第二十八話 そして、旅立ちへ
前回のあらすじ
勇者は国外に追放され、ミシャは故郷に帰った。
マグナスは“魔王を討つ者”としてラクスタ国王に認められ――
ラクスタでやるべきことを全て終えた俺は、いよいよ次の“八魔将”討伐のため、旅立ちの準備をしていた。
特に、世話になった者たちには一人ずつ挨拶しに行き、じっくりと語らった。
「ご出立ですか。それは寂しくなりますなあ、マグナス殿」
そう言ってくれたのは、ラクスタが誇る〈学者〉のナルサイだ。
「そういうことでしたらマグナス殿、ぜひ私からも餞別を贈らせていただきたい」
「お言葉だけでもありがたいが?」
「まあまあ、そう水臭いことを仰るな」
ナルサイがそう言って家人に持ってこさせたのは、一枚の絨毯だ。
「これは……」と俺も目を瞠る。
そう、俺が「死の山」へ赴く時に借り受けた、〈浮遊する絨毯〉だ。
「これをマグナス殿に進呈しましょう。少ぉしかさばりますが、そこはご勘弁を。ハハハ!」
「いや……ありがたいが、これは御家の家宝であろう?」
「構いませぬとも。魔王を斃す険しき道へと挑む、マグナス殿の義侠心に比べれば、こんな程度は義捐のうちに入りません」
「ふうむ……」
俺は顎に手を当て、少し考えた。
ナルサイは謙遜するが、彼の義侠心もまた素晴らしいものだし、その気持ちは受けとった。
ただ、なんらかのお返しができればと思ったのだが――
「ご安心あれ、こう見えて私は俗物です。進呈するに当たって、一つだけ私のワガママを聞いてくださればと思っております」
「ほう。伺おう」
「この絨毯のことは、ナルサイ号と呼んでいただければ、それでけっこうですとも」
ナルサイは茶目っけたっぷりにウインクすると、
「いつかあなたが魔王を討ち、現代の神話となった時に、あなたの乗り物として私の名が歴史に刻まれるわけです。これはまさに虚栄の極みですが、私にとっては何よりのご褒美です」
「まったく……いい趣味をしているな、ナルサイ殿」
俺は苦笑を禁じ得ない。
が、その要望、承った!
俺はありがたく頂戴することにしたのだ。そう、「ナルサイ号」を。
◇◆◇◆◇
〈秘術鍛冶師〉バゼルフの工房を訪れた俺が、まずしたのは謝罪であった。
「すまない。あんたが拵えてくれたグラディウスを――」
「ああ。ええわい、ええわい、皆まで言うな」
バゼルフはむすっと顔で、俺の台詞を遮った。
「『どうしてグラディウスを壊してしもうた?』『なぜもっと大切に使ってくれなかった?』――なーんて、ワシも言わん。当然じゃろう」
こんな表情をしていても、別にバゼルフは怒っているわけではなかった。
むしろ逆。
この偏屈なドワーフは、喜ぶ顔を俺に見せたくなくて、よけいにでもむすっとしてみせているのだ。
バゼルフは言った。
「グラディウスはな、おまえさんを護るために鍛造したゴーレムよ。ならばあれの本分とは、おまえさんの盾となって砕けることよ。〈触媒〉となった〈歴戦の大盾〉が、そうであったようにな。それこそが道具冥利というものじゃ。違うか?」
片眉を跳ね上げて訊ねてくるバゼルフに、俺はゆっくりとかぶりを振ってみせた。
「もし、グラディウスが無念を覚えるとしたら、あるいはワシが怒るとしたら、アレを残したままおまえさんが先に死んでしまう、そちらの方よ。だから、気にせんでええ。むしろ、潰れるまで使うてくれて、感謝じゃ」
バゼルフが呵々と大笑した。
滅多に人前で笑わないはずの彼が、なぜか俺の前ではよく笑う。
「のう、マグナス殿。おまえさんは真に偉大な魔法使いだ。そのおまえさんの役に、グラディウスはちゃんと立ったかね?」
「もしグラディウスがいなければ、俺がデルベンブロを討つのに、最低あと一年は遠回りしなくてはならなかった」
「うんっ、うんっ」
バゼルフは相好を崩したまま、何度もうなずく。
「じゃったら、こいつもおまえさんの役に立ててくれ。おまえさんの盾となって、砕け散るその日までな」
そう言ってバゼルフは、脇に佇んでいたゴーレムを叩く。
俺が晩餐会に出席する前に依頼し、それから二週間をかけ、今日完成したばかりの新造だ。
今度はほぼ人型だが、全体に丸っこい形状をしている。
ただし身長は三メートル近く、全体に分厚いため、迫力がある。
特徴的なのは一対の腕だ。胴体や脚に比してアンバランスに大きく、拳など完全に凶器、鈍器を髣髴させる。
デルベンブロ本体からドロップした合成アイテム、〈双拳の魂〉を使って鍛造した、バトルゴーレムだ。
〈触媒〉には、魔城の隠し通路でミスリルゴーレム討伐時にドロップした、大量の〈高純度ミスリル鉱〉を惜しげもなく使っている。
銘――グラディウスMk-Ⅱ。
俺はバゼルフに礼を告げると、新たな相棒を――グラディウスMk-Ⅱを引きつれて、意気揚々と工房を発った。
◇◆◇◆◇
王都の南区にある繁華街。
その中央噴水に、俺は一人でやってきた。
ようやく夜が明けるか否かの、まだ薄暗い時分である。
俺は噴水の縁に腰かけると、何をするでもなく、ボーッとしてすごした。
そのまま、何時間でも待っているつもりだったが――
いくらもしないうちに、足音が聞こえてきた。
「なんでこんな時間から来てるんですか、マグナスさん」
呆れたような声をかけてきたのは、アリアだった。
俺たちはここでデートの待ち合わせをしていたのだ。
お昼に会おう、と約束して。
にもかかわらず、この時間にはもう来て待っていた俺は、アリアに答えた。
「俺たちが初めてデートした日の時を、思い出したんだ。アリアは朝から待ってたって言ってくれただろう?」
「だからってこんな……早朝とも呼べないような時間からじゃなかったですってばっ」
「でも今日、君も来てるじゃないか。早朝とも呼べないこんな時間から」
「うふふ、実はですね、マグナスさんが待ってるんじゃないかなーって気がして」
「……女の勘は凄まじいな」
「違います。これは女の勘じゃありません」
「ではなんだ?」
「こういうのを、以心伝心って言うんです」
アリアはいたずらっぽく微笑みながら、しれっと惚気てみせた。
でも、彼女のこういうストレートな気質が、俺みたいな考えすぎる男には、得も言われぬほど心地よいのだ。打てば響くというやつだ。無論、打たれて響いているのは俺の方だが。
「どうです、マグナスさん? 待ってて退屈じゃなかったです?」
「正直、少し。ただ、こういう時間も悪くないと思った。魔王を討つためとはいえ、俺は生き急ぎすぎてると気づかされた。たまにはボケッとするのも必要だな」
「うふふふ、わかります。私も初デートの時、そうでした」
アリアが俺の隣にちょこんと腰を下ろす。
噴水の縁に、並んで腰かけて談笑する。
どうせこんな時間じゃ、どこの店も開いてはいない。
「私も日々のお仕事は、目が回るほど忙しいんです。マルムの娘ですからね、人一倍役に立たなきゃ、七光りって後ろ指差されちゃいます。だからあの時、マグナスさんとすごせる時間を一秒でも延ばしたい一心で、朝からここで待ってたんですけど……。最近じゃあり得なかったほどボケーッとした時間をすごして、なんて贅沢なんだろうって感動したんです。ただボンヤリしてるだけの時間がですよ?」
「わかる。俺もさっき思った」
「うふ。じゃあ、ここで問題です。私の家って、毎日豪勢な暮らしをしてると思います?」
ラクスタ屈指の資産家の娘が、またいたずらっぽい表情で問題を出した。
「思わない」
俺は即答した。
アリアはスタイルがよく、出るべきところはこれでもかと出ているが、全体に痩身だ。
毎日豪勢な食事をしていたら、こんなスタイルを維持できるわけがない。
「父はぶっちゃけ強欲ですけど、バカじゃないんです。けっこう、いいこと言うんです」
「ほう。例えば?」
「贅沢は、たまにだからこそいいんだ。毎日しちゃったら、それがただの日常になるじゃないか。ありがたみなんか、すぐなくなるじゃないか。ならば明日はもっと贅沢を、明後日はさらにもっと贅沢を――際限なく刺激を求めていって、きりがなくなるじゃないか」
「至言だな」
「でしょう? でも決してケチじゃないんですよ? それにあれでいいところもあるんです。私の誕生日なんか『お姫様ですか!?』ってくらい贅沢させてくれるんです」
「少し、見直した」
少しな。アリアも最初に「ぶっちゃけ強欲」って断ってるからな。
そして俺は、アリアの言葉に考えさせられる。
要はメリハリの大切さの話だ。
なぜ彼女が、今こんな話題を持ち出したか、その真意に思い至る。
俺は噴水の縁から立ち上がると、アリアの正面に回って腰を屈め、彼女の目線に合わせる。
そして約束する。
「魔王を討伐するために、ラクスタでやり残したことはもうなくなった。俺は明日、アラバーナへと出立する。だけどアリアも知ってるだろう? 俺には〈タウンゲート〉があるんだ。定期的に戻ってくる。君に会いに行く」
アリアはその言葉を待っていたとばかりに食いついてきて、
「月一くらいを、期待してもいいですか?」
「それは無理だ」
「うっ……。しょうがないですよね。マグナスさんは魔王を討つために、やることが山積みですもんね。私もあなたの重荷にはなりたくないですし……」
「勘違いするな。落ち込むな」
「えっ?」
俺はしゅんとなったアリアの手を、両手で包むようににぎって言った。
「月一しか会えないなんて、俺が我慢できない。十日に一度、可能なら週一で会いに戻る」
聞いたアリアが、蕾がほころぶような、可憐な微笑を満面に湛えた。
「も~~~~~っ。マグナスさん、好きっっっ」
「どういたしまして。こちらこそ」
「今日は思いっきり遊びましょうねっ」
「ああ、『たまの贅沢』なんだ。日々のことは忘れていいし、忘れよう。とはいえ――」
「とはいえ?」
「こんな時間に開いてる店もないのがな……」
「こんな時間だからこそ、できることもありますよ?」
そう言ってアリアはまた、いたずらっぽく笑う。
それから――
早朝とも呼べないこんな時間の。
人通りなんか全くない、繁華街の噴水前で。
彼女はたっぷりと、俺の唇に唇を重ねた。
これにて一章完結です!!
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました!!!
また私がここまで書ききることができたのも、読者の皆様の応援の賜物です!!!
重ねてお礼申し上げます!!!!
明日からは二章をスタートする予定です。
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