第七話 いざ八階層へ
前回のあらすじ:
隠し部屋を見つけて喜んだりパニクったり。
「死ぬかと思いました……」
「つーか旦那たちがいなかったら死んでたぜ……」
「クリムの姐さんにも感謝でさあ」
テッドたち三つ子が、奥の隠し部屋でへたり込み、口々に言った。
もうガーゴイルどもが出現しなくなるまで、俺が徹底的に掃討した後のことだ。
テッドたちはクリムの回復魔法を受けていた。
ガーゴイルの最初の奇襲時に、軽く負傷していたのだ。罠の存在は事前に俺が伝えていたが、彼らの想像を遥かに上回る出現数に、三人ともパニックになってちゃんと対処できなかった。
「婆さんでいいよ。アタシゃお世辞ってやつが大嫌いなンだ」
マッドを魔法で完治させたクリムが、最後にバシンと背中を叩く。
遠慮のない叩きっぷりに、マッドが「そ、そういうわけにも……」と恐縮する。
この後は、手つかずのままの〈マジックアイテム〉を物色するお楽しみタイムなわけだが、三人とも元気がなかった。一つ目の隠し部屋を漁った時は、あんなに意気揚々としていたのに。
「どうした?」
「いえ、罠があるってマグナスさんはちゃんと警告してくれたのに、それに耳を貸すべきだったと反省してまして」
「殊勝なことだ。じゃあ、どうする? この地図だと六階層までに、隠し部屋はあと二つ残っているようだが。罠付きのが」
「いやいやもう懲り懲りだぜ! ラムゼイの爺さんを捜しに行こうぜ!」
「俺やクリムがついていれば、そう危険はないと思うがな?」
「あっしら完全におんぶにだっこで、おこぼれだけいただこうってわけにゃ参りやせん」
と、三つ子は今回の発掘品も、俺とクリムだけで山分けするよう、自分たちは辞退する旨を申し出た。
お調子者だが、ちゃんと反省するまともさは持ち合わせているし、何より根が真面目というか純朴な連中である。こういう奴らはきらいじゃない。むしろこういう人間こそ、幸せになって欲しいとすら思う。
「承知した。だが、この発掘品はちゃんと五人で山分けしよう。その上で、俺の事情を優先させてもらう。それでいいな?」
「アタシゃ構わないよ」
「マグナスさん……クリムさん……」
「あんたら人が良すぎでしょ!」
「損ばっかしてんじゃねえかって、あっしら心配でさあ」
「いいんだよ」
逆に心配してくれる三つ子に、クリムはぴしゃりと言った。
「一人で得ばっかしてたら、人間どこか歪むんだ。でも、皆で得を分かち合うのは、気持ちのいい生き方ってもンさ」
六十年以上生きた女の、含蓄ある言葉だ。俺も少なからず感じ入った。
◇◆◇◆◇
俺たちはタブラの遺跡の下層へと、どんどん下りていった。
六階層までは冒険者たちに粗方漁り尽くされ、魔法生物も駆逐され、道中全く危険がない。地図を頼りに下りの螺旋階段を探し歩くだけの手間だ。
「ラムゼイが目指しているのは、恐らく八階層のはずだよ」
とはクリムの談。
俺たちはとうとう安全の確保されていない、七階層に下り立った。
旧魔法帝国様式の街並みが広がる景色は、これまでと全く同じ。
だがここからは、侵入者を排除せんと永遠に休むことなく徘徊する、魔法生物ひしめく危険領域だ。
六階層とを繋ぐ塔の中から出た途端、早速そのガーディアンどもと俺たちは出くわす。
三体一組のアイアンゴーレムどもだ。レベルは11。
三つ子たちは「あわわっ」と覿面にビビったが、俺は〈ストーンⅣ〉の一撃で粉砕する。
「マグナスさんは恐いものなしですか……?」
「いや、ある。数で囲まれるのは本当に困る」
「! だったらオレらが、常に周りを警戒しとくぜ!」
「助かる。頼んだ」
「任せてくだせえ。それならあっしらも得意でさあ」
「ハハン、なんせあんたらはビビりだからね」
「はは、これは一本取られました」
「クリムの婆さんは手厳しいぜ!」
などと、笑っていたのも最初のうちだけのこと。
テッド、ラッド、マッドはすぐに真剣な顔になると、俺とクリムを三角形で囲むような隊列になって、周囲の警戒に当たる。
根は真面目な奴らだ、ここで男を見せなきゃ、なんのためのパーティーかと、そんな風に思っているのだろう。
俺は彼らのその精悍な横顔を見て、信じるに足る男たちだと確信した。
今回は発掘が目的ではないため、俺たちは真っ直ぐに八階層へ下りる階段を目指す。
地図を手に探し歩く。
道中、何度も多種多様なガーディアンに襲われたが、全て俺の魔法で蹴散らした。
テッドらが早期に奴らの接近を察知し、報告してくれるため、囲まれる前に先制攻撃することができた。
また、イミテーターと分類される魔法生物――木や地面や家の塀等に擬態して待ち伏せ、いきなり襲いかかってくる――と遭遇し、奇襲を受けてテッドらが負傷することもあったが、クリムの回復魔法があれば恐くなかった。
俺たちはここにきてパーティー一丸となって進み、危なげなく七階層を突破した。
首尾よく下への螺旋階段を見つけ、ついに目的の八階層へと到着した。
「ここからは地図は役に立たない」
「この広い街のどこかに、ラムゼイさんがいるはずなんですね?」
「パパッと見つけちまおうぜ!」
「ところがあいつは、尋常じゃなく気配と足音を忍ばせるのが上手いと来たもンだ」
「ふうむ。何せあっしら〈遺跡漁り〉界隈じゃあ、伝説のお人ですからねえ」
「よし。万が一にも見逃さないよう、僕たちも気合を入れよう」
「わかったぜ、兄貴! モンスターの警戒も怠らずにな!」
改めて意識共有をしつつ、いよいよ八階層の町中を練り歩く。
七階層と同じく、ガーディアンどもが徘徊しており、俺たちに気づくなり襲いかかってきたが、同じく魔法で蹴散らした。
それも、往々にして鉱物や金属でできた魔法生物に有効な、〈打撃属性〉を有する〈ストーン〉系の魔法ではなく、敢えて爆発音と閃光が派手な〈ファイア〉系を用いた。
ラムゼイが戦いの気配に気づいて、興味を持ってくれないかと考えたからだ。
ガーディアン同士が戦うことはあり得ないので、戦闘音が聞こえる=他の冒険者が近くにいるという証なのだ。
ただし、派手な戦い方をするということは、付近にいるガーディアンどもにも存在を察知され、招き寄せてしまうという副作用もある。
戦闘が激化し、さらに多くのガーディアンが集まってくるという悪循環。
正念場だな。
俺は腹を括り、矢継ぎ早に呪文を唱え、敵を掃討するスピードを上げていった。
クリムもさすが熟練の判断、ここで〈MP〉は惜しまず、三つ子とグラディウスへのバフ強化を常時維持した。
それが功を奏して、激化する戦闘に俺たちは難なく適応できていた。
いや、できたと思った。
「さっすがマグナスさんとクリムの婆さん! 危なげってもんがねえぜ!」
三つ子の中でも一番お調子者のラッドが快哉を叫んだ。
奇妙な足音が聞こえてきたのは、まさにその時であった。
とてつもなく重い足音だ。それでいて軽快なリズムを踏む、チグハグさ。
迫り来るそいつの正体を見て、俺は納得した。
体高五メートル近い、全身が銀でできたゴーレムだ。
ただし、並のシルバーゴーレムではない。
下半身は馬に酷似した形をしている。
一方、本物の馬ならば首が伸びている辺りから、代わりに人間の上半身に酷似した銀の像が生えている。それも三つ。
三体の上半身はそれぞれ顔かたちが違い、真ん中が杖を構えた老人、右が大剣を両手で構えた青年、左が槍と盾を構えた乙女となっている。
まさしく異形異端のガーディアンだ。
その図体にもかかわらず、本物の馬よろしく軽快に走る。
俺たちのいる民家の通りを、その巨体で真っ直ぐに駆けてくる!
「よけろ!」
このままでは巨大な馬蹄で踏み潰され、蹴散らされてしまう。
俺たちは慌てて、通りの端へと散開する。
三身一体――いや、下半身の馬の部分も勘定すれば、四身一体か?――のシルバーゴレームは、ただ駆け抜けていっただけで、俺たちの隊列を崩壊させた。
そして、四辻まで走ると、Uターンしてまだ突進してくる。
老人の姿をした上半身が、杖から電撃を放ち、俺を撃つ。
青年の姿をした上半身が、クリムに向けて大剣を振るう。
乙女の姿をした上半身が、テッドたちをまとめて薙ぎ払う。
〈魔法耐性〉に優れ、〈守護天使の指輪〉を持つ俺は、電撃を浴びても軽傷で済んだ。
しかし、クリムの回避はもうぎりぎりで、たたらを踏んで転ばされた。
三つ子たちはまとめて吹き飛ばされ、どうにか一命をとりとめた。
「グラディウス!」
俺は新たな相棒に、あのシルバーゴーレムの相手を専念させる。
グラディウスは四身一体のガーディアンに立ちはだかり、その分厚い体で、敵の突進をどっしりと受け止めてみせる。
さすがだ!
体高五メートルの巨躯を持つ、このシルバーゴーレムと比べてしまえば、身長三メートルのグラディウスは小兵。にもかかわらず、バゼルフ謹製のミスリルゴーレムは、当たり負けも力負けもしなかった。
頼もしき相棒が食い止めてくれている、この猶予のうちに、俺たちは態勢を立て直さなければならない。
まず何から指示を出すべきか? 俺は頭を高速で回転させた。
が――いち早く、どこからか声が聞こえた。
「こっちじゃ! こっちに来るんじゃ! 早く!」
すぐ近くの民家の、二階の窓から顔を見せた、老人の声だった。
そして、俺たちに向け、懸命に手招きするその彼こそが、俺の探し人。
ラムゼイその人であった。
ついにラムゼイとご対面!
というわけで、読んでくださってありがとうございます!
毎晩更新がんばります!