第二十一話 VS魔拳将軍(ミシャ視点)
前回のあらすじ:
ユージンにハメられたと見せかけ、マグナスは落とし穴の底でボス攻略の必須アイテムをゲット。
あたし――女〈戦士〉ミシャは、仲間のユージン、ヒルデ、ニャーコとともに、ついに魔拳将軍デルベンブロの城の、最上階にたどり着いた。
城内のモンスターは、本当に「これが雑魚!?」ってレベルで強かった。
陰険な罠も山ほどあった。
あたしたちは神経と、HPやMPと、消費アイテムをすり減らしながら、どうにかここまでたどり着くことができた。
最近はユージンの愚行が目立って、なんだかギスギス、ギクシャクしてたあたしたちのパーティーだけど、今日は一致団結してこの困難に立ち向かうことができた。
ユージンがマグナスを罠にハメたのは許せないけど……。
それでもあたしは呑み込んだ。
生きるために。
デルベンブロを討って、ラクスタ王国に平和を取り戻すために。
……ごめんね。マグナス。
後で絶対、助けに行くからね。
◇◆◇◆◇
デルベンブロは玉座の間にいた。
ラクスティアのお城の、王様が謁見に使う広間とそっくりだった。
デルベンブロは人型のモンスターだった。
身長が四メートルくらいあるのと、両拳がアンバランスに大きい(広げたら掌が二メートル超えそう!)のと、肌が青黒いのが人間とは大違いだけど。
その巨体に相応しい、でっかい玉座にふんぞり返っていた。
「よくぞここまでたどり着いたな、人間よ」
大きすぎる右拳で、肘掛けに器用に頬杖ついて、デルベンブロは哄笑した。
その尊大な態度にユージンがキレる。
「ハン! テメエにそんなこと言われる筋合いはねえぜ!」
「いやいや、本当に褒めているのだ。貴様らがここまで来られたのは、心から称賛に値する」
デルベンブロはそう言って、含みありげにほくそ笑んだ。
その金色に輝く不気味な瞳が、ひたとあたしたちを観察していた。
「ああん!?」
「レベル22の女〈戦士〉と女〈僧侶〉に、レベル20の女〈武道家〉。そして、レベル19の〈勇者〉、か……。そんな程度の雑魚が、よくもまあここまでたどり着けたものだ。どんな裏技を使ったんだ?」
「ざ、雑魚だと!? このオレたちが!?」
「〈レベル〉と〈ステータス〉を見れば、一目瞭然ではないかね? まあ、基本的に運が良いのだろうな、〈勇者〉という奴は。何しろ万分、億分の一の確率で、たまたま運命に選ばれたほどなのだからな」
デルベンブロは舐め腐り、馬鹿にし腐った態度で哄笑を続けた。
ユージンは屈辱に震え、怒髪天を衝く。
「もう許さねえからな!!」
「ははは、ならばかかってくるといい」
デルベンブロは子どもをあやすように笑った。
「本来ならば我らは〈勇者〉に対し、こう言わねばならぬ決まりだ。魔王様のお達しだ。『勇者よ、私の部下となれ。さすればラクスタの半分を貴様にやろう』――とな」
「え、マジで!?」
「しかし、貴様程度に申し出る気にはならんな。死ね。ここで今すぐ」
「――っ!? きっさまああああああああああああああああああ!」
ユージンが〈フレイムソード〉を抜き放ち、怒りに任せて突撃した。
ヒルデが矢継ぎ早に呪文を唱え、魔法で次々とユージンをバフしていく、
あたしとニャーコもユージンの左右を護るように、並走した。
デルベンブロはそれを迎え撃った。
いや、本当に迎撃なのだろうか?
立ち上がりもせず、玉座にふんぞり返ったままでバカデッカい右手を、盾のように広げただけ。
あたしたちはその右掌へと、全力で攻撃を開始した。
あたしは〈鋼の槍〉を突き込み、ニャーコはキックを打ち込む。
ユージンの〈フレイムソード〉は刀身に炎を巻き、唸りを上げた。
ドワーフの名工バゼルフに、脅して打たせた強力な武器だ。
しかも使い手は〈勇者〉とあって、一番のダメージ源だと期待できた。
「昂ってきたっっっずぇええええええええええっっっっっ!!」
ユージンが〈勇者〉専用スキルの、〈武具覚醒〉を使った。
これは武器や防具の秘められた真価を発揮するという反則的なスキルで、特に〈マジックアイテム〉であれば効果のほどが大きい。
ユージンがバゼルフを脅してまで――絶対に手に入れるという覚悟で、〈フレイムソード〉を求めた理由でもある。
〈武器覚醒〉により、その刀身がますます輝き、纏う炎が荒ぶった。
紅蓮巻く剣を振りかぶり、〈勇者〉ユージンが得意絶頂、“魔拳将軍”に斬りかかる。
途端、〈フレイムソード〉がぽっきり折れた。
デルベンブロの掌のあまりの硬さと、〈武器覚醒〉によって無理やり高められた威力の、両方の負荷に刀身が耐えられずに。
叩きつけた瞬間、あっけなく。
「なんでだあああ!? 売れば金貨八千枚は下らねえ〈マジックアイテム〉だぞお!?」
「ははは! 大方、模造品か粗悪品でもつかまされたのではないのかね?」
ユージンが思わず折れた〈フレイムソード〉の根元を凝視し、デルベンブロがその様が如何にも滑稽とばかりに大笑する。
「冗談じゃねえ! ラクスタでも一番のドワーフに打たせたんだ! オレの目の前でやらせたんだ! 模造品でも粗悪品でもあるわけがねえ!」
「ほう。ならば銘が刻まれているはずだな? なんと言うのだ?」
「……は?」
「銘だよ。優れた匠は、己が精魂込めた造形物に必ず銘を刻むものだ。剣ならばちょうど、その根元辺りではないか?」
「……ねえよ。……そんなもん、どこにもねえ」
ユージンは折れた〈フレイムソード〉の根元を凝視し、愕然となって震えた。
「うわははははははは! やはり粗悪品ではないか!」
デルベンブロは大きすぎる左手で、器用に膝を叩いて爆笑した。
その間もずっと攻め続けていた、あたしの〈鋼の槍〉はデルベンブロの右手に阻まれて折れ、ニャーコは肉弾戦に使った両手両足を完全に痛めていた。
でも、デルベンブロの右掌には傷一つつけられなかった。
それほど、このボスモンスターの硬さは異常だった。
「くくくく、物理攻撃というのは、本当に貧弱だな。憶えておけ。〈レベル〉が三十台に入った辺りから、魔力を帯びていない攻撃など、ろくに効かなくなるのだ。貴様らのパーティーには〈魔法使い〉はいないのか? なんともバランスの悪いパーティーだな。リーダーはどんな判断でそうしたのか、理解に苦しむよ! まったく哀れなパーティーだ」
デルベンブロは声に優しさや憐みまでにじませて、そう忠告した。
「おい、聞いているのか、リーダー? 貴様だよ、〈勇者〉」
まだ折れた〈フレイムソード〉を凝視したまま固まっているユージンへ、デルベンブロは戯れかかるように、左手の中指でデコピンした。
ただそれだけの他愛もない攻撃で、ユージンの体が派手にぶっ飛んでいく。
硬い床の上で何度もバウンドし、そのたびに体が叩きつけられる。
「おぶっ、へぶっ、ごぶっ」
そのたびにユージンは情けない悲鳴を漏らす。
そして、女みたいな座り方をしたまま、立ち上がれなくなる。
「いま回復します、勇者様!」
回復魔法をかけるため、ヒルデがすぐさま駆け寄った。
その手をユージンがむんずとつかんだ。
「駆け落ちしよう」
「は?」
「オレにはもうヒルデしかいねえんだ! 二人で遠くへ逃げよう!」
「ちょっ、勇者様?????」
ユージンはヒルデの手を無理やり引いて、玉座の間から一目散に逃げていった。
今度はあたしとニャーコが愕然となって、固まってしまう番だった。
ここまで……。
ここまで意気地のない男だったなんて……!
あれだけ普段、「オレは偉大な勇者」だと威張り腐り、周りに迷惑をかけておいて!
敵わない相手が出てきたら、これか!
「あーーーーはっはっはっは! あれが本当に〈勇者〉かねっ? 〈臆病者〉の間違いではないのかねっ? いやはやこれはケッサクだ!」
デルベンブロが大きすぎる両手で器用に腹を抱え、笑い転げた。
あたしは自分が笑われているようで、みじめだった。
しかし、そんな風に思っていられるのは、まだしも贅沢だったのだ。
デルベンブロが一頻り笑い転げた後、やおら右手を掲げた。
「さてさて、取り残された君たちは、私が美味しくいただくとしようか」
「「え……」」
呆然となったままのあたしとニャーコの目の前で、デルベンブロの巨大すぎる右手が、手首の先からすっぽ抜けた。
というより、デルベンブロの肘から先は杭のような形になっていて、右手の形をした別のモンスターにぶっ刺して、固定していたようだった。
そう、すっぽ抜けたデルベンブロの右手だと思っていたモノは、別種のモンスター――あるいはデルベンブロの分身体だったのだ。
自律的に宙を漂っていたそいつの、掌に当たる部分に、いきなり五か所、目が開いた。
どころか、無数の口まで開いた。
五本の指先にも口が開き、そこからは長くて太い触手のような舌を垂らしていた。
なんともグロテスクな魔物だった!
「自涜にも飽き飽きしていたところでね。同じ手淫でも今日からは君たちの瑞々しい肢体を堪能させてもらうことにしよう」
デルベンブロはそう言って、まずグラマラスなニャーコに魔手を伸ばした。
自立した巨大な右手が、掌に無数に開いた口で舌舐めずりをしながら、ニャーコをつかみとった。
「にゃ、にゃ~~~!? そんなとこ舐めるんじゃないにゃ~~っ。や、やめろ、噛むにゃ! 突っ込むにゃ~~~~!」
ニャーコは泣きわめいて暴れたが、巨大な右手につかまれたまま、何もできなかった。
恐怖と嫌悪感で失禁し、床を汚すことしかできなかった。
「私の〈フィストバインド〉は、レベルが32なければ一切、抵抗敵わないのさ」
デルベンブロは恍惚となって叫んだ。
そして今度はやおら左手を掲げる。
右手と同じくすっぽ抜けて、自律した分身体となる。
その魔手が、あたしへとじりじり迫る。
「いや……いやぁ……っ」
「くくく、抵抗は無駄だと言ったよ?」
「あああぁ……っ」
あたしは射竦められ、逃げ出すことも叶わず、ただの小娘のように泣き出すことしかできなかった。
このままニャーコみたいに、魔手の餌食になるしかないのかと思った。
心の半分では諦めの境地に達し、もう半分では助けを叫んでいた。
そして、デルベンブロの左手から伸びた舌が、もうあたしの肌に触れるか触れないかの距離まで迫ったところで――
ピタリと、いきなり動きを止めた。
まるであたしなんかに構ってられないとばかりに、玉座の間の入り口の方へ敵意を向けた。
「何……? なんなの……?」
あたしは助かったのだろうか?
信じれらない想いで、あたしもまた入口の方を振り返った。
そこに――マグナスが超然と立っていた。
ミシャのピンチに、マグナスが颯爽と登場!
次回、デルベンブロと激突です!!
そしてなんと、お昼の総合ランキングで、日間1位をとらせていただきました。
もうびっくりです!!!
応援してくださってる読者さんに、心からの感謝を!
これからもなにとぞよろしくお願いいたします!
毎晩更新がんばります!!