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「攻略本」を駆使する最強の魔法使い ~〈命令させろ〉とは言わせない俺流魔王討伐最善ルート~  作者: 福山松江
第六章  これは〈命令ではないよ〉とおためごかしばかり言う賢者編
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第十三話  重たい鍵(ケンキドゥ&ナナシ視点)

前回のあらすじ:


エリスとデートさせられるナナシだが、結局はエリスの嘘を見破り、袖にする。

だがそのことでよけいにエリスに惚れられてしまうのだった。

 私――“十三賢者”の一人にして若き教育大臣、賢者の学苑の長であるケンキドゥは、一通の手紙を前にほくそ笑んでいた。

 学苑内にある、由緒正しき学苑長室のことである。


 手紙は私と同じ“十三賢者”の一人にして、外務大臣グロースからのものだった。


『私は魔女のハニートラップに溺れ、十四年に亘ってヴィヴェラハラへ様々な便宜を図っていた。その事実を貴殿が公表しない代わりに、次の国王選挙では貴殿に票を投じる』


 と、グロースの署名とともに直筆で書かれている。

 私の前に膝を屈した奴が、私の指示通りの文面で誓約書を書いてよこしてきたのだ。


 グロースがその地位を利用し、長年に亘って売国利敵を働いてきたのは、本当に由々しきことだ。心底、唾棄すべき輩だ。

 私は神にも通ずる(カミツーの)〈攻略本〉を使い、また知恵の神霊ナルサリューにグロースの項目を読み上げさせることで、奴の不正を知った。

 そこで奴を脅迫――もとい忠告し、以後は心を改めることと、次の大賢者(こくおう)に私を推すことで我が国の改革に協力するよう、誓わせたのだ。


 そして、これで六人目。

 私自身の票を含め、“十三賢者”のうち過半数に、次の選挙で私へ投票するよう約束させることができた。

 これで私が次の大賢者に選ばれることは、決定的になった。


「フフフ……向かうところ敵なしとは、このことだな」


 私は〈攻略本〉を弄ぶようにページをめくり、いつまでもほくそ笑む。

 聖刻文字で書かれた本は、相変わらずさっぱり読めなかったが、そんなことはどうでもいい。都度、ナルサリューに読み上げさせれば良いだけのこと。

 この私の智謀と〈攻略本〉の知識が合わされば、まさに竜に翼を得たる如し。

 笑いが止まらなかった。


 だが私の政治工作――もとい他の“十三賢者”に大志を理解してもらう活動は、まだここで終わりではない。

 私のような極めて優れた人間が、「ただの大賢者」で終わってよいはずがない。

 十三人全員の満票で選ばれた、「歴史に残る大賢者」でなくてはならない。


 そのためにも、まだあと六人。

 まだまだ〈攻略本〉を用い、説得を続けていく必要がある。

 私は気を引き締めるため、〈攻略本〉を閉じるとともに笑みを消した。


 すると今まで頭に入らなかった雑音が、よく聞こえてくるようになる。

 今日は何やら学苑内が騒がしいようだ。

 興味を覚え、確かめることにした。

 まずは傍に立っていたナルサリューに命じ――もとい祈願し、姿を消してもらう。

 その上で執務机の上のベルを鳴らし、秘書を呼びつけた。


「カーマイナー教室が、いよいよ〈叡智の塔〉の四十階に到達したということで、学生たちが騒然となっているようです」


 と秘書が原因を教えてくれた。


「ほう! 学苑生が新たに四十階に到達したのは、何年ぶりのことだったかね?」

「私の記憶では、十九年ぶりですね」


〈叡智の塔〉は俗に二階から十九階までを「低階層」、二十階から三十九階までを「中階層」、四十階以降を「高階層」と呼び、それぞれ試練の難易度が跳ねあがると言われている。

 私が学苑長に就任する以前、長らく学苑は塔の攻略を疎かにしていたのもあり――なんと嘆かわしきことか!――学生たちが高階層に到達することはめっきり途絶えていた。

 してみればヒイロ君率いるカーマイナー教室が、私の薫陶よろしく十九年ぶりに高階層へ到達した事態は、まさに快挙と言えよう。

 学内が騒然となるのも当たり前のこと。

 学生たちの心情に配慮し、静かにするよう命じるのは野暮というものだな。


「フフ、さすがはヒイロ君だ。私の見込みは間違いではなかった」


 彼こそが塔の頂を極め、私――もとい我が国に〈究極魔法(アルテマ)〉を持ち帰ってくれる人材だ。


 よし、決めた。

 この上はヒイロ君に一日も早く登頂してもらうため、私から強力に援助することにしよう。

 

「君。急ぎ、カーマイナー教室の者たちを呼んでくれたまえ」

「畏まりました、学苑長」


    ◇◆◇◆◇


 俺――賢者の学苑生ナナシは、ヒイロたちとともに学苑長室へ呼び出されていた。


「おめでとう。ついに高階層へたどり着いたそうじゃないか」


 執務机に着くケンキドゥが、胡散臭い笑みを浮かべて言った。

「君たち」と口では言いつつ、こいつはヒイロのことしか眼中にない。

 俺やモモ、リンゴのことなど名前も憶えいないだろう。

 こいつが本物の「実力主義者」ならば、俺たちが高階層に到達したことで、ヒイロ以外の覚えも少しは変わりそうなもの。

 だがこいつは「実力差別者」なので、あくまで魔法の天才と呼ばれるヒイロが一人で活躍した結果だと、信じて疑わないのだろう。


「そこで私は君たちに、特別な褒美を用意した」


 ケンキドゥは胡散臭い笑顔のまま、執務机の上に鍵を一つ提示した。

 およそ尋常のものではない。大きく、古めかしく、重々しい鍵だ。

 得も言われぬプレッシャーを醸し出している。

 俺は好奇心を刺激されたが、ヒイロたちは先に圧倒されてしまった様子。


「こ、この鍵はなんですか、ケンキドゥ師?」


 年長者のリンゴが俺たちを代表して質問するが、実力差別者(ケンキドゥ)は完全に無視した。

 仕方なくヒイロが同じ質問をすると、ケンキドゥはもったいぶって答える。



「禁書保管庫の鍵だよ」



 聞いてヒイロたちがますます圧倒され、うめいた。

 一方、俺はますますの好奇心を刺激された。


 この賢者の学苑には、その名に相応しい巨大な図書館と蔵書がある。

 そしてその地下には、学苑が蒐集(コレクション)したたくさんの危険な書物――主に魔法の書――が保管されており、学苑長の許可なく誰も閲覧できないと聞いていた。

 信憑性のある噂話では、保管庫が開かれるのは新たに禁書を納める時のみで、閲覧が許可されたケースはここ百年、一度もないという。

 読書狂いの俺としては、閲覧できるものならぜひしてみたかったというのが本音。

 それは本音なのだが――


「この鍵を持っていきたまえ。今のヒイロ君には、自由に閲覧する資格がある」


 散臭い笑顔で勧めてくる学苑長を見て、こうも思う。

 ケンキドゥはその百年の禁を、あっさりと破った。

 そこに「己が革新的な学苑長である」というケンキドゥの見栄や、対外的なパフォーマンスめいたようなものを感じてしまうのは、俺の穿ちすぎだろうか?

 まあ、今回はその虚栄心を、ありがたく利用させてもらうがな。


 しかしヒイロたちは、俺とは違うようで、


「あ、あの、禁書とかヤベエもんを好きにしろって言われても、ぶっちゃけ荷が重いんスけど……」


 すっかり気後れした顔で、おずおずと辞退を申し出る。

 ケンキドゥはその返答が気に食わなかったのだろう、胡散臭い笑みがすっと消え、怒りを堪えるような厳しい顔つきになった。

 俺の見るところ、このケンキドゥという男は少しでも自分の思い通りにいかないと、カンシャクを起こすタイプだ。


「高階層ともなれば、塔の試練は危険度をいや増すことだろう。だが禁書保管庫に封じられた強力な魔法を会得できれば、必ずやヒイロ君の助けになるはずだ。本来はどんな理由があろうとも閲覧など認められない、私自身も周囲の批難を浴びかねない掟破りだと承知の上で、それでも私はヒイロ君を助けたいのだという、いわば親心を! ……わかってもらえないものかね?」

「あ、いや……その……」

「少し危機感が足りないのではないかね? もしヒイロ君が〈究極魔法(アルテマ)〉を持ち帰ってくれなかったら、カーマイナー教室を解散させるという件、私は忘れたわけではないよ?」

「うっ……」


 以前はそこまで確たる条件を出してこなかったはずだが、ケンキドゥはいつの間にか話を大きくし、脅迫してきた。

 ヒイロは気おされ、うつむいて考え、それから覚悟を決めたようだ。


「……わかりました。学苑長の命令なら、鍵は借りていきます」

「いやいや、勘違いしては困るよ。これは決して命令なんかじゃない。あくまで君を想っての、いわば親心だと言っただろう?」


 ヒイロを思い通りにできて、ケンキドゥは再び胡散臭い笑顔になった。

 本当におためごかしの好きな奴だ。

 学苑長の強権を振りかざし、立場の弱いヒイロを追い詰めておきながら、口では綺麗事ばかり並べる。

 これがガクレキアンキに栄えある“十三賢者”の一人とはな!

 俺は鼻白まずにいられない。

 そして、どうせケンキドゥは俺のことなど眼中にないから、隠す必要もない。


    ◇◆◇◆◇


 そして俺たちは鍵を使い、禁書保管庫の扉を開けた。

 図書館以上に古かびた空気が、中からむわっと噴き出す。

 俺は好奇心のままに臆せず踏み込み、ヒイロとモモ、リンゴがおっかなびっくりついてくる。

 俺はあちこちの書棚に手を伸ばしては一冊一冊、取ってみるが、ヒイロたちは距離をとって眺めるばかりでなかなか勇気が出ない様子。

 

 まあ無理もない。

 俺は魔法書を中心にチェックしてみたが――〈悪魔を召喚する魔法(サモン デーモン)〉、〈生物を石に(ペトリフィ)変える魔法・改(ケーションⅡ)〉、〈魂を融合する魔法(ソウル リンク)〉、〈異性の心を操る魔法(テンプテーション)〉、〈死者を生ける屍に(クリエイト)変える魔法(ゾンビ)〉、〈透明になる魔法(インヴィジブル)〉、〈既知の都市へ転移する(タウンゲート)魔法〉……等々、一般には遺失魔法(ロストマジック)と呼ばれる、悪用すれば危険極まる魔法がそこかしこに眠っていた。

 ヒイロたちはこれらに手を出すことに、生理的な忌避感を覚えている様子だった。


 その感覚は、常人として全く正しい。

 犯罪者は罪を繰り返すことで、だんだんと倫理観のタガが緩んでいき、やがて人間性そのものに変化が現れるといわれている。

 同様にこれらの危険な魔法を濫用すれば、重犯罪者の如く人格が歪んでしまう可能性がある。

 中には〈悪魔を召喚する魔法(サモン デーモン)〉みたいな、「使用することで〈精神力(MP)〉を失うだけではなく、精神そのものを蝕まれ、人格を損なう」とストレートな副作用が、注意書きされている禁書も存在した。


「よし。決めた――」


 俺は手にした一冊を閉じ、書棚に返すと、ヒイロたちを振り返る。


「禁書に手を出すのはやめよう。俺たちはこれまで通りのやり方で、登塔を続けるべきだ」


 ヒイロたちの怖気づいた顔色を見れば――これらの魔法がどれほど強力であろうと――手に余る代物でしかないとわかった。

 だったら下手に手を出せば、有用どころか返ってマイナスになりかねない。


「で、でもケンキドゥの奴がなんていうか……」

「奴は別に塔まで俺たちについて来るわけじゃない。禁書に頼っているかいないか、確かめる術がない。要は俺たちが最上階に到達すれば、ケンキドゥだって文句はないだろう?」

「そ、そうよね! アタシたちの実力なら、禁書なんかに頼る必要はないわよ!」

「じゃ、じゃあこの鍵はどうする、ナナシ? ケンキドゥに突き返すわけにはいかないだろ?」

「カーマイナー先生に預かってもらうのがいいと思う」

「名案だわ。カーマイナー先生なら絶対に信用できるもの」


 俺の話を聞いて、ヒイロたちの顔色がみるみる明るくなっていく。

 強がりな性格のモモでさえ、禁書に手を出さなくてよいとなって、こっそり胸を撫で下ろしている。

 とにかくだ。そうと決まれば話は早い、俺たちは意気揚々と帰路に就いた。

 ヒイロは一切の未練なく、強力な魔法群の眠る禁書保管庫に鍵をかけた。


    ◇◆◇◆◇


 その夜、俺は学生寮を抜けて、カーマイナー教室――先生やまだ幼い孤児たちが生活している、学苑の端っこにある館を訪ねた。


「やあ、ナナシ。来ると思っていたよ」


 先生は起きて俺を待ってくれていた。

 静まった夜のダイニングキッチンで一対一。紅茶の準備をしてくれていた。


 この齢七十になる学苑の教師は、どこまでお見通しなのだろうか。

 さすが人としての年季が違う。

 俺が人目を忍んでやってきた理由も、きっとご承知なのだろう。

 が、敢えて俺は口にした。



「先生にお預けした禁書保管庫の鍵を、改めて俺に預けて欲しいんです」



 ヒイロたちが聞いたら目を剥いただろうが、先生はウン、ウンとうなずくだけで全く驚かなかった。


「誰にも――ヒイロたちにも内緒で、ナナシだけ禁書保管庫に通いたいということだね?」

「仰る通りです」


 俺は胸を張って主張を続ける。


「強すぎる薬は毒になりますし、時に毒が薬になることもあります。要は用法次第なのです」

「そして、それは毒も禁書も同じことだとナナシは言うんだね?」

「はい。俺はあそこに眠る強力な魔法を、決して悪用しないと誓います。理性を以って登塔に役立てます」

「その誘惑に耐える自信が、君にはあるんだね?」

「はい。もちろん、中には本当にどうしようもなく危険な魔法もあるでしょうから、それらには俺も絶対に手を出しません。逆にリスクをコントロールしやすい魔法の書なら持ち帰って、黙ってヒイロたちに渡して習得してもらうのもいいでしょう」

「その危険か安全かの選り分けも、できる自信があるんだね?」

「もしそれが過信にすぎないと先生がご判断したなら、いつでも俺を止めてください。断罪してくださっても構いません」

「いや、信じるよ。君の言うことなら」


 学苑の前でひろってからまだ二か月も経っていない、しかも記憶喪失の俺の言い分を、先生は受け容れてくれた。

 どこまでも真実を見通したような、穏やかな目で。

 先生は〈魔法使い〉と〈僧侶〉であり、厳密な意味で〈賢者〉ではないはずだ。

 しかし真の賢者とは、このカーマイナー先生のことをいうのではないだろうか。


「〈叡智の塔〉の高層階がどれだけ危険かを、私は知っている。できればヒイロたちには、無縁でいて欲しかった。今からでも登塔を止めるべきではないかと、毎日悩んでいる。だが親が子のやることに何もかも指図すれば、子の成長にならないことも、私は知っている。痛いほど知っている。ジレンマだよ」


 そう語った先生の声にもまた、ただその言葉以上の年輪が刻まれているように感じた。

 俺は人の親になったこともなければ、教師でもないから、軽々しくうなずくことはできなかった。

 ただ――


「頼む、ナナシ。ヒイロたちを守ってやってくれ」

「お預かりします」


 先生があらかじめわかっていたように、テーブルの上に差し出してくれた鍵を、俺は両手でいただいた。

 大きく、ズッシリと重い。

 だがそれ以上に重い責任を、俺はこの先生から託されたのだ。

次回もお楽しみに!


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拙著「追放村」領主の超開拓、のコミカライズ連載が始まりました!
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