第三話 炎と炎の戦い
前回のあらすじ:
アリアと束の間の休息
石畳の敷かれた、カルバの町の目抜き通り。
どこまで歩いてもいっても、まるで俺をつけ回すように、陽炎が揺らいで見える。
うだるような暑さが、よけいに暑く感じられる。
しかし砂漠の国アラバーナでは、これが日常的な光景らしい。
逆に陽炎が出ない日は、砂塵混じりの強風がゴウゴウと吹いているとか。どちらにせよ、鬱陶しいことこの上ない。
〈フリーズ〉の呪文を改造し、涼気を自分の周りに留まらせて、且つ長時間低〈MP〉で維持できないか――などと益体もない話を、俺はつい本気で検討してしまう。
アラバーナの首都アラバンから、砂漠に敷かれた交易路を使って南へ。
途中何度も日陰でも休憩を挟みながら、〈浮遊する絨毯〉のナルサイ号で移動すること二時間。
こんな目に遭ってまで、俺がカルバの町を訪れたのは、人に会うためだった。
その老人は、名をラムゼイという。
〈攻略本〉情報によれば、かつては名うての冒険者だったらしい。
特に目立った実績として、最難関の一つと言われていた古代遺跡で、彼の名がつけられた「ラムゼイの遺跡」の最深部まで到達したことが、つとに有名だ。
寄る年波には勝てず、冒険者を引退して久しいが、その経験と技術にはきっと並々ならぬものがあるだろう。
俺が欲しいのは、まさにその経験と技術なのだ。
知識は〈攻略本〉を読めばいくらでもあるし、実力にもそう不足はない。
だが石橋を叩いて渡る性格の俺は、古代遺跡に挑戦するに当たって、さらに万全を求めずにいられない。
ラムゼイの家は作りこそしっかりしているものの、こぢんまりとしていた。
一人暮らしだからだとかは関係ない。冒険者として唸るほどの名声とともに財貨を獲得した男だ。貴族のような屋敷に住んで、贅沢三昧できるだろうに。
よほど慎ましやかな、あるいはストイックな性格なのだろう。
俺は好感を覚えずにいられない。
ところがである。
俺はラムゼイを訪ねようと、彼の家の庭先に着いた途端、不快な思いをさせられることになった。
「おい、ババア! ラムゼイとかいうジジイを出せよ!」
「じゃないと、お迎えが来るより先に、ぽっくり逝っちまうことになるぜえ!?」
「せっかく今日まで長生きしてきたんだ、もっと人生をしゃぶり尽くしてえだろう?」
「なんとか言えよ、ああん?」
「ヒャハハ、ボコられてえ奴はどこだあ?」
――と、十人くらいのチンピラが、一人の老婆を囲み、追い込んでいたのだ。
チンピラどもは全員、揃いの腕章をつけているのが特徴だ。
首都アラバンでも何度も噂は聞いていた。
そう、このチンピラどもこそが、“憂国義勇団”なのである。
何が「憂国」で何が「義勇」なのかは、俺にもわからんが。
対して老婆の方は、なんとも矍鑠とした様子の人物だった。
服装こそ質素。
しかし、老いに抗うかのように、毅然と背筋を伸ばしている。その矜持に満ちた立ち居振る舞いには、ある種の美しさすら覚える。そう、俺もいつかはこんな風に老いたいと、そんな感慨を抱かせてくれるほどに!
老婆は力強い声と口調で、チンピラに答えた。
「ハンッ。アタシだってラムゼイに会いに来たんだよ。なのに家ン中はもぬけの殻と来たもんさね。いったいどこへ行っちまったのか、アタシの方が聞かせてもらいたいね」
「嘘をつけ、ババア!」
「匿ってんなら容赦しねえぞ!?」
「ヒャハハ、ボコられてえ奴はどこだあ?」
俺には老婆が嘘を言っているように見えなかったが、チンピラどもは頭から信用せず、ますますメンチを切って脅迫した。老婆を小突き回そうとした。
この時、もし俺がその気になれば、割って入るのは簡単だった。俺の〈素早さ〉についてこられる〈ステータス〉の持ち主など早々にはいない。
だが、俺は敢えて傍観した。
「汚い手でアタシに触るんじゃアないよ!」
老婆は小突かれるより先に、強烈なキックでチンピラの股間を蹴り上げたのだ。
一発悶絶、見事な腕前(いや足前か?)だった。
またその鮮やかさは、チンピラどもにも実力差をわからせるに充分だったようで、
「げえ……」
「な、なんだよ、このババア……」
「バケモンか?」
「ヒャハハ……ボコられてえ奴は……どこだあ……?」
と、残り九人がにわかに威勢を失っていく。
この老婆ほどの実力者を目の前にして、一発もらうまでそれがわからないようでは、まだまだだな。
「まだアタシに用があるかい?」
「い、いえ……」
「なんにも……」
「じゃあ、ここは通らせてもらうよ?」
「どうぞどうぞ」
「へへへ、どうぞ足元にお気をつけを」
チンピラどもが老婆の周りから飛び退いて道を空け、老婆もフンッと鼻を鳴らしながら立ち去ろうとする。
ところが――
「バカか、テメエら。オレ様たち“憂国義勇団”が舐められっ放しでどうすんだ。ああん?」
通りの向こうから、筋骨逞しい大男が、のしのしとやってきた。
三日月刀というよりは、もはや肉切り包丁めいた分厚い武器を、腰に引っ提げている。
「「「バジンさん!」」」
チンピラたちが歓声を上げるように、その大男の名を呼ぶ。
叱られることへの恐怖が半分、しかし助かったという安堵がもう半分という様子。
それだけ彼らの、このバジンという大男に対する信頼が厚いということだろう。
さっきまでの畏縮っぷりはどこへやら、
「ゲバハハハッ、年貢の納め時だぜえババア!」
「覚悟しとけよお? バジンさんの〈熱風剣〉はハンパなく痛ぇぞ~う?」
「大人しくジジイの居場所をゲロすんなら今のうちだぜ!」
「ヒャハハ、ボコられてえ奴はどこだあ?」
急にイキイキとしだして、老婆を再び囲んで囃し立てる。
「フンッ」
と、つまらなそうに鼻を鳴らす老婆。
彼女は雑魚どもの煽りなど相手にしなかった。
ただゆるりとやってくるバジンのことだけを、慎重に睨み据えていた。
老婆も気づいているのだろう。
彼女では、このバジンには敵わないことを。
別に老婆の〈レベル〉が低いとは言っていない。
ただ彼女は後衛職なのだ。それも恐らくサポート向きの。
一方、バジンは前衛よりの中衛職。
仮に両者が同程度の〈レベル〉帯であれば、老婆が敵う理屈はない。
これは〈攻略本〉に詳しい自然法則だが――
〈盗賊〉の中でも、盗みの技より武力を重視し、前衛職をサブ職業にする者たち(主に山賊や野盗にこの種の輩が多い)は、レベル15で〈疾風剣〉というスキルを習得する。
チンピラどもは、バジンが〈熱風剣〉というスキルを使うと、べらべらしゃべっていた。
これは名前からして〈疾風剣〉の強化派生スキルと推測できる。
どれだけ自然法則を理解できているか否か、自覚的にやれるか否かは置いておき、人は一つの〈スキル〉を鍛え続け、レベルアップ時に〈ステータス〉の上昇の大半を放棄することで、その〈スキル〉自体を強化し、新たなスキル群へと派生させることができるのである。
「オレ様はなあ、レベル15の時に習得した〈疾風剣〉が気に入って、レベル16になった今、もっと強ぇ〈熱風剣〉を習得できるように鍛えまくったのよ」
バジンの自慢話が、俺の推測を裏付けした。
……いや、自慢したいのはわかるが、べらべら自分の手の内を明かしていいのか?
俺は呆れつつも、ただ眼差しが厳しくなってしまう。
今の会話一つとっても、このバジンが阿呆だというのは折り紙つき。
にもかかわらず、〈レベル〉や〈ステータス〉はおろか、自然法則にもちゃんと自覚的ではないか。
賢いのか阿呆なのか、このチグハグさ。
つまりはこいつの後ろにいる、“憂国義勇団”の首領の入れ知恵、あるいは指導だろう。
俺は〈攻略本〉情報により、ヘイダル皇子がその首領だと知っている。
王族の彼ならば、〈人物鑑定〉スキルにより、手下たちの〈レベル〉等を調べることは簡単だろう。それを口頭で伝え、自覚させることはできるだろう。
しかし、それと自然法則にも通じていることは、全く別の話。
ヘイダルが油断ならぬ知識の持ち主なのか。
また別の知恵袋がいるのか。
はたまた。
ともあれ、そこは今気にしても仕方がない。
俺は老婆に初めて声をかけた。
「助けがいるかね?」
「ハンッ。助けをいちいち求めないと、最近の若いモンは動いちゃくれないのかい?」
「俺は敬老精神に満ち溢れた男だと、たった今思い出したよ」
「じゃあ、早くおし」
老婆の物言いはなんともひねくれていたが、俺はその会話のやりとりを楽しんだ。
活きのいい老人はきらいじゃない。学院の先生たちを思い出す。
忍び笑いを漏らしながら、俺はバジンの行く手に立ち塞がった。
「おい、モヤシ野郎。まさかとは思うが、このバジン様に刃向かうつもりか?」
「そのまさかのつもりだが?」
「おいおい、こんな枯れたババアを助けるために、死ぬ気か? ババ専の変態か?」
「話を聞いてなかったのか? 俺は敬老精神に満ち溢れているんだ」
「テメエこそ聞いてなかったのか? オレ様はレベル16だぞ?」
「それが?」
「ハハッ。〈レベル〉の話を聞いてもピンと来ねえか! そりゃまあ、普通はそうだわな。これはオレ様が悪かった。じゃあ、無知無教養な貴様に教えてやる。アラバンの宮殿にいる最強戦士ジャマフでも、〈レベル〉は15止まりなんだよ! これでオレ様の怖ろしさがわかっただろ!?」
どれだけ懇切丁寧な説明を受けても、俺の台詞は変わらなかった。
「それが?」
バジンのこめかみに分厚い青筋が浮かび、ブチ切れた。
肉切り包丁を抜き放ち、気勢とともに斬りかかってくる。
「ホアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」
肉切り包丁を、常人の目には留まらぬほどの速さで振りまくる。
その刀身が空気との摩擦熱で発火し、烈火をまとう。
「で、出たーーーーーーーーーー!」
「バジンさんの〈熱風剣〉っっっだーーーーーーーーーーっっっ!」
「ヒャハハ、ボコられてえ奴はどこだあ!?」
俺は嘆息混じりに、素早く呪文を唱えた。
「フラン・イ・レン・エル」
バジンの行く手に、巨大極まる火柱が地面から噴き上がる。
さすがレベル16を自慢するだけあって、バジンは咄嗟に止まったが、鼻先を炙られただけで、そこに盛大に着火してしまう。
「熱ッチャアアアアアアアアアアアアアアア!?」
悶え苦しみながら、生けるランプと化した己の鼻を、叩いて消火するバジン。
「なんだっ、なんなんだあ、今のはあ!?」
「〈ファイアⅣ〉。レベル31で習得できる魔法だ」
俺はべらべらと手の内をしゃべってやった。
無論、自慢する気など毛頭ない。
実力差を思い知らせるためだ。
本気で痛めつけたら、可哀想だからだ。
へなへなと腰を抜かしたバジンをもう無視し、俺は老婆の方へと向かう。
チンピラどもはまだいたが、魂が抜けたようになっている。俺と老婆も空気のように扱う。
「初めまして。俺の名はマグナス。〈魔法使い〉マグナスだ。魔王を討ち、世界を救うためにラムゼイ殿の助力を求めに来た」
「ハンッ。そりゃアまた大きく出たね。しかし、大言壮語にゃちっとも聞こえないのが、また小憎らしい」
「お褒めに与り光栄だな。ついでに、あなたのお名前を聞かせてもらっても?」
俺が訊ねると、老婆は「ハンッ」と鼻を鳴らした。どうやら癖らしい。
「アタシゃクリムだ。女〈僧侶〉クリム」
老婆は妙に名乗り辛そうに、ぶっきらぼうに名乗った。
そして俺は別に何も言ってないのに、
「こんなババアがクリムって柄かよって笑ってんだろ? ハン、アタシだって生まれた時からババアじゃなかったんだ、お生憎様」
と拗ねてみせたのだった。
憂国とは名ばかりのチンピラどもを一蹴!
というわけで、読んでくださってありがとうございます!
毎晩更新がんばります!