第十九話 デルベンブロの魔城
前回のあらすじ
ユージンが名声欲しさの虚栄心で魔拳将軍討伐に出立。
マグナスはそんなバカでもさすがに見殺しはできず、やむなく出陣を決意した。
俺はユージンと違い、誰に喧伝するでもなく王都を発ち、「死の山」へと向かった。
街道を外れ、緑碧き平原から荒野へと景色も移りゆく、〈浮遊する絨毯〉での旅だ。
グラディウスの、直立時には三メートルを超す鋼の巨体が、〈浮遊する絨毯〉の上に載るのかどうか、いささか不安だったが、まるで杞憂だった。
ラクスタでも5枚しか存在しないというランクAマジックアイテムは、大重量物を積載していることを感じさせない軽快な動きで、どんな悪路もスイスイと進んでいく。
いざ「死の山」に辿り着き、急勾配が立ちはだかっても、なんのそのだ。
ユージンたちは三日先行しているが、これなら確かに追いつけるかもしれない。
貸し出してくれた、ナルサイの男意気に感謝しなくてはな!
――ともあれかくして。
俺は日が沈まないうちに、デルベンブロの居城へ到着することができた。
剣の如く切り立った険しい山々に囲まれた、なお一層危険なムードを漂わせる城だ。
中に踏む込むだけでも、よほどの勇気が必要だろう。
俺は恐れ気もなく、エントランスから押し入った。
ただし、あくまで慎重にだ。
〈浮遊する絨毯〉から降り、グラディウスの背にも跨らず、臨戦態勢で傍を護衛させる。
〈攻略本〉情報によれば、城の中には雑魚モンスターでさえ、レベル10から13の奴らが跋扈しているという。
さしもの俺も、メゴラウスの大坑道の時のような、気楽に蹂躙しつつ快進撃をする、というような真似はできない。
ただし、奥に進むのが困難だと言っているわけではない。
グラディウスに警護させながら、雑魚モンスターがたむろっている区画を一つずつ、足を止めてⅢ系攻撃魔法で着実に掃討し、安全を確保しつつ堅実に進んでいくべきだと言っているわけだ。
俺はそうやって、デルベンブロの魔城を確実に侵攻していった。
この城の中はやはり複雑な迷路状になっており、罠の類もウジャウジャと、見本市のように用意されている。
が、それらは〈攻略本〉を持つ俺にとっては、障害にならない。
あくまで衛兵代わりのモンスターたちに、数の暴力で包囲されないようにだけ、気をつけていけばよい。
どころか、俺はこの城の、複雑な仕掛けだらけの構造を逆手に取ることさえできた。
「む。ここだな」
とある廊下の石壁を、〈大魔道の杖〉で叩きながら進んでいた俺は、壁の一部が、叩いた時の音が違っているのを発見した。
「デルベンブロ様に栄光あれ」
なんとも虚栄心に満ちた合言葉を、苦笑交じりに唱える。
すると壁の一部が横にスライドして開き、隠し通路が姿を見せた。
〈攻略本〉の情報通りだ。これで大幅にショートカットできる。
ユージンたちに追いつけるかもしれないし、追い越してしまうかもしれない。まあ、どちらでも同じことだ。
緩やかに弧を描く一本道を、俺とグラディウスは悠然と進んでいく。
この中に雑魚モンスターは配置されていない。
そう、雑魚モンスターは、だ。
ガチャン……ガチャン……ガチャン……ガチャン……
奥の方から、足音が近づいてくる。
金属を打ち鳴らすような、重低音だ。
俺とグラディウスは足を止めて、待ち構えた。
ほどなく、そいつはやってきた。
身長五メートルほどの、銀色の肉体を持つ巨人。
この隠し通路を護る、中ボスモンスター。
ミスリルゴーレム。
レベルは26。
俺より遥かに格下だが、侮ることはできない。
なぜなら全身がミスリルできたこいつは、極めて高い〈魔法耐性〉を有しているからだ。
俺たち〈魔法使い〉の天敵だからだ。
ゆえに俺は命じる。
「行け、グラディウス!」
ヒグマの姿をしたスティールゴーレムが、雄叫びもなく吶喊する。
相手が格上のミスリルだからと恐れ気ない、主の命令を忠実に守る、そこにはやはりある種のプロフェッショナリズムを感じさせる。
ミスリルゴーレムもまた、無言でグラディウスに応じた。
がっぷり四つ、金属の巨人たちが組み合う。
が、やはりグラディウスの方が劣勢。
俺は矢継ぎ早に呪文を詠唱した。
〈エンチャントウェポン〉〈マジックアーマー〉〈マジックシールド〉〈ストレングス〉〈タフネス〉〈クイックネス〉〈アジリティ〉……etc、etc。
あらゆる強化魔法でグラディウスをサポートしてやる。
しかももちろん、〈大魔道の杖〉の特殊効果で増幅される。
グラディウスが殴りつけ、ミスリルゴーレムが殴り返す。
はっきり、グラディウスの方が優勢だった。
よし、いいぞ……!
「フラン・レン・エス・ズィー・エル!」
俺もまた攻撃魔法を唱えて、ミスリルゴーレムを直撃する。
通常より少し呪文を長くして〈耐性貫通〉を付与した、レベル32で習得したばかりの〈フリーズⅣ〉だ。
ミスリルゴーレムがいくら〈魔法耐性〉が高いといっても、全くダメージが通らないわけではない。〈耐性貫通〉も付与したしな。
加えて〈氷属性〉の魔法は、しばらく動きを鈍らせるという付加効果がある。グラディウスの肉弾戦を、さらに助けてやれる。
俺の〈フリーズⅣ〉連発により、ミスリルゴーレムの表面がびっしりと霜で覆われていき、フロストゴーレムという風情となる。
動きがどんどん鈍くなっていったそこへ、グラディウスが左右のツメでラッシュをかける。
少々時間はかかってしまったが――ミスリルゴーレム、撃破。
ドロップアイテムは、大量の〈高純度ミスリル鉱〉だった。
普通ならば持ち運び不可能な量だが、今の俺には〈魔法の道具袋Ⅲ〉がある。見た目は小さいが、中に相当量の物体を詰め込むことができる、ランクAの〈マジックアイテム〉だ。
〈サブクエスト〉をやりまくっていた時に、『豪商マルムの依頼 その8 封鎖された街道を突破せよ』のクリア報酬でゲットしていた。
やはり〈サブクエスト〉をこなしまくったのは、正解だったというわけだな。
漏らさず回収した後、俺は隠し通路を前進した。
もはや邪魔するモンスターは存在せず、悠々とその奥にある螺旋階段に到達する。
ここから五階まで一気に上ることができるのだ。ちなみに〈攻略本〉情報によれば、デルベンブロの魔城は全六階。
螺旋階段を上りきり、その先の隠し扉を使って外へ。魔城五階の迷宮に出る。
また〈攻略本〉の地図を照らし合わせながら進んでいき、床に描かれた髑髏の文様を見つける。
「ふむ……」
その髑髏を踏んで、しげしげと見下ろす俺。
と――そこへ、複数人の足音が聞こえてきた。
どうやらわずかに追い越していたようだ。
俺は彼らを振り返って言った。
「やあ。なかなか早いじゃないか、ユージン」
「て、てめえ……マグナス! どうしてここへ!?」
次回、マグナスの姿を見たユージンの反応は――
というわけで、読んでくださってありがとうございます!
毎晩更新がんばります!!