第十話 発掘! 発掘! 発掘!
前回のあらすじ:
ラムゼイの仲間の仇である、強力なゴーレムを撃破!
建築様式の全く異なる古代遺跡とはいえ、通りは普通に石畳になっている。
なんの変哲も目印もない、ただの通りの真ん中に、カインの遺骨は散乱していた。石畳の上で、土に還ることもできず、乾いた剣や鎧と一緒に。
ケントリオンを撃破した後、ようやく腰を据えて、探し当てることができたのだ。
「すまんなあ、カイン……。八年も待たしちまって……」
ラムゼイはそう言って、かつての仲間だった少年の遺骨を、一つ一つ大切に拾い集めた。
俺たちには手出しさせなかった。
ラムゼイは嗚咽もせず、ただ右の目尻に一滴だけ、涙の珠を浮かべていた。その横顔がひどく印象的だった。
回収が終わった後は、すぐに〈タウンゲート〉を開いた。この遺跡の探索は後日また、それこそ腰を据えてやればいい。
今はカインの母親に、ようやく彼の遺品を届けることができるのだから。彼の故郷に、埋葬してやることができるのだから。
カインの生家へと一人で向かうラムゼイを、俺たちは黙って見送り、宿をとって帰りを待った。
翌日、ラムゼイは帰ってきた。
「おまえさんらには、世話になったのう」
「もう、気は済んだのか?」
「済むことなんぞ、永遠にありゃせんわい。じゃが、ひとまずケジメはつけられた。特にマグナス殿、おまえさんのおかげじゃ」
ラムゼイは深々と頭を下げ、そして言った。
「ここまで世話になったんじゃ。ほんではサヨナラ……とはいくまいよ」
「む。では――」
「ああ。遺跡探索の案内じゃったのう? ワシに任せてくれ。どこへだってお供しよう。そして、生還させてみせよう」
「ありがとう、ラムゼイ殿」
「んっ。んんー、いや、お互い『殿』はやめにしようか。この婆さんにもそうしとるんじゃろ? これからは仲間じゃ、遠慮は抜きにしよう。マグナス」
「わかった、ラムゼイ」
俺たちはがっちりと握手をした。
すると今度は、クリムが言い出した。
テッドら三つ子の背中を押し出しながら、
「そンじゃ、この子らも正式に、アタシらの仲間に入れるとしよう」
「おいおい婆さん、大丈夫なのか?」
「おだまり、爺さん。人柄の方はこのアタシが保証するさね。でも、このヒヨッコらが無事帰れるかどうかは、あんたにかかってるよ、“生還者”」
「っ……」
「『そして、生還させてみせよう』だあ? 格好つけてるンじゃないよ。マグナスほどの魔法使いなら、あんたがいなくても生還するよ。そうじゃアないだろ? このヒヨッコらを超一流の冒険者に育て上げてこその、伝説の冒険者だろうがラムゼイ!」
クリムの言わんとすることを、俺も理解していた。
ラムゼイはカインを後継者にしようとして、失敗した。亡くしてしまった。それがトラウマになって冒険者も引退した。
今、俺の要請によって、ラムゼイはカムバックしてくれることになった。でも、それはあくまで俺への返礼で、ラムゼイのトラウマが払拭されたわけではない。
だからクリムはラムゼイに、今度こそ育ててみろよと言っているのだ。それができて初めて、本当の、カインへのケジメだろうがと。
「テッド。ラッド。マッド。もちろん、あんたらが恐いのなら、この話はナシだ。このジジイは一度、育て損ねた実績があるからね。ついていっても、いいことなんかないかもしれないよ?」
「いいえ、クリムさん。できることなら、僕たちも仲間に入れてください。実力不足は承知ですが、なんでもやりますから!」
「オレたち、あんたたちに惚れちまった! 地獄までついてくぜえ!」
「育てていただこうなんて、甘えたことは思ってませんぜ」
俺たち六人(と一体)が、本当のパーティーになった瞬間だった。
「ラムゼイの伝説は終わってなかったんだ。なぜならオレたちと一緒に、新しい伝説を作るんだからな! オレたち皆が伝説の冒険者になるんだ!」
三つ子の中でも、一番お調子者のラッドがそう言ってはしゃいだ。
だけど俺は、この言葉はいずれ真実になるんじゃないかと、そんな予感を覚えた。
◇◆◇◆◇
俺たちの遺跡探索が始まった。
手始めにとりかかったのはタブラの遺跡で、俺たちはあっさりと最深層までたどり着き、ボスガーディアンを撃破し、〈イフリートの魂〉を手に入れた。
同じようにメンベスの遺跡では〈アブソリュート・エア〉を、タルタルの遺跡では〈強化魔法増幅の技術書〉を、コリントの遺跡では〈疾風朧々の長衣〉を入手できた。
これら全てランクA以上のレアアイテムである。残る“八魔将”を、あるいは魔王を斃すために、俺が欲しかったものを〈攻略本〉で逆引きして、それが眠っている古代遺跡を、狙って発掘したのである。
どの遺跡も入るのに〈探索二級許可証〉が必要な、難関と呼ばれる古代遺跡群だったが、俺たちはものともしなかった。
俺の攻撃魔法、クリムの回復魔法、ラムゼイの経験、常に盾となってくれるグラディウス、そして三つ子たちの骨惜しみしない働きぶりが相まって、順調という言葉では言い表せないほどの成果を収めていった。
特に、俺にとって意外だったのは、三つ子のパーティー内における効能である。
彼らはまさしくムードメーカーだった。言ってしまえば過酷な重労働にすぎない遺跡探索も、彼らのおかげで皆が明るい顔をして続けることができた。
ユージン、ヒルデ、ミシャとすごした数か月、あの毎日がギスギスとしたパーティーとは大違いだった。
パーティーといえばアレしか知らなかった俺は、新鮮な気分だった。
たとえ〈攻略本〉があったからと言って、このメンバーでなければ、これほど短期間で、これほどの成果を挙げることはできなかっただろう。
もちろん〈攻略本〉の情報価値が、絶大であることに変わりはない。
記載された完璧な地図のおかげで、俺たちは全ての隠し部屋まで探索できる。
もっと言えば、未発見の遺跡丸ごと探し出すことさえ、この本があれば可能なのだ。
砂の下に埋もれたまま、誰にも見つかることなく、五百年も放置されていた遺跡群を、俺たちは次々と発見しては、現アラバーナの遺跡探索省に報告した。
第一発見者には、様々な特典がある。
じゃないと誰も報告せずに独占しようとし、最悪探索中に命を落とすことになるかもしれない。そうなるとせっかく発見された遺跡が、結局は秘匿されたまま、また何百年と放置されるかもしれないのだ。現アラバーナとしては、それだけは避けたいに決まっている。
特典の一つ目は、莫大な恩賞だ。
俺、クリム、ラムゼイには別にうれしくないが、三つ子は大喜びだった。もちろん、例によって公平に頭割りとした。
二つ目は、三か月間に限り、その遺跡を探索する他冒険者たちの、指揮権を得ることができる。
もちろん、だからといって俺たちだけが、〈マジックアイテム〉を独占するようなやり方はできない。ついてくる他冒険者たちもいなくなって、結局はその指揮権も無意味になってしまうという話だ。だから、集った全員が納得のいく采配をとらなくてはいけない。
しかし、これが俺には素晴らしい特典だった。
なにしろ未発見遺跡ということは、一層からもう既に、ガーディアンどもがひしめく危険地帯なのだ。しかも別に大した〈マジックアイテム〉は転がっていないのに。
そんなところを、いちいち慎重に探索していられるか! ――ということで、六階層、七階層辺りまでは、俺たちが指揮を執って、人海戦術で一気にガーディアンどもを駆逐し、制圧してしまうのだ。
過程で得た〈マジックアイテム〉は、遺跡探索省監督の下に、公平に分配してもらう。作戦に参加した冒険者たちも全員、ほくほく顔だ。
連中が当面、勤労意欲を失っている間に、俺たちは残る深層部の探索に乗り出し、俺のお目当てのレアアイテムをゲットするという寸法である。
おかげで〈潮風の鈴〉、〈エンジェルハイロゥ〉、〈賦魔の石〉、〈魔神の壺:空〉等々が集まった。
〈魔導書〉も〈シェイドⅣ〉や〈アシッドⅣ〉、〈ペトリフィケーションⅡ〉等々、欲しかった遺失魔法がいろいろ揃った。習得可能レベルに達していた〈ウインドⅣ〉や〈マナボルトⅣ〉は、すぐに覚えた。
特典の三つ目は、遺跡に発見者の名前がつくのである。
これが一番どうでもいいな。
「――だからって、『クリムの遺跡』はともかく、『テッドの遺跡』に『ラッドの遺跡』に『マッドの遺跡』って、いいんですか……?」
「見つけてんのはいっつも、マグナスが持ってる本のおかげなのによ……」
「正直、恐縮でさあ」
「それでいいんだ。じゃないとアラバーナ中が『マグナスの遺跡』になってしまう」
「ハハ! それじゃア旅人が迷っちまうねえ!」
クリムは大笑いしたが、俺にとっては笑い事ではなかった。
ちなみにラムゼイは、とっくに彼の名を冠した遺跡が存在する。
それも〈特級許可証〉がないと入れない、最難関の遺跡だ。
いつか俺たちが、攻略せねばならない遺跡だ。
◇◆◇◆◇
遺跡探索を続ける合間にも、もちろん「休日」はとっていた。
仲間たちだって、働き詰めにさせるわけにはいかないしな。
俺は休みのたびに〈タウンゲート〉を使って、アリアに会いに行った。
ただ、会ってまずは仕事の話だ。
俺たちが入手した〈マジックアイテム〉のうち、実際に使わない物は全て、彼女のマルム商会に卸すことにしている。
「マグナスさんのおかげで凄い〈マジックアイテム〉が潤沢に入荷できて、儲かって仕方ないって、父も大喜びですよ!」
「言っておくが、今だけだぞ? 目ぼしいものを全て回収できたら、遺跡探索はすっぱりやめる予定だ」
「わかってますとも。父にも念入りに釘刺してますし。ただそれはそれとして、商機を逃さないのが良い商人というものですから」
「なるほど、商魂逞しいな」
俺は大いにうなずく。
そんな俺たちは、王都ラクスティアの通りを、手をつないで歩いていた。
行先はアリア任せで、実は知らない。
「ところでこれは、どこに向かっているんだ?」
「ちなみに私もマグナスさんが卸してくれるおかげで、最近は販売実績鰻登り。父からたっぷりボーナスをもらってるんです」
アリアは質問に答える代わりに、まるで関係ない話をした。
否、関係ないと思ったのは、早計だった。
「はい、到着です」
そう言ってアリアが指示したのは、何の変哲もない、庭付き一戸建て。
「……民家風のレストランか?」
「違います。私たちの家です。昨日、買っちゃいました」
さしもの俺も絶句させられた。
そんな俺の手を引いて、アリアが中をいろいろと案内してくれる。
さすが豪商マルムの娘で、十代にしてやり手商人の彼女の目利きだ。素晴らしい物件だった。
しかし、俺は案内される間、ずっと仏頂面だった。
「マグナスさんが何を考えてるか、当ててみましょうか?」
アリアが面白そうにくすくす笑う。
「『結婚前から新居なんて、マジかよ……』」
「……正解だ」
「いいじゃないですか。マグナスさんの仰る通り、『今だけ』のあぶく銭なんですから」
「……そういう考え方もあるか」
アリアはとても可憐な少女だが、剛毅というか胆力半端ないところがある。
「もちろん、私の気は変わっていません。マグナスさんが晴れて魔王を斃すまで、ずっと待ってますとも。でも――」
「でも?」
「新婚気分を先に味わうくらい、いいでしょう?」
「まったく君には敵わないな……」
こうして俺たちは、「休日」のたびにゆっくりできるデートスポットが、一つ増えた。
アリアに手料理を振る舞ってもらったり、人目を気にせずイチャイチャできるというのは、確かに乙なものだった。
◇◆◇◆◇
翌日にはまた〈タウンゲート〉を使って、アラバーナはベベルの町へと赴く。
そこの宿で仲間たちが待っている。
「ゆうべはおたのしみでした?」
とラッドにからかわれ、俺はひとにらみしておく。
大目玉を食らわさなかったのは、それどころではなかったからだ。
俺たちが一週間ほど拠点に使っていたこの宿に、お忍びの使者がいきなり現れたのだ。
「マグナス様ご一行でいらっしゃいますね? 実は我が主が、皆様を招待したいと申しておられるのです」
その「主」の名を慎重に耳打ちされ、ラムゼイやクリムですら目を瞠った。
誰あろう――ファラ皇女殿下だったのである。
次回、お忍びで会談を求めるファラ姫の用件とは!?
そして、ついに2章も10話まで書き上げることができました!
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