第十四話 VSカイザーサンドワーム
前回のあらすじ:
とある将軍が自らの傲慢さのツケを支払った。
俺、ラムゼイ、クリム、三つ子の六人は“ナルサイ号”で、カイザーサンドワームの下へと急行した。
今回、グラディウスはお留守番だ。
同じく“ナルサイ号”を下りてもらったファラ姫を、警護させている。
「全員、手筈はいいな?」
「任せてください、マグナスさん!」
「脳内予行演習はバッチリだぜえ!」
「おかげであんなデカブツを見ても、心の準備ができてまさあ」
打てば響くような三つ子の返事に、俺も満足した。
このエリアボスモンスターの〈レベル〉は、なんと37。
俺は以前、ボーンドラゴンという強敵相手に苦戦したことがあるが、そいつよりも1高い。
無論、俺もあの時よりは成長できたが、しかし未だ〈レベル〉は36だ。つまりはカイザーサンドワームは、今の俺よりもさらに強い。
ラムゼイが苦い記憶に顔を顰めながら言った。
「いきなり遭遇していたら、パニクっておったかもわからんがな。今回はそうじゃないんじゃ。人間サマの知恵や文明ってもんを見せてやろうぞ」
「まったくこのジジイは、ハッパのかけ方まで辛気臭いねえ!」
クリムが憎まれ口を叩きながら、“ナルサイ号”を駆っていく。
この戦いの間、操縦は彼女に一任しているのだ。
カイザーサンドワームに近づくにつれて、その途方もない巨大さがイヤでも目に付く。
実際、心の準備をすましておかなくては、パニックになってもおかしくない、それほどの大迫力だった。
また、あまりに巨大すぎるため、遠目にはノソノソ動いているように見えたカイザーサンドワームだが、近づくほどに奴もなかなかの速度で動いているのがわかる。速歩をさせた馬くらいはありそうだ。
「まずは奴の足を徹底的に潰すぞ!」
「「「おう!」」」
俺の号令に、皆が威勢よく応える。
カイザーサンドワームは芋虫よろしく、その腹部にたくさんの疣足を有していた。
これを俺たちはまず、遠距離攻撃で全破壊するという作戦だった。
クリムが“ナルサイ号”を奴に並走させると、そのまま着かず離れずの距離を維持。
すぐさまラムゼイと三つ子たちが、クロスボウによる狙撃を開始する。
目標はあまりに大きく、外す心配はまずない。
ただその分、クロスボウでちまちま攻撃したところで、与えるダメージも知れている。
通常ならばだ。
当然、俺たちだって対策は用意していた。あちこちの古代遺跡でさんざんに発掘してきた、〈氷の矢〉を大量に積んできたのである。
この魔法の矢ならば、たとえ相手が尋常じゃない〈HP〉を持つボスモンスターでも、無視はできない程度のダメージを与えられる。
加えて、〈氷の矢〉は〈凍結〉のバッドステータスを発生させ、相手の動きを鈍らせるという副次効果も見込める。
無論、この砂漠の魔物に〈氷属性〉が有効なのは、〈攻略本〉で調べ済だ。
「フラン・レン・エス・ズィー・エル!」
俺も〈フリーズⅣ〉を連発し、カイザーサンドワームの疣足を掃射する。
「GURUOOOOOOOOOOOOOOOOOON!!!!!」
カイザーサンドワームが初めて哭いた。
こっちの腹が、底から裏返るかと錯覚するような、重く低い爆音だった。
そして、カイザーサンドワームが第一軍団に対してやったように、上体を持ち上げる。
地面に叩きつけて、莫大な衝撃を発生させる。
だが、残念だったな!
〈浮遊する絨毯〉である“ナルサイ号”に乗った俺たちに、地面を走って伝わる衝撃が届くものかよ。
「効いている! 奴は苦しんでいるぞ! このまま続けよう!」
「はい、マグナスさん!」
「矢の準備もばっちりだしな!」
「尽きるまで、撃って撃って撃ちまくってやりまさあ!」
三つ子たちも頼もしくなってきた。俺たちと行動をともにすることで、精神面が覿面に鍛えられた。そう、杓子定規な世界の法則が認めなくても、〈経験値〉を与えなくても、彼らは確かに人として成長しているのだ!
「ハン、元気のいいこった! だけど、調子に乗るンじゃないよ!」
年長者として、釘を刺すことを忘れないクリム。
最近、俺も気づいた。この老婆の憎まれ口は、意味のあることなのだと。
そして実際、衝撃波は通用しないとみたカイザーサンドワームが、新手の攻撃をしかけてきた。
その横腹に、いくつもの小さな穴が開いた。腹口だ。小さいといっても、それは奴の巨体に比しての話で、実サイズは直径一メートルを超すだろう。
カイザーサンドワームはその無数の腹口から、息を吐いた。
ただの息ではない。凝縮されて、まるで砲弾のようになった、〈カノンブレス〉だ。
数えきれないほどの風の砲弾が、俺たちに向けて飛来する。
「振り落とされるンじゃないよ!」
クリムが“ナルサイ号”を右に左に激しく操縦し、雨あられと飛んでくる〈カノンブレス〉を回避し続けた。
彼女の腕前も見事だったが、何より“ナルサイ号”の優れた性能によるものが大だった。
先日も“ナルサイ号”は、ファラ姫に「こんなに大きな〈浮遊する絨毯〉は見たことがない」と絶賛された。
また、俺たちも数々の遺跡を探索して、これまでに計三枚の〈浮遊する絨毯〉をゲットしていた。
しかし、どれも“ナルサイ号”より遥かに小さな代物でしかなかった。
ゆえに俺は三枚ともアリアに売却して、マルム商会の輸送手段として役立ててもらおうと思った。
しかし、売り飛ばす前に、試してみたことがあった。
〈浮遊する絨毯〉に一枚、一枚、サイズ違いが存在するのならば、その他の性能はどうなのだろうかと。
例えば、スピード。例えば、操縦のしやすさ。例えば、小回りの利き具合。
そういったものを実験していけばいくほど、“ナルサイ号”の性能が全てにおいて、他の〈浮遊する絨毯〉とは一線を画していたことが、浮き彫りになっていったのだ。
〈浮遊する絨毯〉はただでさえ貴重な〈マジックアイテム〉で、ラクスタ広しといえど全部で五枚しか存在しなかった。また〈マジックアイテム〉の秘蔵数では他国の追随を許さない、アラバーナ帝室でさえ四枚しか所有していない。
それほどのレアアイテムの中でも、さらに抜きん出ているのが、この“ナルサイ号”だったのだ。
俺は元の所有者の、すっとぼけたようでどこか底の知れない、知性溢れる男の顔を思い出さずにいられなかった。ナルサイめ、どこまで俺に貸しを作ってくれるのか! とうれしくなってしまった。
その“ナルサイ号”があれば、俺たちは〈カノンブレス〉など怖れる必要がない。
回避行動はクリムに任せ、俺たちは反撃のみに専念する。
そして、大量に用意してきた〈氷の矢〉が尽きかけ、俺の膨大な〈MP〉さえ心許なくなったころ、俺たちはついに全ての疣足の破壊に成功した。
カイザーサンドワームはもう一歩も動けぬ、ただただ巨大な置物と化した。
この時を待っていた!
俺は朗々と呪文を唱える。
「――シ・ティルト・オン・ヌー・エル!」
呪文を長文化して〈威力五倍化〉や〈単体攻撃化〉、〈会心率UP〉等々を付与したヘヴィカスタマイズの〈ストーンⅣ〉。
それを〈魔拳将軍の対指輪〉の効果で、左手に〈保留/ストック〉する。
「――デル・レン・ア・フラン・ティルト!」
そして古代遺跡で発掘した、遺失魔法の〈ウインドⅣ〉。そのヘヴィカスタマイズを右手に〈保留/ストック〉。
そして、両手を重ね合わせて握り拳を作った。
頭上へと真っ直ぐに掲げた。
両拳に宿った莫大な魔力を混淆させ、遥か天空へと向けて、一直線に解き放った。
刹那――雲一つない砂漠の空の一点が、キラリと輝く。
それは星の輝きだった。
ただし、天体というには、それはあまりにちっぽけだった。
本当に小さな、子どもでも抱えられる程度の岩の塊。
それを学者や占星術師たちは「隕石」と呼んだ。
それを俺は遥か天上より招来し、カイザーサンドワーム目がけて墜とした。
本来は微調整の利かない、狙って隕石を直撃させることなど不可能な魔法である。
目標の付近に墜として、発生する凄まじい衝撃波でダメージを与えることを、目的とした攻撃魔法だ。
しかし今回は例外である。「町や村に比肩し得るほど大きく」しかも「足止めに成功して動かなくなった」目標ならば、狙って当てることは可能だった。
そして、直撃した時のダメージは、いま俺が使用可能なあらゆる攻撃魔法の中でも、桁違いのダメージを叩き出す。
カイザーサンドワームの背中に、天上より飛来した隕石が墜落した。
途方もないその巨体を、一撃で、一瞬で貫通し、背中から腹へとかけて大穴を穿った。
さらに一瞬後、墜落時に発生した凄まじい衝撃が、波となって拡散し、カイザーサンドワームの内側から外側へと、肉や内臓を吹き飛ばしていった。
途方もない巨体が、内側からズタズタに引き裂かれていった。
想像を絶する桁の〈HP〉が一撃で0となり、砂漠の怪物は死に絶えた。
これこそが、魔法の神霊ルナシティのみが可能としたという、〈合体魔法〉。
神話の故事に事例を当たれば、風と土を合わせたこれは、〈メテオストライク〉――とその名が言い伝えられている。
撤退中だったアラバーナ兵たちが、皆足を止めて、その大魔法に見入っていた。
何があっても足が止まらぬよう、徹底的に訓練された、精兵であるはずの彼らの足が止まるほど、ショッキングな光景だったというわけだ。
まるで神話の物語を、現実に目撃してしまったかのように、唖然茫然、立ち尽くしていた。
そこへファラ姫が当意即妙に、号令を叫ぶ。
「“魔王を討つ者”マグナス殿の、神にも通ずる魔法を讃えよ!」
たちまち――三千人分の歓呼と礼賛の声が、爆発したのだった。
◇◆◇◆◇
カイザーサンドワームを斃したことで、俺の〈レベル〉は37となった。
デルベンブロの魔城で“魔拳将軍”を斃して以来の、久々のレベルアップだ。
そう、ラクスティアの城でテンゼン=デルベンブロを討ち取った時には、〈経験値〉はちゃんと入ったものの、レベルアップには至らなかったのだ。
あの時、俺より〈レベル〉が4つも高いアンデッド・デルベンブロを使役したことが、本来入るはずの〈経験値〉を激減させてしまったのである。
あの時は、王宮を舞台に戦うことを想定していたから、なるべく周囲に被害を出さない勝ち方こそが最優先で、アンデッド使役作戦は間違っていなかったと思う。
しかし、効率よくレベルアップしていきたかったら、戦い方も考え物だと学ばされた。
まして今の俺よりも〈レベル〉の高いボスモンスターなど、そうそうはいなくなってきた現状を踏まえれば、なおさらだな。
さて〈経験値〉の次は、〈ドロップアイテム〉を確かめる順番だが……。
「あれも戦利品っていうのかねエ」
クリムが呆れ口調で指差した。
内側からズタズタに引き裂かれた、カイザーサンドワームの腹の中から、消化しきれなかったモノが出てきたのだ。
なんと、古代遺跡丸々一つだった。
「あれは……ラムゼイの遺跡だな。通常の遺跡よりかなり小さいから、間違いない」
「え、あのモンスター、町や村だけでは飽き足らず、古代遺跡まで食べてたってことですか?」
「状況証拠からすれば、そうとしか考えられない」
「ラッキーじゃん! 目指す遺跡があっちから来てくれたってことだろ!?」
「でも、ラッド兄サン、〈特級許可証〉はまだもらえちゃいやせんぜ?」
「ははは、それならば心配は要らぬぞ」
ファラ姫が親衛隊とグラディウスを伴って、俺たちのところまでやってきて言った。
「そなたらが今からあの古代遺跡を探索しようと、私たちは何も見ていない」
「よいのか?」
「かまわん、マグナス殿。事件解決の報酬に、〈特級許可証〉をもぎとると約束したのは私だ。だったら遅いか速いかの違いにすぎんだろう?」
やはりこのお姫様は聡明で、話がわかる。
俺たちは彼女の言葉に甘えることにした。
いざ――ラムゼイの遺跡に挑戦だ!
次回、ラムゼイの遺跡を攻略開始!
というわけで、読んでくださってありがとうございます!
毎晩更新がんばります!!