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「攻略本」を駆使する最強の魔法使い ~〈命令させろ〉とは言わせない俺流魔王討伐最善ルート~  作者: 福山松江
第六章  これは〈命令ではないよ〉とおためごかしばかり言う賢者編

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第二十九話  今昔の学苑長

前回のあらすじ:


ヒイロはケンキドゥから〈大賢者の杖〉を貸与される。

一方で、わずか十日で叡智の塔を制覇し、〈賢者〉になることを強要されたのであった。

 憤懣やる方ない想いで学苑長室を後にすると、俺たちは今日のうちにもトウシタへ向かうことにした。

 とにかく時間が惜しかった。


「それでもカーマイナー先生に一言、挨拶していこう」


 ヒイロがいつになく硬い顔で言い出し、俺たちも真剣な顔でうなずいた。

 その言葉の重さを、誰もが理解していた。


 叡智の塔の最上階まであと十五階。

 それを大急ぎで駆け上がれば、まず間違いなく第三〈特別〉試練が発生するし、当てにしなくては十日で登頂は難しい。

 あの命懸けの試練を、もう一度くぐり抜けなくてはならないのだ。


 俺たちだって第二〈特別〉試練の後、今まで以上に学問と修行に力を入れた。

 加えて〈オールドメデューサ〉を斃した経験からか、全員がさらに〈レベル〉を上げていた。俺はついにⅡ系魔法である〈ファイアⅡ〉を習得したし、ヒイロなど〈サンダーⅢ〉まで習得した。

 その他にも禁書保管庫から俺が密かに持ち出した魔法だって、新たにいくつも習得している。

 グラディウスという破格の前衛も得た。

 魔法の果実を大量に食べて、ヒイロたち三人の全〈ステータス〉は劇的に向上した。


 それでもなお、第三〈特別〉試練を侮ることはできなかった。

 ただでさえ第一〈特別〉試練は難しかったのに、続く第二〈特別〉試練の難易度――というか塔が隠し持つ悪意――の跳ね上がり方が尋常ではなかったからだ。

 もしかしたら今度こそ、俺たちの誰かが命を落とすかもしれない。あるいは全滅するかもしれない。

 だからカーマイナー先生に一目、会っていこう。

 これが最期になるかもしれないのだから。

 ヒイロはそう言っているのだ。


「でも先生を心配させたくはないわ」

「今生の別れみたいな空気にならないよう、気をつけなきゃね」


 モモとリンゴの言葉に、今度はヒイロが重々しくうなずく。

 だが俺は、心配させたくないという意見自体には賛成だが、それが果たして実行可能かは危ぶんだ。

 そして、俺の懸念は的中してしまった。

 カーマイナー教室(先生のお屋敷)を訪ねた俺たちを、先生はいつものように温かく迎えてくれて、居間に茶と菓子を用意してくれた。

 だが、ヒイロが「またちょっとトウシタに行ってくるぜ!」と軽いノリで言った途端――


「ふむ……。何やら『ちょっと』では済まない雰囲気だが、どうしたんだい?」


 ――と、ヒイロの表情にほんのわずかに差していた影を、カーマイナー先生は決して見逃さなかったのだ。

 さすが先生は賢明なお人で、しかも人生経験が桁外れだ。

 図星を指され、ヒイロとモモ、リンゴはギクリとしてしまう。

 三人とも隠し事が苦手なのだ、もう誤魔化せない状況になってしまう。


「おまえたちが〈賢者〉になりたいという、その意欲は大いに買おう。だが最近のおまえたちには、意欲ではなく焦りが見える。『賢者になりたい』のではなく『賢者にならねばならない』という、何かのっぴきならない事情があるんじゃないのかい?」


 先生は正確な看破を続け、俺たちのことを心配するように眉根を寄せた。

 一方、俺たちはケンキドゥに脅迫されているなどと、真相を告げるわけにはいかない。先生のことだ、だったらカーマイナー教室はなくなってもいいと言い出しかねない。

 しかし嘘をつくのが苦手なヒイロたちは、「事情は話せないけど隠し事をしている」と、顔色にありありと出してしまっていた。

 賢明なカーマイナー先生なら、察してしまわないわけがない。


 果たして先生はしばし黙考した後、「年寄りの昔話を聞いてくれるかい?」と言い出した。

 無論、俺たちに否やはない。


「若いころの私は今よりもっと愚かな教師でな。少しの才を鼻にかけて、塔の最上階に至るのは私しかいないと自惚れていた。優秀な学生を教室に集め、さらに競わせることで磨きをかけていたが……私は自分の教室の生徒たちを、私自身が登塔するための道具だとしか思っていなかったんだ。およそ教育なんて呼んでいい代物じゃない」


 先生の口から漏れる、衝撃の数々。

 昔の先生がどんな人物だったか、ふわっとは調べていた。

 しかしまさか「自分の生徒を道具だと思っていた」だなんて、そこまでは想像していなかった。

 篤志の人である今の先生から、到底想像できるものではなかった。


「やがて私は、その傲慢のツケを払うことになった。塔の試練は高階層に行くほど、人数制限が厳しくなるというのは教えたね? さらに五十階の辺りからは、一人では突破不可能な試練が出てくるんだよ。わかるかい? 『私一人が極めて優れていればそれでよい』『他の者は道具程度に使えればいい』だなんて考えが如何に不見識か、〈賢者〉には相応しくないか、叡智の塔はその試練を以って突きつけたんだ」


 カーマイナー先生は当時の自分を振り返っているのだろう、不出来な子供に対して苦笑いを浮かべる親のような、なんともばつの悪い顔になっていた。

 同時に、当時の先生ご自身が受けたショックの大きさを、懐かしむような表情でもあった。


「自分が〈賢者〉の器ではないと知った私はね、今度は自分の手で〈賢者〉に至る学生を育てることで、代償行為にしようとしたんだ。そのためには一教師の立場では限界があって、政界に転身した。“十三賢者”の一員――教育大臣になったんだ。叡智の塔を登り詰めることに比べたら、遥かに簡単だったけどね」


 そう。この国の教育大臣、つまりは学苑長――

 ケンキドゥからさかのぼって四代前に当たるのが、カーマイナー先生だったんだ。


「学苑長に就任した私は、当時の学生たちに大いに登塔を奨励した。ちょうど今の学苑の方針みたいにな。だが私がケンキドゥ師と違ったのは、学生たちが力を合わせて塔に挑戦する――『絆』を育むことを重視したんだ」


 独力で登頂するのは不可能だと思い知った先生なのだから、これは当然の施策といえよう。


「ただし、おためごかしだったよ。塔の攻略に必要だから『絆』重視の教育を徹底させただけで、私自身は変わらず協調性と無縁だった。学苑の運営予算をもぎとるため、政治闘争に明け暮れる日々だった。いろいろと汚いこともやった。ただ……人間というのは不思議なものでね、私のようにどうしようもなく傲慢な男でも、歳をとればだんだんと丸くなっていったんだ。おためごかしでも『絆』を重視した教育を続けているうちにね、本物の交流が生まれていったんだ。いつの間にか、学生たちのことが可愛くて仕方なくなっていたんだ」


 それは先生にとり振り返って、本当に好ましいご自身の変化だったのだろう。

 同じ懐かしむのでも目を細め、満足そうにウン、ウンとうなずいていた。


 だけど――と先生の瞳が哀しげに揺れる。


「私が五十になったころの話だ。この子らはきっと〈賢者〉になるに違いないと思えた、極めて優秀で、しかも厚い友情に結ばれた三人組が現れた。二十年に及ぶ教育がついに実ったのだと、うれしくて仕方なかった。だから私はその子らを特に目をかけ、我が子のように愛した。そして、その子らの一人が本当に〈賢者〉へと至った。だけど塔から無事に帰ってきたのも、その子だけだったんだ。他の二人は、塔の試練で命を落としてしまったんだ……」


 どんな試練で、何があって帰らぬ人になったのか――しかも、それほど優秀だった学生が二人同時に――独り〈賢者〉に至ったその学生は、教えてはくれなかったという。

 代わりに、


「『だまされた』……と私はその子になじられたよ。『こんなことなら、〈賢者〉なんか目指すんじゃなかった』『そうしたら親友(ふたり)を喪わずに済んだ』『けしかけた、カーマイナー師の責任だ』とね」


 俺にはただの八つ当たりに聞こえた。

 ヒイロたちもそう思っているに違いない。

 先生だけに責任があることでは、絶対にない。〈賢者〉になれと強要や脅迫をされたわけでもあるまいし、だったら塔に挑戦したのは自分の意志。試練で命を落としたのも自分の実力だ。

 あのケンキドゥが築く現体制ですら、塔の試練は命懸けだと、学苑では口を酸っぱくして教えている。大昔から周知の事実だということだろう。だったら「だまされた」も何もない。


 しかしそれでも――親友を失った悲しみを、どこかにぶつけなければ、やりきれなかったということなのだろう。

 人の感情は理屈通りに動くものではない。それは理屈一辺倒になりがちな俺でもわかる。

 そしてカーマイナー先生もまた、理屈で言っているのではない。その三人を我が子のように愛していたからこそ、強く、強く、強く、責任を感じているのだ。自分を責めずにいられないのだ。


 先生は五十一歳の時に政治の世界から身を引き、再び学苑の一教師に戻っている。

 敷地の端っこにカーマイナー教室を構え、進んで孤児をひきとり、のびのびと育てることに専念している。

 周囲からは「風采の上がらないおじいちゃん先生」と侮られても、まるで気にかけることもなく、ただただ子供たちに愛を注ぐ。

 かつてのエリート教師が、辣腕の政治家が、どうしてそうなったのか? 調べてもわからなかった。

 その理由が、きっかけが、この事件だったのだろうことは、想像に難くなかった。


「なあ、リンゴ。ヒイロ。モモ。私はもう二度と同じ想いをしたくないんだよ」


 幼子のころから育てた「我が子」を喪いたくないと、先生は願った。

〈賢者〉なんか目指さなくていいじゃないかと、先生は諭した。

 三人の目を一人ずつ見つめながら、噛んで含めるように。

 そこに俺の名前がなかったからといって、拗ねるほど野暮ではないし、先生は俺のことはどうでもいいのか! などと勘違いするほど馬鹿でもない。


「大方、ケンキドゥ師に『〈賢者〉になれなければ、カーマイナー教室を潰す』とでも脅されているんじゃないのかい?」


 賢明な先生は俺たちが置かれた状況を正確に読み当て、ヒイロたちが目を剥いて驚く。

 そしてヒイロたちが何か言う前に、たたみかけるように提案する。


「別にこの教室がなくなってもいいじゃないか。よそに孤児院なりなんなり作ればいい。どうせ私はあと十年も、教職を続けられないんだ。早いか遅いかの違いだよ」

 

 先生らしい――悲喜こもごもを味わい、人格が熟成された、今のカーマイナー先生らしい、思い遣りに満ちた提案だ。

 モモとリンゴの気持ちが揺らぎ、前のめりになるのがわかった。

 俺は……未だカーマイナー教室の家族だと言いきる自信を持てない俺は、口を出すべきかどうか迷った。

 本当に出していいのか、どうしても遠慮があった。

 そして、俺が躊躇している間に、ヒイロが言い出した。


「先生がなんと言おうが、オレはカーマイナー教室がなくなるのは嫌だ……。先生が今より歳食って、自然となくなるなら仕方ねえけど……ケンキドゥの野郎に潰されるなんて嫌だ。絶対に絶対に嫌だ」


 一つ一つ、自分の気持ちを確かめるように。

 一言一言、絞り出すように。

 ヒイロは皆に向かって語り続ける。


「そもそもオレは、ケンキドゥがハナから気に食わねえんだ。オレが〈賢者〉になりたいのは自分のためで、あの野郎のためじゃない。だから本当に〈賢者〉になって、『私のおかげだ』って得意げにしているあいつの前で、『オレの実力だバーカ!』って言ってやりたいんだ。鼻を明かしてやりたいんだ」


 そんなヒイロの稚気が、カーマイナー先生は好ましくてならないのだろう。温かい目をして、クスリと笑った。

 そして俺自身、ヒイロに同意だった。

 ヒイロは言い方こそ拙かったけれど、俺が口を出したかったのも、全く同じことだった。


「ケンキドゥという男は、学苑長にも政治家にも相応しいとは思えません。辞めさせるのは難しいでしょうが、誰かが掣肘しなければ、いずれもっと(たが)を緩めて、暴走を始めることでしょう。そこでヒイロたちが正真の〈賢者〉になれば、“十三賢者”相手でも意見を言うことができるようになる。〈賢者〉にはそれだけの影響力が、この国ではある。そして、ヒイロたちがケンキドゥの(たが)になるのです」


 ケンキドゥは大方、ヒイロのことを侮っている。扱いやすい子供だと思い込んでいる。

 確かにヒイロに野心や権力欲といった大それたものはないだろう。

 だがヒイロにだって意志はある。むしろ強い方だ。

 たった今――大恩あるカーマイナー先生の思い遣りに満ちた提案にも、決して流されず自分で考え、嫌なものは嫌だとはっきり自分の想いを主張したように。


「ヒイロの言う通りです。いつまでもケンキドゥの言いなりでいてなるものか」


 いつまでもケンキドゥの好きにさせてなるものか。

 そして、カーマイナー教室に二度と手出しできないようにしてやる。

 俺とヒイロの意見は一致していた。


「だから先生! 先生がオレたちを心配してくれるのはうれしいけど、でもオレは〈賢者〉になりてえ! その気持ちに嘘はつけねえ!」


 ヒイロは威勢よく啖呵を切った。

 実にヒイロらしい、ヒイロはこうじゃなくちゃ嘘だという、小気味良さがあった。


「アタシだってヒイロなんかに負けないわよっ」

「ハァ……ヤンチャな弟と妹を持つと、お姉ちゃんは苦労するなあ」


 先生の提案に気持ちが揺らいでいたモモとリンゴも、塔の最上階を目指す決意を新たにした。


 それを見て先生ももう何も言わず、「ウン……」「ウン……」と何度もうなずいていた。

 親離れしていく子を見守るような、大きな喜びと一抹の寂しさを同居させた表情だった。


 そして、そんな先生を見て、俺もまた決意を新たにする。

 俺の懐には今、先生から預かったものがある。

 禁書保管庫の鍵だ。様々な意味で重たい鍵だ。

 その時に交わした、先生との約束を俺は決して忘れていない。


 ――頼む、ナナシ。ヒイロたちを守ってやってくれ。


 と。

 俺は先生のことを心から尊敬している。

 だからその約束以上に重たいものは、今の俺にはない。

次回もお楽しみに!

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― 新着の感想 ―
うーむ、こうなると、少数の気心の知れた強い味方が居ないとクリアできないけど、最終試験で味方同士の殺し合いに見せかけた何かがありそうだなぁ
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