第八話 伝説の冒険者 ラムゼイ
前回のあらすじ:
強力なゴーレムに襲われ中、目的のラムゼイと邂逅する。
俺たちはすぐさまその民家(正確には、五百年前は民家だったろう二階建て家屋)に跳び込んだ。
するとどうだ?
四身一体のシルバーゴーレムは、それ以上、追ってこなかった。民家の前をウロウロするだけで、その気になれば叩き壊すなり、玄関から手を突っ込むなり、いくらでもできるだろうに、それをしない。まるで民家には全く手出しができないという様子。
中へ逃げ込んだ俺たちのことを、しばらく未練げに見ていたが、俺たちも全く出ていく気配がないとわかると、諦めたようにいずこかへと去っていった。
「た、助かったんですか、僕たち……?」
「信じられねえぜ……っ」
「さっきの爺さんのおかげでさあ」
三つ子たちが胸を撫で下ろし、玄関傍にあった二階への階段を見上げる。
足音とともに、そこから老人が下りてくる。
人好きのする微笑を湛えた、如何にも無害そうな爺さんだ。
クリムとは反対に、曲がった背中を強調するような姿勢で、低い背がさらに低く見える。
でも、只者であるわけがない。何しろソロで危険な七階層を抜け、八階層にたどり着いているのだ。
この老人こそ、俺が遺跡探索の案内人にと求めた、伝説の冒険者。
ラムゼイその人であった。
「危なかったのう、おまえさんたち」
「助かりました、お爺さん。ありがとうございます」
「つーかなんで俺たち助かったんだ?」
「あのバケモンも急に諦めちまって、不思議でさあ」
「それはのう、魔法生物の中には『周囲の被害を無視してでも戦え』と命令されておる奴と、『周囲の建物には指一本触れてはならぬ』と命令されておる奴とが、いるんじゃよ。さっきのシルバーゴーレムは後者というわけじゃな」
ラムゼイの説明に、三つ子たちは感心したように唸った。
ちなみにその法則性は〈攻略本〉にも、アラバーナの古代遺跡の概略として、軽く触れられている。しかし、どのガーディアンが前者でどのガーディアンが後者だとか、いちいち記載されてはいない。実際、無数にいる同じアイアンゴーレムでも「こいつは前者」で「こいつは後者」みたいなことが平気であるので、きりがないのだ。
俺たちはまず軽く名乗り合った。クリムはラムゼイと旧交を温め合った。
その後で訊ねてみた。
「今のシルバーゴーレムが、建物に被害を出せないタイプだと、調べがついていたのか?」
「確かにワシはあいつをよく知っておる。が、いちいちそれを調べたわけではない」
「ほう。ではなぜご存じで?」
「ぶっちゃければ、勘よ。ワシくらい長く遺跡に潜っておると、そのうちガーディアンを一目見ただけで、なんとなくわかるようになるもんさ」
「素晴らしい」
俺もまた唸らずにいられなかった。
老人は照れ臭そうに笑いながら、
「それよりも、腹が減らんかね? そろそろ昼飯時じゃ。一緒にどうじゃ?」
と、まるで勝手知ったる我が家のように、俺たちを台所へ案内した。
一方、俺はもう驚きの連続だった。
まず、確かに腹は減っていたが、今が本当に昼飯時なのかどうか、太陽も見えないこの遺跡の中では、確認しようがない。時間感覚など、とっくに喪失していた。
にもかかわらず、この老人はそれがわかるという。しかも、俺たちより三日も早くこのタブラの遺跡を訪れ、そのまま潜りっ放しだという話なのに。
次に、ラムゼイは台所に備え付けられた、魔法の調理器具を自在に使い始めた。
俺たちの魔法体系とは似て非なる、簡易な呪文を気軽に唱え、魔法使いではない彼が、燃料もないのに火を熾し、鍋を温める。
食材自体はラムゼイが持ち込んだ物らしいが、俺たち全員にシチューを振る舞ってくれる。まさか古代遺跡の中で、温かいものを腹に入れられるとはと、三つ子たちは大喜びだった。
こんな情報は、さすがの〈攻略本〉も網羅していない。
あまりに些細な情報すぎて、魔王攻略に関係がなさすぎるからだ。
そしてだからこそ、長年冒険者として一線に立っていた、ラムゼイの持つ経験の凄味が際立つ。
先ほどの「一目見ただけで、ガーディアンの性質がわかる」勘もそうだ。
この老人はまさしく、古代遺跡の生き字引だ。
素晴らしい。
何度でも言おう。素晴らしい!
俺が求めていたのは、まさにこれだ。
俺はシチューの返礼に、「掌から零れ落ちる金貨」亭のオヤジが持たせてくれた弁当を差し出しながら、率直に申し出た。
「俺は魔王を斃すための旅をしている。その一環として、古代遺跡探索をするつもりだ。ラムゼイ殿。どうだろうか? あなたの経験と技術を、俺に貸してはくれまいか?」
「ふうむ……」
ラムゼイはシチューを匙で啜りながら、それきり口をつぐんだ。明らかに気乗りしていない様子だった。
まあ、一度は引退を決意した身だものな……。
ならば、どう説得すべきだろうか?
俺が頭の中で糸口を模索していると、クリムが横から口を挟んだ。
「ラムゼイ。目的は果たせたのかい?」
「……じゃったら、こんな辛気臭いところに独りで、いつまでもおりはせんさ」
ラムゼイの顔のシワが、急に濃くなった。苦渋のシワだ。
俺は黙って二人のやり取りを見守ることにした。クリムが出したこの話題が、俺が模索していたその「糸口」なのだと、悟ったからだ。彼女は俺をフォローしてくれるつもりなのだと、気づいたからだ。
「ねえ、ぼうやたち。このジジイが、世間じゃなンと呼ばれているか、知ってるかい?」
「“生還者”ですね」
即答したのはテッドだった。
ラムゼイは、どんなに難関と呼ばれる古代遺跡からも、未だ誰も到達できていない深層域からも、挑戦するたびに必ず生きて還ってきた。
しかも、彼と組んだパーティーメンバーもまた、必ず生きて還ることができた。
ゆえにこその、ついた異名だ。ゆえがこその、伝説の冒険者だ。
「このジジイ自身が、必ず生きて還ったってのは本当さね。じゃなきゃ今ここにいるジジイは、幽霊ってことになっちまうからね」
クリムは一度冗談めかし、
「じゃあ、パーティーメンバーも必ず生きて還ることができたってのは、本当の話だと思うかい?」
一転、深刻な眼差しをラムゼイに注いだ。
その残酷な質問に答えたのは、当のラムゼイ本人だった。
「そんなウマい話が、この世にあるもんかよ」
苦く渋い感情を、喉から魂から、搾り出すような声音だった。
「このジジイと組むとね、実際まあ生還率は高いのさね。でも、絶対安全ってわけにゃいかない。アタシが知る限り、このジジイは四十年近い冒険生活で、七人の仲間を喪ってる」
「…………」
クリムが語っている間、ラムゼイは押し黙っていた。
ただ喪った彼らを悼むように。
「このタブラでも、ラムゼイは仲間を喪った。七人目の――最後の犠牲者さ。そしてこのジジイは、引退を決意したんだ」
「……カインはまだ若かった。若い奴だったんだよ……」
女僧侶の前で懺悔するように、ラムゼイは苦渋の記憶を語り出した。
「なのに当時のワシは、勘違いをしちまった。カインがあまりに才能溢れた奴だったから、あいつがまだ十代だってことも忘れちまってた。このワシが手塩にかけて育てて、ワシの後継者にしてやろう、伝説の冒険者にしてやろう、そんなことばかりを……自分のことばかりを考えていて、あの子のことなんか、まるで見えなくなっていた。それで、ワシらはこの遺跡に挑戦した。タブラは難関の一つで、未だ七階層ですら安全地帯になっていない。なのにワシらは調子よく探索できて……本当に調子に乗ってしまって、八階層まで下りちまった。カインはまだ若かったんだ。調子に乗っちまうのは当たり前の話だった。ワシら年長者が諌めなきゃいけなかった。でも愚かなワシらは、一緒になって浮かれてた。そして、あのシルバーゴーレムに出くわした」
あの四身一体のシルバーゴーレムのことは、〈攻略本〉にすら詳述されている。
この八階層のフロアボスだ。
普通ならば、精鋭を何十人と集めて、囲んで斃さねばならない強敵だ。
いくら伝説の冒険者とその一行とはいえ、一パーティーで勝てるわけがない。
「あのゴーレムが建物の中まで追ってこない奴だってのは、一目でわかったよ。ワシはすぐ皆に声をかけたし、皆も咄嗟のトンズラには慣れたもんだった。そう思い込んでいた。いざ建物の中に逃げ込んで、胸を撫で下ろしてみりゃ、カインだけいなかった。まだ若いあの子だけが、シルバーゴーレムの迫力とあまりの気味悪さに、パニックになってたんだ。……逃げ遅れたんだ」
そこで一度、ラムゼイはぐっと歯を食いしばった。
こぼれそうになった涙を、堪えたのだ。
それは――カインを助けられなかった自分に、泣く資格などありはしないと、今も自分を責め続ける老人の顔だった。
「ワシはあの子の母親に、すぐに謝りに行ったよ。どんな罵倒も、甘んじて受けるつもりだったよ。でも、そうはならなかった。『ラムゼイさんと冒険して、いつか伝説の冒険者に自分もなるんだって、あの子が自分で決めたことですから』と言ってくれた。ワシのせいじゃない、あくまで自己責任だとな。……正直、どんな責め句よりワシぁ辛かった」
切々と語るラムゼイ。
三つ子たちが、胸が締めつけられたような顔つきになっている。
クリムは目を閉じ、痛ましげにしている。何度聞いても辛いとばかりに。
俺は今どんな顔をしているだろう? わからない。
「最後に、カインの母親に言われたんだよ。『せめて、あの子の遺品はないでしょうか?』ってな。ワシらは誰も答えられなんだ。シルバーゴーレムが恐くて、一目散に逃げてきたんじゃ。回収できたわけがない。とにかく申し訳なかった。情けなかった。悔しかった……!」
だからラムゼイは冒険者を辞めた。
もう、遺跡探索など二度と、懲り懲りだった。
「にもかかわらず、あなたがまたここを訪れているのは……」
「ああそうじゃ、マグナス殿。どこぞの優れた冒険者が、あのシルバーゴーレムを撃破しとらんかと、ワシは毎年一度確認しに来るんじゃ。そうなりゃワシも安心して、カインの遺骨と遺品を回収できる。ちゃんと弔ってやれる。母親にも、せめて顔向けができる」
「でも、未だ斃されちゃいないようだねエ」
「ああ、クリムよ。それだけこのタブラは難関ということだ。あのゴーレムが恐るべき怪物ということだ」
ラムゼイは無念そうに言うと、それきり口をつぐんだ。
重苦しい沈黙が立ち込める。
空気を和らげるため、ラッドが何か軽口を叩こうとしては、結局思い留まるを繰り返す。
クリムはむすっとしたまま、目を閉じっ放し。
だが俺は――
「なるほど、ラムゼイ殿の事情はわかった」
そんな重苦しい空気を打破するため、立ち上がった。
長衣の裾を翻した。
そして、皆に向かって宣言した。
「ならば――あのゴーレムを撃破するぞ」
次回、いざ戦いの時!
というわけで、読んでくださってありがとうございます!
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