第十五話 ラムゼイの遺跡・上層
前回のあらすじ:
カイザーサンドワームを撃破したら、なんと腹からラムゼイの遺跡が!?
最初の発見者であるラムゼイの名がついたその古代遺跡は、通常のものよりも遥かに小さかった。推定、四分の一以下だ。
それは通常の古代遺跡が、五百年前には町だったのと異なり、今日でいうラムゼイの遺跡の用途は、とある重要な〈鍵〉を守るための、軍事施設だったからだ。
俺たちは全五階層からなるラムゼイの遺跡を探索し、最深部にあるその〈鍵〉を持ち帰らなくてはいけない。
ゆえに早速、頂上付近の入り口(かつての見張り台)から侵入を試みる。
メンバーは俺、クリム、ラムゼイ、テッドら三つ子の六人。グラディウスはとある理由で連れ歩いていない。
途中、ラムゼイが遺跡の構造についてレクチャーしてくれる。
「一階層は何も危険はないから、安心せい」
「え、そうなのですか?」
「うむ、テッドよ。一層だけはな、他の遺跡同様、町になっておるんじゃ。ただ、とても小さいがの。どうも五百年前当時に駐留していた、兵たちが住んでいたらしい。ガーディアンの数も少なかったし、ワシが発見してすぐに、他の冒険者たちを指揮して掃討した」
そんな話を聞いている間にも、俺たちは遺跡内部に侵入し、件の町を目の当たりにする。
そして、三つ子たちがぎょっとなった。
「ひ、人がいます……っ。てか、住んでますよ!? しかも大勢!?」
「まさか古代アラバーナ人が生き残ってやがったのか!? 駐留中の兵隊か!?」
「こ、こりゃ大変でさあ。さすが最難関遺跡でさあ」
「バカだねエ、アンタたち。ちゃんとその目玉を引ン剥いて見な」
クリムがさすが年の功の冷静さで、呆れながら指摘した。
そう、古代アラバーナ人が五百年間も、遺跡の中に生き残っているわけがない。
一階層の町で暮らしていたその人々は、どう見ても俺たちと同じ時代を生きるアラバーナ人だった。
そして彼らが何者なのか、俺にはもう見当がついていた。
「カイザーサンドワームに食われた町や村の人々だろう。消化しきれなかったこの遺跡を腹の中で見つけて、すぐさま逃げ込んだに違いない」
「ああ、なるほど!」
俺の推測は当たっていた。
一階層の住人たちも、俺たちがやってくるのに気づくなり、すぐさま駆け寄ってきたので、挨拶代わり、互いの情報を交換したのだ。
「なんと、あなた様方があの巨大な怪物を、斃してくださったのですか!?」
「もう外に出ても大丈夫なのですか!?」
「ああ。それどころか、外にはファラ皇女殿下と軍隊がいる。今なら保護してもらえるはずだ。急いで脱出するといい」
「なんと、ありがたい!」
「この町は窮屈で、みな身を寄せ合うような暮らしに辟易していたのですっ」
「持ち込めた食料ももう心許なく、絶望しかけていたところなのですっ」
「あなた様方には、なんと感謝したらよいか!」
「俺たちはファラ殿下の依頼で戦っただけだ。感謝は殿下に伝えるとよい」
「いえいえ、あなた様方への感謝も決して忘れません!」
「ともあれ、今は確かに脱出を急がせていただきますっ」
「皆に触れて回らねばっ」
そう言って、彼らは町のあちこちへと駆け去った。
俺たちもまた、退去する人々で町がごった返す前に、急ぎ一階層を抜けるべきだろう。
「二階層へ下る螺旋階段はこっちじゃ」
勝手知ったるラムゼイが、俺たちを先導する。
何しろ彼は、一度はこの遺跡の最深層までたどり着いた男なのだから。
そして、下への螺旋階段もある、旧時代は中央指令所だったという屋敷の前に着いた俺たちは、奇妙な光景を見かけた。
『何かワタシに御用はございませんか?』
「う、うるせー! 帰れ、バケモノ!」
「ここはもうオレたちの町なんだよ!」
「ぶっ殺されてえのか!?」
『申し訳ございません。皆様に尽くすために造り出されたのがワタシです。ゆえに皆様のためとはいえ、機能停止命令だけは承知しかねます。何か他に、ワタシに御用はございませんか?』
――と。
鋼鉄でできた、蟻の姿をした魔法生物(体長は一メートルほど)を、避難民らしい大人たちが棒で袋叩きにしていたのだ。
アリ型魔法生物は、よほど頑丈にできているのか、棒で叩かれたくらいでは、傷一つついていない。しかし、見ていて気持ちのいい光景ではなかった。
「な、なんでえ、あのでっけえアリ!?」
「サーヴァントと呼ばれる魔法生物じゃよ、ラッド。あれも魔法帝国時代の遺産じゃ」
「ほう、あれがサーヴァントか」
俺は初めて目の当たりにする実物に、知的好奇心を刺激された。
旧魔法帝国時代、町や施設を守り、戦うために造られたのがガーディアンならば、戦闘能力はほとんど持たず、ただ人々に仕え、生活を助けるために造られたのがサーヴァントなのである。
ただ、戦うしか能のないガーディアンと違い、高度な知能を持ち、会話も可能なサーヴァントは、量産が難しかったらしい。ゆえに当時の一般家庭では所有は難しく、逆にこういった軍事施設等には、家族を連れてこられない駐留兵のために、たくさん配備されていたという。
この辺り、〈攻略本〉にはほとんど記述がない。だが俺はその昔、いくつかの文献で読んだことがあったのだ。
「そいつは人に危害を加えるバケモノではない。見逃してやってはもらえないだろうか?」
俺はサーヴァントを叩き続ける大人たちに向かって、そう諭した。同時に、外へ脱出できるようになったことも教え、逃げ遅れないよう勧めた。
大人たちも、何もこのサーヴァント憎しで叩いていたわけではなかろう。あくまで自分たちが避難してきた町を守るため、怪しきを追い出したかった一心であろう。
だから俺の話を聞くなり、喜び勇んで家族の下へ帰っていった。
『助けていただいてありがとうございます』
と、アリの姿をしたサーヴァントは、やけに人間臭い仕種でお辞儀した後、申し出た。
『何かワタシに御用はございませんか?』
「俺たちは最深部まで行きたい。案内は頼めるか?」
『お役に立てず申し訳ございません。そのご要望にお応えすることは、この施設内では禁じられております』
「だと思ったよ。ならば別におまえに用はない」
『残念です。また何かワタシに御用がございましたら、ぜひお声がけください』
「わかった。用があったらな」
俺はそう告げて、サーヴァントと別れた。
つもりだった。
しかし、俺たちが屋敷の中に入り、長い螺旋階段を延々と下っていく間、サーヴァントはしっかりと後をついてきた。
「……おい」
『何かワタシに御用はございませんか?』
「……ない」
『残念です。また何かワタシに御用がございましたら、ぜひお声がけください』
「あっはははははは! こいつはケッサクじゃアないかい!」
俺とサーヴァントのやりとりがそんなに面白かったのか、最高の馬鹿話を見たとばかりに、腹を抱えるクリム。
「……笑い話じゃないだろう」
「そうかねエ? でもまあ、可愛いもンじゃないか。連れてっておやりよ、マグナス。いずれ『御用』ができるかもしれないだろ?」
「あんたはまた面白がって……」
『マグナス様と仰るのですか? ぜひお供させてくださいませ。御用をお命じくださいませ』
「見ろ。クリムのせいで変なのに名前を覚えられてしまった……」
俺が憮然顔になると、クリムはますます爆笑する。
『「変なの」ではございません。ワタシは「サーヴァント」です』
「おや。あんた、名前はないのかい?」
『はい、ございません。開発者はワタシに名前をつけてくださいませんでした』
「そいつア不憫だ。マグナス、あんたが付けてやりなよ」
と、目頭を押さえる真似をするクリム。完全に面白がっている。
「なんで俺が!」
「あんたに懐いてる可愛いコじゃないか。じゃア、あんたが付けてやるのが一番さね」
「懐いてるだとっ? クリムが勝手に名前を憶えさせただけだろっ」
『ワタシもマグナス様にご命名していただきたいです。光栄です』
「ほら、この子もこう言ってる」
「…………」
俺はもう、ここで口論している時間が惜しくなった。
「ショコラ」
と、ぶっきらぼうに告げる。
「へえ。あんた、意外と可愛いセンスをしてるじゃないかい」
「俺の学院の同期が、飼ってた犬の名前だ。それでよければ付けてやる」
「アリにイヌの名前ってあんたねエ……」
『ありがとうございます、マグナス様。ワタシはただ今よりショコラと名乗ります。やった』
「おや、好評みたいだ。じゃアいいかい」
……俺たちは奇妙な道連れを手に入れた。
読んでくださってありがとうございます!
今日はこのあとオマケの「間章」もUPしてますので、続けて読んでいただけるとさらにうれしいです!!