第十七話 用意周到の極致
前回のあらすじ:
ジェリド教室と和解し、再び同盟を組むカーマイナー教室。
そして高階層への初挑戦もナナシの知識と観察眼で突破! ――と思ったら?
「一足飛びに四十六階まで到達できるなんて、素晴らしいチャンスじゃないの」
オリーヴィアらジェリド教室の面々が、〈特別〉試練と聞いて無邪気に喜んだ。
だが俺たちカーマイナー教室の四人は、緊迫の面持ちとなっていた。
前回の〈特別〉試練で命の危機を――〈叡智の塔〉が隠し持つ悪意を、まざまざと味わわされたからだ。
果たして〈ジニアスアバター〉が、第二の〈特別〉試練の内容を宣告する。
厳粛に。冷酷に。
『時間も人数も問わぬ、〈グレーターデーモン〉を討伐せよ」
聞いたジェリド教室の面々から、「え……?」と放心する者が続出した。
無理もない。
〈グレーターデーモン〉といえば、もはや神話や伝説上の存在だ。
数々の書物でも示されている。大精霊である〈イフリート〉や〈ブリザード〉でさえ、〈グレーターデーモン〉という正真の魔物に比べれば、大した脅威とは言えないのではないか。
そんな伝説級のモンスターといきなり戦えと言われ、咄嗟に現実を受け止められない学苑生がいても、俺は責める気にはなれなかった。
だが悪夢ならば覚めてくれるが、現実というものは――受け止められようが、られまいが――容赦なく襲い来るもの。
石畳の床に光の魔法陣が描かれたかと思うと、ジニアスアバターが召喚した〈グレーターデーモン〉が、あたかも地の底からやってくるようにゆっくりと顕現した。
ヤギの頭と三つの目、コウモリのような羽を持つ、漆黒の巨人だ。
なぜか厳重に手枷をされている以外は、多くの書物に記された通りの外見。
「ひい、ふう、みい、よ……ククク、生け贄が十九匹か。悪くない」
〈グレーターデーモン〉はニタリと笑うや、最初の獲物を見定めた。
その邪悪な眼差しの先にいる少女――ジェリド教室のミントへ、いきなり黒炎のブレスを一直線に吐きかけた。
未だ現実を直視できていないミントは、「え? 嘘ですよね?」とばかりに放心したまま、よけることも防ぐこともできなかった。
「しっかりしろ!」
だから俺は咄嗟に跳び出し、ミントを突き飛ばすことで庇った。
〈グレーターデーモン〉は邪心を剥き出しにしているからこそ、その視線から意図を読むことができたし、一同で唯一の前衛職(らしい)俺だからこそ反応ができたのだ。
だがそれでも、咄嗟にミントを突き飛ばすのができたせいぜいで、代わりに俺が黒炎を浴びてしまった。
「ぐああああああああっ」
凄まじい痛みに俺は絶叫する。
死なずに済んだのは、やはり俺が〈生命力〉の高い、なんらかの前衛職だからということだろう。
この場には十八人もの〈僧侶〉がおり、すぐに回復魔法が次々と飛んできたのもありがたい。
そう。
事ここに至り、ようやくジェリド教室の面々も目が覚めた。
最初から臨戦態勢だったヒイロ、モモ、リンゴだけでなく、オリーヴィアやミントたちも俺に回復魔法をかけてくれて、また各自が防御魔法や強化魔法を展開していったのである。
「ククク、小賢しいことよ。無駄な努力にせいぜい励むがいい」
魔界の住人といわれる〈デーモン〉の、さらに上位種ともなれば、俺たち人間が魔法による強化をどれだけ準備しても、猿のたわむれにしか見えないのだろう。
ヒイロたちが全ての呪文を唱え終わるまで、鷹揚の見物を続けていた。
だが、慢心するだけの強さが奴にはあった。
魔法による強化を終えた俺たちは、続いて攻撃魔法を次々と撃ち放った。
しかしヒイロの〈ファイアⅢ〉ですら、ろくに効かない。
〈グレーターデーモン〉はくすぐったがるのみに終わる。
いくつかの文献によれば奴らは――〈ゴーレム〉種ほどではないものの――高い魔法耐性を持っているという。賢者見習いにとってのその脅威を、まざまざと見せつけられた。
そして、奴の反撃が来た。
「そら、もう一度芸を見せてみよ」
そう言って奴は邪悪な眼差しで、ひたと俺を見据えた。
嘲るように俺から一番遠くにいた、ジェリド教室の青年へ向けて、黒炎のブレスを一直線に吐きかけた。
先ほどのミントの時同様に、庇えるものなら庇ってみせろと、俺たちをオモチャにしているのだ。
隠そうともしないその意図を俺も見抜いた上で、再び庇おうと跳び出したが、今度は間に合わなかった。
「ぎああああああああああああああああああっ」
ジェリド教室の青年は、断末魔めいた叫びとともに悶絶した。
厳重にかけていた防御魔法のおかげだろう、どうにか一命はとりとめた。
すぐにかけられた回復魔法のおかげで、意識も回復した。
でも彼は完全に戦意喪失していた。
「き、棄権だ! この試練を棄権する!」
もうパニックになって味方のことも忘れ、我先にギブアップ宣言するその青年。
『棄権申告を認めよう』
ジニアスアバターが一つうなずくと、その青年の姿がフッと消えた。
一階の広間に送り返さえたのだろうことは想像がつく。
それを見て、オリーヴィアも決心がついたようだ。
「いくら大チャンスでも、無理なものは無理よ! 皆、棄権しなさい!」
「き、棄権する!」
「私も棄権するわ!」
リーダーの許しを得て、ジェリド教室の面々が次々と宣言し、その姿が消えていく。
「ヒイロたちも早く諦めなさいな!」
オリーヴィアの姿もその台詞を最後に、フッと消える。
第一の〈特別〉試練の時は、棄権は全く認められなかった。
おかげで俺たちは〈ミスリルゴーレム〉という、到底勝てるとは思えなかった化物を相手に、死闘を強要された。
だが、今度の〈特別〉試練は棄権が認められるのだろうか?
であらば〈グレーターデーモン〉を相手に、命を懸ける理由などない。
ヒイロが九死に一生を得たような顔で、俺たちを代表して宣言した。
「オレたちもギブアップだ! 今すぐ試練を中止してくれ!」
ジニアスアバターが一つうなずいて、厳かに答えた。
『汝ら四人は第一の〈特別〉試練を突破した、極めて有望な〈賢者〉の卵。それが一気に五つの階を登塔できるこの好機を、みすみす諦めるものではない。挑戦せよ』
前回の時と同じ、俺たちの棄権申告を却下した。
いつも通りの表情と口調で、悪意以外の何物でもない台詞を吐く様は――もう一度聞いてなお――不気味などという言葉では言い表せないほどゾッとするものがあった。
かくして俺たち四人は、〈グレーターデーモン〉から逃げられないという絶望的な現実と、直面させられる。
「あ、あ、あ……」
リンゴがその絶望に押し潰されるように、その場にへたり込む。
無理もない。そもそも彼女は争いごとが苦手な、優しい人間なのだ。
しかしこの場で戦意を喪失することは、死を意味する。
「ジニアスアバターの言葉じゃないが、諦めるな!」
俺は皆の勇気を奮い立たせるため、率先して〈グレーターデーモン〉に突撃した。
「ア・ウン・レーナ!」
「生け贄が一気に減って興が醒めかけたが……貴様は本当に活きがいいな。よかろう、遊び相手になってやろう」
俺は〈勁〉を宿した拳で殴りかかるが、〈グレーターデーモン〉にヒョイとよけられる。
巨体とは思えない敏捷さ……近接戦も決して苦手ではないらしい。
それどころか続く俺の連続攻撃も、尽く避けられてしまった。
まさしく巷の子供たちが遊ぶ「勇者ごっこ」で、魔物役の大人にあしらわれる、あの様を彷彿させられる状況だ。
だが構わない。
〈グレーターデーモン〉が俺を弄ぶのを楽しんでいる限り、俺はこいつを引き付けることに成功しているからだ。
その間にヒイロたちが、長い呪文に集中できるからだ。
特にヒイロの〈ファイアⅢ〉を威力増加、単体集中化、耐性貫通化といったヘヴィカスタマイズできれば、この正真の魔物相手でも通用するのではないか?
「「「クーン・ウーニヌー・ティルト・ウン・プレイ・エ――」」」
白兵戦を続ける俺の後ろから、ヒイロ、モモ、リンゴが詠唱する声が聞こえた。
俺と同じ考えに至ったのか。
あるいは戦い続ける俺の背中を見て、感じてくれるものがあったのか。
とにかくヘヴィカスタマイズした攻撃魔法の準備を、三人が始めた。
その長い呪文が完成するまで、俺は〈グレーターデーモン〉を引き付けなくてはいけない。
俺との戯れに夢中になっているからと、油断はできない。
こいつの性格はもうわかった。
最初に俺たちが強化魔法を重ね掛けするのを見過ごしたように、今もヒイロたちの好きにさせようとするかもしれないし――
「ククク。私相手のお遊戯に、夢中になっていたら仲間が死ぬぞ?」
――先ほど、俺を揶揄するためだけにジェリド教室の青年を狙った時同様、俺がもうヒイロたちを庇える状況や距離でないことをわかった上で、いきなり黒炎のブレスで狙うかもしれない。
俺はそれを予測していたから、〈グレーターデーモン〉が黒炎ブレスのため大きく息を吸った瞬間には、跳躍して奴の顔面に拳を叩き入れていた。
実時間にすればごくわずかの隙。
だがその好機を虎視眈々と伺い、決して見逃さなかったのだ。
俺の一発で〈グレーターデーモン〉はのけぞり、たたらを怯み、ダメージを与えるとともにヒイロたちの詠唱時間の確保に成功する。
魔法耐性を持っているこいつ相手だが、勁を込めた俺の近接攻撃は、当たればちゃんと通用するという手応えをつかむ。
そしてヒイロたちが追い打ちの如く、ヘヴィカスタマイズした攻撃魔法を叩き込む。
これもまた効いた。
大ダメージとまではいかないが、確実に奴の〈HP〉を削り取っている様子が見て取れた。
これを続けていれば、いつかは斃せる相手だと希望が見えてきた!
「ヌグウ、小癪なァ!」
ずっと余裕綽々で笑っていた〈グレーターデーモン〉も、初めて形相を歪めた。
事ここに至り、鷹揚の仮面をかなぐり捨てた。
希望が見えたからといって、ますます油断のならない状況になったというわけだ。
こいつの性格から見て、まず間違いなく意地になる。
俺をあしらいながら、ヒイロたちをどうにか傷つけてやろうと躍起になる。
それを俺は、体を張ってでも止めなければならない。
大切な仲間たちを守らなくてはならない。
そのために俺にできることは、前衛職として近接戦。
そして、考えることだ。
そう、思考を止めるな。
〈グレーターデーモン〉がなぜ手枷をしているのか――この試練を用意した、初代賢者ジニアスの意図を読み取れ。
恐らく〈グレーターデーモン〉はこの手枷によって、弱体化されている。
本来なら俺たちの攻撃など一切効かず、黒炎を浴びた時点で即死していたかもしれないのが、そうはなっていないのは、こいつが〈レベル〉を下げられているなりなんなりされているからだと予想できる。
しかし、そうとわかって安心してはならない。
こいつが足枷をされていない意味まで、思考を馳せなければならない。
それは恐らく、「〈グレーターデーモン〉の移動能力までは封じていない」という試練のメッセージ、警告なのだ。
ゆえに俺が警戒すべきは、まず黒炎のブレス。
次いでこいつが強引に俺を突破し、ヒイロたちのところへ向かうことだ。
特にコウモリの羽を使って空を飛ばれたら、容易に手出しできない。
羽ばたきを始めた瞬間には、足をつかんで地面へ叩き下ろすなりなんなり、心構えをしておかなくてはいけない。
事前に読み予測ができていれば、咄嗟の隙にも反応できることは、さっき俺が証明した通りだ。
と――そんな風に、俺は〈グレーターデーモン〉への拳打、蹴打を続けながらも、同時に頭でずっと思考と推測を続けていた。
だが、やはりこいつは正真の魔物だった。
そんな俺の予測を、あっさりと超えてきた。
常識という枷から逸脱できなかった俺を、嘲笑うかのように。
「ティルテレイ・エ・プロン・レン・ティルト――」
〈グレーターデーモン〉が俺をあしらいながら、いきなり呪文を唱えた。
聞いたこともない、未知の呪文だった。
そして、奴の巨体がいきなり俺の目の前から消えた。
いったいどこへ?
俺が見つけるより早く、モモとリンゴの悲鳴が聞こえた。
反射的に振り返る。
いた――ヒイロの背後へ、突如として。
先ほどの呪文は、瞬間移動の魔法だったのだ。
王都の禁書保管庫にも存在しない、恐らく人類が知るところのない魔法だったのだ。
〈グレーターデーモン〉は手枷に拘束された両腕を、鈍器の如く振り上げてきた。
それでヒイロの脳天を、嘲笑しながら叩き潰すつもりなのは、明白だった。
対して俺たちは完全に不意を衝かれ、咄嗟に対応できない。
俺が庇うことはおろか、ヒイロが背後からの奇襲を避けることさえも。
死ぬ。
ヒイロが。
その予感に俺が、モモが、リンゴが、そして当の本人が顔面蒼白となる。
知識が欲しかった。
森羅万象を網羅するような、完璧且つ広範な知識が。
自惚れかもしれないが、俺にはものを考える力がある。
だから、これまでも様々な予測を立て、対応策を練り、様々な試練を突破してきた。
しかし予測は予測だ。
神ならぬこの身で、百パーセントの的中などあり得ない。
だから、知識が欲しい。情報が欲しい。
それさえあれば予測などに頼らず、完璧な計画を立てられるのに。
たとえどんな困難でも必ず攻略する手段を、周到に用意できるのに。
だが、森羅万象を網羅する知識など、荒唐無稽だ。
ないものねだりだ。
俺は反射的にヒイロの方へ駆け出しながら、そのことを痛感していた。
絶望していた。
〈グレーターデーモン〉が両腕をヒイロの頭へ振り下ろす様を、まだ届かぬ距離から、何もできずに見ていた。
誰でもいいから助けてくれと、心の中で叫んでいた。
藁にも、普段蔑ろにしている神にもすがる想いだった。
奇跡よ起きよと念じていた。
だから、とは思わない。
でも、起きた。
奇跡は起きた。
ヒイロを庇い、〈グレーターデーモン〉の振り下ろされた腕を受け止めた者が、突如として現れたのだ。
小柄なメイドだった。
本当になんの前触れもなく現れたから、我が目を疑ってしまった。
意味がわからなかった。
そのメイドが、〈グレーターデーモン〉の両腕を受け止めたまま叫んだ。
『ワタシの名前は、ショコラ!
と、塔の妖精です!
ご主人様のご命令で、みなさんのことを陰ながら見守っていました!
決して神の奇跡なんかじゃありません!!』
次回もお楽しみに!




