第十一話 アラバーナの皇女 ファラ
前回のあらすじ:
遺跡を発掘しまくり、レアアイテム大量ゲット
「やあ、突然お呼び立てしてすまない、マグナス殿。本来なら、私の方から出向くべきだが、こう目立つ身ではな。それもままならなかった」
ファラ姫は開口一番、まず謝罪した。
実は俺は、そろそろ彼女の方から接触があるのではないかと、思っていた。でなければ多少骨が折れるが、俺の方から面会する算段をつけようと考えていた。
しかし現実には、俺の想像よりも早いタイミングで、ファラ姫の方から招いてくれた。まさに彼女の、帝族としての優秀さを示している。
とはいえ、〈攻略本〉のことは妄りに他人に明かすものではないから、まさか「来ると思ってました。待ってました」とは言えない。
「いや、構わない。実際、俺たちの宿に御身がいらっしゃれば、一騒動どころの話ではなくなってしまうからな」
「ふふふ、そう言ってもらえるとありがたい」
ファラ姫は相変わらずの、勝気さと気さくさを見事に同居させた、親しみやすい態度で俺たちを迎えてくれた。それでいて、彼女が尊貴の血筋なのだと一目で理解させる、優雅さまで備えているのだからとんでもない美女だろう。
他国人からすれば下着姿同然の、アラバーナ人の伝統的部屋着姿。しかも今日は、胸襟を開くというメッセージか、薄絹さえ羽織っていない。まるで油を塗ったように艶めかしい褐色の肌を、惜しげもなく晒している。
テッドら三つ子が、ファラ姫の美貌と肢体を見て、一目で上せあがっていた。
……おまえら故郷に恋人を残してるんだろう?
「ところで、ここは大丈夫なのか、ファラ殿下?」
「少なくとも、私がお忍びで来ても騒ぎにはならん店だし、警備も万端させている。安心して寛いで欲しい、マグナス殿。そして、お仲間たちも」
会談の場にファラ姫が指定したのは、高級繁華街にある一流レストランだった。
小さいがその分、店の端々まで目が届く。特に、俺たちが招かれた席は中二階のようになっており、一階部分と玄関を一望することができる。
現在はファラ姫の貸切となっており、一階部分で食事している者たちは全員、一般客を装った親衛隊たちだという。
また、席といってもこの中二階部分には、椅子やテーブルの類はない。
豪奢極まる絨毯が敷かれており、クッションに腰を下ろす。
そして、皆で輪になって、絨毯に直接置かれた料理を囲むのが、アラバーナの一般的な食事スタイルだった。
そう、酒場やレストランでは、椅子とテーブルを使うのがこの国でも普通だが、それはあくまで清掃の便や、複数の客グループを一堂に食事させることを図った、店側の都合というわけだ。
本来はこの、車座になるのが伝統スタイル。庶民の家では絨毯の代わりに茣蓙を敷き、クッションはないことも多いが、それらを除けば王侯たちとも食事様式は変わらないのである。
「まあまあ、ご覧よみんな! この羊の串焼きときたらどうだい。なんとも美味そうな肉艶ったらありゃアしないよ。さぞかしいい塩梅で炙られてるんだろうって、見ただけでわかるってもんさね」
「おい、婆さん。いい歳して、意地汚いこと言ってるんじゃあない」
「ハン! 食欲まで枯れきったジジイは黙ってな!」
「しかし、ワシらはタダメシをいただくために呼ばれたわけじゃ、まさかないだろう」
「はははは、構わないさ。美味しく食べてもらわなければ、せっかく用意させた意味がない。ぜひたらふく食べていってくれ」
俺の隣に腰かけたファラ姫が、クリムとラムゼイのやり取りを見て、本当に楽しそうに笑っていた。
しかし、「帝族」たる彼女が、無邪気に振る舞っていられたのも、そこまでだった。
ファラ姫は最初、男の子のようにあぐらをかいていた。それが姿勢を変え、横座りになる。もうあとちょっと俺の方に近づけば、しなだれかかるような体勢となる。
そして、俺がこのまま黙っていれば、実際ファラ姫はぴたりと身を寄せてきたであろう。
「首都を出てまで、しかもお忍びで会いに来てまで、俺に頼みたいこととはなんだ?」
俺は機先を制すように、冷淡な声で訊ねた。
心の中で、アリアに思いきり感謝しながらだ。
もし、俺が昔の俺のままだったら――人づき合いが苦手で、まして女性慣れなんて全くしていなかったころの俺なら、ファラ姫のこのあからさまな色仕掛けに、きっとドギマギさせられていに違いない。すっかり舞い上がってしまい、愚かにも思考力を奪われて、会話の主導権をファラ姫ににぎられてしまったに違いない。
しかし今の俺はもう、すこぶるつきの美女にすり寄られそうになったくらいで、あるいは胸の深い谷間を強調するような姿勢で迫られたくらいで、動じたりはしない。
アリアとの出会いが、俺を人として成長させた。
彼女が俺を成長させてくれたのだ。
そんな俺の冷淡な態度に、ファラ姫も自分の分の悪さを悟ったようだ。
またあぐらをかく姿勢に戻り、俺との適切な距離感をとりつつ、さばさばとした口調で話し始めた。
「ナレウスという町を知っているか、マグナス殿?」
「このベベルから三つほど南隣にある、大きな町だろう?」
「そこに今、首都から派遣した軍を駐留させていることは?」
「ああ、噂話で聞いたよ」
嘘だ。本当は〈攻略本〉の情報で知っていた。
ただ、俺は冷淡な口調を改めて、またファラ姫の話へ真剣に耳を傾ける態度をとった。
色仕掛け紛いの真似をされても、別に彼女を軽蔑などしていないからだ。冷淡な態度は単純に、彼女に恥をかかせず、且つ「無意味ですよ」と知らせるサインにすぎない。
むしろ俺は、そこまでするファラ姫に感心すら覚えていた。
そう、彼女は決して不届きな私利私欲のために、色仕掛けをしてきたわけではないのだ。どころか崇高な大義を抱いていて、それを成し遂げるためならなんだってやる――この俺だって利用するし、彼女の持つ「女の武器」だって利用するのを厭わない――そういう覚悟なのだ。それこそが帝族として生まれた女の義務であると、ファラ姫の信念なのだろう。
「箝口令も敷かせているし、大きな声では言えないのだがな。ナレウスのさらに南にあるカクラル地方で、恐るべき異変が起きている」
「ふむ。というと?」
「もういくつもの町や村が、行方知れずとなっている」
「ほう。人が行方不明になっているのではなく?」
「違う。町と村だ。それが根こそぎ、住人ごときれいさっぱり消え去っているんだ。気づいて役所に報告してくれたのは行商や旅人、冒険者たちだが……最初は自分たちが地図を見間違えて、砂漠で迷ったのかと思ったらしい」
「当然の判断だな」
「だが、彼らはちゃんと地図通りに旅できていた。地図と変わっていたのは、町と村の方だったのだ」
「なるほど、大事件だな」
消えてしまった住民にとっても、町村を失ったアラバーナにとっても、由々しき問題だ。
そして、俺にとっても大問題だった。
なぜならカクラル地方には、ラムゼイの遺跡があるからだ。
そう、俺がいつかは攻略しなければならない、最難関遺跡の一つである。
そこに眠るとある〈マジックアイテム〉が、アラバーナに潜む“八魔将”を討つために、必要なのである。
しかし、カクラル地方の町村が消え続け、ベースキャンプ街も混乱を来たせば、遺跡探索どころではなくなってしまう。
「取引といかないか、マグナス殿」
「俺も今、そう提案しようと思っていたところだ」
「ふふふふ、気が合うな」
「ああ。殿下はいつも話が早くて、俺も助かる」
「この問題、果たして軍を投入して解決できるものか、私には自信がない。それで、ラクスタ一国を救ったという、そなたへの協力を要請したい。無論、タダとは言わない」
「ああ。殿下が吝嗇とは無縁なのは、知ってるさ」
「大事件解決の功績を盾に、貴殿のための〈特級許可証〉を必ずやもぎとってみせる。それで如何か?」
「承知した」
俺は二つ返事で了承した。
これで〈攻略本〉の『サブイベント』の項に先日記載された、『ファラ姫の依頼 消える町村!? カクラル地方を救え!』が成立、及びスタートする。
そう、ファラ姫がそろそろ俺を訊ねるのではないかと予測していたのは、実はこの〈サブイベント〉の存在を事前に目にしていたからだった。
いや、依頼人の方から来てくれるとは、本当にこのお姫様は優秀で、話が早くて助かる。
ところが、ファラ姫の方こそ満面に歓喜を浮かべて、
「感謝する、マグナス殿!」
いきなり俺に戯れかかってきた。
なんと、その豊かな胸で俺の顔を包み込むように、抱き締めたのだ。
「殿下っ」
「はははは、うれしくてつい感極まっただけだ。許せ」
抗議の意味で俺が咆えると、ファラ姫は悪びれもせずに言った。
まったく、してやられた。これはさすがに予測の外。
「しかし大概の男ならば、私に抱擁されて悪い気はせんと思うんだがな?」
「例外もいるということだ」
「もしやマグナス殿は、どこぞに佳い人がおありか?」
訊かれ、俺は仏頂面で首肯した。
アリアのことを吹聴するのはいやだったが、隠しているとまたどんなイタズラをされるかわかったものではない。
「ふふふ、それはイケナイことをした」
「反省していただきたい。殿下の悪ふざけのおかげで、彼女になんと報告するか、許してもらうか、今から頭が痛い」
「なんと! いちいち律儀に報告すると仰るか!」
「俺にはなんら疚しいところなどないからな。しかし、隠し事にしてしまえば、心に要らぬ疚しさが生まれる。しかも墓まで持っていかねばならない疚しさだ。バカバカしいことこの上ない」
「ふふ、これはこれは羨ましいことだ」
「んん?」
「そなたのお相手がだよ。マグナス殿のような誠実な男を良人とするのは、女にとって幸せだ。だから羨ましいと言った」
「明け透けな世辞だな」
「いや、これが意外と本心なのだよ、はははは!」
ファラ姫は快活に笑った。
最初にクリムへ見せたのと同様の、屈託のない笑みだった。
おかげで俺も毒気を抜かれる。
話もすんで、ならば腹ごしらえをという空気になる。
ところが――俺が満腹できることはなかった。
とんだ闖入者が現れたからだ。
「ファラ姫はいずこにおわす? “憂国義勇団”の六連星が一角、〈居合〉のブラウンが腐敗した帝室を糺すため、そのお命頂戴する」
という陰気な声とともに、痩せぎすの剣士が玄関ドアを斬り破ってくる。
しかもさらには、
「伝説の冒険者ラムゼイはいる? あんたの力をアタシたち“憂国義勇団”に貸してちょうだい。イヤだと言っても、この〈死の舞い〉のティティンが無理やりつれていくから」
という色っぽい声とともに、踊り子服姿の妖艶な女が、勝手口のドアを斬り破ってくる。
にわかに巻き起こる不穏な空気に、クリムがぼやいた。
「やれやれ、なんだか面倒なことになっちまったねエ……」
俺も全く同意だった。
せっかく〈特級許可証〉に手が届きそうというのに、邪魔をされてたまるか!
ついに“憂国義勇団”にも追いつかれてしまったラムゼイ。
しかもファラ姫まで命を狙われ!?
ということで、読んでくださってありがとうございます!
毎晩更新がんばります!!