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「攻略本」を駆使する最強の魔法使い ~〈命令させろ〉とは言わせない俺流魔王討伐最善ルート~  作者: 福山松江
第六章  これは〈命令ではないよ〉とおためごかしばかり言う賢者編
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第十話  希代のトラブルメイカー、健在

前回のあらすじ:


ナナシの真価を見抜き、スカウトしてくるオリーヴィア。

揉め事になるかと思ったそこへ、なんとエリスが登場!

「と、とにかく一旦、離してくれっ」


 俺はエリスと名乗った美女に訴えた。

 情けない話、声が上ずってしまっている。

 仕方ないだろう! と言い訳させてもらいたい。

 絶世の美女にいきなり抱きつかれて、狼狽しない男がいたら、そいつは希代の女たらしに違いない。

 一方、俺ははっきり女性に免疫がない。

 グイグイ来られたらタジタジにさせられるばかりだ。


 これがモモやリンゴなら、まだしも平静を保てる。

 二人も確かにスキンシップは多いんだが、それは「同じカーマイナー教室の家族」へ向けた親愛の情でしかないことが、はっきり伝わってくる。

 二人が男の俺やヒイロに対して平気でベタベタしてくるのも、大家族で育った人間特有の気質、遠慮のなさなのだと思う。

 実際、モモもリンゴもカーマイナー教室以外の男たちに対しては、むしろ壁が高いくらいだしな。

 

「ダメよ、絶対に離さない。また逃げられたら堪ったものじゃないもの」


 しかしエリスは俺の訴えを却下し、ますます強く抱きついてきた。

 ますます押し当てられる女性の体の柔らかな感触に、俺はますます狼狽させられる。

 仕方ないだろう! 俺だって若い男なんだ。


「に、逃げる? 俺が? 君から? どういうことなんだ……?」

「あたしのこと憶えていないの? そっちこそどういうことなの?」

「そ、それは……」


 上目遣いになった絶世の美女に、のぞき込むように顔色をうかがわれ、免疫のない俺は気恥ずかしくて仕方がない。

 歯切れも応答も悪くなる一方だ。

 そんな俺を見かねてか、ヒイロたちが代わりにエリスへ説明した。


「ナナシは――こいつは記憶喪失なんだよ!」

「一か月ちょっと前に、学苑の前で倒れていたのを、アタシたちの先生がひろったの!」

「もし以前のナナシ君のことをご存じなら、教えてくださいっ」


 というヒイロたちの訴えに、しばらく耳を貸すエリス。

 オリーヴィアたちジェリド教室の面々も、俺の置かれた状況を知って配慮してくれたか、黙って様子を見守っている。

 そして、エリスは説明を聞き終えるや――ニタァと口角を吊り上げた。

 ただし本当に一瞬のことだ。錯覚かと思ってしまいかねないほどの。

 でも俺は見逃さなかった。

 オリーヴィアを女狐と例えるならば、エリスのそれはまさに魔女の妖笑。

 底知れない恐ろしさという点では全く格が違い、俺は総毛立ってしまった。


 しかもエリスは一転してしおらしい顔を作ると、


「哀しいわ、マグナス! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 嗚呼、悲劇! とばかりに俺の胸へ頭を預けて嘆いた。


「「「えええええええええええええええええ!?」」」


 俺の「婚約者」を名乗るエリスに、ヒイロとモモ、リンゴたちがどよめく。

 逆に俺は驚きすぎて声も出せない。


 そんな俺たちの反応を気にせず、今度はエリスが説明する番だった。


「あたしはカジウ諸島を本拠に持つゼール商会のお嬢様。一方、マグナスはあたしの従兄弟に側近として仕える、未来の番頭候補の一人だった。初めて会ったのは一昨年のことで、あたしの誕生日パーティーに出席できない従兄弟に代わって、プレゼントを届けてくれた(中略)知ってる? ゼールは海賊商会の異名を持つヤクザ企業で、あたしはそんな稼業を心底軽蔑していた。でも党首の娘として生まれた以上は、いつかはヤクザ商会に相応しい悪辣な夫をもらって、お父様の後を継ぐしかなかった。そんなあたしの秘めた悲しみをマグナスは察して、案じて、一緒に逃げようと誘ってくれた。将来を嘱望されている男が、それを袖にしてまでよ? あたしがどれだけ感動したかわかる? (中略)もちろん安易に家を出たところで、すぐに荒事に慣れた社員たちに捕まって、連れ戻されるのがオチ。だからマグナスはあたしのために、綿密な逃亡計画を立ててくれて、好機を待ったの(中略)ヤクザ者ばかりの商会の中で、マグナスは場違いなくらい優しい男だった。何よりあたしのために、誠実に相談に乗ってくれた。そんなあんたに、あたしはいつしか恋心を秘めるようになった。女心に疎いあんたは、ちっとも気づいてくれなかったけれど! (中略)ようやく好機が訪れて、マグナスは『行こう』って迷いなく手を差し伸べてくれた。でも、あたしはすぐにはその手をとらなかった。真剣に言ったわ。『ただの逃亡じゃなくて、駆け落ちにして』って。『逃げたその先で、あたしと結婚して』って。『じゃないとあたしは逃げない。あんたと結婚できないなら、他の誰としても同じ。地獄。だったらここに残るのと変わらない』って。あんたはさぞ驚いたでしょうね。でも、すぐに承諾してくれた。あたしは今度こそ躊躇なく、あんたの手をとった(中略)波乱万丈の逃避行の果てに、あたしたちはどうにかガクレキアンキにたどり着いた。そして小さな家で、幸せな二人暮らしを始めたのよ」


 ――と。

 エリスは立て板に水をかけるが如く滔々と、早口でも十分を超える長い長い馴れ初め話をまくし立てたのだ。

 聞いたヒイロたちはやんやの喝采で、


「そんな過去があったなんて、おまえも隅に置けないじゃねえか、ナナシ!」

「ビッグロマンスってやつね!」

「憧れちゃうわあ~」


 俺のことを囃し立てたり、うっとりした目で見つめてきた。


 一方、俺は空気に流されそうになったのを、すんでで踏み堪える。

 確かに作り話には聞こえなかった。もしエリスが今のを即興で思いつき、しかも淀みなく語って見せたのだとしたら、とんでもないことだと思う。

 でも一点、釈然としない部分があって、


「さっき君が、俺のことをもう逃がさないと息巻いていたのと、矛盾しないか?」

「話は最後まで聞いて! あたしとしてはマグナスとの二人暮らしは、本当に幸せだった。正式に結婚するまで、秒読み段階だと思ってた。でも、あんたの方は違ったの。新しい土地に来て、なかなか職にありつけなくて、生計を立てられなくて、持って逃げてきたお金もどんどん減る一方で、苦心していたの。あたしは日雇いでもなんでもいいから、共働きしようって提案したんだけど、マグナスは『大商会の令嬢だった君に、そんな苦労はさせられない』の一点張りで。あんたって生真面目すぎるところがあるでしょ? だから、思いつめちゃったんでしょうね。ある日、『ちゃんとした仕事が見つかるまで帰らない』って書置きを残して、いなくなっちゃったのよ。あたしを想っての行動だとはわかるけどさあ、取り残されたあたしの方の気持ちもわかってくれる?」


 エリスは拗ねるような、それでいて甘えるような口調で、恨み言をぶつけてきた。

 猫が甘噛みするように、俺の胸を軽く叩いた。


「確かにナナシ君なら、そういうところありそう……」

「しかも女心がわかんないヤツだしね! その場が目に浮かぶようね!」

「ンでその仕事を探してる最中に、なんか事故って、記憶喪失になって倒れてたってわけか?」


 リンゴが納得顔で苦笑いし、モモとヒイロもウンウンと相槌を打っていた。


「あたしがどれだけ心配して、どれだけ探し回ったと思う?」


 エリスはそう言って、背伸びしてキスしようとしてくる。

 そうは言われても身に覚えのない俺は、必死になって背を反らして逃げる。

 情けないことに、抱き締められたまま振りほどくこともできない。

 記憶がないためか、とにかく女性の扱いを知らない俺は、男の力で乱暴をすれば、怪我をさせてしまいそうで恐い。


「いつまで逃げるつもり、マグナス? 職探しもいいけど、今度こそ祝言を挙げてもらうわよ?」

「待て! 待ってくれ!」


 当然の如く要求してくるエリスに、俺は首を左右にブンブン振る。


「俺はカーマイナー先生にひろってもらった。命の恩人だ! そして先生の教室は今、解散の危機にある。俺はそれを回避したい。微力ながら、ヒイロたちと一緒に〈叡智の塔〉を攻略しなきゃいけないんだっ」


 エリスは身に覚えのない義理を迫るけど……同じ義理でもこちらは俺が心底から果たしたいと思っている。

 だから、塔の攻略は譲れない。


「ふーん? 面白そうな話ね。詳しく聞かせて?」


 エリスはてっきり機嫌を悪くするかと思ったが、むしろ瞳を輝かせた。

 変わり者だと正直、思った。

 ともあれ、かいつまんで事情を説明。

 するとエリスはますます興味津々となった。

 あまつさえ、


「〈賢者〉の資格を問い、命懸けの試練を課す神秘の塔! 挑戦し甲斐があるわね、ぜひあたしも参加させて?」


 などと言い出すではないか。


 いったい何を考えているのか?

 大商会のご令嬢の発言とは到底思えない。

 俺は驚くと同時にますます訝しく思い、まじまじと見つめる。


 また事ここに至り、オリーヴィアが口を挟んできた。

 俺ののっぴきならない事情を知って、黙って見守ってくれていたジェリド教室の面々だが、さすがに聞き捨てならなかったらしい。


「冗談ではないわ! どこの馬の骨とも知れない女を試練に同行させるなんて、私は賛成できない」

「あら? どこのどちら様?」


 エリスはオリーヴィアへ見せつけるように俺にしなだれかかると、挑発的な眼差しをオリーヴィアへ向けた。

 女性二人が視線と視線で火花を散らす様を、俺は幻視した。

 そして――


「学苑生でもないあなたにこの価値は理解できないでしょうけど、敢えて名乗って差し上げる。ジェリド教室のリーダーの、オリーヴィアよ。そこのヒイロたちカーマイナー教室と同盟を組んで、塔を攻略中なの。ナナシ君の婚約者だかなんだか知らないけれど、部外者の出る幕なんてないのよ?」

「つまり、どこの馬の骨とも知れない学生サンってことね」

「ハァ!?」

「ねえ、マグナス。こんな連中と同盟なんてしなくても、あたしとあんたが知恵を合わせれば、不可能なんてないわ? こんな連中は放っておいて、カーマイナー教室? のみんなとあたしたちだけで塔へ行きましょ」

「身の程知らずの女ね! 〈賢者〉の修業を積んでもいない部外者に、いったい何ができるというのよ」

「それを今から証明してあげるわ。あたしとマグナスがどんどん塔を登っていくところを、地面で指をくわえて見てなさいな、オリーヴィアちゃん?」


 エリス、オリーヴィア、ともにプライドが高くてキツい性格をしているのだろう。

 互いに言葉の角を突き合わせ、バチバチに言い争う。

 まあ、目を吊り上げているオリーヴィアに対し、エリスは嫣然と微笑んでいられる余裕があるのだが。


「もし口ほどにもなく、ただの一階も攻略できなかったら、どうしてくれるのかしら?」

「同盟に水を差してごめんなさーいって、地面に額をこすりつけて謝ってあ・げ・る」

「それは見物ね! 楽しみにしてるわっ」

「ちなみにあたしが有言実行しても、別にオリーヴィアちゃんは何もしなくてもいいわよ? お山の大将のことなんか眼中にないし、謝罪にだって銅貨一枚分の価値もないから」

「どこまでもナマイキな女!」


 オリーヴィアはもう憤懣やる方ない様子で、乱暴にきびすを返した。

 肩を怒らせて帰っていった。

 おかげでジェリド教室の学生たちが、


「オイ待てよ、オリーヴィア!」

「同盟はどうなるのよっ」


 と慌てて後を追っていく。

 教室の女王様(リーダー)に、普段から振り回されているだろうことが偲ばれる。


 また慌てたのはヒイロも同様。

 何しろオリーヴィアは初恋の相手で、今でもお願い事をされたらなんでも、調子に乗って請け負いかねない奴なのだ。


「待ってくれ、オリーヴィア! 勝手に決めないでくれよ!」


 と追いすがろうとした。



 だがすかさず阻止するモモとリンゴ!!



「オリーヴィアが身勝手なのは今に始まったことじゃないんだから、好きにさせときなさいよ!」

「去る者は追わずよ、ヒイロ君」


 姉妹でヒイロをガッチリと挟み、オリーヴィアの後を追わせない。

 この同盟は元々ヒイロが勝手に決めたもので――二人は反対こそしなかったけれど――内心は面白くなかったのだろう。

 オリーヴィアに対してヒイロが鼻の下を伸ばすたびに、妙にイライラしていたし

 モモもリンゴも、そもそもオリーヴィアという人間が好きじゃないに違いない。


 またエリスもヒイロに向かって茶目っけたっぷりにウインクすると、


「あたしの方が頼りになるから、大船に乗った気でいなさいな。マグナスの命の恩人なら、あたしにとっても恩義があるしね。全力で助太刀してあげる」

「そ、そこまで言うなら、お手並み拝見だぜっ」


 ヒイロは表面こそ素直じゃない態度をとったが、案外すんなり呑み込んだ。

 というか急に頬を赤くしていた。

 まあ、要するに美人に弱いんだろうな……。女性に免疫のない俺に批判する資格はないけど。

 ヒイロを見るモモとリンゴが半眼になっていた。


 ともあれ――妙な状況になってしまった。

 突然現れた謎の美女に、大いに引っかき回されてしまった。


「さ、早く行きましょうよ。あ~、どんなギミックがあるのか楽しみ!」


 そのエリス一人が愉快そうに、天へそびえる塔へ、さっさと向かっていく。

 カーマイナー教室への恩義がウンヌン言っていたが、そんなのはただの建前にしか見えないな……。

 俺は美女の背へ半眼を向けた。

次回もお楽しみに!

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拙著「追放村」領主の超開拓、のコミカライズ連載が始まりました!
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