第一話 投獄からの逆転快進撃スタート
マグナスの新たな旅が始まりました!
二章もぜひよろしくお願いいたします!
俺――〈魔法使い〉マグナスは、うんざりしていた。
「もう一度だけ申し上げるぞ、皇帝陛下? 俺は魔王を討つための旅をしている。恥を忍んで、敢えて偉そうなことを言わせてもらうが、それは貴国のためにもなるはずだ。ここにラクスタ国王から貴国への、協力要請の親書も携えてきた。本物だ。いくらでも検めてくれ。魔王を討つため、俺はこのアラバーナにある、全ての『古代遺跡』を探索する許可をいただきにきた。それさえもらえれば後は勝手にやる。一切、貴国の手は煩わせん」
俺は冷静に、理知的に、言葉を尽くして説き伏せようとする。
相手はこの国――“砂漠の雄”アラバーナ帝国の皇帝だった。
〈攻略本〉の人物情報によれば、歳は四十四。一国の主としてはまだ若い。
しかし、実物を目の当たりにすると、五十にも六十にも老けて見えた。奢侈と荒淫がもたらす弊害だろう。
その隠せない老いにコンプレックスでもあるのか、これでもかと白粉を厚塗りし、どぎついくらいに真っ赤な口紅を差した男だ。
謁見の間に設えた、高い高い壇上から、俺を見下ろしている。
あんまりに高すぎて、かえって「お山のボス猿」めいた滑稽さが醸し出されているのだが、気づかぬのは本人ばかりか……。
その皇帝が耳障りな、裏返ったように甲高い声で言った。
「ダメじゃ、ダメじゃ。朕はそのようなこと、認めぬ!」
北にあるリーンハルター帝国も含め、皇帝が一人称に「朕」を用いるのは、百年前にはもう死語になっていたと、ものの本で読んだことがあるのだが……。
つまりはこの男は、懐古主義者というわけか。
アラバーナはもはや、「帝国」を称するのもおこがましいほど衰退したというのにな。その事実を認められず、何百年も前の全盛期を偲ぶということか。
見苦しいまでに愚か。
だが、そんな事情は俺には関係ないこと。
「ラクスタ国王の要請があっても、認めぬと仰せか?」
「ヲホホホホ! ラクスタなど歴史も浅く、八大国に含まれておるのが信じられないほどの、小国にすぎぬではないか! 一顧だに値せぬぞえ、ヲッッッホホホホホホ!」
けたたましい声で、せせら笑う皇帝。
でも今じゃおまえの国よりラクスタの方が大きいけどな?
「朕はアラバーナ皇帝なるぞ。畏れよ。崇めよ。朕は神以外の何者にも屈さず、何者の命令も受けつけぬ! すなわち、命令するのは常に朕の方である!」
「…………」
「マグナスと申したな? 貴様、朕に仕えよ。そして朕のために戦い、朕のために死ぬのじゃ。善いの?」
いきなりフザけたことをぬかす皇帝。
善いわけあるか。
「聞くがよい、マグナス」
しかし皇帝は早や俺の主君気取りで、横柄に命じてきた。
「我が神聖不可侵の帝国は今、賊害に喘いでおる」
神聖不可侵なら喘ぐなよ……。
「“憂国義勇団”などと僭称する、憎き賊徒どもじゃ……! 奴らは畏れを知らぬことに朕を愚帝だなどと誹謗中傷し、自らを正当化し、あげく朕の重臣たちや目をかけてやっておる商人どもを襲っては、横暴の限りを尽くしておるのじゃ! もう五年ものさばっておるのじゃ!」
愚帝じゃないなら五年ものさばらせるなよ……。
もうツッコミが追いつかんのだが。
「ゆえにマグナス! 神より授かった朕の帝権において命ず! 賊徒どもを皆殺しにせよ!」
皇帝は尊大極まる態度で、頭ごなしに命令してきた。
俺が従うと、信じて疑わない様子だ。
「王権神授説」という政治思想がある。
要するに各国の王家という連中は、「俺たちは神に権力を与えられた一族だ。だから俺たちに逆らうことは、神に逆らうことと一緒だ」と自称(あくまで自称)し、人々の上に君臨し、好き放題することを自己正当化するわけだ。
それこそ、“憂国義勇団”とやらよりも遥かに、盗人猛々しいことを言っているわけだ。
しかし、この皇帝はどうも自己正当化のために称しているわけではなく、本気で、心底から自分が神に認められた超越的存在だと、信じているらしい。
頭がおめでたいにもほどがあるな……。
そんなおめでたいバカに、俺は返答をくれてやった。
「断る」
たちまち皇帝は「そんなバカな!?」「なぜ朕の命令に逆らう!?」とばかりに、目を白黒させた。
周りにイエスマンしかいないんだろうなあ。あるいは諫言してくれる貴重な臣下たちは全員、遠ざけてきたんだろうなあ。
俺がうんざりしていると、案の定、皇帝は裏返った声で命令した。
「ええい、出会え、出会え! この不敬なエセ魔法使いをひっ捕らえよ!!」
たちまち脇に控えていた衛兵たちが、わらわらと俺に群がってきた。
やはり、こうなってしまうか……。
俺としてもすんなり話が運ぶのなら、それが一番よかったんだがな。
まあ、こうなっては仕方がないな……。
俺は額に手を当てながら、衛兵らに向かって言う。
彼らを魔法で撃退するのは無論、あくびをするよりも簡単なことだったが、敢えて――
「触るな。大人しくしてやるから、牢でもなんでも案内しろ」
彼らに従い、その後をついていった。
そして、俺は投獄された。
◇◆◇◆◇
石牢に幽閉された俺は、格子付の窓から月を見上げていた。
魔法の神霊ルナシティが住むと伝えられ、彼女の領土であり王国である月は、俺たち魔法使いにとっては最も親しみのある天体といえよう。
アルセリア世界のどこにいても、夜になれば月は見える。無論、国の数だけ月があるのではなく、月は月であり、一個限りのものだ。
にもかかわらず、アラバーナから見上げる月は、世界一美しいというのが定説だった。
実際、俺も美しいと思った。
まだ旅途中の俺は、世界一かどうかは断言できないが、故国のハリコンや先日までいたラクスタで見た月よりも、なぜか、不思議と美しく見える。
他にすることもなく、乙な月見を楽しむことどれほどか――
月の高さからして、恐らく深夜を回った頃合いだ。
石造りの廊下を反響する、足音が二つ聞こえてきた。
「起きていらっしゃるか、マグナス殿?」
「夜分に失礼いたします」
忍ばせた声に控えめな口調で、話しかけられた。
牢の前に、美男美女が立っている。歳はどちらも二十を少しすぎたくらい。
面影が似ているのは、腹を同じくした兄妹だからだ。
ただし、兄の方は如何にも気弱そうで、妹の方がよほどしっかりとした佇まいというか、勝気そうな感じである。
俺は二人の方を向いて、
「やあ、来ると思っていたよ。ヘイダル皇太子殿下。ファラ第二皇女殿下」
両腕を軽く広げ、歓迎の意を示した。
「ほう。私たちのことをご存じか?」
「聡明な両殿下のご高名は、遠くラクスタまで届いておりますよ」
面白げにするファラ姫に、俺はおどけて答えた。
本当は〈攻略本〉の人物情報で知っているだけだ。まあ、これはおべんちゃらというよりは、貴人を相手に友好的な会話を始めるための、最低限の挨拶マナーみたいなもの。
「それで、両殿下が俺になんの御用で?」
「このたびは私たちの父が、大変に無礼を働いた」
「どうかお許しいただきたいのです、マグナス殿」
遺憾のていで、二人がしっかりと頭を下げる。
帝族たるものそう簡単に下げてはならない、権威まで揺らいでしまうと、幼少期から叩き込まれているだろうにな。
ちなみに妹姫の方が気さくなタメ口で、皇太子の方がやや遜りすぎな敬語使いというのが、ちょっと面白い。
「俺のような一介の魔法使いを相手に、いささか恐縮だな」
「ラクスタ王の親書は拝見いたしました。魔王は我ら人類の共通の敵でございます。そして“魔王を討つ者”たるマグナス殿には、敬意を払っても払いすぎるということはございません」
「何より第一、このような不当な投獄が、許されるはずがない!」
ヘイダル皇子は頭を下げたまま上げようとはせず、ファラ姫は瞳の奥を義憤で燃やした。
そして、兵も連れずにお忍びで現れた二人は、手ずから牢の鍵を開けてくれた。
自由の身となった俺は、改めて二人と相対し、対等の握手を交わす。
そして、ファラ姫が切り出した。
「父の無礼の、お詫びと言ってはなんだが……マグナス殿、どうかこれを納めてくれ」
「お求めでした、〈古代遺跡探索許可証〉にございます。ただ、これは〈一級〉ですので、全ての遺跡に入れるわけではございません」
「すまんな。〈特級許可証〉は、皇帝たる父にしか発行できない決まりなのだ」
「なに、構わんさ。差し当たって〈一級許可証〉があれば、この国の古代遺跡の99%は探索できる。そうだな?」
「おお、その通りだ。さすがよく御存じだ」
「これでご容赦いただけるとうれしいのですが……」
「いやいや、両殿下には何も罪はない。だからむしろ、感謝しているくらいさ。そう、何かお困りの折には、一つ力を貸して差し上げてもよいくらいにね」
俺がそう言うと、たちまちヘイダル皇子がパッと表情を輝かせた。
「でしたら、ぜひ“憂国義勇団”を討――」
「兄上。失礼だぞ」
願いを口にしかけた兄皇子を、ファラ姫が皆まで言わせずビシッと窘めた。
「マグナス殿は世界を救うための、重大な旅をしておられるのだ。我がアラバーナ一国の内情で、お手を煩わすなどあってはならないことだ」
「うっ……。それはそうだね。申し訳ありませぬ、マグナス殿。余の考えがまるで至りませんでした」
しゅんとうなだれるヘイダル皇子。
ほんとこれでは、どっちが年上かわからんな。
「みっともないところをお見せした、マグナス殿。存分に我が国の古代遺跡を探索されたし。何か不便の折には、私たち兄妹にいつでも頼られよ」
「皇帝のように……とは参りませんが、余らにでもできることでしたら、全力でお力添えさせていただきます」
「いや、かたじけない。万軍を得たような頼もしさだ」
俺はそう言うと改めて、二人と堅い握手を交わしたのだった。
しかしおかげで、首尾よく〈古代遺跡探索許可証〉を入手できた。
これでもう、この宮殿にはしばらく用がない。
そう、しばらくな。
次に俺がここに来る時は、〈特級探索許可証〉をもらいにくる時になるだろう!
読んでくださってありがとうございます!
ここからまたずっとマグナスのターンです!!
毎晩更新がんばります!!!