第二十二話 VS魔拳将軍(マグナス視点)
前回のあらすじ:
デルベンブロのあまりの強さに勇者パーティー崩壊する。
俺――〈魔法使い〉マグナスは、玉座の間に遅れて駆けつけ、“魔拳将軍”デルベンブロと対峙した。
青黒い肌をした奴の、金色に輝く不気味な瞳が、ひたと俺を観察していた。
「……ふうむ。レベル32の〈魔法使い〉か……。これは、これは……」
感心を隠せぬ様子で独白する。
そして、こう続けた。
「〈魔法使い〉よ、私の部下となれ。さすればラクスタの半分を貴様にやろう!」
「断る」
俺は即答し、静かに〈大魔道の杖〉を構えた。
脇に控えていたグラディウスが、いつでも俺を護れるように、やや前に出る。
そんな俺たちの態度を見て、デルベンブロは腹の底から愉快そうに哄笑した。
「くくくく。ははははは。ぐわはははは! なるほど、そうでなくてはな! よかろう。ならばこの“魔拳将軍”の怖ろしさを味わわせてやろう。その後でもう一度、同じ質問をしてやろう」
「御託を並べるのが、あんたの怖ろしさとやらなのかね?」
「ふははは! その威勢やよし!」
デルベンブロは、やおら玉座から立ち上がった。
ユージンらとの戦いでは、ずっと座ったままの様子だったのに、だ。
「〈フィストブロー〉!」
ミシャににじり寄っていた巨大な左手――〈攻略本〉によればデルベンブロの分身体で、名はルベンレフト――が狙いを変え、俺に向かって高速で突進してくる。
デルベンブロの最も厄介な特殊能力である〈フィストバインド〉は、現在猫人族の女武道家が右手に捕まっているように、問答無用の拘束技なのだが、レベル32の俺にはあいにくと通用しない。
だからデルベンブロは、単純無比の打撃攻撃である〈フィストブロー〉の方で攻撃してきたというわけだ。
「グラディウス」
俺は静かに頼もしい相棒の名を呼んだ。
それだけで鋼のヒグマの姿をしたバトルゴーレムは、俺の前に立ち塞がって、飛来する巨大な拳を全身で受け止めた。
凄まじい衝撃が走り、グラディウスの巨体が軋む。あちこちに細かなひび割れが生まれる。ダメージは決して軽くはない。
それでも頼もしい相棒は、“八魔将”の一角の攻撃をどうにか耐えてみせた。
今日もまた、俺の護衛役をしっかりと務めてみせた。
これがラクスタ随一の名工、バゼルフが鍛造した傑作ゴーレムの力だ!
彼の精魂が込められ、銘を刻まれた、決して大量生産品ではない「本物」の素晴らしさだ!
「よくやったぞ、グラディウス」
俺は相棒をねぎらうと、安心して呪文の詠唱を始める。
ルベンレフトは〈炎属性〉に弱く、ルベンライトは〈氷属性〉に弱い。
まあ「あるある」パターンだが、もし〈攻略本〉がなかったら、それを調べ、確信を得るまでに、無駄な戦闘時間を浪費せねばならなかっただろう。
俺は〈ファイアⅣ〉を唱え、グラディウスと格闘中のルベンレフトを攻め立てた。
もちろん、グラディウスを巻き込まないように、〈単体攻撃化〉のアレンジ済だ。
デルベンブロは本体がレベル40で、この左手のルベンレフトと右手のルベンライトは別モンスター扱いであり、〈レベル〉も違う。35止まりだ。
それでも俺とは3レベル差。本来ならば格上。
ただし、俺はただのレベル32ではない。デストレント乱獲時に、〈ステータス〉上昇の各種果実でかりっかりにドーピングしておいたからだ。
加えて、攻撃魔法の威力を73%増加させるランクS装備、〈大魔道の杖〉の恩恵。
その上で〈弱点属性〉を衝いた俺の魔法は、ルベンレフトを圧倒した。
わずかの間に、HPを0まで削って轟沈させた。
ミシャが、何よりデルベンブロが瞠目する。
「す、すごい……」
「やはり魔法攻撃というやつは油断ならぬわ……!」
声を失ったミシャとデルベンブロに向かって、俺は不敵に微笑んだ。
「驚くのはここからだぞ?」
「な、なんだと……!?」
まさか人間風情にここまでやる奴がいたとはと、動揺を隠せない様子のデルベンブロの前で、俺は新たなレアアイテムを取り出した。
〈大魔道の杖〉を構える反対の手に、短錫を構えた。
メゴラウス大坑道で斃した強力なボスモンスター、ボーンドラゴンの戦利品である、〈屍竜の王錫〉だ。
その特殊効果を用い、討ち取ったばかりのルベンレフトをアンデッドモンスター化させる。
そう、デルベンブロの分身体を、俺の手駒と変えたわけだ!
「こんな奥の手まで隠し持っていたか……!!!」
デルベンブロが驚嘆を叫んだ。
俺は委細構わず、〈屍竜の王錫〉を指揮杖のように振るい、アンデッド・ルベンレフトをけしかける。
その維持にはずっとMPを食われ続けるが、レベル32であり〈精神〉もフルドーピングした俺ならば、その気になれば一週間だって保たせることは可能だった。
「ええい、もはや雑魚になど構っていられるか!」
激昂するデルベンブロ。
猫人族の女武道家を拘束していた、ルベンライトに拘束を解かせると、代わりにアンデッド・ルベンレフトの迎撃に当たらせる。
元々、ルベンライトとルベンレフトは互角のモンスターなので、いい勝負を始める。
しかし、こちらには俺の支援がある!
強化魔法によるバフでアンデッド・ルベンレフトをサポートする傍ら、〈フリーズⅣ〉でルベンライトを直撃する。
俺は長い呪文を矢継ぎ早に唱え続けるが、全くトチることはない。学院で研鑽していた時代から、鍛え方が常人とは違うのだ。
ついにはルベンライトも撃沈させ、それも〈屍竜の王錫〉でアンデット化し、支配し、使役する。
デルベンブロに向かって、アンデッド・ルベンレフト&ルベンライトで、左右から挟撃させる。
分身体を使う戦闘スタイルが仇となったな、デルベンブロ!
この戦いは、今日まで俺が培ってきた全てを出し切る、総力戦だ!!
「バカな……バカな……バカなあああああああっ」
人間風情に追い詰められ、デルベンブロは発狂寸前だった。
杭状の左右の腕で、本来の自分の左右の手との、交戦を余儀なくされていた。
アンデッド・ルベンライト&ルベンレフトはレベル35のままなので、40のデルベンブロ本体に敵うわけがない。強化魔法でバフしまくってはいるが、俺もそこは過信していない。
とはいえ、デルベンブロも簡単に返り討ちにできるわけではない。時間がかかる。
その間に俺は、攻撃魔法でデルベンブロを直撃する。
奴の弱点属性は〈雷〉だ。
「ティルト・ハー・ウン・デル・エ・レン!」
俺はたった今習得したばかりの〈サンダーⅣ〉を唱えた。
レベル35の中ボスモンスター扱いである、ルベンレフトとルベンライトを立て続けに撃破した結果、俺のレベルも34まで上昇していたのだ。
これも分身体を使うデンベンブロの、戦闘スタイルの欠点だな。
〈威力三倍化〉……〈単体攻撃化〉……〈会心率UP〉……ヘヴィカスタマイズした俺の〈サンダーⅣ〉が、まるで稲妻の竜の如く宙を翔け、デルベンブロを撃つ。
「ぐわああああああああああああああああああああああっ」
レベル40のボスモンスターをして、絶叫させる。
だが、奴も然る者だった。
〈弱点属性〉で攻め立てられつつ、まさしく悪鬼の如き凄まじい形相で左右の杭を振るい、ついにアンデット化したルベンライトを粉々に粉砕してみせたのだ。
俺は手駒の一つを失わされた。
〈屍竜の王錫〉の効果では、再アンデッド化は不可能!
「さすが……やるな、“魔拳将軍”!」
「当たり前だ! この私を舐めるな、人間風情――いや、偉大な〈魔法使い〉よ!」
俺とデンベルブロは言葉を交わし、互いの全ての力を懸けてぶつけ合う。
「すごい……すごすぎるよ……。マグナスも、デルベンブロも、どっちも……」
「まるで神々の戦いを見てる気分だにゃー……」
完全に蚊帳の外となっている、ミシャと猫人族の女武道家が、呆然自失のていとなっていた。
俺はそんな二人をよそに、死力を振り絞った。
デルベンブロはとうとう、アンデッド化したルベンレフトも粉砕した。
しかし俺も、奴本体のHPを0にまで削り取っていた。
だが――
「フハハハハハハハハハ! 無駄だ、無駄だぞ、偉大なる〈魔法使い〉よ!」
デルベンブロはHPが底尽いてなお、まだ立っていた。
哄笑する余裕があった。
「なんでよ、おかしいじゃん!?」
「理屈が合わないにゃー」
「バカめっ、貴様ら人間風情の理屈にこの私を当てはめるな!」
勝ち誇るデルベンブロ。
そう、こいつはHPを0にしただけでは、斃すことはできないのだ。
斃すためには、もう一つ条件があるのだ。
デルベンブロは得意げになって語った。
「私は、自分の心臓を体内から抜き取り、この城のどこかに隠している。その心臓が健在である限り、私は不滅なのだ!」
俺は淡々と答えた。
「ああ、知っているよ」
「!?」
びっくりするデルベンブロの前で、俺はとある〈アイテム〉を取り出す。
ユージンの愚挙のおかげで、たどり着くことができた、落とし穴の先――
夥しい人骨の中に埋もれ、隠されていた――
不気味に脈動と明滅を繰り返す、水晶を。
俺は抜かりなく〈攻略本〉で調べておいた。
これが〈デルベンブロの心臓〉だ。
「あ……あああ……ああああああああ…………っっっ」
俺の掌中にある〈心臓〉を目の当たりにした、デルベンブロの顔が絶望に歪んだ。
「やめろ! やめてくれ! 頼むからそれを壊さないでくれえええ!!」
「断る」
俺は奴の心臓を、思いきり床に叩きつけた。
不気味に脈動と明滅を繰り返す水晶は、脆くも砕け散った。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアム!!!!!!」
デルベンブロは断末魔の悲鳴を上げて、その巨体を投げ出すようにもんどり打った。
たちまちミシャと女武道家が感極まった様子で抱きついてくる。
「やったね、マグナス! まさか本当にソロで勝つなんて!」
「あんた、すごいにゃー! 命の恩人だにゃー! 惚れたにゃー!」
だが、俺は二人の美少女に揉みくちゃにされるのをよそに、ただ横たわるデルベンブロをひたと見据えていた。
奴は最期に一言、こう言い残した。
「……私は……タダで……は……死なぬ……ぞ……」
対して、俺は口中で独白した。
「ああ、それも知っているよ」
“八魔将”の一角撃破!
しかし、マグナスはなぜか喜んでおらず――? というところで次回、乞うご期待です。
というわけで、読んでくださってありがとうございます!
毎晩更新がんばります!!