第二十四話 論破の一撃
前回のあらすじ:
宮廷晩餐会に出席したら、いきなりやってきたユージンに言いがかりをつけられた。
「へへへ、マグナス。ずいぶんと顔色が悪いじゃねえか?」
ユージンが勝ち誇ったように言った。
「テメエの正体こそが“魔拳将軍”だってバラされて、すっかりブルっちまったかい?」
「いや、単に疲れているだけさ」
俺はまた高価な〈マナポーション〉を一口飲みながら答えた。
そう、顔色が悪いのは、別にバカが急にアホなことを言い出したからではない。
俺はユージンたちを無視して、国王や大臣たちに向かって言った。
「このユージンという男は、功名欲しさにデルベンブロに挑んだはいいが、まるで敵わず、あまつさえ仲間を見捨てて逃げ出した、勇者とは名ばかりの臆病者です。その時の失態を取り返そうと、何やら俺に言いがかりをつけに来たようですが、どうか妄言などに惑わされぬよう」
「ゆ、勇者の俺が敵前逃亡するわけねえだろ! 妄言コイてんのはそっちだろうが、マグナス! ――あ、いや、デルベンブロ!」
「はははは、声が震えているぞ、ユージン?」
芝居もできない様子のバカを、俺はせせら笑う。
しかし、このバカやヒルデはいいが、問題は一緒にいる近衛騎士隊長のテンゼンだ。
信頼や実績、国王の覚えのめでたさも段違いのはず。
そのテンゼンがしかつめらしい表情で、国王に進言した。
「本当のことを申しておるのは、勇者殿の方です。このマグナスと称す魔法使いこそが、デルベンブロが世を忍ぶ仮の姿。間違いございません」
「し、しかしな、テンゼンよ……」
「我が忠言をお疑いあるならば、王よ。どうぞ御身の〈人物鑑定〉スキルで、マグナスと称する者をご検分くださいませ」
「ふむ……」
国王はその気になった様子で、尊貴の者だけに可能な透明な眼差しになると、その眼力を俺の方へと向けた。
俺は逃げも隠れもしない。する理由がない。堂々と構える。
国王はしばし俺の観察を続けたが、やがて――
「れ、レベル36じゃとっ……!? 魔力……271ぃぃぃ?????????」
腰を抜かさんばかりに狼狽した。
そう、俺はレベル40の最高峰ボスモンスターであるデルベンブロを斃したことで、強力無比の戦利品をゲットしたのみならず、〈レベル〉がさらに二つ上昇し、今や36となっていたのだ。
しかもデストレントの果実で可能な限り〈ステータス〉をブーストしているため、〈魔法使い〉が最も伸びる〈魔力〉の値などは、冗談みたいな数値に達してしまっているわけだ。
しかし、王の言葉を聞いたテンゼンが、それ見たことかと高笑いした。
「およそ人類に到達し得る〈レベル〉でも〈ステータス〉でもございません。こやつの正体がデルベンブロだという、揺るぎない証拠でございます、陛下」
なるほど。そう来たか――俺は一度、押し黙る。
歴史に名を残した偉人たちの中には、レベル30台に到達した者もいるわけだが、それはあくまで〈攻略本〉情報だ。俺だけが知る情報だ。
彼らはもはや存命ではなく、実際に見たこともない国王たちでは、その真のレベルを正確に推し量ることはできない。あくまで自分の物差しで測ってしまうことだろう。
例えば学院の開祖であり、俺が最も尊敬する歴史人物である大魔法使いレスターは、レベル34だったと〈攻略本〉に記されている。
一方、国王が実際に見た中で一番腕のいい〈魔法使い〉は、“王の杖”と異名される、レベル17止まりの宮廷魔法使いだろう。
だから国王からすれば、かのレスターといえどもレベル20~25くらいだったのではないかと、そう思い込んでいたとしても仕方がない。
ましてレベル30超えの人類が存在するなど、信じられなくても当然だ。
国王や大臣たち、列席する紳士淑女たちの俺を見る目が、疑惑の眼差しに変わる。
そんな中で、異議の声を上げたのはミシャだった。
「ちょっと待って! そんなのおかしい! あたしはマグナスがデルベンブロを斃すところをこの目でちゃんと見たのよ? マグナスがデルベンブロだったら、そんなことをする理由がないじゃない! 第一、あたしはユージンが尻尾巻いて逃げるところだって見た! 少なくともユージンはウソつきよ! あたしが保証する!」
俺の肩を持ち、懸命になって周囲へ訴えてくれるミシャ。
その気持ち自体はありがたいがな……。
この場では意味がないのだ。
「ふむ。勇者殿よ、お仲間があんなことを申しておられるが?」
「ハハッ、テンゼン殿。あいつはデルベンブロに誑かされた、愚かな淫売なのです。あんな女の言うことを真に受けていたら、国を危うくいたしますぞ!」
「そうです。勇者様とミシャさんのお言葉の、どちらに信が置けるかなど、考えるまでもないことです。畏くも神霊タイゴン様を疑うようなものです」
テンゼンが仏頂面でユージンに訊ね、ユージンがニタニタ笑いながら答え、またヒルデが冷酷な表情で補った。
ミシャが、自分にまで疑惑の眼差しが殺到するのを見て、蒼褪める。
だから俺はその視線を遮るように、前に出てミシャを庇った。
そして、一言でユージンどもを喝破してやった。
「ごちゃごちゃやかましいぞ、貴様ら」
覿面にたじろぐユージンとヒルデ。
平然としているのはテンゼンだけだ。
俺はもうユージンらなど眼中になく、近衛騎士隊長の目だけを見据えて告げた。
「なかなか小賢しい真似をしてくれるな? バカな勇者を甘言で誑かし、焚きつけるのは、さぞや簡単だったろう? しかし、この俺に世迷言は通用せん」
「国王陛下。このテンゼンめと近衛騎士たちに、あの魔法使いの姿をした魔物を捕えよと、今すぐお命じください」
「逆だよ、逆。近衛騎士隊長の姿をした魔物こそが、あんただ。テンゼン」
俺の言葉に、国王以下周囲の者たちが騒然となった。
そんな彼らに向かって、俺はとくと説明してやる。
「魔王の腹心である“八魔将”という奴らは、本当に厄介なのですよ。死んでもタダでは死なない。奴らはそもそも侵略の初動段階において、対象国家の重鎮の中から、私利私欲に満ちた人物を見繕い、誑かす。このラクスタではテンゼン、あんたがそうだ。あんたは魔物に魂を売ったんだ。そして“八魔将”はその死の瞬間、魂が生贄と捧げられ、テンゼンのような内通者を、自身にも匹敵する強力な魔物に造り替えてしまうのだ!」
俺はそう言って、テンゼンに指を突きつけた。
国王以下周囲の者がまたも騒然となった。
もはやどっちを信じていいのかわからず、途方に暮れたような顔つきになった。
一方、テンゼンは今までのような、悠然とした態度でいられなくなる。
どうして俺がその真実を知っているのかと、まさかあり得ぬと、動揺しているのだろう。
顔面真っ赤で、芸のない台詞をわめき散らす。
「ざ、戯言を申すな、魔法使い!」
「くくくく、そうだな。確かに戯言を弄するなど、詮無きことだ。ならば俺は、嘘だ真実だなどと水掛け論をごちゃごちゃ抜かさず、一発で論破してご覧に入れよう」
俺は宣言するとともに、〈大魔道の杖〉を掲げた。
そして、ますます騒然となる周囲を尻目に、呪文を唱えた。
「ティルト・ハー・ウン・デル・エ・レン!」
デルベンブロの弱点属性を衝く、〈サンダーⅣ〉。
稲妻の竜がテンゼンへと牙剥き走る。
「は、早まったか、マグナス殿!?」
国王が目を剥いて狼狽した。
「うわああああ死にたくねえええええ」
人を救うのが勇者の仕事だろうに、ユージンはテンゼンを庇うどころか逃げて離れた。
「くっ……ふはははは! 見事だ、マグナス! 快刀乱麻、なんとも痛快な手口よ! 大胆不敵とはまさに貴殿のことだな!」
テンゼンが開き直ったように哄笑した。
そして――正体を現した。
全身がぶくぶくと醜く膨れていき、まとっていた〈近衛騎士の甲冑〉が内側から弾け飛ぶ。
テンゼンの体の膨張は留まるところを知らなかった。
身長は四メートルを超え、腹回りも同様。イボだらけの丸い胴体に、不釣り合いなほど短い手足を持つ、醜悪極まるボスモンスターと化す!
その両拳が異様に巨大なのが、デルベンブロの特徴を踏襲していた。
テンゼンは俺の〈サンダーⅣ〉を浴びて、少なくないダメージを受けていた。
しかし、魔物という奴らは文字通りケタ違いの〈HP〉を有している。まして“八魔将”クラスと化したテンゼンが、一発で轟沈するわけがない。
逆に今度はこちらの番だとばかりに、俺へ反撃してくる。
「〈フィストショック〉!」
テンゼンがその場で、巨大な右拳を振るった。
俺と奴の彼我距離は十メートル以上あったというのに、攻撃が衝撃波となって飛来する。
超高レベルの〈武道家〉が習得できる秘奥義、〈百歩神拳〉のさらに上位スキルといったところか。
さすがはデルベンブロの魔の力を受け継いだ化物。
すなわちレベル40の最高峰ボスモンスター!
〈魔法使い〉の俺にはこれをよける術などなく、〈フィストショック〉をまともに喰らった。
肋骨が軋むほどの衝撃と激痛に、俺は顔をしかめ、歯を食いしばる。
ただし俺とてレベル36の〈魔法使い〉だ。〈HP〉量は充分だ。一発や二発喰らったところで、やられるものかよ。
ああ、よかろう。テンゼン。あるいはデルベンブロの後継者。
その挑戦、受けて立ってやる。
リターンマッチと洒落込もうではないか!
読んでくださってありがとうございます!
明日はいよいよ全てに決着がつく【第一章クライマックス】です!!
どうぞお楽しみに!!!