう……」
「ただ?」
「こいつの修理、グラディウスの修理、武器の製造、どれもちぃと時間がかかる」
「なら、ショコラの修理を最優先で頼む」
『それはいけません、マグナス様』
てっきり喜ぶと思っていた当の本人から、まさかの否定的意見が出た。
それはもういつになく、ぴしゃりとした口調だった。
『ワタシも、一日も早くまたマグナス様にご奉仕したいのはやまやまですが、ワタシではマグナス様の戦いのお役に立てません。でしたらワタシの修理は、後回しにするべきです。マグナス様は世界を救うため、休む間もなく危険な旅を続けていらっしゃるのですから』
「ガハハ! ええこと言うではないか、こやつ。気に入ったわい!」
『お褒めに与り恐悦至極です、バゼルフ様』
仰向けのままのショコラがちょこんと手を伸ばし、バゼルフと握手する。
「そういうわけじゃ、マグナス。こやつの想いを酌んで、後回しにさせてもらう。その代わり、このワシが腕によりをかけて直してやるわい!」
『やった!』
「……わかった。二人がそう言うのなら、任せよう」
「おう。かなり時間はかかると思うが、楽しみにしておけい!」
この偏屈なドワーフがここまで言うのだから、俺は本気で楽しみに待つことにした。
◇◆◇◆◇
「今日は『休日』じゃないのに、誘ってくださってうれしいです、マグナスさん!」
アリアが笑顔いっぱいそう言ってくれた。
「いや、急な用件で迷惑じゃなかったか? 店番を抜けて大丈夫か?」
「とんでもないです! 父も『大きな仕事だ』『がんばれ』って送り出してくれました。私も仕事の日までマグナスさんと一緒にいられてラッキーです」
アリアが本当にうれしそうに、幸せそうに、俺に身を寄せてくれる。
俺たちは今、ラクスティアの繁華街を、腕を組んで歩いていた。
目的地は一軒のレストランだ。個室完備で、よく商談に利用されるという。
そこで十一人の、アラバーナ商人たちと待ち合わせをしていた。
「小麦商人のハシムと申します。どうぞ、お見知りおきを」
「同じく精肉を主に扱っております、ザイブにございます」
「テムジと申します。こたびはラクスタに名高いマルム商会様とご縁ができ、感激頻りです」
「青果卸のホッサンです。ラクスタの土地豊かなことは、昔から我らの羨むところで――」
と、次々にアリアと挨拶し、自分を売り込んでいくアラバーナ商人たち。
アリアもさすが、如才なく応待する。
今日の会合は目的は、両者の初顔合わせである。しかしゆくゆくは、大々的且つ包括的な取引関係を、締結する予定であった。
マルム商会は国内では手広く商いをやっているが、国外との交易部門が弱い。
土地の痩せたアラバーナは、豊かなラクスタの農産物を大量に仕入れたい。
そこに両者の利益がマッチングするわけだ。
「恥ずかしながら、我がアラバーナは年々国力も弱まり、他国の商人たちには足元を見られるばかりの状態が、長年続いております……」
「といって砂漠ばかりの我が国では、逆立ちしても自給自足はできません。不平等とはわかっていても、歯噛みしながら高値で農産物を仕入れるしかないのです……」
「そんな中、マルム商会様は対等の取引関係を結んでくださると聞いて、飛んで参ったのです」
「はい、もちろん私も父マルムもそのつもりです。ただ、担当窓口は私になりますが、こんな小娘でも大丈夫ですか?」
「とんでもないことでございます、アリア嬢!」
「マグナス様のご紹介とあれば、何も不安などございません!」
「ええ、ええ、マグナス様は我らの命の恩人にございますれば」
「しかもマグナス様がファラ皇女殿下の覚えめでたきことは、よくよく存じておりますれば」
とアラバーナ商人たちは、俺に対して商売っけ抜きの笑顔を向けてくる。
そう、彼らは全員、不運にもカイザーサンドワームに食われていた、交易商たちなのだ。
俺としては恩に着せるつもりは全くなかったのだが、彼らは殊の外感謝してくれている様子で、何か礼をさせてくれと言ってきた。
それで俺は一計を思いついた。
礼など要らないから、話を聞いてくれと彼らに言った。彼らも真剣に耳を傾けてくれた。そうして俺は、このたびの商談の仲介に立ったのだ。
アリアが儲かる、彼らも儲かる、アラバーナの民に食料が行き渡る――誰も損をしない交易関係が締結できれば、最高だろう?
俺がアラバーナを旅するのも、残りもう長くはないだろうが、道中、治安がいいことに越したことはない。「衣食足りて礼節を知る」だ。
初めての会合は、素晴らしい手応えとともに終わった。
ただ、商談というのは長引くもの。
解散するころには、すっかり夜も更けていた。
「今日は本当にありがとうございました、マグナスさん! 私、しっかりと儲けてみせますからね?」
「ああ。アラバーナはこれから国力を回復させていく。民の暮らしが豊かになり、景気が良くなる――俺はそう踏んでいる。だからマルム商会が先鞭をつければ、大きな商機につながるはずだ」
「もちろん我が商会は、マグナスさんの先見に全力で乗っかりますよ! ただ……マグナスさんには全く得がないように思えるのだけが、心配なんですが……。旅の寄り道になってません?」
「はは、それがな、マルム商会が今後は貿易に力を入れてくれることは、回り回って、俺の旅の助けになるかもしれない。そう思っているんだ」
「そうなんですか! じゃあ私、ますますはりきっちゃいますね」
アリアは喜び勇んで、俺の左腕に抱きついてくる。
「今日は『お仕事の日』ですけど、まだ一日は終わってませんよ……ね?」
上目遣いになって、ねだってくる。
それがもうやたらめったら可愛くて仕方ない。
第一、アリアの甘え上手なところは、奥手な俺にとっては本当に助かる。
「そうだな……どこかもう一軒、行かないか? 小腹が空いてる」
「うふふ、商談中にガツガツ食べちゃうわけにはいきませんもんねー」
「店の当ては?」
「いっぱいありますとも! いつかマグナスさんと行きたいなーってお店のリストを更新するのが、最近は楽しくて楽しくて」
「じゃあ、がんばって消化していかないとな」
「がんばる必要はないんです。リスト作りって、想像してるだけでもう楽しいんですよ?」
「俺の頭の中の計画表みたいなものか?」
「それはちょっと違うと思うなー」
俺とアリアはそんな他愛無い談笑を続けながら、夜の町を歩いていった。
次回、ファラとともに愚帝と謁見し、〈特級許可証〉をもらいにいきます!
ぶっちゃけ波乱の予感!
というわけで、読んでくださってありがとうございます!
毎日更新がんばります!!