第十三話 とある将軍の采配とその結果
前回のあらすじ:
“憂国義勇団”の幹部二人を一蹴!
三千人の軍隊が、灼熱の砂漠を行進していく。
カクラル地方を南へ、南へ。
アラバーナでも最精鋭と名高い、第一軍団だ。この熱暑の中でも音を上げる者は一人もおらず、隊列には寸分の乱れもない。
彼らは、このカクラル地方の町村が、日に日に消失しているという大事件を調査し、その解決に当たるための軍団である。
そんな彼らの中央本隊に、ファラ姫はいた。当然、周囲を厳重に警護されていた。
そして俺たちは、ファラ姫のすぐ間近を随行していた。
というか、一緒に“ナルサイ号”に乗っていた。
「我が帝室も四枚ほど秘蔵しているが、これほど大きな〈浮遊する絨毯〉を見るのは初めてだな!」
とファラ姫も、ゆったりした乗り心地にご満悦。
実際、俺とクリム、ラムゼイ、三つ子に加えて、グラディウスの巨体まで乗せても、まだ余裕があるほどなのだ。
「しかし、姫サンよ。あまり物見遊山気分というのも、いかがなものかね?」
「む。すまない、ラムゼイ殿。普段は宮殿から、なかなか外へは出られぬ身でな。ついはしゃいでしまった。しかし、そなたの言う通りだ。慎むとしよう」
「いいや、お姫サン。こんな心配性のジジイの言うことなンざ、耳を貸す必要なんてありゃしないよ。道中、浮かれてようがハラハラしてようが、事件にゃ影響なんてないンだからね。だったら明るく楽しく行かにゃア損さね」
「ははは! クリム殿は本当にユニークな方だな。僧侶なんて皆、辛気臭い連中だと思っていたが、改めなくてはな」
「アタシこそ、お姫サンなんて全員、何もできない箱入り娘だと思っていたがね。あんたの気風の良さは気に入ったよ!」
と、談笑に花を咲かせるクリムとファラ姫。
俺も別に、道中で焦っても仕方がないと思う。
奴が見つかるまで、あるいは向こうから襲ってくるまで、各自が思い思いの手段でリラックスしてればいい。
そう、奴だ。
俺はこの消失事件の犯人を、〈攻略本〉のおかげで知っていた。
カクラル地方の砂漠に棲息するエリアボスに、ギガントサンドワームというモンスターがいる。『大喰らいで、なんでも食べる』という説明が添えられている。
また他にも、『十年長生きできたギガントサンドワームは、さらに十年間地中で休眠することにより、キングサンドワームに成長する』『百年長生きできたキングサンドワームは、さらに百年間休眠することにより、カイザーサンドワームに成長する』『カイザーサンドワームのサイズは、町すら超えるほどである』とある。
つまりは、その巨大すぎるボスモンスターが、町や村を食べているわけだ。
正体がわかっている以上、俺たちだけで探しに向かった方が、話が早いという見方もある。軍隊の行軍速度に合わせるのはまどろっこしい。
しかし、「ファラ姫直卒の軍隊が事件解決した」という政治的パフォーマンスが、必要なのも事実だった。
この高潔で、話のわかる皇女殿下が、アラバーナの宮廷で発言力を持つことは、俺にとっても都合がいいからな。
「第一、マグナス殿。町や村を襲うほどの大喰らいなら、この軍のことも大量のエサと見做して、襲ってくるやもしれんぞ」
ファラ姫が意地悪な顔で、ブラックジョークを口にする。
しかし、同時に正鵠を射ているのが、このお姫様の凡庸ならぬところだ。確かに、俺たちが闇雲に探すよりも、エサで釣った方が早いかもしれない。
ただ、俺は無辜の兵たちを、本気でエサにするつもりはない。
「もしカイザーサンドワームが現れたなら、俺たちだけで叩く。御身や兵たちは即時撤退してくれてかまわない」
「ふはは、相変わらず頼もしいことだな、マグナス殿!」
絨毯にあぐらをかいたファラ姫が、膝を叩いて大笑した。
ところがそこへ、横柄且つ不粋な声がかけられる。
「何が頼もしいものですか。そのような怪しげな男の話になど、耳を貸してはなりませぬぞ、ファラ殿下。偉大なる初代皇帝ラサード陛下の御言葉をお忘れですか? 『占い師と魔法使いは傍に置いてはならぬ。国を危うくする』という仰せを」
嫌味ったらしくそう言ったのは、側近たちとともにラクダに乗って現れた、将軍である。
名をタハール。歳は四十五。
まずまず鍛えられた、逞しい体つきは将軍に相応しいものだった。しかし、自制心の方はどうだろうか? 脂ぎったその顔は、首都を出陣し、作戦中の今もなお毎日、自分と腰巾着だけは美食に耽っている証左ではあるまいか。
「おい、マグナスとか申したな?」
「如何にも俺がマグナスだが?」
「言っておくぞ? ワシは貴様のような詐欺師の言うことは信じん」
「待て、タハール! マグナス殿はラクスタ王も認める、“魔王を討つ者”だ。一国を救った英雄だ。今の暴言を取り消すがよい!」
「姫殿下は黙らっしゃい! ラクスタの如き後進国の愚王が、詐欺師に惑わされるのは自業自得。しかし、偉大なるアラバーナの皇女殿下ともあろうお方が、同じ轍を踏むなどと嘆かわしゅうござるぞ!」
仮にも皇女であるファラ姫に向かい、喝破してみせるタハール将軍。
底抜けに傲慢な男なのか、あるいは諫言を怖れず口にできる忠臣なのか。
まあ、どう見ても前者だろうなあ。
その傲岸不遜な男が、俺に指を突きつけたまま続けた。
「カイザーサンドワームなど眉唾もいいところだがな。百歩譲ってそんな化物が出てきたとして、貴様の出る幕などないから、憶えておけよ?」
「……ちゃんと対策は練ってあるんだろうな?」
「眉唾話に対策を練るバカがどこにおろうか!」
タハールは大声でせせら笑った。
「第一、戦に必要なのは兵の勇気と愛国心であって、小賢しい策などではない! そしてこのワシが鼓舞すれば、麾下三千尽く勇士と化して、敵が何者であろうと打ち破ってくれるわ!」
「……将軍であるあんたの方針に口を出すつもりはない。だが、せめて協力して戦わないか? 相手は恐るべきボスモンスターだ」
「要らぬわ! 軍とはな、たった一人の弱兵が混ざっただけで、どんな精強な部隊であろうと烏合の衆と化すのだ。ワシはその愚をよく知っている」
「……俺がその弱兵だと?」
「他に誰がおるか、詐欺師! いいな? いざ戦いが始まってもまだ、その目障りなツラをちょろちょろさせておれば、まず貴様から真っ先に殺してやる。それがイヤなら、姫殿下の尻に隠れて観戦だけしておけ。優しいワシは警告してやったからな?」
タハールがふんぞり返って言い放つと、腰巾着どもがせせら笑う。
そうしてまた他部隊を監督しに、移動していった。
「なんて奴ですか、あの人!」
「マグナスの強さも知らないくせによぉ!」
「偉そうにもほどがありまさあ!」
俺に代わって、三つ子たちが我がことのように怒ってくれる。
その気持ちだけで俺はうれしいし、別にタハールなんぞが何を言おうと、俺は痛痒も感じていない。そう、弱い犬ほどよく吠えるのだ。ユージンもそうだったな。
「すまない、マグナス殿。せめて私から謝罪させてくれ」
「気にしていないし、御身に非はないさ、ファラ殿下。そんなことよりもだ――」
俺は一番の懸念を、鋭く指摘した。
「――兵が大勢死ぬぞ?」
聞いてファラ姫が唇を強く噛む。
俺が指摘するまでもなく、重々わかっている。わかっているが、どうにもできない。そんな顔つきだった。
クリムがやれやれと嘆息しながら、
「あんたはこの軍と事件解決を任されたお姫サンで、さっきの将軍はただのお目付け役。だったら兵はあンな奴より、あんたの言うことを聞くんじゃないのかね?」
「それは名目上の話なのだ。私自身に忠誠を誓ってくれている親衛隊三百人を除き、後は全員タハールの言うことにしか耳を貸さない」
「なんだい、第一軍は精鋭だって聞いたのに、あンな野郎に付き従うのかい?」
「精鋭だからこそだ。現場指揮官であるタハールの指示を重んじ、神輿の飾りにすぎない皇女の言葉など黙殺する。当然だろう?」
「ハン、皮肉な話だねエ」
呆れて鼻を鳴らすクリム。
ラムゼイが代わって、
「タハール自身を説得するのは無理なのかね?」
「難しいな。あれは三十人からいる、私の婿候補の一人なのだ」
ファラ姫は辟易したように説明を始めた。
曰く――
現皇帝であるあの白粉野郎は、娘の婿候補を増やすばかりで、一向に決めかねているのだという。
それというのも、「我こそは麗しの皇女殿下の婿に」と目論む奴らが、全力で愚帝に取り入らんとおべっかを使いまくるのが、あの白粉野郎は気持ちよくて仕方がないらしい。
愚か極まれりとはこのことだろう。
そんな理由で大事な婿を決めかね、際限なく婿候補を増やしていく、白粉野郎も愚か。
そんな愚帝を相手に、どうにか婿に選んでもらおうと、必死で阿諛追従している候補どももまた、滑稽なまでに愚か。
想像したら笑えてこないか?
「タハールは今回の事件解決の手柄を持ち帰って、他の婿候補より何歩もリードする胸積もりなのだろう。だから、マグナス殿に手出しされては困るのだ。それに内心ではもう、私の婿になったつもりなのかもな。だから、私のことをもう『自分の女』だと考えているのかもしれない。それでよけいにでも、耳を貸さないのかもしれない」
「傲慢にもほどがある奴だな……」
そして、これまたあの愚帝の蒔いた種だと思うと、頭痛がしてくる。
あの白粉野郎、どこまでも祟りやがるな……。
「……事情はわかった。ならせめて、一つだけお願いしたい、ファラ殿下」
「伺おう、マグナス殿」
「戦いになったら、各自の判断で即時撤退してよしと、殿下の名で命令しておいてくれ。最初は兵たちが耳を貸さなくても、いざ切羽詰まった時に、その保証があれば躊躇いなく逃げられるだろう」
「せめてもの犠牲を減らすための、次善の策だな。なるほど、承った。しかし――」
「しかし?」
「マグナス殿は意外や、お優しい御仁だな?」
「……別に。無意味な人死など見せられても、何も笑えんというだけだ」
俺が仏頂面で答えるとファラ殿下が、いやクリムまでが一緒になって、その俺の顔をニヤニヤと眺めていた。言いたいことがあれば言え!
◇◆◇◆◇
しかし、次善の策を用意しておいて、本当によかった。
俺がそう思ったのは、それから三日後のことだった。
砂漠を行軍中に、ついに発見したのだ。
カイザーサンドワームが、こちらへ向かってのそのそとやってくる、まだ遠い姿を。
「まさか本当におったとはな。よし――全軍、戦闘用意ッ! 金剛の陣を敷けいッ!!」
タハールの勇ましい号令一下、三千弱の精兵たちが整然と、堅固な陣形を組んでいく。
一方、俺たちとファラ姫直下の親衛隊は、安全地帯から見守るようにと、上辺だけ丁重に遠ざけられた。
ファラ姫は「危ないと判断したら、いつでも撤退せよ!」と兵に叫ぶだけ叫んで、タハールに従った。
タハールは「嫌味のおつもりでしたら、なんとも拙劣ですな」と小馬鹿にした。
「ハン。それじゃアお手並み拝見さね」
クリムが皮肉っぽく頬を歪め、俺たちは遠くから戦況を見守る。
しかし、第一軍の兵たちは掛け値なしに、精鋭の名に恥じない「男」たちだった。
カイザーサンドワームは本当に巨大だった。巨大すぎた。生物というよりも、確かに町や村と比肩するべきサイズだった。
そんな規格外のモンスターが迫ってきても、彼らは決して逃げ出さず、しっかりと陣を組んだまま待ち構えていたのだ。
なんという勇敢さだろうか! 俺も感嘆を禁じ得ない。
「だけど、嗚呼……哀しいかな」
ラムゼイが酸いも甘いも噛み分けた老人の顔で、詠嘆した。
そう、現実の見えないたった一人の愚将のせいで、彼ら精兵は木端と化したのだ。
カイザーサンドワームが、その巨大すぎる頭部をわずかに持ち上げた。
そして、地面に叩き下ろした。
ただそれだけで、爆発的な衝撃が地面を走った。
テーブルに皿を置いて、すぐ傍を強く叩けば、皿が上に跳ねるのと同じ要領だった。
すぐ近くにいた精兵たちが、まるで喜劇のように上空へ、高く高く跳ね上げられた。
落下した衝撃で大勢死んだ。
陣形だとか勇気だとか愛国心だとか、何も関係ない。
津波や嵐といった天災に勝てる軍など、存在しないのと同じ理屈だった。
「逃げろ! これは人の手に負える存在ではない!」
「総員撤退ッ! 撤退ッ! 撤退ッ!」
「皇女殿下の命に従え!!」
彼らは精兵だったからこそ、その一撃で自分たちの敗北を察し、すぐさま撤退に移行。
しかも彼らが勇敢だからこそできる、整然たる撤退だった。
ファラ姫の口から告げられた、俺の次善の策が功を奏し、大勢が逃げ延びることができた。
一方、勇敢でない者たちは、腰を抜かして動けなくなっていた。
誰あろうタハール将軍と、彼の腰巾着どもである。
「う、ウソだぁ! こんなものは悪い夢だぁ! ワシはタハールだぞ!? 栄光あるアラバーナ帝国軍の、最優なる第一軍団を任された、偉大なる将だぞ!? そのワシが負けるわけがないっ。負けるなら、それは世界の方がおかしい! こんな世界、嘘っぱちだ! 悪い夢だぁ!」
タハール将軍は糞尿を垂れ流しながら、砂の上でジタバタともがいていた。
本当に最期まで、子どものように現実の見えない男だった。
ちゃんと対策を練れと、警告してやったのにな。
そのいい歳をした子どもの、もう目の前までカイザーサンドワームは迫っていた。
今にも「ぷちっ」と踏み潰そうとしていた。
「だ、誰か! 今すぐワシを助けよ! 助けてくれえええええええ」
俺たちは“ナルサイ号”を駆って、急いで助けに向かっていた。
しかし如何せん、距離が遠すぎた。
次回、巨大ボスモンスターの討伐開始!
というわけで、読んでくださってありがとうございます!
毎晩更新がんばります!!




