第二十話 バカだったな、あいつ
前回のあらすじ:
魔城に突入したマグナス、中ボスを撃破してショートカットに成功。
勇者パーティーを追い越す。
俺はユージンに向かって、悠然と答えた。
「どうしてここへ? 無論、“魔拳将軍”デルベンブロを討つためさ」
聞いたユージンは「生意気な……」と言わんばかりに歯軋りする。
一方、ミシャが、
「じゃ、じゃあ、あたしらと目的はおんなじだね。マグナスのパーティーはどこにいるの? 紹介してくんない?」
「パーティーは組んでいない」
「え!? ど、どういうこと!?」
「俺はソロでここへ来た。まあ、強いて言えばこのグラディウスが相棒だな」
そう言って俺は、ヒグマの姿をしたバトルゴーレムを撫でる。
ミシャはその返答を聞いて、唖然となっていた。
いや、ミシャだけではない。
「ソロで……だと……」
「何かの冗談では……」
「信じがたいにゃー」
ユージンたちはあからさまに動揺し、狼狽えていた。
「まあ、そういうわけだ。先に行かせてもらうぞ」
俺はそんな連中を置いてけぼりにして、踵を返そうとした。
「お、お待ちください、マグナスさん!」
ところが、大慌てで声がかけられる。
俺のことをずっと見下していた、女僧侶のヒルデだった。
「――いえ、マグナス様。どうやらしばらくお会いしないうちに、見違えるほどお強くなられたようですね。大変に素晴らしく、頼もしいことです。そこで、どうでしょう? 私たちと共闘しませんか? デルベンブロは私たち人類にとって、このラクスタ王国にとって、不倶戴天の怨敵。それを考えればしごく当然のお話だと思いますが? もちろん、マグナス様がお望みなら、そのまま私たちのパーティーにお戻りになられても歓迎いたしますわ」
「お、おい、ヒルデ? なに勝手にしきってやがんだよ!?」
ユージンが抗議するが、ヒルデは無視して俺の返答を待つ。
奴らはレベルが足りないなりに、よくよくがんばったのだろう、どうにかこの魔城の五階まではたどり着いた。
しかしやはり、無理をしている自覚もあるのだろう。実際、連中をつぶさに観察すれば、魔法で回復しきれないダメージが、じわじわと蓄積している様子だった。
だからヒルデは、下手に出ているわけだ。
「どうかどうか、マグナス様。私の提案、ご快諾くださいませ」
ソロで、無傷でここまでたどり着いた俺に、こいねがっているのだ。
俺の答えは決まりきっていた。
「共闘? パーティーに戻る? お断りだ。おまえたちでは戦力にならない」
ヒルデが目を剥き、ユージンが震えた。
それほど俺の逆戦力外通告が与えた衝撃は大きかったのだろう。
何より、連中は屈辱でならなかったのだろう。
俺はただ真実を告げただけなのになあ……。
「話はそれだけか? では、俺は先に行くぞ」
「待てや、マグナス!」
今度はユージンが金切り声で、俺を引き留めた。
「……今度はなんだ?」
「へっへっへ。マグナスよ、テメエが今、どこに立っているか、わかってるのか?」
俺がうんざりしながら訊ねると、ユージンは急に下卑た笑みを浮かべて、意味深長なことを言い出した。
どこにだと? そんなのは決まっている。
俺は最前からずっと、床に描かれた不気味な髑髏の文様の上に立っていた。
「知っているか? この五階にはな、そのドクロが描かれた床があちこちにある」
「ほう、そうだったのか。俺はショートカットで来たから知らなかったな」
俺はすっ呆けて答える。
するとユージンは会心の笑みを浮かべ、移動を始めた。
奴のすぐ近くの壁にあった、スイッチに指をかけた。
「オレたちもさっき危なかったんだ。すんでのところで、モンスターに罠にハメられかけたんだ。――こんな風になあ!」
ユージンは躊躇いもなく、スイッチを押した。
ミシャが「あんた、なに考えてるワケ!?」と止める暇もなかった。
そして、俺の足元の床が抜けた。
髑髏が描かれていた部分は、スイッチと連動して開く、落とし穴だったのだ。
「思い知れ、マグナス! 〈勇者〉より優れた〈魔法使い〉なんかいねえんだよ! ギャーーーーーーーーーーーーーーハッハハハッハハハハハハ!」
俺はユージンの得意絶頂の哄笑を聞きながら、グラディウスを残して一人、奈落の底へと落ちていった。
◇◆◇◆◇
落とし穴の底は、窓も通路も何もない、完全閉鎖された牢獄だった。
罠にハマった犠牲者だろう、人と問わず魔物と問わず、骨が散乱している。
落ちたが最期の行き止まりというわけだ。
見上げれば、開閉式の床(俺から見れば天井)はすぐに閉まっていた。
まあ、そもそもあの高さまで登っていく、ハシゴの類はないわけだが。
「ユージンめ……短慮をしてくれる……」
俺は嘆かわしげに首を左右にした。
昔からバカな奴だと思っていたが、いよいよ悪行に躊躇がなくなっている。
あれが運命に選ばれし〈勇者〉だというのだから、どんな喜劇だ?
俺は嘆息させられた。
その虚しい吐息を吐き尽くすと、
「でも、おかげで助かったよ、ユージン」
今度は笑いが込み上げてきた。
そう、愉快で愉快で堪らない。
ユージンは俺を奈落に突き落として、してやったりだと思っているだろう。
でも、違うのだ。
俺の方が、この落とし穴の底へ来たかったのだ。
一人ではスイッチを押すのと、落とし穴に落ちるのが同時にできないため、こればっかりはソロの俺はどうするかと、悩んでいたところだったのだ。
上手い具合にユージンらと鉢合わせ、ユージンが短慮に及んでくれれば、正直助かるとは俺も考えていた。しかし、ユージンもそうそう俺の思惑通りに、悪行をしでかしてくれるか? そこまでバカか? と疑問はあった。
「バカだったな、あいつ」
俺はくぐもった笑いを漏らしつつ、落とし穴の底を探索して回る。
そして、そこに隠されていた、不気味に脈動と明滅を繰り返す、水晶を見つけ出した。
デルベンブロを討つのに、必須の〈アイテム〉だ。
俺はそれを懐にしまう。
骨の中に埋もれ、隠されていたので、探し当てるのにちと時間がかかってしまったが、もうここには用はない。
悠然と呪文を唱える。
「フラン・レイ・イ・ゲンク・ハー・ティルト」
たちまち俺の体が浮遊し、自由自在に飛翔する。
レベル29で習得できた、超高等魔法の〈フライト〉だ。
〈レベル〉の低いユージンには想像もつかなかっただろう。どんなに高い落とし穴に落とされたところで、この俺には意味がない。通用しない。
脱出くらい朝飯前ということだ!
次回、マグナスを罠にハメて(本人はそう信じて)、してやったりのユージンが、魔拳将軍に挑んで……!?
ついに20話まで書き上げることができました!
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