第四話 アイテム収集からの勇者再び
前回のあらすじ
ランクS装備、〈大魔道の杖〉を入手。
首尾よく〈大魔道の杖〉を入手した後も、俺は〈攻略本〉がなければ知りようのない情報を駆使し、王都各地でゲットできるレアアイテムを収集して回った。
例えば、王都に巣食う盗賊団の隠し倉庫。
まるで迷路のような下水道の奥地、絶対誰にも見つからないと連中が信じている場所に安置してあるから、罠も仕掛けていないし、見張りすら立てていない。
俺は悠々と探し当てて、連中が違法に貯め込んだ財を頂戴した。
〈大魔道の杖〉を得た俺にはもう必要ないが、ランクA装備の〈賢者の杖〉や、前衛職ではない俺には意味がないが、同じくランクA装備の〈蒼雷の剣〉などが目ぼしかった。
しかし、俺が一番欲しかったのは、ランクA装備の〈守護天使の指輪〉だ。
装備しているだけで、〈防御力〉が激増する効果がある。鎧を着用できない〈魔法使い〉のようなクラスにとっては、垂涎もののアイテムであろう。
しかも全属性攻撃、全状態異常への耐性UP効果のおまけつき。
これがここにあると〈攻略本〉に記載されていたから、とりにきたのだ。
また例えば、国法で禁じられた人身売買を行っている、奴隷商人のアジト。
こちらは〈タウンゲートの書〉が目当てで押し入った。
倉庫街の一角に、十人ほどの人相の悪い用心棒が守っている倉庫があり、その中に禁制品の他、税金逃れのための一財産がしまわれていたのだ。
用心棒どもに大した実力がないことは、〈攻略本〉に記載されていた。跳び抜けて強いボス格で、レベル10の〈戦士〉だ。
俺は〈大魔道の杖〉の特殊能力により、効果対象を拡大した〈スリープⅡ〉で易々と、連中をまとめて無力化した。
倉庫に侵入し、お目当ての〈タウンゲートの書〉をゲットした。
これはいわゆる〈魔導書〉に分類されるアイテムだ。
一定レベルに達した〈魔法使い〉が読むことで、通常では習得できない〈遺失魔法〉を瞬時に習得することができる。
誰かが一度習得してしまうと、その〈魔導書〉は白紙になってしまうため、大変に貴重なものだ。
特に〈タウンゲートの書〉は特級の稀覯本とされている。
習得可能レベルは13なので、俺なら余裕で条件を満たしていた。
また〈タウンゲート〉とは、術者が過去訪れたことのある、人口一万人以上の大きな町へ、瞬間転移するためのゲートを開く魔法である。
ゲートを行き来できるのは術者だけに限定されず、人や物、効果時間である三分の間ならいくらでも可能だ。
どれだけ便利な魔法かは、言うまでもない。
しかも習得しているのはこのラクスタ王国でも、俺を含めてせいぜい数人というところだろう。
奴隷商人の倉庫では、ひょんなものも見つけてしまった。
いや、半ば予想はしていたがね……。
縛られ、猿轡をかまされた、うら若き少女たちが四人、監禁されていたのだ。
理由は語るまでもあるまい。
無論、俺は彼女らが売り飛ばされる前に、解放してやった。
「どこのどなたかは存じませんが、本当にありがとうございます……!」
彼女らは口々に礼を言って、ひどく潤んだ目でこちらを見上げていた。
……正直に言うと、俺は女性にあまり免疫がない。
俺が幼少期から育った学院はほとんど男所帯だったし、俺もずっと魔法の研鑽に没頭していたので、女性と接する機会があまりになくて、どう扱っていいか困るのだ。
ヒルデやミシャのような、あからさまにイヤな女でいてくれれば、かえって意識しなくてすんだんだがな……。
今みたいな、真っ直ぐな好意を向けられると、弱ってしまう。
とにかく俺は、努めて意識しないように、ごく当たり前に接した。
護衛がてら倉庫街の外までは送っていき、四人とも後は一人で家に帰ることができそうだというので、見送った。
いずれちゃんとお礼をしたいからと、名前や住んでいるところを何度も訊ねられたが、はぐらかしておいた。
彼女らを助け出したのはともかく、俺が〈タウンゲートの書〉や他のアイテムを漁り、頂戴したことは合法行為とは言い難いので、明かすわけにはいかなかった。
彼女らの一人と、後日また再会することになるのだが――今は別の話だった。
以後も俺は、王都でアイテム収集に精を出した。
狙うのはもっぱら、悪人どもが違法に蓄えた財産だ。
心が全く痛むことなく、いくらでも盗み出し、時には顔を隠して魔法で強奪した。
罪なき人々が困窮してしまうこととなるアイテムには、一切手出ししなかった。
それでも、このラクスティアは人口数十万の大都市であり、比例して悪人の数も多く、蓄財は莫大だった。連中の隠し財産だけを狙っても、成果は充分にすぎた。
以前はあんなに欲しかったランクC装備の〈魔法の杖〉など、十本以上も入手できた。まあ、今さらも今さらだが。
ゲットしたレアアイテムのうち、使える物は当然、自分で使う。
一方、俺の役に立たない物は換金したい。〈蒼雷の剣〉とかな。
ただし、ランクCアイテムでさえ滅多に市場に出回らないのが相場なのに、俺が次から次へレアアイテムを売りに出したら、絶対に怪しまれるのがオチだ。
入手経緯を追及されたら、困るのは俺だ。
ゆえに売る場所や相手を考え、また時期を見て小出しにしていかなくてはならないだろう。
俺はまず、信頼できる商人を探し、懇意になることから始めようとした。
より高価なアイテムを扱える大店なら、なおよし。
それで〈攻略本〉を調べ、いくつか候補を挙げた。
王都でも一、二を争う商会で、魔法の武具を専門に扱うマルム商会を訪ねることにした。
ところがその店先で、会いたくない連中とバッタリ出くわしてしまったのである。
「チッ。ここにも売ってなかったかっ」
「短気はいけませんわ、勇者様。まだ探し始めたばかりなのですから」
「ヒルデの言う通りだよ。滅多に手に入らないからこその依頼なわけじゃん」
ユージン、ヒルデ、ミシャの三人が、マルム商会からぞろぞろ出てきた。
それに名前も知らない、女〈武道家〉らしき新顔。
恐らく俺の代わりに入った、パーティーメンバーだろう。
「「「あっ」」」
と、こちらの顔に気づくと、ユージンたちも不快そうな表情になる。
口を利くのもイヤな連中だったが、無視するのもなんだか負けた気分だ。ユージンが俺を見限ったのは、あいつの目が節穴だったからだけの話であり、俺が背中を丸めてコソコソせねばならない理由などどこにもない。
むしろ堂々と話しかけてやることにした。
「久しぶりだな。どうした? 何か買い物か?」
「チッ。うるせーよ、マグナス。てめえにゃもう関係ねーだろ」
「それもそうだな。じゃあ、失礼。君たちの探し物が無事、見つかることを祈っているよ」
俺は余裕風さえ吹かして、連中を横切っていこうとした。
その時、ミシャが言い出した。
「待った、ユージン。もしかしてマグナスなら知ってるんじゃないか? 仮にも〈魔法使い〉なんだし」
「確かに! ぜひ聞くだけ聞いてみましょう、勇者様」
「……ヒルデがそう言うんならわかったよ」
ユージンが不承不承という態度で、そんなことを言った。
相変わらずデリカシーのないガキだ。可哀想に、提案したミシャの面子を考慮してない。
しかし、俺には関係のないこと。
「どうした? 俺に何か質問か?」
「……〈魔法の杖〉ってのを探してんだ。滅多に売りに出されないし、オークションにかけられたら、最低でも金貨千枚はするらしい。マグナス、おまえ心当たりないか?」
「あるな」
というか宿に帰れば、置いてある。
十本以上も。
「マジか!? どうにかしてゲットできないか、それ!?」
「パーティーに〈魔法使い〉のいない、おまえらには無用の長物だろう?」
「必要としてんのは、ドミダスっていう貴族なんだよ。オレたちは依頼されて動いてるんだ。――って、そんなんどうだっていいだろ? おまえにゃ関係ないだろ。早く在処を教えろよ」
本当にものの頼み方ってのを知らないバカだな……。
俺が呆れていると、ヒルデも同じことを思ったらしい。
サッと顔色を変えると、傲慢なユージンを隠すように前に出て、深々と頭を下げた。
口を開けば俺への悪態と嫌みばかりを吐いていた、横柄さではユージンとどっこいのあのヒルデがだ! この俺に向かって頭を!
しおらしい口調になって、頼んできたのだ。
「お願いいたします、マグナスさん。どうしてもあの杖が必要なのです。教えていただけないでしょうか?」
「……たまたまだが、俺が一本持ってる。そんなに欲しいなら、売ってやってもいいが?」
「マジかよ、初めて役に立ったじゃねえか、マグナス!」
また要らないことを言う、空気が読めない勇者の声を、ヒルデは遮るようにして訴えてくる。
なんと、とうとう俺の前でひざまずくようにして、
「ぜひお売りください、マグナスさん。金貨千枚……いえ、千二百枚でいかがでしょうか?」
「そんな大金を出せるのか?」
「勇者様の、魔王を討つ旅に必要なことですから。私たち教会は援助を惜しみません」
「なるほどな……」
教会の〈僧侶〉どもは、口では「神霊タイゴンの愛は無限だ」とかお題目を唱えちゃいるが、実際は「治癒の魔法で怪我を治してやるから金貨二十枚」「解毒の魔法は金貨五十枚」「病気を治すなら金貨百枚」といった具合に、貧乏人からも大金をむしりとる、生臭坊主ばかりだ。
そういうことなら、遠慮は要らないな。
「わかった。千二百で手を打とう。持っていくから、おまえらの滞在してる酒場で落ち合おう」
「ありがとうございます、マグナスさん!」
ヒルデは顔を上げると、大輪の華を咲かすような、普段は勇者にしか向けない媚びた笑顔を向けてきた。
内心は屈辱で、ハラワタ煮えくり返っているだろうに。
そうまでしてランクC装備程度が欲しいのか? いい気味だ。
ともあれ、俺は一旦宿に〈魔法の杖〉をとりに帰った。
その間にヒルデも王都の教会で、約束の金を用立てしてきたらしい。
特に問題なく、トレードを行った。
問題が起きたのはその直後だ。
「オレたちがなんでこうまでして、〈魔法の杖〉を欲しがったか教えてやろうか?」
ユージンが下卑た笑みを浮かべ、「もう返さねえぞ」とばかりに杖を抱きしめながら、言い出した。
隣でヒルデまでニタニタといやらしい含み笑いを浮かべている。
「依頼人のドミダスがな、この杖と引き換えに〈ミスリルソード〉をくれるって言ってんのさ! 知ってるか? オークションじゃあ金貨五千枚は下らねえっていう、貴重な剣だよ!!」
「そうか、よかったな」
「!?」
俺がさぞや悔しがり、「売るんじゃなかった」と後悔すると、ユージンたちは思っていたのだろう。ザマアミロと内心ほくそ笑んでいたのだろう。
しかし、俺が全く悔しそうじゃないどころか、逆に哀れむような眼差しで見ているので、ユージンもヒルデもあんぐりとなっていた。
だって、悔しいわけがないだろ?
〈ミスリルソード〉はたかがランクB装備で、俺だって六本も所有している。
もっといえば、ランクA装備の〈蒼雷の剣〉だってあるわけだしな。
そんなの別にどうでもいいよ。
「じゃあな。魔王退治、がんばれよ」
「あ、ああ……」
まだポカンとなっている愚鈍なユージンを尻目に、俺は立ち去ろうとした。
すると、ミシャだけがそっぽも向いたまま、声をかけてくる。
「まだパーティーに帰る気にはならないの?」
「どうして?」
俺は本気でわからなくて、問い返す。
そっちはもう新しい仲間を得たようだし、俺はもう勇者ご一行サマになんの価値も見いだせない。
俺は返答を待ったが、ミシャはそれ以上何も言わなかった。
ただその悔しそうな横顔が、印象的だった。
俺の目にはまるで、素直になれなくて友達と仲直りできない、拗ねた子どもみたいに見えたのだ。
読んでくださってありがとうございました!
毎晩更新がんばります!!