第十七話 ラムゼイの遺跡・深層
前回のあらすじ:
ラムゼイの案内のおかげで、最難関遺跡をどんどん進んでいくマグナス一行+ショコラ。
俺――〈魔法使い〉マグナスは、ついにゴールを前にし、深呼吸していた。
仲間たちもまた、緊張の面持ちを湛えていた。
ラムゼイはさすが伝説の冒険者だった。俺の見込んだ男であり、俺の期待以上の仕事を果たしてくれた。最難関遺跡の内部に広がっていた迷宮を――いとも容易くとは言わないが――わずか一日で突破し、俺たちを最深部まで導いてくれた。
「ありがとう、ラムゼイ。改めて礼を言う」
「……いや、礼を言うのはワシの方じゃな。確かにワシはかつて一度、仲間たちとともにここまでたどり着いた。しかし、あの〈地帝宮の鍵〉を持ち帰ることはできなんだ。それがずっと、心残りだったんじゃよ」
俺とラムゼイは遥か視線の先にある、台座を見つめた。
掛け値なしに遺跡最深部に当たるそこには、三つの〈マジックアイテム〉がまさしく宝物として鎮座している。
そのうちの一つが、俺が求める〈地帝宮の鍵〉というわけだ(ただし、残る二つも必須ではないものの、喉から手が出るほど欲しい)。
しかし、最深部の宝物をいただくためには、あと一つ試練が残っていた。
件の台座は、広間の奥にあった。
その広間の真ん中には、ボスガーディアンの巨躯が屹立していた。
静かな殺気めいた迫力を、醸し出していた。
筋骨隆々の男性を模した、身の丈三メートルほどのゴーレムだ。
首から上だけが、牛の頭になっている。
全身総ミスリル製。両手に構えた巨大な斧の、刃の部分はなんとアダマンタイト製。
「かつてワシらは、あのバケモノを目にした瞬間に、諦めて回れ右をしたんじゃ……」
ラムゼイは苦い失敗談を語った。
『お気をつけください、マグナス様。あれは魔法帝国が造り出した、最強のガーディアンです。“四怪”と呼ばれた忌まわしきモノの一体です』
ショコラもまた警告してくれた。
銘を――ゴズ。
レベル31。
デルベンブロの魔城にいたミスリルゴーレムよりも遥かに強いのは、それだけ旧魔法帝国の技術が優れていた証左である。結晶である。
無論、〈魔法耐性〉は折り紙つきだ。
俺にとってはキツい相手。長期戦になることだろう。
ただ、カイザーサンドワーム戦で費やした〈MP〉は、もう全快していた。
一連の古代遺跡発掘で入手した、〈賦魔の石〉のおかげだ。これは懐に入れて安静にしておくだけで、徐々に〈MP〉を回復してくれる効果がある。
また、俺は古代遺跡で発掘したもう一つのレアアイテムを、〈魔法の道具袋Ⅲ〉から取り出した。
掌サイズの、古びた陶器。〈魔神の壺〉だ。
軽く振りながら銘を呼ぶ。
「来い、グラディウスMk-Ⅱ」
すると壺の口から濛々と煙が噴き出し、その煙の中から俺の相棒の巨体が現れる。
この通り〈魔神の壺〉は、魔法生物一体を中に収納して軽々運ぶことのできる、旧魔法帝国時代では一般的な〈マジックアイテム〉だった。実際、遺跡を探索していれば、ゴロゴロ見つかる。
ただ、発掘できる〈魔神の壺〉の大半は、当然のことながら使用済みというか、中身が入っている。そして、その状態で発掘しても全く役に立たない代物だ。なにしろ中身の魔法生物の銘がわからないので、呼び出すこともできないし、二体目を収納する機能はないのだ。
未使用状態である〈魔神の壺:空〉は、一気に稀少度が増し、〈攻略本〉でもランクAに分類されている。
俺はそれを〈攻略本〉で逆引きして在処を探り、マッドの遺跡から発掘しておいたのだ。今回のような潜入作戦でも、グラディウスを連れていけるようにと!
頼もしい相棒の頑丈な感触を、軽く叩いて確かめると、皆を振り返って確認した。
「当初の予定通り――俺とグラディウスだけで広間に突入する」
皆が厳しい表情のまま、無言でうなずき返してくれる。
この広間に足を踏み入れた途端、ミスリルゴーレム・ゴズは戦闘状態に入る。
と同時に、広間の出入り口は魔法の結界で封鎖される仕掛けだった。古代遺跡の最深部では、どこも定番の罠だ。
侵入者が全滅するか、ボスガーディアンが斃れるか、二つに一つという話である。
〈レベル〉が三十の大台に達し、しかも強固な〈魔法耐性〉を持つこのボスガーディアンを相手に、俺は皆を庇いながら戦う自信は全くなかった。
また実際、かりっかりの戦闘職ではないラムゼイと三つ子たちは、総ミスリル製の堅固なゴーレムを相手に、ダメージを与えられる手段がない。
だったらもう、俺とグラディウスだけで突入した方がいい。
そういう冷徹な判断であり、皆も支持してくれた。
突入前に、俺とクリムは淡々と、だが矢継ぎ早に呪文を唱えていく。俺とグラディウスにかけられるだけの強化魔法をかけていく。
それが済めば、いよいよ戦いだ。
「がんばってください、マグナスさん!」
「あんたなら楽勝だって、信じてっからな!」
「ご武運を祈ってまさあ!」
三つ子が大声援で激励してくれる。
『開発者みたいに、ワタシを置いていかないでくださいね?』
不安で不安で堪らなそうなショコラに、俺は力強くうなずき返す。
「ワシの名前がついた遺跡なのになあ。やり残しちまった悲願、おまえさんに託していいかね?」
拳を突き出してきたラムゼイに、俺は軽く打ち合わせる。
「安心しな! このアタシが見守ってンだからね」
クリムに背中を思いきり叩かれるように、俺は広間へと送り出される。
相棒と並んで一緒に、中へと踏み込む。
たちまち――
「BMOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!!!!」
ゴズの両目が輝き、咆哮した。
大斧を振り回しながら、突進してきた。
その進路に、我が頼もしき相棒が立ちはだかる。
ともに身長三メートル、重量級同士の大激突。
グラディウスが巨大な拳で殴りつけ、ゴズが巨大な斧で叩きつける。
結果は痛み分け――には程遠かった。
グラディウスのパンチも、ゴズのアームブロックの上から殴りつけて、その衝撃で敵ゴーレムの腕の表層を、わずかに砕くことに成功した。
一方、ゴズの大斧は、グラディウスの肩から脇腹にかけて、浅くない切り傷を斜めに一本、刻みつけていた。
グラディウスには、クリムの魔法による防御バフが、何重にもかけられているというのに。
恐るべしは、アダマンタイト製の斧の破壊力ということだ!
そのままグラディウスとゴズは足を止めて、拳と斧を交えるが、はっきりグラディウスの方が分が悪かった。
俺の相棒が弱いわけでは決していない。
古代魔法文明の粋を集めた、傑作ゴーレムがそれだけ怪物じみているのである。
「やはり楽に勝たしてはくれんな……」
バフをかけたグラディウスに盾となってもらい、後方から攻撃魔法に専念するのが俺たちの必勝パターンだが、この相手には通用しない。
このままでは早晩、グラディウスがスクラップにされてしまう。
ゆえにゴズの意識と標的を散らし、ダメージを効果的に分散させる必要がある。
ゆえに俺は、グラディウスの背中に隠れるのではなく、相棒の陰から出て、左斜めからゴズへと魔法で攻撃した。
「シ・ティルト・オン・ヌー・エル!」
〈打撃属性〉でもある〈ストーンⅣ〉で、ゴズの右腕を打擲する。
強力な石礫を浴びせられたゴズの、怒りに燃えた目が、ゆっくりと俺に向けられた。
「BOOOOM!」
雄叫びとともに、大きく開いた口から火球を放ってくるゴズ。
その初弾を、俺は横に跳んでなんとか回避。クリムの〈ディバインシールド〉の加護と〈疾風朧々の長衣〉の回避力アップ効果の助けがなければ、よけられなかったかもしれない。
しかし、ゴズが口から吹く火球のブレスも止まらなかった。
約一秒間隔で連発され、俺もその回避を試みるが、レベルが6上とはいえ〈魔法使い〉の俺が、全てをかわしきるのは土台無理があった。
何発ももらって、確実に〈HP〉を削られる。痛みに顔を顰める。
だが俺はその痛みに耐えながら、〈ストーンⅣ〉で反撃し、ゴズの右腕を撃つ。
クリムの〈レジストファイア〉による、炎属性軽減効果の恩恵が絶大だった。ゴズが火球で遠距離攻撃もできることは、〈攻略本〉に記載されていた。だから対策していた。
ゴズを斃すための対策はまだある。
俺は〈ストーンⅣ〉と火球の差し合いを続け、牛頭のゴーレムの注意を充分に自分に引き付けた後、一気に後退を試みた。
「頼む、グラディウス!」
代わりに俺の相棒がゴズに組みつき、今度は盾となって守ってくれる。
その隙に俺は、皆がハラハラとした様子で観戦している、出入り口付近へと撤退する。
出入り口は、魔力でできた光の膜のような結界で塞がれている。
内と外、互いの様子を見ることはできるが、行き来はできない。飛び道具や俺の魔法も同様だ。広間の外からゴズを一方的に撃つようなシチュエーション、この要塞を設計した古代の技術者が許すわけがない。
だが、その設計にも穴は存在した。
「神は仰せになった。『汝に大いなる癒しを授けん』と……」
クリムが広間の外から、回復魔法を俺にかけてくれる。
そう、俺たち〈魔法使い〉の魔法は、この光の膜を越えては干渉できないが、〈僧侶〉の魔法ならできるのである。
魔法文明があまりに発達した古代アラバーナでは、〈僧侶〉たちの魔法を軽視し、対策を怠ったのがその理由だった。
また、〈魔法耐性〉の高すぎるグラディウスが、俺の強化魔法は効きが悪いのに対して、〈僧侶〉の強化魔法なら十全にかかるのと、同じ原理でもある。
「体の傷はアタシがいくらでも治してやる。でも、心は折れちゃいないだろうね?」
火傷が癒えても、体のあちこちが煤だらけの俺を見て、クリムが意地悪な顔で聞いた。
その憎まれ口に俺も憎まれ口で返す。
「心配があるとすれば、クリムの〈MP〉が先に尽きてしまわないかと、そっちの方だな」
「ぬかすンじゃないよ! そして、二度も言わすンじゃない。このアタシが見守ってやってンだ。安心して気張りな!」
クリムに再び送り出された俺は、またグラディウスの陰から出て、呪文を唱える。
〈ストーンⅣ〉でゴズの右腕を撃ち、注意を引きつける。
グラディウスが独り、大斧の餌食にならないよう、ダメージを分散させる。
俺はどれだけ傷ついても、クリムの回復魔法があればリカバーできる。
彼女がパーティーにいてくれてこその作戦だ!
◇◆◇◆◇
事前予想通りの長期戦となった。ゴズは本当にタフなガーディアンだった。
一方、グラディウスはアダマンタイト製の斧でズタボロにされ、俺は大量の〈MP〉を消費していた。
それでも、俺たちはまだ立っていた。戦っていた。
ダメージ分散作戦が上手くハマったおかげで、長期戦を耐え凌ぐことができていた。
そして、決着の時が近づいていた。
「シ・ティルト・オン・ヌー・エル!」
もう何発目だろうか? 五十を超えた辺りで数えるのをやめた俺の〈ストーンⅣ〉が、ゴズの右腕を撃つ。
そして、ついに肘の前後で真っ二つに、叩き折ることに成功する。
俺はこの部位破壊を狙って、戦いが始まってからずっと、ゴズの右腕だけを攻撃していたのだ。
「今だ――〈ツインフィスト〉!」
俺の号令で、グラディウスMk-Ⅱが〈スキル〉を発動させる。
宿した〈双拳の魂〉を稼働させ、右拳に熱気を、左拳に冷気をまとう。
左右同時に叩き込む。
狙いはゴズの左手一点!
本来は両手で構える大斧だが、まず俺が右腕を粉砕したことで、咄嗟にゴズは左手一本で支えなければならなくなった。持ち手が不安定になった。
グラディウスが〈ツインフィスト〉で叩いたのは、その持ち手だ。
ゴズの左手が高々と打ち上げられ、衝撃で大斧がすっぽ抜ける。
大斧は激しく回転しながら飛んでいき、床に突き刺さる。
俺は既に、それをひろいに動いていた。
「シ・ティルト・レン・エ・ヌー・ゲンク・ティルト・ハー!」
〈ストレングスⅡ〉で自分の〈力〉を激増させ、人の身からすれば規格外のサイズの斧を引っこ抜くと、すぐさま相棒に投げ渡す。
グラディウスはそれをキャッチすると、ゴズへと思いきり叩きつけた。
アダマンタイト製の刃が、総ミスリル造りのゴズをゴリゴリと削り取った。
これが俺が立てた作戦の、最終フェーズ。
全身が金属でできたゴーレムに、最も効率よくダメージを与える方法は、より硬度の高い金属で削ることに相違ない!
逆にゴズは得物を失い、一気に攻撃力が激減した。
アダマンタイトの大斧を振りまくるグラディウスに、もはや敵し得なかった。
俺と相棒の連携の勝利、そしてクリムのサポートの勝利である。
ゴズの巨体が完全に打ち砕かれ、大量の〈古代アラバーナ精製ミスリル〉が床に散乱した。
広間の出入り口を塞いでいた、光の膜が消失した。
「お見事です、マグナスさん!」
「うおおおこれだけ大量のミスリル見たことぬえええ、いくらすんだよおおおっ」
「ひろうの、お手伝いしまさあ!」
『マグナス様、とってもかっこよかったです! 好き好き大好き!』
三つ子とショコラが喜び勇んで、広間の中へ駆けてくる。
「ありがとう、マグナス! おまえさんのおかげで、ワシが想い残したことは皆なくなってしもうた! ハハハ、感謝してもしきれんわい!」
ラムゼイまでまるで十も二十も若返ったみたいに、大はしゃぎで駆けてくる。
俺はそんな仲間たちを笑顔で振り返って――その表情のまま、凍りついた。
クリムは一緒にはしゃぐようなタチじゃない。だから、未だ出入り口に留まっていた。
そのすぐ傍に、初めて会う若い女が三人、立っていた。
クリムを人質にとっていた。
「動かないでください。そして、どうか冷静になってください」
「私たちも叶うならば、手荒な真似はしたくないのです」
クリムの首筋にナイフを当てたまま、苦渋に満ちた顔で言う。
“憂国義勇団”の六連星――そのナンバー1と2だった。
まさかの連戦!?
というわけで、次回をぜひお楽しみに!
読んでくださってありがとうございます!!
毎晩更新がんばります!!!