第十八話 マグナスの葛藤
前回のあらすじ:
マグナスが王国中で活躍を始めたせいで、勇者が劣等感で焦る。
俺――〈魔法使い〉マグナスは、ラクスティアで数々の依頼をこなし、王国中を往ったり来たりと忙しくし、〈サブクエスト〉をクリアしまくった。
しかしおかげで、俺のレベルは32となっていた。
俺の頭の中の計画表にある、最低限度の目標レベルに達したわけだな。
なぜ32が最低限なのか――それを話すと、少し長くなる。
俺たちが暮らすこの世界、アルセリアには現在八つの大国が存在する。
俺が今いるこのラクスタ王国もその一つだな。
魔王モルルファイはその八大王国を侵略、あるいは牽制するために、配下の中でも最強と名高い“八魔将”と軍勢を派遣している。
ラクスタ王国にも、南の辺境部にある「死の山」と呼ばれる未開地に、“魔拳将軍”デルベンブロが居城を構えている。
俺はラクスタを後にする前に、こいつを討伐しておきたいのだ。
そして、そのためには最低でもレベルが32必要なのだ。
〈攻略本〉の情報によれば、デルベンブロのレベルはなんと40!
人類史上、ただの一人も到達できなかったとこの〈攻略本〉にも書いてある、驚天動地のレベル40台というわけだ。
そう、神霊タイゴンの教えをアルセリア全土に広め、今日の教会の礎を築いた史上最高の聖者(俺に言わせれば史上最高の詐欺師!)メルテールも、リーンハルター帝国を建国した覇者であるベルナルト大帝も、金の力だけで国を買った伝説の大商人カッパーも、武道家の聖地ウーリューの開祖も、北の山賊王も南の海賊王も、もちろん俺が尊敬する学院の始祖レスターも――歴史に名を残し、御伽噺や戯作として語り継がれ、今でも、子どもでも知っているような偉人たちでさえ、レベル40にまでは至らなかったのだ。
さすが魔王やその腹心の魔将たちは、我ら人類を超越しているという証左であろう。
俺はそんな化物の一体をソロで相手取らなくてはならないのだが、慎重を期すのは当たり前の話だろう?
高レベルモンスターの常というか、“魔拳将軍”デルベンブロも様々な厄介な特殊能力を持っているらしい。
中でも一番恐ろしいのが、〈フィストバインド〉という特殊能力だ。
これは最大で二体までの対象を、問答無用で〈拘束状態〉にできるという、反則に近い効果を持っている。もし俺が何も知らずにデルベンブロに挑んでいたら、全く何もさせてもらえず、嬲り殺しにされていたところだろう。ゾッとするな!
そして、この恐るべき特殊能力への対抗方法は、シンプルにして一つだけ。
レベル32以上の相手には、〈フィストバインド〉は効かないのだ。
俺が「レベル32が必要最低限度」とした理由もわかってもらえただろう。
ただ――俺は石橋を叩いて渡る性格だ。
できれば最低限度で焦って挑戦するのではなく、レベルを上げられるだけ上げてから、デルベンブロに挑みたいというのが人情。
幸い、ラクスタ王国で受けられる〈サブクエスト〉はまだまだある。
当然ながらさらに時間はかかってしまうが、俺はこれらもこなしていって、レベル34までは上げる予定だった。
俺の頭の中の計画表には、そう記されていた。
ところが、その計画に予期せぬ狂いが発生した。
またしてもユージンの暴挙の仕業だ。
おお、神霊タイゴンよ! 貴様が選んだ勇者は、貴様の望み通りの道化っぷりで、貴様の目を楽しませているのだろうな? きっとそうに違いない!
俺がユージンの暴挙を知ったのは、〈学者〉ナルサイの屋敷を訪ねた時のことだ。
「お聞き及びですかな、マグナス殿?」
と、深い知性を窺わせる落ち着いた声音で、彼は言った。
ナルサイは学識と見識に優れた男で、俺も一目置いている。
彼の依頼を起点とする〈サブクエスト〉が多かったことから、俺は何度となく彼の屋敷を訪ねることとなり、必然、知己を得たのだ。
ナルサイは間違いなく善人だが、ウィットに富んだ者にありがちな、皮肉っぽい口調で俺にこう教えてくれた。
「勇者を名乗るユージンとその一行が、“魔拳将軍”デルベンブロを討伐するため、王都を発ったらしいですぞ」
「なに……それは真ですか、ナルサイ殿?」
「間違いないようです。あの浅はかな男が、今から討ちに行くぞとわざわざ恩着せがましく、あちこちで喧伝したらしく、王都雀たちの間でもっぱらの騒ぎになっております。お忙しいマグナス殿が、井戸端での噂話までご存じないのは当然だと思いますが、三日ほど前の話ですな」
「……ユージン。……なんと愚かな」
俺は頭痛を堪えて、額に手を当てた。
俺がユージンのパーティーを抜けてから、彼らが劇的にレベルアップできているとは、到底思えない。
であれば彼らは間違いなく、デルベンブロに皆殺しにされてしまうだろう。
「…………」
俺はナルサイ宅を訪問している最中だということも忘れて、無言になって考え込んでしまう。
もしこれが、ユージンらがデルベンブロを討伐しに行って、全滅したという過去形の話だったとしたら、俺の心はそれほどざわつかなかっただろう。
知らぬ仲ではない彼らに、しばしの冥福を祈ってやって、後はきれいさっぱり気持ちを切り替えていたことだろう。
そこで涙が出るほど、俺は偽善者ではないのだからな。
だがナルサイがしてくれたのは、現在進行形の話だった。
今、俺が「死の山」へと向かえば、ユージンたちを救えるかもしれなかった。
「…………………………………………」
救うのか? あんな奴らを? わざわざ? 俺が?
しかも、まだ満足いくまでレベルを上げきっていないのに? リスクを冒してまで?
「……………………………………………………………………………………」
行くべきか、行かざるべきか、それが問題だ。
エンゾ村のメルを救いに行った時とは、比にもならない問題だ。
にもかかわらず……嗚呼、結局はメルの時と同じだったらしい。
俺の心は最初から決まっていたらしい。
俺は決して偽善者ではないが、我ながら呆れるほどのお人好しだったらしい!
「すまない、ナルサイ殿。急用ができたゆえ、今日は失礼させていただく」
「……まさか、行くのですか、マグナス殿? あんな粗忽者を救うために?」
「愚かと笑ってくれ。実際、俺もそんな気分のはずなのだが、自分のこととなるとさすがに、これがまるで笑えない話なのでな」
「なんと……」
ナルサイもまた呆れ返ったように、ぽかんとなっていた。
でも、すぐに思い直したようにこう言った。
「笑いますとも、マグナス殿。あなたがデルベンブロすら斃し、凱旋した暁には、笑顔で迎えましょうぞ。朝まで武勇伝を聞かせていただきましょうぞ。その時はとっておきの三十五年物をお出ししましょう」
「気持ちはありがたいが、俺は一晩中飲れるほど酒は強くない」
「ははは、そうでしたか! なるほど、偉大なる魔法使い殿にも弱点はおありか! いや失敬、これも笑い話ではございませんでしたな」
「構わんさ。笑ってくれと言ったのは俺だ」
今度は俺もニヤリとできて、互いにほくそ笑み合う。
「しかし、そういうことでしたら私も一つ、マグナス殿の義侠心に、当てられることとしましょうか」
「と、仰ると?」
「三十五年物ではなく、当家秘蔵の〈浮遊する絨毯〉をお貸ししましょう。これなら勇者一行に追いつける可能性も高くなるはずです」
「フッ。かたじけない、ナルサイ殿」
俺たちは今度こそ、腹の底から笑い合ったのだった。
マグナス、出陣!
次回、魔将の城に挑みます。
というわけで、読んでくださってありがとうございます!
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