第二十七話 認められる者 追われる者
前回のあらすじ:
愚か者どもを全撃破完了!
「大魔法使いマグナス様、御謁見のため御入室~~~~~~~~~ッ」
儀仗兵が鍛えられた喉を張り上げる。
謁見の間の、両開きの重く巨大な扉を、また別の儀仗兵たちが、俺を通すために押し開ける。
俺は悠然と広間に入り、玉座に着くラクスタ国王と対面した。
「おお、マグナス殿! 救国の英雄よ!」
昨日、晩餐会に乱入したテンゼン=デルベンブロを討ちとり、魔物に魂を売った奴のクーデター計画を、結果として未然に防いだ俺のことを、老国王はそう呼んだ。
そして、異例の行動に出た。
なんと国王自ら玉座を立ち、俺の前までわざわざやってきて、握手を求めたのだ。
国王が――ひいてはラクスタという大国が、俺に対して今後どれだけの敬意を払うつもりがあるかを、たとえ王家の権威が薄れかねないリスクをおしてまで、態度として表明したというわけだ。
謁見の間で王が自ら歩み寄るなど、常ならば、天地がひっくり返ってもあり得ないことだ。
その場にいた重臣一同、目を瞠って騒然となった。
「痛み入ります、陛下」
俺は所持を許された〈大魔道の杖〉を王の近侍に預け、握手に応じた。
臣下になるつもりはないから、頭も下げないし、膝も折らない。対等の格好で握手をする。ただし、大事な杖を預けてみせるパフォーマンスで、俺もまたラクスタへの信頼を表明し、敬意に敬意で返したわけだ。
重臣たちが「なんとも堂々とした、見事な振る舞いよ!」とばかりに、感心のため息をつく。
実は事前に、アリアに練習台になってもらって、さんざん予行演習してきたがな!
もちろん宮廷典礼や不粋にならない立ち居振る舞いは知識としてこの頭に入っているが、実行できるかは例によって別の話である。
ありがとう、アリア!
国王が玉座に戻り、王の近侍が過剰なまでに恭しい所作で〈大魔道の杖〉を返してくれる。
それから国王が本題に入り、俺を含めた一同に向かって言った。
「我が国を救ってくれた英雄たるマグナス殿に対して、余は如何なる謝礼でも用意するつもりがある。マグナス殿が望むならば公爵――いや、大公の地位とて用意しよう。しかしマグナス殿は、それは望まぬと仰られた。あくまで貴殿は、魔王モルルファイを討つ旅の、途上にある者にすぎぬのだと、志を語られた。ゆえに余はここに、マグナス殿の大志に応えられる謝礼を用意した」
国王はそこで一度言葉を切り、喉を整え、朗々と宣言した。
「マグナス殿――貴殿をラクスタ王国公認の、“魔王を討つ者”とし、称号を贈る! 今後我が国は、マグナス殿が魔王を討つために必要な、如何なる要請にも応える所存である!」
神霊タイゴンはユージンを〈勇者〉に選び、魔王を討つ運命を背負わせた。
一方でラクスタ国王は、人の意志で、俺にその〈勇者〉に匹敵する権威と権限を認めてくれたというわけだ。
「「「おおおおおおー!」」」
「「「偉大なる魔法使い! “魔王を討つ者”マグナス!」」」
「「「貴殿の道行きに幸いあれ!」」」
一同が沸き上がり、俺の名を歓呼し、武運を願ってくれる。
「ぜひ魔王を討ってくだされ!」
「この国だけとは言わず、この世界全てに平和をもたらしたまえ!」
「我らをお救いくだされ!」
そんな懇願があちこちから聞こえてくる。
俺は物言わず、ただ厳粛な誓いを立てるように、〈大魔道の杖〉を掲げた。
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーー!!」」」
たちまち謁見の間で、歓声が爆発した。
――その後、俺がラクスタ公認の“魔王を討つ者”であることを証すための、証明書を贈られた。王の直筆サインと玉璽が捺された、立派な公文書だ。
この〈ラクスタ王国公認証明書〉を提示すれば、俺はラクスタ内のどこでも、あらゆる便宜を図ってもらえるというわけだ。
……もし仮に、俺がその気になれば、〈勇者〉の名を笠に着て、横暴の限りを尽くしたユージンのように、振る舞うことだってできるだろう。
だが、俺がそんな愚かな真似をする小人ではないことを、国王も信じてくれて、この証明書を発行してくれたのだろう。
そして、証明書を恭しく手渡ししてくれたのは、如何にも切れ者然とした老人だった。
“王の杖”と呼ばれる、筆頭宮廷魔法使いだ。
昨日の晩餐会には列席していなかったので、俺も初めて面識を得る。老齢のため、宴の類は遠慮しているとのことだった。
しかし、堅物一辺倒というわけでもない。
「もし私があと三十年若ければ、私はきっとあなたの下に馳せ参じ、弟子となって魔道の深奥をご教授していただけるよう、乞うたでしょうな」
老人がニヤリと小声になって、小粋なジョークを言った。
「はは! ご謙遜を」
俺は笑って取り合わなかった。
確かに、こと魔道――俺が窮めんと志す、魔法使いの道――においては、俺の方が彼よりも遥かに先達であろう。
しかし、筆頭宮廷魔法使いともなれば、国王の政治顧問も兼ねると聞く。
こと政道において、まだ十八歳の若僧にすぎない俺が、海千山千だろうこの人に敵うだなどと、自惚れるほど俺も浅薄ではない。
このラクスタが、魔王のいるこんなご時世においても、さらにはテンゼンのような獅子身中の虫がいても、まずまず安定した政情を保っていられたのは、国王やこの老人のような賢明なトップたちが、何十年と善政を積み上げてきた功績が大きいに違いない。
要は、社会は決して一人では成り立たないという、当たり前の話だな。
魔王が世界を席巻する今このご時世においては、俺のような強力な魔法使いがいなくてはならないし、かといってこの老人のような為政者が欠けても、国は乱れる。
それぞれが、それぞれに敬意を払いつつ、それぞれの道をがんばりましょうということだ。
俺もこの老人も、そのことを理解している。
「もし俺が晴れて魔王を討つことができたならば、ぜひあなたのような人とゆっくり、膝を交えてみたいものです」
「おお、願ってもないお話ですな。その日が来るのを、首を長くしてお待ちしておりますよ、マグナス様」
俺たちは固い握手を交わして別れた。
◇◆◇◆◇
俺がラクスタ公認の“魔王を討つ者”となった一方、〈勇者〉であるはずのユージンはどうなったのか?
そのことを話さねばなるまい。
そう、ユージンは死んでいなかった。
アンデッド・デルベンブロにあれだけ、原型を留めなくなるほどに殴り続けられても、しぶとく生き永らえた。
〈攻略本〉にも詳しいが、運命に選ばれし〈勇者〉という超優遇職は、数々の反則的な固有スキルを持っている。
その中には、ユージン本人も存在に気づいていないだろう、隠しスキルが存在する。
名を〈天命未だ尽きず〉といい、〈勇者〉は魔王がいる限り、絶対に死なないのだ。
たとえ挽肉にされて発狂レベルの痛みを味わわされ続けようが、必ず〈HP〉が1残るようになっている。
そして生きてさえいれば、ヒルデのような〈僧侶〉が、回復魔法で全快にしてくれるというわけだ。
生き残ったユージンとヒルデの扱いを、国王も苦慮したらしい。
魔物に魂を売り、国家転覆さえ企んでいたテンゼンに、あのバカは加担した(そして、国王にバッチリ見られた現行犯では、言い逃れもできない)のだ、普通は死罪である。
それもなるべく残虐な処刑法で、見せしめにされ、あらゆる名誉を剥奪されるのが当然。
〈天命未だ尽きず〉のせいで死なないのであれば、水牢に永久幽閉等が妥当。
しかし、ここにユージンの赦免を、強く主張する勢力がいた。
そう、脳死しきった教会の僧侶どもだ。
「ユージン殿は、神霊タイゴン様に選ばれた勇者である」「もしその勇者を幽閉すれば、いったい誰が魔王を討つのか?」「諸外国が許すと思うか?」「王は責任がとれるのか?」とツバを飛ばして詰め寄ったという。
旧弊そのものである教会勢力は、やはり古い組織にほどその影響力を喰い込ませている。
そしてこの国において、最も古い組織とは王家に他ならないわけだ。
代々続くしがらみを、賢王といえど無視できなかったのだ。
ゆえにラクスタ王は苦慮の末、ユージンの処遇を英断した。
国外追放。
――である。
極刑には科さないが二度とラクスタの土を踏ませない。
よその国で、どうぞ好きにやってくれ。
改心して魔王退治にいそしむもよし、逆に性懲りもなく悪事を繰り返そうと、他国のことならどうぞどうぞ。
という、オトナの判断だ。
国王はまた、ユージンの悪事を余さず国内に公布し、諸外国にも使者を送り伝えた。
その効果は膝元であるラクスタにおいて真っ先に現れ、名誉剥奪どころか、勇者の名は完全に地に落ちた。
ユージンとヒルデは、石を以って民に追われたと聞く。
そういう顛末だ。
一言、憐れ。
ユージンとヒルデの罪状は風聞となって、恐らく世界各地へ伝えられていくだろう。
奴らは行く先々でも、石を投げられるだろう。
無論、ユージンは〈勇者〉だ。あいつが改心して、その称号に相応しい善行をたくさん積み、魔物退治に明け暮れれば、ちょっとずつでも名声を取り返せるかもしれない。
まあ、あいつが改心することはないだろうがな。
あいつが周りにバカにされながら、我慢して我慢して我慢して、世のため人のために尽くすところとか、まるで想像がつかない。
そんな立派なことができる奴なら、最初から愚行に走らない。
だからあいつらは一生、周りに迫害され続けるだろう。
あそこで死ねた方がマシだったという目に遭うだろう。
ユージンはなまじ死ねない分、悲惨なことになるだろう。
タイゴンに選ばれたことが、実は祝福ではなく呪いだと気づくだろう。
でも仕方がない。
自分がしでかした罪と愚かさのツケを、清算するだけのことなのだから。
がんばって、たえてほしい。
◇◆◇◆◇
勇者パーティーの今一人、猫人族の女武道家の顛末は、ナルサイから教えてもらった。
彼女は魔城から生還した直後の時点で、「ユーシャさまに愛想が尽きたにゃー」とパーティー離脱宣言をした途端、乱暴狼藉その他諸々の罪状で被害者たちから改めて訴えられ、今は牢屋暮らしだという。
そして、勇者パーティーの最後の一人――
ミシャとはこのラクスティアで、お別れすることとなった。
「ハリコンに帰るのか?」
「うん。ユージンと一緒に魔王を斃すことで、父さんの汚名を雪ごうと思ってたけど……あたしが間違ってた。これからはもっと地に足を着けて、故郷の皆のために魔物退治を続けて、ちょっとずつでも認めていってもらおうと思う。近道なんてなかったんだって、今さらながらに気づいた」
ミシャは憑物が落ちたような、さっぱりとした顔で言った。
言外に「あたしには近道を行ける力がなかった」と言っていた。
だから俺に向かって、「魔王討伐の旅に連れていって」とは言わなかった。
誰に言われるまでもなく、彼女は自分が戦力にならないと理解して、身を引いた。
「次はどこに行くの、マグナス?」
「アラバーナだ」
俺は懐を確かめながら言った。
そこには世にも珍しい、ルビーとサファイアが半分ずつ混じり合った宝石が収まっている。
テンゼン=デルベンブロがドロップした、〈天界の宝石:赤青〉だ。
こいつがアラバーナで役に立つ。
「アラバーナか。砂漠の国だね。日射症に気をつけて」
「おまえも魔物退治で無茶するなよ?」
「うん。ありがとう」
そこでお互い、話題が途絶えた。
あとはもう気まずいだけだった。
「マグナスに武運を」
「ミシャにも武運を」
互いの幸運を祈って、俺とミシャは背を向け合う。
そして、俺たちは別々の道へと歩み出した。
俺たちは最初、〈勇者〉に誘われることで、「魔王を斃す使命」を他人から与えられた。
そんなことだから結果、その他人に振り回されるしかなかった。
そんな俺たちでも、最後にはちゃんと自分たちで、それぞれの決断を下すことができた。
ミシャは「魔王を斃す使命」を捨てた。
そして、俺は自分自身の意志で、「魔王を斃す使命」を己に課したのだった。
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