第十六話 ラムゼイの遺跡・中層(ショコラ視点)
前回のあらすじ:
ついにラムゼイの遺跡に突入したり、変な魔法生物に懐かれたり
マグナス様たちご一行は、最深部を目指していらっしゃるとのことでした。
ワタシ――アリ型サーヴァントのショコラは、皆様の後をチョコチョコついていきます。
案内役を買って出ているのは、苦み走った感じのステキなおじいさんです。
ラムゼイ様と仰います。
ワタシがステキだと感じたのには、ちゃんと理由があります。
螺旋階段を下っていく間、ラムゼイ様が皆様に説明していました。
「二階層以降はな、迷路になっておる。しかも三時間ごとに構造が変わる、生きた迷路じゃ」
「らしいな。俺の持っている本にもそう書いてあったが、おかげで地図が全く役に立たない。一度は突破してみせたという、あんたの経験が頼りだ」
と、耳を傾けるマグナス様の態度が、ラムゼイ様への信頼感に溢れていらっしゃったからです。マグナス様が信頼される御方ならステキ間違いなしです。
「ガーディアンもいるのかい、ジイサン?」
「ああ、うじゃうじゃしておる。しかも、他の難関遺跡の最深層におる奴らと同等か、それ以上に強い。ワシらも最初は他の冒険者たちを指揮しての、二階層以降も掃討しようと図ったんじゃが、不可能じゃった。まるで歯が立たなんだ」
「ふうむ、まさに最難関遺跡だねエ。アタシらも力押しで進むのは、やめた方がよさそうだ」
と、難しい顔をされたのはクリム様。気風と包容力のあるステキなおばあさんです。
なぜステキかというと、マグナス様のクリム様に対する(略)。
『この施設の迷宮内にいるガーディアンは全て、レベル10から12となっております。お気をつけください』
「そうか。教えてくれて助かる、ショコラ」
昔、開発者から聞いた話を、ワタシが自発的に進言すると、マグナス様が褒めてくださいました。天にも昇る心地でした。やはりワタシたちサーヴァントは、大切な方のお役に立ってナンボです。十七万九千九百八十七日ぶりに実感しました。
しかもマグナス様ときたら、ワタシがご注意申し上げるまでもなく、ガーディアンの〈レベル〉のことは初めからご存じだった様子でした。にもかかわらず、ワタシの気持ちを汲んでくださって、そのこと自体を褒めてくださったのです(やっぱり優しい!)。
「つーかさー。ショコラは迷路の抜け方くらいわかんねえの? サーバント? なんだろ、おまえ?」
『お役に立てず申し訳ございません。迷路の情報は、ワタシたちサーヴァントがアクセスできない決まりです』
「なんだよ、つっかえねーなー。サーバント」
……この口の利き方も知らないクソガキは、ラッド様と仰います。
どうしてこんなクソガキを、マグナス様ほどの御方が連れ歩いているのか、最初は理解に苦しみましたが、それこそがまさにマグナス様の慈悲の深さの証明なのだと、ワタシはすぐに自問自答しました。
「まあまあ、ラッド。このコたちの本当の仕事は、日々の生活の手助けらしいからさ」
「畑違いのことができないのは、誰だって同じでさあ」
ラッド様と顔は同じだけれど、もう少し話がわかるこのお二方は、テッド様とマッド様と仰います。こちらはなかなか見どころのある方々です。マグナス様の足を引っ張らないよう、精進するのですよ?
「着いたぞ。二階層じゃ」
ラムゼイ様がそう仰り、いよいよ迷宮の攻略が始まりました。
そして、そこからはラムゼイ様の独擅場でした。
まず、ラムゼイ様が常に先行して、分岐路の角から、ガーディアンが通路にいないかを確認します。
いなければGO、GO。いたら迂回路を探す。あるいは一瞬で殲滅できる戦力と判断すれば、マグナス様が〈フリーズⅣ〉でなるべく静かに仕留めます(お強い!)。
ガーディアンどもは気配に敏感なのですが、ラムゼイ様は息を殺し、足音を忍ばせ、決して先には発見されませんでした。泥棒をさせたら絶対にいけないお方です。
でもおかげで、マグナス様たちは奇襲を受けることもなく、安全に進むことができました。
それに、ラムゼイ様は同時に地図作りをしているご様子でした。
これは簡単そうに思えて、けっこう技術が要ります。
今いるこの四辻から、向こうの三叉路まで、通路はいったい何メートルか? さらに向こうの丁字路までは? 見ただけで、歩いただけで、ある程度は正確に測量できないと、地図なんてできないからです。すぐに矛盾だらけの、ダメな地図ができていって、迷子になるのがオチです。
マグナス様はラムゼイ様のやり方を見ていて、すぐにそのことに気づいたご様子でした。ラムゼイ様を見る眼差しが、ますます信頼の色に溢れました(ワタシもその目で見つめられたい!)。
「ここの迷路は確かに、構造がころころ変わる。しかし構造自体は案外、複雑ではないんじゃ」
ラムゼイ様は謙遜するように仰いました。
「そうなのか? いざ中を彷徨っていると、とても複雑怪奇に思えるがな」
「人間の方向感覚なんざ、それだけいい加減ということよ。俯瞰して見られればバカみたいな単純な構造の町の中でも、いざ歩いてみれば迷いに迷う……そんな経験は誰だってあろう?」
「なるほど、確かに」
「ワシらが最初にこの迷宮へ挑んだ時、パーティーに〈タウンゲート〉の使い手がおった。だから二進も三進もいかんようになったら、そのたびに魔法で脱出して、また翌日仕切り直すということを繰り返しておった」
「ほう、さすがは伝説のパーティーだな」
「その伝説のパーティーとやらが、迷宮の構造が意外と単純だと気づくまで、随分と月日がかかった。それなら地図を作りながら進もうと決めた。それでもいざ正確に作れるようになるまで、さらに月日がかかった。どうにか最深層までたどり着くことができたものの、気づけば半年が経っておった」
「……あんたに助けを求めて、つくづく正解だったよ」
マグナス様はしみじみと仰いました。
聡明なお方ですから、多分マグナス様がお一人で挑戦されても、いつかは最深層にたどり着くことができたに違いありません。しかし、それにはやっぱり半年かかったかもしれませんし、お一人でしたらもっともっと長い時間が必要だったかもしれません。
でも、ラムゼイ様が仲間にいてくれたおかげで、わずか一日で突破できる。そのことをマグナス様は深い感謝とともに、嘆息なさったようでした。
◇◆◇◆◇
ラムゼイ様のご活躍で、二階層の迷宮を無事突破し、小部屋の前に到着しました。
この中に、三階層へ続く螺旋階段があります。
しかし、出入り口の扉を開くのに、数字で四桁のパスワードが必要なのです。しかも答えは毎日変わる仕組みです。
「よお、アリンコ。おまえ、答え知らないの?」
『お役に立てず申し訳ございません。迷路の情報は、ワタシたちサーヴァントがアクセスできない決まりです』
「おまえ、マジで使えねーな。なんのためについてきてんの?」
こいつ、ガーディアンの保管庫に案内してやりたい。
「パスワードを知らないなら、ショコラはどうやって階層を行き来しているんだ?」
さすがマグナス様! 素晴らしい着眼点! 頭の回転の速さ!
『ワタシたちサーヴァント専用の移動通路があるのです。アリの巣穴みたいにとても狭くて、とっかかりのない縦穴のため、ワタシたち以外では通れませんが』
「なるほど、そういうことか」
「まあ、ショコラに頼らんでもええわい。ワシが総当たりで開ける。テッド、ラッド、マッドよ、ガーディアンが通りがからんか、見張っておってくれい」
「わかりました、ラムゼイさん」
「ははは……こりゃヒヤヒヤもんでさあ」
そうぼやきつつ三つ子どもは、少し離れたところへ散っていきました。
ラムゼイ様がボタン総当たりで答えを見つけ出すまで、マグナス様は手持無沙汰です。
『マグナス様、喉は乾いてらっしゃいませんか?』
「ははは、少しな。さすがに緊張した」
『では、お手を出してください』
私は頭についている触角を差し出しました。これはウォーターサーバーになっていて、常に清涼で美味しいお水を提供できるようになっております。そう、水とは本来、目から出すものではないのです。
マグナス様は両手を器代わりにして、喉を鳴らしてお飲みになりました。
「む。冷えていて美味いな」
「ほほう。アタシも一杯もらおうかねエ」
『どうぞどうぞ、クリム様』
大切な方々に喜んでいただけるのは、サーヴァント冥利です。
「おいおーい。大丈夫かよ、そんなの飲んでー? 毒でも入ってたらどうすんだよー?」
見張りが大声出してんじゃねえよこのクソヴォケラッドが。
「ははは、毒なんか入っているわけがないさ」
「ホントかよー? なんで断言できるんだよー、マグナス?」
「俺たちは散々、ガーディアンたちと戦ってきただろ? 奴らの中に、ただの一体でも容赦してくれたり、手加減してくれる奴がいたか?」
「や……そりゃ、いなかったけど……」
「だろう? ガーディアンは五百年という途方もなく長い時間、もう主のいなくなった町を、それでも忠実に守り続けているんだ。魔法生物というのは、そういうものなんだよ。すぐ裏切れば嘘もつく、人間なんかより遥かに信用できるんだよ」
「だからガーディアンは絶対に襲ってくるし、サーヴァントは絶対に危害を加えてこないって?」
「そういうことだ」
マグナス様は力強く断言して、ワタシの頭に手を置いてくださいました。
無意識のことだったのでしょう。すぐにハッとなって、手を引っ込めてしまいました。
もっとナデナデしてくださってもよかったのに(でも照れ屋さんなところもカワイイ!)。
第一、マグナス様がワタシのことを信じてくださって、それだけでもうカンシャカンゲキ胸いっぱいです。「きゅんっ」です「きゅんっ」。
「なるほどなー。でも、どうせ造るならそんなアリンコじゃなくて、きれーなオネーチャンにしときゃ、もっとよかったのになー」
おまえはホント一言余計だなエロガキラッドが。
「初期にはそういうサーヴァントもいたらしい。だが、すぐに人型のサーヴァントは製造禁止になったと、文献で読んだことがある」
さすがマグナス様、博識! 知的男子ステキ!
「ほーん、なんで? きれーなオネーチャンにご奉仕された方がうれしくね?」
「だからだよ。旧魔法帝国で、美形の人型サーヴァントが出回った時代、結婚出産率が大幅に低下して、少子化問題が起きたらしい」
「あー……」
「アッハハ! 本物より作り物の男や女に、みーンな入れあげちまったってことかい!」
クリム様が「笑えない話だねエ」とか言いつつ、爆笑してました。
一方、マグナス様はもう一度、ワタシの頭に手を伸ばすと、照れ臭そうに逡巡しながらも、結局はナデナデしてくれました。
そうして仰いました。
「見た目の美醜など、些細なことにすぎないと思わないか、ラッド?」
「ええ~っ。それこそ綺麗事じゃね~~~?」
「かもな。だが俺は、もしかしたら世界一綺麗かもしれない、美女と旅したことがある」
「マジで!? 紹介して!?」
「でもそいつは、もしかしたら世界一醜悪かもしれない、歪な心の持ち主だった」
「ゴメン、やっぱ紹介要らない」
「だろう? 俺はその女と出会って以来、見た目の美醜で人を判断することを、やめた。その教訓を得られた一点だけ、あの女と知り合った価値があった」
マグナス様の甘いお声が、今はとても苦いもので満ちていました。
きっと、簡単には語り尽くせないご苦労が、あったのでしょうね……。
こういう時、ワタシたちのアリの姿は不便です。
別に美人に生まれたかったとは言いません。せめて人型だったらよかったのに。
ワタシはマグナス様を、抱き締めて差し上げることもできたのに。
本当に、やんなっちゃうくらい不便です。
「開いたぞ」
ラムゼイ様の言葉に、皆様の意識が一気にそちらへ向けられました。
おかげでマグナス様も、しんみりした空気を振り払い、瞳に強い光が戻ります(カッコイイ!)。
「さすが早いな」
「いや、こんなのはただの運さ」
ラムゼイ様と軽口を叩き合いながら、扉の向こうの螺旋階段へと進むマグナス様。
この勢いで一気に最深部へ行っちゃいましょう!
次回、遺跡最深部へと到達!
というわけで、読んでくださってありがとうございます!
毎晩更新がんばります!!