第二話 休日の二人
前回のあらすじ:
愚帝にからまれたものの、賢い皇子皇女のおかげで事なきを得て、且つ探索許可証をゲット。
「――それでマグナスさんは、古代遺跡? を探索することになったんですか」
アリアが食後の、コーヒーの香気を堪能しながらそう言った。
今日は俺が「休日」と決めた日で、一旦ラクスタまで〈タウンゲート〉で戻っていたのだ。
内装も客層も落ち着いたレストランで、ランチデートしていたのだ。
ともあれ、俺はアリアの質問に答える。
「ああ。アラバーナには驚くほどたくさんの古代遺跡があって、まだ探索の及んでいない未踏領域もたくさんある。そこには俺の欲しい〈マジックアイテム〉が眠っているというわけさ」
アラバーナは現在、国土の大半が砂漠という国だ。
ところが文献によれば、五百年前までは、大変に緑豊かな土地柄だったという。
何より、当時のアルセリア世界でも図抜けて、魔法の盛んな帝国だったと伝えられる。
しかし驕れるもの久しからず。
時のアラバーナ皇帝の命により、国を挙げての壮大な魔法儀式に挑戦し――失敗。
その魔法儀式がなんのためのものだったかは失伝しているが、とにかく暴発した莫大な魔力が一帯を荒れ狂い、肥沃な大地を一夜にして砂漠に変えてしまったのだとか。
またその時代の町々は、尽く砂の下に埋もれて、現代に至る。
それらを総称して、「古代遺跡」と呼んでいるわけだ。
中を探索すれば、高度な魔法文明の名残が見られるわけだ。
当然、当時そこで使われていた〈マジックアイテム〉も転がっており、その中には現代の魔法技術水準を以ってしても未だ追いついていない物、あるいは製作が困難な物も、散見できるという話である。
俺が狙っているのが、それら〈遺失マジックアイテム〉群だった。
というかそもそも、俺が所有している〈大魔道の杖〉や〈守護天使の指輪〉など、ランクA以上の〈アイテム〉はだいたい、かつて誰かがアラバーナの古代遺跡で発掘し、譲渡されるなり市場に出回るなりを経たものだったりする。
「そして意地悪い言い方をすれば、今のアラバーナ帝国は、砂に埋もれた旧アラバーナ魔法帝国の上に、後からやってきて居座った連中というわけだ」
しかも王朝創設期は国を挙げて古代遺跡を探索、発掘し、手に入れた優れた〈マジックアイテム〉を以って、周辺諸国へ侵略していった。砂漠の外まで領土を膨張させていった。
しかしこれまた、驕れるもの久しからずだ。
比較的探索容易な、古代遺跡の表層部にあった〈マジックアイテム〉を、やがて彼らは発掘し尽くしてしまった。
残るは、よほどの高レベルでなければおいそれと手を出せない、遺跡深層部に眠る〈マジックアイテム〉だけとなってしまった。
事ここに至り、新アラバーナ帝国は行き詰った。
彼らは旧魔法帝国の〈マジックアイテム〉の恩恵がなければ、砂漠という不毛の大地の上に建つ、ただの経済基盤が貧弱な国家でしかないからだ。
奪った土地を奪い返され、ふくらみきった領土はたちまち縮小し、五百年経った現在はもう最初の砂漠しか手元に残っていない、ちっぽけな国へとなり果ててしまったのだ。
現在、八大国でも「帝国」を自称しているのは、このアラバーナとリーンハルターだけだが、掛け値なしに世界一の大国である後者に比べると、アラバーナは八大国の末席――時に「小帝国」などと揶揄される存在でしかなかった。
「はー。マグナスさんはなんでもご存じなんですねえ」
「魔法使いだからな。学者と同じく、知的探究心の権化というだけだ」
感心の嘆息を漏らすアリアに、俺はなんでもないと答えた。
これくらいのことは〈攻略本〉を紐解くまでもないし、ちょっと歴史に興味があれば、誰でも知っていることだろう。
「凋落の一途のアラバーナ、しかも今上があの白粉野郎ではな、先も長くなかろう――と思ったんだがな。皇子と皇女は実際、見どころがありそうだった」
「ですよね! マグナスさんを助けてくれたんですものね!」
「ああ」
うなずく俺。
おかげで牢を魔法で破って脱獄するような、無法をせずに済んだ。
しかも、〈古代遺跡探索一級許可証〉もくれたから、合法的に〈マジックアイテム〉を発掘できる。
「それなんですけど、許可証がなければ、探索しちゃダメなんです?」
「ああ。〈マジックアイテム〉を持ち帰るどころか、立ち入りさえ許されない。全ての古代遺跡はその入り口周辺を、アラバーナの兵士たちによって二十四時間監視されてるんだ」
アラバーナがそうまでして古代遺跡を管理しているのは、もはやあの国にはそれしか資源がないからだ。
冒険者と呼ばれる、古代遺跡の探索を生業とする、アラバーナ独特の職業(意地悪な言い方をすれば、盗掘屋)相手に、毎年〈許可証〉を売りつけることで、高い税収を得ているのである。
〈許可証〉は等級が上がるほど、立ち入ってよい古代遺跡の範囲が増える代わりに、納める税もケタが違っていく。
〈特級〉、あるいは俺が持つ〈一級〉となると、通常では発行されない。これらはもはや他国に対する、外交カードとして使われているほどだった。
「牢屋の話じゃないですけど、マグナスさんなら魔法でドッカーンと突破できません?」
「ははっ、御伽噺ならそれでも痛快でいいな」
アリアのジョークに俺は膝を叩いて笑う。
だが現実には、そんな無法が罷り通るわけがない。
魔法で無理やり突破したが最後、俺は罪人としてブラックリストに載り、アラバーナ中で追われることになってしまう。
では、上手く正体を隠して突破したらどうか? ナンセンスだ。それを繰り返していくうちに、アラバーナ軍は「正体不明の遺跡荒らし出没! 厳戒態勢をとるべし!」という事態となって、全ての遺跡の警備が重くなっていくだろう。
俺が探索したい古代遺跡は、一か所や二か所じゃないのだ。
最終的に、どれだけ多数の警備兵たちを、蹴散らさなければならないかという、ひどい話になってしまう。彼らはただ真面目に働き、国からもらう給金で家族を養っているだけの、無辜の人々なのに。
では、〈スリープ〉を使えばいいだろう? いや、それもない。俺の手で直接傷つけないというだけで、遺跡荒らしに侵入を許してしまった兵士たちは、上官から大目玉を食らってしまうだろう。減給等の罰を受けてしまうだろう。
俺は確かに魔王を斃すために、世界を救うために旅している。
その大義のためならば、何をしても許されるのだろうか?
否だ。断じて否。
崇高な目的のためならば、手段を選ぶ必要はなく、多数の人々を苦しめてもよい――そのエゴイスティックな正義と、魔王のやっている人類侵略に、どれほどの違いがあるというのかね?
魔王を斃すために、新たな魔王が生まれる。
こんな皮肉があるか?
……とはいえ、俺も杓子定規な男ではないのでな。
無辜の者に全く迷惑がかからないなら、違法スレスレの行為に手を染めることもある。
孤独死した老人の杖を無断で借りたり、悪党どもから財を奪ったりがそれだな。
「まあ、楽ではない旅だ。せめて胸を張って行きたいではないか」
「〈許可証〉をくれた、話のわかる両殿下に感謝ですねー。ところで――」
いきなり、アリアの目がすっと据わった。
「――そのファラ皇女殿下は、さぞや美しいお方なんでしょうね?」
「否定はせんよ」
彼女と出会ったのは、月明かりが差し込むだけの、石牢の中のことだったが。
まるで砂漠の太陽がそこに現れたかのような、覇気に溢れた派手目の美人だった。
またアラバーナは熱暑の国。女性は屋内では、肌も露わな格好をする。他国人からすれば下着姿と見紛うような、あられもない格好だ。
姫殿下といえど例外はなく、せいぜい上から透けるような薄絹を羽織るくらい。油を塗ったように艶のある、褐色の肌を堂々とさらしていた。
その魅力を否定するのは、嘘になるだろう?
「へー。ほー。ふーん」
アリアが目を据わらせたまま、唇を尖らせた。
俺が美人と懇意になったと知って、妬いてる――というフリだ。これは。
ちょっと前までの俺だったら、真に受けて狼狽していただろう。
でも、最近になってやっとわかった。
アリアはしょうもないことで嫉妬なんかしない。俺の一途さを信じてくれてる。
だから、これは単なるフリ。
「俺が好きなのはアリアだけだ」
俺にそう言って欲しいだけなのだ。
俺が普段、浮いた台詞を平気で言える性分じゃないからな。
アリアには手間をかけさせてしまうな。
「本当ですか、マグナスさん?」
「ああ。疑うのか?」
「本当だったもう一回言ってください。ボソボソーじゃなくてもうちょっと聞こえる声でっ」
「えっ、もう一回っ?」
俺は素早く店内を見回した。
少し声のボリュームを上げても、周りに聞かれやしないか、念入りにチェックした。
というかぶっちゃけ、キョドキョドしていた。
よし。
言うぞ。
「俺が好きにゃのはアリアだけだ」
ああっ噛んだ!?
俺も全く修行が足らん!
俺は思わず頭を抱えかけたが、できなかった。
カップを置いたアリアが、小さなテーブルの向こうから、俺の両手をそっととったからだ。
そして囁くような声で、でも俺よりはっきりと言った。
「私もマグナスさんだけです」
◇◆◇◆◇
ランチの後は、とくに当てもなく通りを歩いた。
ずっと二人で手をつないだまま、談笑した。
ただ、話題はもっぱら俺の旅についてばかりだ。
もっとムードのある会話はできないものかと思うが、俺はそれほど達者じゃないし、何よりアリアがその話を聞きたがる。
「皇女殿下についてはわかりましたけど、ヘイダル皇子はどんな方なんですか?」
「気弱そうで、皇太子とは思えないくらい遜った態度の奴だった」
「へえ! 妹さんと正反対ですね」
「上辺だけな」
「えっ?」
驚いたアリアに、俺はなんでもないように告げた。
「賊徒――“憂国義勇団”を裏で操ってるのが、そのヘイダルだよ」
憂国義勇団とはいったい……。
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