第四話 女僧侶 クリム
前回のあらすじ:
“憂国義勇団”はチンピラだった!?
バジンら“憂国義勇団”の一党を、町の衛兵に突き出した後のことだ。
俺はクリムと名乗った女の質素な格好を、改めて観察した。
「僧侶だったか。いずれサポート寄りの後衛職だとは思っていたが」
「ハン。野郎のタマを蹴り上げるようなババアだ。聖職者なんて辛気臭い職業にゃ、見えなかったってかい?」
「そうは言っていない」
不機嫌そうに鼻を鳴らす老婆に、俺は首を左右にした。
「教会の僧侶どもは、信徒にはやれ質素倹約に努めろ、その分寄進しろとうるさいが、自分たちは絹だ刺繍だと贅沢な法衣をまとっているからな」
自宅でもないのに法衣をまとっていない僧侶を、俺が見たのはこのクリムが初めてだったから、わからなかったというわけだ。
「アタシゃ、かれこれ二十年は教会に寄りついちゃいないからね。法衣もとっくに酒代に変わっちまったよ」
「ほう。失礼ながら、破戒僧でいらっしゃるか?」
「そいつア違う。破戒してんのは現在の教会の連中だ。あるいは、偉大なる神や神霊の御心の前には、アタシもあいつらも等しく無価値で、等しく愛されてんのさ」
「過激なことを言う人だ」
「悟ったことを言ってンだよ」
「ははは、なるほど!」
俺たち魔法使い寄りの思考法というか、面白がって聞いてしまう。
「教会のお偉いさんどもはこぞって、毎日祈りを捧げることで、神やタイゴンの御声が聞こえるって言うんだ。アタシも若いころは、懸命に毎日祈りを捧げたもんさ。おかげで癒しの魔法の腕前じゃ、教会のお偉いさんたちにも負けなくなった」
後でクリムが習得している魔法を教えてもらい、そこからこの老婆の〈レベル〉を調べたが、レベル18の〈僧侶〉だということが判明した。
「だけど四十歳になっても、一日もお祈りを欠かしたことがなくても、アタシゃ一度も神やタイゴンの御声なんか聞こえなかった。最初は絶望したよ。アタシはきっと気づかないうちに何か悪さをしでかして、神やタイゴン様に見放されてるンだってね。だから教会を跳び出して、僧侶なんて辞めようと思った」
「潔癖だったんだな」
「どうだろうね? 疲れてサボる口実が欲しかっただけじゃないかねエ? 実際、あれだけ三度三度欠かさなかったお祈りも、教会を出て以降はめっきりさ。アタシはすぐに癒しの魔法は使えなくなって、普通の人になると思っていたよ。ところが未だに、神やタイゴンはアタシから癒しの魔法をとりあげちゃいない。不思議なこともあるもンさね」
「ああ、不思議だな。教会の偉いさんどもが『神の御声が聞こえる』などと、嘘を吹聴してるんじゃなければな」
「言うねえ、ぼうや!」
俺とクリムは、まるで悪巧みでもするような顔を見合わせて、一頻りほくそ笑んだ。
「気に入ったよ、ぼうや! それに危ないトコを助けてもらったお礼もしなくちゃね。メシでも奢ろう。アタシゃ人に借りっ放しは気持ちが悪いンだ」
「そういうことなら遠慮なく」
◇◆◇◆◇
適当に入った大衆料理屋で、俺はクリムに昼食を奢ってもらった。
格好からして、クリムは恐らく普段から、慎ましやかな暮らしをしていると見てとれる。教会は捨てた、祈りはやめたと憎まれ口を叩きつつ、彼女は恐らく本質的な意味で、〈僧侶〉であることをやめていない。
だけど、人に礼をするのにケチはない、気風のよい老婆だった。俺が何も言わずとも、次から次へと料理を注文し、テーブルに所狭しと皿が並んだ。
「さあ、じゃんじゃんお食べ。酒もいくらでもお代わりおし」
「い、いや、酒は少しでいい」
「なんだい若いのに情けないことをお言いでないよ」
クリムはガハハと笑いつつ、手本を見せるように豪快に木製ジョッキをあおった。
俺は老婆のペースに巻き込まれないように気をつけつつ、奢り自体はありがたく受けた。
というか、アラバーナの大衆料理なんだろうが、ひよこ豆をペースト状になるまですり潰して、オリーブ油で伸ばしたものがひたすら美味い。パンにたっぷり塗ってつけるのだが、味が濃厚なくせに、元は豆だからくどくなくて、無限に食べていられる。
ただ、本当にずっと食べてばかりもいられない。
「クリム殿は、ラムゼイ殿と知り合いか?」
「ああ、そうさ。昔、大怪我してたあいつを旅先で見つけて、助けてやって以来のね。アタシゃ風来坊だから、今でもこのカルバの近くを通った時は、ラムゼイを訪ねることにしてンだ」
「そしてお互い、空振りだったというわけか」
「あのジジイもジジイで、年に一、二度ふらっと旅に出るンだよ」
「そうらしいな」
〈攻略本〉の『重要人物一覧』の、ラムゼイの項にもそう記されていた。
そして俺は折悪く、たまたまその「年に一、二度」の時に来てしまったというわけだ。
参ったな……。
神にも通じる〈攻略本〉の記述は正確無比だが、詳細さについてはどうしても限度がある。
それが魔王を斃す上での必須事項ならば微に入り細を穿って記述されているが、重要度がそうでないものほど、文字量においても少なくなっていく。
俺が古代遺跡発掘の案内人としてラムゼイに目をつけたのは、あくまで俺が自身で考えた、魔王討伐の旅の計画表だ。俺独自の攻略方法だ。
ラムゼイを味方にできなければ、絶対に魔王を斃せないということはないし、ゆえに〈攻略本〉においてもラムゼイは、そこまでの重要人物として扱われていない。
『年に一、二度、ふらっと旅に出ることがある』とは記述されていても、どこへ行くのかまではわざわざ記されてはいなかった。
いっそこれが、引っ越しでもしてくれていた方が、俺的には助かった。
神が書いたこの〈攻略本〉は、毎朝日の出とともに情報が更新される。
そう、本に記述された内容が、勝手に最新のものに変わるのだ。
だから引っ越しだったら、今あるラムゼイの項目の『カルバの町に住む』という記述が、明日朝には『〇×■の町に住む』という記述に変わり、行先を突き止められただろうに。
俺はダメ元でクリムに訊ねた。
「ラムゼイ殿の行先に、心当たりはないか?」
「そりゃアいくつかはあるよ。だけど、まさか追っかけるつもりかい? どうせ一月もしないうちに帰ってくるだろうし、待ってた方がよかないかい?」
「その時間さえ無駄にしたくはないんだ」
「アタシゃいくつかって言っただろう? 行き違いになったらどうするんだい?」
「俺には〈タウンゲート〉という魔法がある。一日に一度、カルバに戻って、ラムゼイ殿の帰りを確認するくらい朝飯前だ」
「さすが魔王を斃すと豪語なさる、大魔法使い様だ」
「皮肉るな」
「いや、感心してんのさ。心からね」
そう言って老婆は、もっと食えもっと食えと皿を突き出してくる。要らぬ節介を焼く。
俺は仕方なく手を伸ばしつつも、真面目に話を続けた。
「それにな、理由は知らんが“憂国義勇団”とやらが、どうやらラムゼイ殿を捜しているようだった。それが気になる」
「ふうむ……それは確かに」
「奴らは現在、この国中に蔓延っているんだろう? ラムゼイ殿が行った先で、からまれているかもしれない。そうはさせたくない」
「ふうむ……あのジジイがチンピラどもにどうかされるタマとは、アタシにゃア思えないがね。ぼうやの懸念は理解した」
クリムは給仕娘を呼びとめ、お代わりしようとしていた酒を、キャンセルした。
「わかった。正解かどうかはバクチだが、アタシが一番に思い当たる場所へ、ラムゼイを捜しに行こう」
「クリム殿も一緒に行くと?」
「そりゃ行くさ。アタシだってラムゼイには会いたかったンだ」
「むう……それはそうか」
「大丈夫だって! ぼうやの足は引っ張らないって約束するよ。年の功を信じるんだね」
「わかった。そこまで言うなら、ともに行こう」
「じゃあ、早く平らげないとね! これ全部食い終わるまで出発はナシだからね」
「これ全部だと!?」
「残したらバチが当たっちまうよ!」
「ぬぬぬ……」
こうして俺は奇妙な同行者を得て、ラムゼイを捜すこととなったのだった。
いざラムゼイ探しの旅へ!
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