第二十五話 静かな怒り
前回のあらすじ:
マグナスの大胆な一撃で、ユージン&テンゼンの言いがかりを論破!
「ひ、ひいいいいいいいいいい」
「出たあああああああああああ」
「魔物だああああああああああ」
列席者たちが絶叫しながら、晩餐会の会場から逃げ出していく。
意気地のない大臣や、あるいは警護の兵士たちでさえ、魔物と化したテンゼンのあまりの偉容に恐れおののき、役目を忘れ、任務や持ち場を放棄していく。
逆に、半ば腰を抜かしつつもこの場に留まった国王の、その責任感は称賛に値するだろう。
「まさか、テンゼンが魔物に魂を売っておったとは……。許せ、マグナス殿。貴公の申す通りであった。疑いをかけて誠にすまない……」
「お気になさるな」
国王の真摯な謝罪を俺は受け入れた。
あの状況ならば仕方がないし、むしろ最後まで冷静さを保った(短絡に俺への捕縛命令を出さなかった)ことを俺は評価しよう。
「ミシャ。陛下を連れて、安全なところまで下がってくれ」
「で、でもマグナスはっ」
「今のおまえは武器を持っていない。各自が各自のできることを見失えば、全員が悲惨な結果を迎えることになるぞ?」
「……! わ、わかったっ。王様はあたしが守るから、マグナスは戦いに集中して!」
ミシャが俺の言葉に従い、腰を抜かした国王を抱え上げて、中庭の隅にまで移動する。
さて、これで俺はテンゼン=デルベンブロとの戦いに専念できる。
――はずなのだがな。
「……ユージン。念のために聞くがな、それはなんの真似だ?」
「へへっ。決まってるだろうが」
ユージンは獲物を前にした野盗の如き下卑た笑みを浮かべ、〈歴戦のフレイムソード〉を抜いた。
こちらの恐怖を煽ろうと、切っ先を殊更に見せつけるようにして、俺に向けて構えた。
「……どう見ても、おまえが斃すべき魔物はあちらだと思うがな、〈勇者〉ユージン?」
「うるせえ、バアアアアアカ! テンゼンはなあ、ウゼえテメエをぶっ殺すのを手伝ってくれる上に、オレも王国乗っ取りを手伝ったら、ラクスタの半分をくれるって約束したんだよお! 羨ましいだろ? 美女も金も権力も、オレの思いのままになるってわけさ!」
「愚鈍だ愚鈍だとは思っていたが……堕ちるところまで堕ちたな、ユージン……」
「ンだとぉ!? マグナス! テメエのその気取った態度が、こちとら昔っっっから気に食わなかったんだよぉ!!」
ユージンは〈歴戦のフレイムソード〉を引っ提げて、ヒャッハー! と斬りかかってくる。
〈魔法使い〉の俺を相手に、呪文を使う暇を与えず、近接戦で嬲り殺そうという腹だろう。
俺はそんなお調子者の斬撃を、いとも容易く回避してみせた。
同時に、総ミスリル製の〈大魔道の杖〉で、ユージンの横っ面を強かに打ち据えた。
「ぶへえっ」
ユージンは豚の鳴き声みたいな悲鳴を上げて、吹っ飛ぶ。
そしてうずくまったまま、情けない仕種で痛みに震えながら、俺のことを信じられないものでも見るような目で、見上げていた。
何を驚く?
俺は確かに、近接戦の不得手な〈魔法使い〉だ。
しかし、レベル36の〈魔法使い〉だ。
しかもデストレントの果実により、全〈ステータス〉がフルブーストされている。
レベル20足らずの〈勇者〉なんぞに、〈力〉でも〈素早さ〉でも〈知覚〉でも、何一つ劣っているものかよ。
「ユージン。おまえ、いい加減鬱陶しいぞ?」
うずくまったままのユージンを、俺は見下ろして言った。
これまでずっと我慢してきたが、言わずにいられなかった。
しかしユージンにとっては、受け容れがたいほどの屈辱的な台詞だったのだろう。
たちまち激昂して、跳ね起きると、
「マグナスのくせに偉そうなことほざいてんじゃねえ! 〈勇者〉より優れた〈魔法使い〉なんていねえってこと、思い知らせたらあ!」
ケンカの弱い子どもみたいに、メチャクチャに剣を振りながら襲いかかってきた。
無論、そんなものを見切れない俺ではない。
尽くかわして、そのたびに杖で打ち据えてやる。
実力差をわからせるための戦い方だ。
しかし、ユージンのおつむは本当に残念なので、一向にわかってくれない。
「死ねええええええええ! 死ね死ね死ね死ね死ねえええええええ!」
見苦しいほど、ガムシャラな攻撃。
しかもそこへ、ヒルデの強化魔法まで飛んできて、ユージンにバフをかけていく。
俺が打ち据えた痛みも、回復魔法で癒してしまう。
「なんの真似だ、ヒルデ? こいつは魔物に魂を売った男だぞ?」
「言ったはずですよね? 神の御心は深淵で、とうてい私たち人間の考えの及ぶところではないと。それは神の御使いたるタイゴン様も同様で、この方はタイゴン様に選ばれた運命の勇者なのです。ならば一見、愚挙に見えるこの方の行いにも、必ずや神霊タイゴン様の、深謀遠慮に満ちた思し召しがあるはずです。私はそれを支え、お仕えするだけです」
「……狂信者が」
俺は吐き捨てずにいられなかった。
しかし、これが厄介だ。
俺がユージンをどんなに打ち据えようとも、気絶させようとも、ヒルデの回復魔法がある限り、全く意味をなさない。すぐに全快させられてしまう。
「ぬう……」
どこまでも鬱陶しい奴らだと、俺は歯噛みさせられる。
ユージンとヒルデだけなら問題にもならないが、こいつらに永遠に邪魔されながら、テンゼン=デルベンブロと戦うのはさすがに不可能だ。
俺は辟易していたが――
「マグナスさん!」
そこへアリアの声が届いた。
賢い彼女は、騒動の臭いを嗅ぎつけた時点で、すぐに俺の傍を離れていたのだ。薄情でもなんでもない、自分が足手纏いにしかならないことをわかった上での、理性的英断だ。本当に俺好みの女性である。
そして、アリアは会場の外周に設置された、巨大オブジェの傍にいた。
各地から贈答された、祝いの品だ。巨大なものには、白い布が未だかぶせられていた。
アリアはその一枚を剥ぎ取る。
下から出てきたのは――グラディウスだった。
そう。
俺は〈攻略本〉を精査して、デルベンブロがタダでは死なないことも、テンゼンが魔物に魂を売っていることも、知っていた。
この晩餐会のタイミングで、恐らくちょっかいをかけてくるだろうと予想していた(俺の方をデルベンブロに仕立て上げようという茶番は、さすがに予測の外だったが)。
だから事前に、この場に、贈答品のふりをしてグラディウスを仕込んでいたし、随伴したアリアにもいろいろと言い含めておいたのである。
「来い、グラディウス!」
鋼のヒグマの姿をした忠実なバトルゴーレムは、俺の命令を受けて、すぐさま駆けつける。
そして、ユージンに立ちはだかり、俺の邪魔をさせないようにする。
まったく頼もしい奴だ!
これで俺は、テンゼン=デルベンブロとの戦いに専念できる。
「ティルト・ハー・ウン・デル・エ・レン!」
「〈フィストショック〉!」
互いに遠間から足を止めて、〈サンダーⅣ〉と〈スキル〉の撃ち合い。刺し合い。
未だ4あるレベル差を差し引いても、一発一発の与ダメージは俺の方が上だった。
フルドーピングのおかげで、俺の〈魔力〉の値は実質42レベル相当だし、〈大魔道の杖〉による威力73%増加の絶大な恩恵を受けている。何より〈弱点属性〉を衝いている。
一方、俺は一発撃つたびに〈MP〉が減っていく。たびたび〈マナポーション〉を取り出して飲んでは、回復させねばならなかった。晩餐会が始まってから、ずっと、しばしばそうしていたように。
いや、〈MP〉の方はまだいい。
〈マナポーション〉さえガブ飲みしていれば、なんとかなるからだ。大変に高価な代物だが、俺は金には全く困っていない。
問題は〈HP〉の方だ。
俺たち繊細な人類というものは、文字通り桁違いの〈HP〉量を誇る魔物たちとは違う。このまま単純に殴った殴られただけを続けていれば、絶対に勝てない。最後に立っているのはテンゼンの方だ。
もちろん、〈HP〉を回復させる〈ポーション〉や〈ハイポーション〉も俺は持っている。
だが、〈HP〉回復系のポーションは、〈MP〉回復系のポーションより、効率が悪いのが通り相場。レベル30台40台の戦いの次元では、いちいち飲んでいても、喰らうダメージに比べて回復量が追いつかないという性質がある。
いよいよもって、用意してきた奥の手を使うべきだろう――
俺がまさにそう思った矢先のことだ。
戦況が激変した。
しかも、俺が歓迎しない方向にだった。
いきなりヒルデが叫んだのだ。
「抵抗はやめてください、マグナスさん。このカノジョの命が惜しければね!」
俺がテンゼンとの戦いに集中せざるを得なかったその隙に、ヒルデはアリアのところへ忍び寄っていたのだ。
アリアの華奢な首筋を、残忍な両手で絞め上げようと構えていたのだ。
「そこまでするか、外道!」
「しますよ。そして、私の行く道こそが神の道です。訂正してくださるかしら?」
「黙れ、外道!」
俺は痛罵するが、ヒルデという無神経極まる狂信者には、まるで通じていなかった。
そんなヒルデの卑劣な態度に、ミシャが激怒した。
「アリアから手を離せ、コノヤロオオオオ!」
直情的な傾向のあるミシャは、国王の警護も忘れて、ヒルデたちの方へと走る。
しかし、そこにテンゼンが率いてきた、近衛騎士の一団が立ちはだかった。
連中もまた正体を現した。
テンゼンと同じく、魔物に魂を売った者として、次々とモンスター化していった。
レベルは10強と言ったところか?
ミシャの方が遥かに強いはずだが、多勢に無勢の上、武器も鎧もない。
これではまるで歯が立たず、たちまち囲まれ、抵抗できなくなってしまった。
魔物たちに、生かさず殺さず弄ぶような、嬲られ方をした。
「前々から思っていましたけど、ミシャさんて本当におバカさんですわよねえ」
「ヒルデっ。この悪魔っ」
「いいザマだわ! 勇者様に色目ばかり使って、あなたのことずっと気に食わなかったの!」
「あたしがいつユージンなんかにィィィッ」
「ほーーーーーほっほっほ!」
魔物たちに嬲られながらも強がるミシャを見下ろして、愉快痛快と高笑いするヒルデ。
そして、自分たちの勝利を確信したユージンが、ここぞとばかりにイキり立った。
「昂ってきたっっっずぇええええええええええっっっっっ!!」
〈勇者〉専用の反則的スキル、〈武具覚醒〉を使うユージン。
奴の持つ〈歴戦のフレイムソード〉が今まで以上に烈しく火を噴いた。
これは後から知った話だが、ユージンが持つこの〈歴戦のフレイムソード〉は、バゼルフ謹製の、銘入りの剣であった。
テンゼンがまだ若く、地位も低く、しかしラクスタへの忠義厚く、理想に燃えていたころ、バゼルフがそんな少壮の騎士の誠心に感じ入って、テンゼンのために鍛えた業物だった。
ゆえに〈武具覚醒〉で無茶をさせても、余裕で耐え得る性能を持っていた。
「動くなよ、マグナス! 動いたらあのお嬢ちゃんが死ぬぜえええええ!!」
烈火の剣を携えて、息巻いたユージンが俺を討たんと迫り来る。
その行く手に――忠実なグラディウスが、立ちはだかった。
俺は思わず、目を閉じた。
「邪魔だ、クマあああああああああああああっっっ!」
ユージンが烈火の剣をグラディウスに叩きつける。
その威力は、掛け値なしにレベル20台後半の前衛職に匹敵した。
短い間のつき合いだったが、グラディウスは本当に頼れる相棒だった。
しかしその短期間にも、俺の〈レベル〉は加速度的に上がってしまった。
それでもグラディウスは黙々と、なんとか俺の戦いの次元についてきてくれた。
デルベンブロの魔城における、“魔拳将軍”とのファーストバトルでも、何度も〈フィストブロー〉から俺を護ってくれた。
でも、その時のダメージが、修復しきれていなかったのだ。
如何に名工バゼルフでも、晩餐会が開かれるまでのたった五日では、限度というものがあった。
結果――
俺の相棒は、ユージンの烈火の剣から俺を護って、バラバラに粉砕された。
…………。
……………………。
…………………………………………。
「マグナスさん! 私のことはいいですからっ。戦ってくださいっっ!!」
「ユージン! ヒルデ! あんたらそこまでやって恥ずかしくないワケ!?」
アリアの懇願の声が、ミシャの非難の声が聞こえる。
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………………………………………………………………………………………………………。
もういい。
もうわかったよ、ユージン。ヒルデ。
俺は〈魔法使い〉だ。
かつて学院の開祖レスターが、後進となる俺たちに向けて、一連の言葉を贈った。
『汝、怒ることなかれ』
『怒りは冷静さを失わせる。汝を〈魔法使い〉無くさしむる』
『何より怒りは、未熟の証なり。羞じよ』
俺はこの金言を、ずっと守って生きてきた。
ゆえにこれまでユージンたちから、たとえどんな仕打ちや妨害を受けてきても、怒りだけはしなかった。
怒りだけはしなかった。
でも、もういい。
もうわかった。
俺はまだ、未熟だ。
読んでくださってありがとうございます!
本日はもう1話更新しております!!
よろしければこのまま一気に、第二十六話をお楽しみください!!!