第二十三話 王都ラクスティアへの凱旋と宮廷晩餐会
前回のあらすじ:
マグナス、魔城にてデルベンブロを撃破する。
“八魔将”の一角デルベンブロを討伐した俺は、王都ラクスティアに凱旋した。
俺は真っ直ぐに〈浮遊する絨毯〉をナルサイに返しに行き、約束通り、一晩中武勇伝を語らされる羽目になった。一応、俺の酒量の限界までは酌み交わした。
そして翌日には、ナルサイが城に参内し、事の次第を国王に報告していた。
国王も膝を打って喜び、凱旋を祝う晩餐会を開くゆえ招待したいと、使者を俺の常泊の宿まで、最敬礼を以ってよこした。
事ここに至り、王都の民の尽くが、俺の成し遂げた偉業を知ることとなった。
「あれ? デルベンブロを退治しに行ったのは、ユーシャサンじゃなかったの?」
「どうせ返り討ちにあったんだろ」
「ぎゃっは、あんだけ恩着せがましい態度で、意気揚々と出陣してったのに!」
「まあ、ユージン一行とやらより、マグナス様の方が実際頼りになるしな」
「言えてるー」
「ウケるー」
という具合に、すぐに理解が広がっていったと、ナルサイから聞いた。
おかげで俺はしばらくの間、街を歩きづらくなってしまった。なにしろ皆が俺だと気づくなり、引きとめられて感謝の言葉を雨あられと捧げられるのだ。
しかし、彼らの喜びようは無理もないと思う。
この〈攻略本〉に書いてあるが、このアルセリア世界にモンスターが跋扈するようになってしまったのは、今や世界に遍く満ちる、魔王モルルファイの魔力のせいなのだ。
そして魔王の魔力が、この広い世界の隅々にまで行き渡っている原因は、各地に派遣された“八魔将”が中継点としての機能を果たしているかららしい。
ゆえに俺がデルベンブロを斃したことは、ラクスタ全土での魔物の激減に繋がり、また各個体が大幅に弱体化した。
そのことを三日も経たないうちに、民は実感していたのである。
なにしろ魔物が出没しなくなれば、畑を荒らされることも、家畜をさらわれることもなくなる。隊商たちは過剰な護衛を雇わずに済む。それらはマクロレベルの経済に反映され、ラクスタ全土で民の暮らしが楽になるわけだ。
デルベンブロを斃してから五日が経ち、いよいよ盛大な凱旋式を行う準備ができたと、再び城から使者がやってきた。
俺は長衣の裾を翻して、悠然と登城した。
◇◆◇◆◇
俺の凱旋を祝う晩餐会は、王城にいくつもある中庭でも、一番広い場所で行われた。
なにしろ列席者の数と、陳列された各地からの祝い品の数が半端ではないので、屋内の広間ではとうてい収まりきらなかったのだ。
会場には王都在住の者のみならず、ラクスタ各地から駆けつけた、大官貴顕たちであふれていた。その一人一人が俺に感謝を伝えようと、あるいは名を売って覚えを得ようと、次々と俺の前に現れては、挨拶していった。
俺は〈魔法使い〉である。知識欲の権化である。ゆえに上流のマナーというものにも、あくまで知識の上では精通している。だが、実際その通りに実行できるかというと、別の話だ。俺の彼らのあしらい方は、お世辞にも上手いとは言えなかった。
代わりに上手に応対してくれたのが、アリアだった。
俺は国王直々に招かれるにあたり、恋人である彼女もパートナーとして随伴したのだ。
アリアはさすが豪商の娘で、且つ普段は接客のプロというだけあって、相手がどんな立場の人間であろうと物怖じしなかったし、談笑に花を咲かせてみせた。俺のメンツを立て、守ってくれた。
「本当に助かる、アリア」
「ふふ、何を仰るのかしら、マグナスさんは! こんなことは慣れさえすれば、誰にでもできます。でも、マグナスさんが打ち立てた偉業は、マグナスさん以外の何者にも為し得ないことです。どーんと威張り腐っててください、どーんと」
俺たちは小声でやりとりし、互いに微笑みを交わした。
「――ただ、ちょっと顔色が悪いですね、マグナスさん。さすがに愛想疲れしました?」
「いや……それだけではないのだがな」
「あちらで少し休憩しましょう。国王様もまだお目見えになってませんし」
アリアはそう言って、グイグイと俺を引っ張っていってくれた。頼もしい!
会場の外縁には、様々な祝いの贈答品が陳列されている。中には巨大オブジェめいたものすらある。それらには白い布がかぶせられており、まだ衆目にはさらされていない。
宴もたけなわとなったところで、一つ一つ布をとっていって、一同を驚かせたり、目を楽しませたりという趣向だった。
そんな巨大オブジェの影に、俺たちは移動して、しばし休んだのだ。
実際、俺の疲労は尋常ではなく、しばしば〈マナポーション〉を飲まねばならないほどだった。
「少し横になりますか? 膝枕してあげますよ?」
中庭の芝生部分を指して、アリアはそう言ってくれた。
「それには及ばん。第一、君のドレスが汚れてしまう。せっかくきれいなのに」
今日のアリアは当然、ドレス姿だった。
仕立ても上等な、目も覚めるような青いドレス。それが派手ではないが、楚々たる美貌を持つアリアにひどく似合っている。
それと、一般に誤解されがちだが、ドレスというのは正式なものであるほど、肩周り、胸元周りの露出が多くなる。今日のアリアのドレスがまさにそれで、彼女の華奢で真っ白な肩も、胸の深い谷間も、惜しげもなくさらされている。
そう、アリアは隠れ巨乳なのだ!
「き、きれいなんて言われたら、照れちゃいますよぅ」
アリアは急にのぼせ上がったように、両手で頬をぱたぱたと叩いた。
うぬ……俺としたことが、本音とはいえ歯が浮くようなことを言ってしまった……。いつにない疲労のせいで、些細なことへの気が回らなくなってしまっている。
でもおかげで、俺たちの間ににわかに甘やかなムードが立ち込めた。
それでいて、視線を合わせるのがどこか気まずい。
気まずいけれども、これは決して不快ではない空気だ。
むしろ胸がドキドキとしてくる。
「あ、マグナス! こんなとこにいたのね!」
と――そこへ乱入してくる、ドレス姿のミシャ!
甘やかな空気など、一発で霧散した。
ミシャは俺たちの気など知らず、「表にいないから捜したわよ」と無邪気にやってくる。
そんな彼女にアリアが言った。
俺を背中に隠すように、ズイと前に出て、
「それはごめんなさいね? どこのどちらさまか知りませんが、マグナスさんは今、気分を悪くしてらっしゃいますので、かまわないであげてくださいます?」
隔意をはっきり窺わせる、完璧すぎる笑顔を作るアリア。
「あっそ! じゃあますます放っておけないじゃん」
ミシャも負けていなかった。
歴戦の女〈戦士〉たる風格を漂わせ、アリアの前で腕組みしてにらみ返す。
今日の彼女はひどくめかしこんでいた。
鎧を脱ぎ捨て、城で借りたのだろうドレスをまとい、ばっちりメイクも決めている。
言動は粗野だし、胸は絶壁だが、顔の造作はむしろ美少女といって差し支えないミシャだ。
そんな格好も似合っていた。
そして、そんな美少女二人が真っ向から火花を散らす!
「あんたこそ、どこのどちらさん?」
「マルム商会の娘で、アリアと申します。どうぞ、何かの折にはご贔屓に」
「なーんだ。マグナスとは他人じゃん」
「た、他人ですって!? そういうあなたはどちら様で?」
「マグナスとパーティーを組んでた、女〈戦士〉のミシャよ」
「ああ! 愚かにもマグナスさんを戦力外扱いした、あの!」
「そ、それについては申し開きもないけど、今は反省してるわよっっ」
「反省すれば許されるのなら、衛兵は要りませんわ。ね、マグナスさん?」
アリアは俺に水を差し向けると、俺の右腕をとって、彼女の両腕をからめてきた。
豊かな乳房の感触を、むにん、と押し当ててきた。
「マグナス。あの時は本当にごめんね。あんたがいなくなって、何度も痛感したよ。あたしたちはあんたがいてくれたおかげで、ぎりぎりパーティーとしてやっていけてたんだって。あたしたちが間違ってた。謝る。だから許して欲しい」
ミシャが俺に向かって一度、深々と頭を下げた後、すがりつくように俺の左腕をとった。
彼女の絶壁が当たって、すとーん、という感触がした。
「マグナスさん、こんな調子のいい人の言うことなんて、耳を貸す必要はないですよ!」
「あんたには関係ないじゃん、アリア!」
「関係あります! 私はマグナスさんの恋人ですから! ミシャさんこそ邪魔しないで、とっととあっち行ってください!」
「なにおう!?」
俺の腕をつかんで離さず、俺を挟んでいがみ合う二人の美少女。
「い、いや、わかった。ミシャの言い分は理解できるし、許すとも」
「も~~~~、マグナスさんてばお人好しなんだから、も~~~っ」
可愛く頬をふくらませるアリア。
彼女のこんな表情は珍しくて、それだけ俺のことを案じてくれてる、思ってくれてる、味方してくれているのが伝わってくる。胸に染み渡る。
「で、でもな、聞いてくれ、アリア――」
と、これは大事な話なので、愛しい人に理解して欲しくて、わかってもらいたくて、俺は真摯に言葉を尽くして説明する。
ミシャだけじゃないんだ。
俺だってパーティーにいた時には、ユージンに振り回されていた一人なんだよ。
なまじ常識があると、『まさかここまで愚かな人間なんていないだろう』って思い込んでしまう。そして、自分の常識や価値観や尺度を以って、真っ当につき合おうとしてしまう。
でも、ユージンやヒルデみたいな人間とは、永遠にわかり合えるわけがないから、常識のある方がただただ一方的に、心がすり減っていくんだ。疲れていくんだ。
しかも、自覚のない疲れだ。心の隅にひっそりと溜まっていく澱みたいな。
疲れは諦めの温床でもあるだろう? それで自分でも気づかないうちに、だんだんとやる気がなくなっていく。知らず知らずたてつくのも億劫になっていく。ユージンたちのペースに巻き込まれていく。
結論、連中みたいな人間とは、そもそもつき合わないことが一番なんだって、俺自身気づくまで、時間がかかってしまった。
俺自身が上手くユージンたちをあしらえなかったのに、どうしてミシャを責められるだろうか?
「自分を棚に上げることは、俺の矜持が許さないんだ。それじゃユージンたちと変わらない。非難する資格がない」
「わかりました! マグナスさんが損な性分だって、よっくわかりました! あ~~~も~~~、私は歯痒い~~~~っ」
俺の腕にしがみついたまま、器用に地団駄踏むアリア。
「じゃあ、いいですともっ。マグナスさんが損ばかりする分は、どこか別のところで報われるように、ちゃーんと帳尻が着くように、私がずっとフォローして差し上げますからねっ。なにせラクスタ一の豪商の娘ですから、損得勘定はお手の物ですよっ」
「ありがとう、アリア。……そう言ってくれる人が、わかってくれる人が、今は傍にいてくれるだけで……俺は充分に報われているよ」
けど、そういうわけなんだ。
「ミシャ。おまえのことは許すよ。だから、もういいだろ?」
ミシャがすがりつくようにつかんだ俺の袖を、俺はやんわりと、しかしきっぱりと振り払った。
彼女はしばし、空になった自分の手を見つめたまま、
「うん。ありがと。マグナス」
とてつもない喪失感を、精一杯堪えるような、強がった笑みを浮かべた。
気まずい沈黙が、俺たち三人の間に横たわる。
それを踏み砕いたのは、近づいてくる大勢の足音だった。
俺たちはそちらを振り返った。
「おお、こんなところにおられたか、英雄殿。偉大なる魔法使い殿」
誰あろう、ラクスタの国王陛下と大臣の一団だった。
「主賓がいなくては場も盛り上がらない。さあ、こちらへ。マグナス殿」
と国王手ずから、笑顔で俺を庭の中心へ誘い出そうとした。
しかし、俺たちの下へ現れたのは、国王と大臣団だけではなかったのだ。
最高に無礼な奴らが、不粋な足音を蹴立ててズカズカとやってきたのだ。
「お待ちください、陛下! その者からお離れください!」
居丈高にそう言って駆けつけたのは、精悍な顔つきをした甲冑姿の中年だった。
前回の宮廷晩餐会で挨拶したから、憶えている。
近衛騎士隊長のテンゼンだ。
そして、何より驚くべきことは、テンゼンの左右には、俺のよく見知った顔が並んでいた。
ユージンとヒルデだった。
デルベンブロを倒してやろうとしゃしゃり出たはいいが、情けなくも返り討ちにあって、泣きながら逃げ出した〈勇者〉サマと、その忠実な女〈僧侶〉殿だ!
そんな二人が、今さら出てきてこう言った。
この俺に指を突きつけ、下卑た笑みを浮かべて、鬼の首でも獲ったかのような態度で、
「お気をつけください、国王陛下!」
「そいつが、マグナスこそが――デルベンブロなのです!!」
………………………………なんだと?
いきなりやってきて妄言を吐くユージンたち!
次回、その真意とは――
というわけで、読んでくださってありがとうございます!
毎晩更新がんばります!!