第五話 登塔! 登塔! 登塔!
前回のあらすじ:
初めての〈叡智の塔〉への挑戦。
難題だった試練を、しかしナナシの機転で突破!
翌日からももちろん、俺たちは塔の攻略に挑戦した。
テッドら三つ子も変わらず協力を申し出てくれて、頼もしい限りだ。
「水臭いこと言わないでくださいよっ」
「それに俺たちだってガキ時代からの念願叶って、〈叡智の塔〉で冒険できるんだ!」
「お礼を言うのはどっちかって話でさあ」
うれしいことを言ってくれたし、実際彼らはやる気満々、冒険を楽しむつもりだった。
そして二十二階の試練の内容は、「迷路を制限時間内に脱出する」というものだった。
「こういうのはアラバーナで散々やりましたから、僕たちに任せておいてください」
「紙にマッピングしてくんだけど、こいつが簡単そうに見えて、正確に書くのはコツがいるのよ!」
「体感ってやつぁ、誠に当てにならないもんでしてね。そんで紙に書き出した図と実際の迷路に、少しでもズレがあれば台無しなんでさあ」
石レンガの壁と石畳でできた迷宮を、三つ子たちの先導で進んだ。
彼らが用意してきた大量の紙に、慎重にマッピングしていった。
俺やヒイロたちは大船に乗った気分で、ベテラン冒険者に任せていた。
ところが――
「あ、あれ……さっき通ったところ、十字路じゃなかったっけ? 三叉路だったっけ?」
「まさか時間経過で迷路の形が変わるタイプか!?」
「こいつぁいけません。ラムゼイさんでもなけりゃあお手上げのやつでさあ」
と三つ子たちは悲鳴を上げて降参した。
〈叡智の塔〉の試練が如何に困難か、その洗礼みたいなものだ。
仕方なく俺は知恵を絞る。
……いや、そんな格好つけたものではないな。
ふとした思いつきをヒイロに試してもらう。
「こんな石レンガの壁なんか、ヒイロの〈ストーンⅡ〉なら簡単に穴を開けられるんじゃないか?」
「その発想はなかったぜ、ナナシ!」
ヒイロが意気揚々と呪文を唱え、壁に向かって〈ストーンⅡ〉を撃ち放つ。
果たして壁に大穴を開けることに成功する。
その調子で〈ストーンⅡ〉を連発してもらい、行く手の壁に次々と穴をあけて、俺たちは迷路を真っ直ぐ貫通するように進む。
そして、あっさりとゴールすることに成功した。
翌日は二十三階に挑戦した。
広大な砂漠のような空間に飛ばされ、「〈魔石〉を入手する」のが試練の内容だった。
〈ジニアスアバター〉の説明では、あちこちに埋もれている普通の石の中に、一つだけ魔石が混ざっているという。
今回は制限時間がないことから、探索には何日も何か月もかかるのではないかと想起された。
「これも人海戦術でやるしかない試練じゃないのよ!」
「たった七人で、たった一個の魔石を見つけ出せって!? この砂原から!?」
モモとヒイロが真っ青になって悲鳴を上げた。
しかし、ここでも俺は一計を案じる。
「一旦、町に戻らないか?」
「何か考えがあるんだな、ナナシ? オイ、〈ジニアスアバター〉! ギブアップだ、試練を中止してくれ!」
ヒイロが申告すると、俺たちは一瞬で塔一階のエントランスホールに転移させられる。
このように塔の試練は途中、いつでも諦めることができるのだと、事前にヒイロたちに聞かされていた。
それで俺たちは町に戻り、急いで商人から魔石を買い求めることにした。
魔石という〈アイテム〉は、確かに安価ではない。
しかし、そう希少というものではない。
サイズにもよるが、ランクにすればFくらいだ。
そして塔の攻略のため〈賢者〉の卵が集まるトウシタでは、〈MP〉を肩代わりしてくれる魔石は常に需要があり、商人たちもこぞって行商に来ているという理屈。
だからあっさり入手できて、俺たちは二十三階の試練の再挑戦し、〈ジニアスアバター〉にその買ってきた魔石を提示した。
『確かに魔石だ。試験突破と認める』
〈ジニアスアバター〉の宣告に、ヒイロとモモが大声で快哉を上げた。
この試練にもまた抜け道があったというわけだ。
さらに翌日は二十四階に挑戦した。
今度の試練は謎解き。
『一から千までの、全ての数字の合計値を答えよ』
制限時間は〈ジニアスアバター〉が三百を数えるまで。
内容を宣告されて、三つ子たちは最初からお手上げ状態。
ヒイロたちもサーッと蒼褪める。
「マジかよ!? ど、どうするっ、モモ? リンゴ?? ナナシ???」
「みんなで手分けして計算して、最後に合計するしかないでしょーが! アタシたちだって賢者見習いの端くれってコト、見せてやりましょっ」
「待って、二人とも! 今回も一旦持ち帰って、宿でじっくり計算と検算をするのはどうかしら?」
と三人でバタバタ意見を出し合う。
場合によってはリンゴの提案が最も確実だが、今回は必要ない。
「〈ジニアスアバター〉、答えは五十万と跳んで五百だ」
俺はあっさりと答えを口にした。
『正答である。試練突破と認める』
〈ジニアスアバター〉もすぐさま宣告した。
「マーーーーーージか!?」
「す、スゴー……」
「さすがはナナシ君ね!」
「今の一瞬で計算したんですか!?」
「あんたが暗算の天才だったなんて知らなかったぜっ」
「本当に底の知れないお人でさあ」
ヒイロたちや三つ子たちが仰天し、また俺を絶賛する。
「いや、スマン……この計算は簡単な解き方があって、俺はそれを知ってただけなんだ」
なので、あまり持ち上げられるのも面映ゆい。
暗算も苦手な方ではないが、さすがに天賦の才など持ち合わせていない。
「『1』と『1000』を足せば、『1001』になるだろう? 『2』と『999』を足しても『1001』で、『3』と『998』を足しても『1001』だ。こんな風に一から千の、頭と尻から順番にペアを組んでいけば、足して『1001』になるペアが五百組あるという構図になる。ならば『1001』掛けるの『500』で答えは『500500』だ」
「あっ……」
「い、言われてみるとシンプルね……!」
「うふっ。ナナシ君はいつも図書館で熱心に勉強しているだけあって、本当に博識ね」
俺の説明を聞いても三つ子たちはまだ「???」となっていたが、ヒイロたちはさすが賢者の卵だけあってすぐに呑み込んだ。
「百年ほど前に、ガウスという数学者が発案したらしい。初代賢者ジニアスの時代には生まれていない計算法だから、試練になると思ったのだろうな」
おかげで楽々と突破できた。
試練の中には他にもこういった、時代遅れになっているものも少なくないかもしれないな。
まあ、逆の例もありそうで恐ろしいが……。
◇◆◇◆◇
「生還者の笑顔」亭に帰った俺たちは、三つ子たちも交えて早い昼食をとった。
今日は一瞬で試練を突破したため、時間が余ってしまったな。
「このチョーシならもう一階、チャレンジできるんじゃない?」
とモモが調子のいいことを言い、ヒイロが「〈MP〉も満タンだしな!」と賛同していたが、長女役のリンゴが弟妹たちを窘めた。
「張り切る気持ちはわかるけど、精神的な余裕は大事だと思うの。今日は自分へのご褒美だと思って、ゆっくりしましょ?」
おっとりとした笑顔で言われ、ヒイロとモモも素直に納得する。
俺はといえば――どうもせっかちな性分のようで――午後から挑戦を続ける案に賛成だったが、まあリンゴの反対を押し切ってまでしたいとは思わない。
一方、三つ子たちは何やら落胆した様子で、
「ここ三日ほど、僕たち何も役に立ってません……」
「冒険してる気も正直しねえ……」
「やっぱり賢者になるための塔だけあって、あっしら門外漢には用のねえ場所ってことなんでしょうか……」
俺たちへの申し訳なさもあれば、忸怩たる想いもあるのだろう、ションボリしつつランチのサラダをつついていた。
「いえ、でも二十一階ではテッドさんたちに、本当に助けていただきましたし……」
「リンゴの言う通りだ。試練の内容はランダムで、たまたま機転や知識であっさりクリアできる課題が続いただけだ」
俺は別にフォローのつもりで言ったつもりはないが、テッドたちは安堵した顔で「これからも頑張ります」と請け負ってくれた。
さらに続けて、
「僕たちは一つもイイトコなかったですけど、ナナシさんはさすがの機転でしたね!」
「記憶喪失だろうとなんだろうと、やっぱオツムのデキが常人とは違うんだなー」
「そこに痺れるし憧れまさあ」
またも、やんやと絶賛する。
たまたま四回上手くいっただけだ、あまり持ち上げてくれるな。
「実際、上手くいきすぎているように、俺には思えてならない。〈叡智の塔〉への挑戦は、命懸けになると学苑で散々に脅された。しかし、多少なりと脅威を覚えたのは二十一階だけだ。これでは叡智ならぬ〈頓智の塔〉だ」
その二十一階だって、焦ったヒイロが防御を捨てようとか無茶を言い出さなかったら、盤石で戦うことができた。
無論、レベル1の〈魔法使い〉でしかない俺が一人で挑戦していたら――たとえ逃げ回ったとしても――あえなく命を落としていたかもしれない。
しかし学苑生だって、多人数で挑戦するのが常識なのだろう?
精鋭揃いとはいえ戦力たった三人のカーマイナー教室ですら、未だ命の危機を覚える場面に出くわしていないのだ。
これでどうして命懸けだと、学苑では口を酸っぱくして言われているのだろうか?
つまりは塔の厳しさ――もっと言えば悪意のようなものが、どこかに潜んでいるのではないか?
俺にはそう思えてならない。
「ナナシは心配性だなー」
「しょうがないでしょ、こいつ戦力的にはペーペーなんだし」
「でもお姉ちゃんはナナシ君の言う通り、石橋を叩いて渡るくらいの気持ちで望んだ方がいいと思うなあ」
「俺の考えすぎなら、それはそれでいいんだ」
危険はないに越したことはないのだからな。
ともあれカーマイナー教室の面々は、リンゴが常にストッパー役になって、ヒイロとモモも案外に言うことを聞くので、無茶は慎むという方針を改めて話し合った。
◇◆◇◆◇
そして翌日、俺の悪い予想は的中してしまった――
当初は順調だったんだ。
俺たちは七人で、二十五階の試練に挑戦した。
内容は「〈アイアンゴーレム〉の討伐」で、〈ジニアスアバター〉が千数えるまでの制限時間と、挑戦できるのは三十人までという制限人数を課された。
二十一階の時と同じ、広大な平原の如きステージ。
違うのは、地中から出現したのが鋼鉄の戦闘人形であること。
「みんな、気をつけろ! 金属製のゴーレムは、魔法に対する強い〈耐性〉を持っているのが相場だぜ!」
「ンなことくらい言われなくてもわかってるわよ、ヒイロ!」
「わたしたちの天敵ね。いつもより慎重に行きましょ」
ヒイロの号令で、モモとリンゴも表情を引き締める。
一方、
「アイアンゴーレムなら、僕たちは何度も斃したことがあります!」
「〈耐性〉は持ってても〈無効化〉じゃない。だったら手数で押せばいいんだって、アラバーナで恩人に教わったんだ!」
「あっしらの魔剣の錆にしてやりまさあ」
三つ子たちが、今日こそお役に立てるとばかりに張り切る。
「前衛はテッドたちに任せ、俺たちは支援に徹しよう」
俺の提案にヒイロたちがさすがの反応を見せ、素早く三つ子たちに魔法のバフをかけていく。
例によって打ち合わせなしに数種類の強化魔法を分担する、息の合った連携を見せてくれる。
ちなみに俺は、〈アイアンゴーレム〉相手にできることがない……。
使えるのは〈ファイア〉一つきりで、Ⅰ系魔法では雀の涙ほどのダメージも与えられるかどうか。
情けないことだが……せめて後方から戦場を注視し、白兵戦や魔法に集中する皆の代わりに、状況に応じた指示を出せるようにしたい。
そう考えたのだが、〈アイアンゴーレム〉相手にその必要はなかった。
三つ子たちが何度も斃したと豪語しただけあって、まるで解体作業の如く手早く討伐したのである。
無論、ヒイロたちの強化魔法も実に効いていた。
『制限時間、制限人数内での討伐を確認。試練突破と認める――』
〈ジニアスアバター〉が厳かに宣言する。
受けてヒイロたちや三つ子がワッと喜声を上げた。
だが、〈ジニアスアバター〉の宣言には続きがあった。
『――さらに汝らは短期間において、五つの試練を突破した。ゆえに〈特別〉試練として、一足飛びに三十階への挑戦を許可する』
――と。
予期せぬ状況に、俺たちは全員、一瞬、固まる。
そんな俺たちの混乱など素知らぬ顔で、初代ジニアスの似姿は〈特別〉試練の内容を宣言した。
いつものように厳かに、だが憎らしいほどの冷淡さで、
『時間も人数も問わぬ、〈ミスリルゴーレム〉を討伐せよ』
――と。
この〈叡智の塔〉の本性を、悪意を、ついに剥き出しにしたのだ!
「みっっっ、〈ミスリルゴーレム〉だって!?」
「今じゃほとんど現存しないバケモノじゃないのよっ」
「テッドさんたちは、討伐したことがおありですか!?」
「無理です! 確かにアラバーナでは幾度か見かけましたけど、僕たちの手に負える相手じゃない!」
「恩人たちでさえ苦戦しながら倒してたのを、俺たちは後ろで見てるしかなかった!」
「いっそ制限時間いっぱいまで、逃げ回りやしょう! い、いや、今回はその宣告がなかった……!?」
パニックになるヒイロたちと三つ子。
その間にも、銀色のゴーレムが地中から出現する。
あくまで学苑の図書館で読んだ知識だが――
こいつは極めて高い〈防御力〉と、魔法や状態異常に対する絶対的な〈耐性〉を持つ、死の具現ともいうべき戦闘用ゴーレムだ。
三つ子たちが持つランクAの魔剣では、かすり傷をつけるのがやっとだろう。
攻撃魔法だとて、俺たちが習得していないⅢ系魔法でさえ跳ね返すという。
魔法使いの天敵という点では、〈アイアンゴーレム〉の比ではない!
俺の悪い予想が的中していた。
それも二つも。
時代遅れになる試練があるならば、逆もある――
やはり今の時代では攻略困難な試練も存在したのだ。
初代賢者ジニアスの時代ならば、つまりは先の魔王との大戦の時代ならば、攻撃魔法をカスタマイズし、〈耐性貫通〉を付与することで、金属製ゴーレムにダメージを与えることもできたという。
だが学苑の図書館で読んだ限り、その技術は既に失伝していると……。
「ギブアップだ! 挑戦中止だ!」
ヒイロが金切り声になって叫んだ。
勝手に決めるなと怒る者などいなかった。
きっと皆が同じ思いだった。
なのに、
『汝ら将来有望な賢者の卵たちのみに与えられる、一気に五つの階を登塔できる好機だ。みすみす諦めるものではない。挑戦せよ』
と〈ジニアスアバター〉はその申告を却下した。
いつも通りの表情で口調で、悪意以外の何物でもない台詞を吐く様は、不気味などという言葉では言い表せないほどゾッとするものがあった。
「とにかく逃げて!」
テッドが全員に向かって叫んだ。
その瞬間には、〈ミスリルゴーレム〉は三つ子の長兄に肉薄していた。
これも学苑の図書館で読んだ通り――〈ミスリル銀〉は比較的に軽いため、こいつは金属製のゴーレムとは思えないほどの俊敏性を持っているのだ。
そして拳を振り上げると、剛腕一発でテッドを殴り飛ばした。
テッドはまるで木の葉の如く宙を舞い、地面に叩きつけられ、ウンともスンとも言わなくなった。
殴られた上半身が、下半身に対してあり得ないほどねじ曲がっていた。
「兄貴!」
「兄サン!」
マッドとラッドが絶叫する。
一方、〈ミスリルゴーレム〉は次の獲物を求め、彼らに顔を向ける。
その瞬間には、俺はもう跳び出していた。
理屈じゃない。
だってそうだろう? 後衛の俺が前に出て、何をするというのだ。
にもかかわらず、これ以上の犠牲者を出してなるものかという想いに、俺は衝き動かされていたのだ。
理屈屋だという自覚のあるこの俺がだ!
「おおおおおおおおおお!」
俺はらしくもなく雄叫びを上げ、突撃してゴーレムの腹へ拳を叩きつけた。
極めて硬いミスリル銀製の化物相手に、素手で殴ったところでダメージなどない。
俺の拳が痛むだけ。
でもこの蛮勇のおかげで、〈ミスリルゴーレム〉の注意を惹きつけることができた。
「GOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
どこに発声器官があるのか、ゴーレムもまた雄叫びを上げて俺に殴りかかってくる。
次々と繰り出される両の拳を、俺は右へ左へ遮二無二避ける。
そう、もう必死だ。
しかしその覚悟が功を奏したか、とにかく俺は〈ミスリルゴーレム〉の猛攻を凌ぎ続けることができた。
「なんで〈魔法使い〉のあいつが、あんな真似できるんだよ!?」
「いいからとにかく、ナナシにもバフをかけるわよ!」
「神は仰せになった。『汝を脅かすものは全て、我が威を畏れ、汝を避けて通る』と……」
ヒイロたちから矢継ぎ早に、強化魔法が飛んでくる。
時折手痛い一発をもらった時は、すぐさま回復魔法で援護してくれる。
まったく頼もしいったらない!
「スゲエ……なんて体捌きだ、俺たちよりスゲエ!」
「まるで本職の前衛みたいでさあ」
ベテラン冒険者のマッドたちが、脱帽した様子で言う。
でも彼らの言う通り、もしかしたら記憶を失う前の俺は、何か前衛職だったのかもしれない。
この一か月というもの、殴り合いなんて蛮行はする機会がなかったので、この土壇場まで自覚できなかったが。
とにかく、だったら今はこの「肉体」の言うがままに動き、戦う。
それでいて身上の「理屈」をプラスする。
ただの剣に魔力を付与することで、強力な魔剣が誕生する。
だったら俺のこの拳にも、魔力か何かを付与して強化することはできないだろうか?
そう考え、模索した時に、俺のみぞおち辺りで燻る何かの力を感じた。
眉間より生まれる魔力とはまた違う、魔力には及ばずとも無視できない「何か」だ。
俺は魔力の如くその「何か」を高め、練り上げた。
学苑で日々磨いた魔力のコントロール技術と、同じ呼吸だ。
無論、すぐには上手くいかない。
集中……集中だ。
俺ならできると、暗示をかけろ。
そう、例えば――
「ア・ウン・レーナ」
魔法を使う時同様に、即興の呪文を唱える。
すると、どうだ!
その「何か」が爆発的に高まり、腹の底から込み上げてくるではないか。
俺は歯を食いしばり、その「何か」を拳に宿らせ、〈ミスリルゴーレム〉に叩きつける。
「哈ッ!!」
その一撃は期待以上の衝撃を生み出し――ミスリル製のゴーレムの腹に亀裂を生んだ。
通常攻撃にも魔法攻撃にも極めて高い耐久性を持つ、この化物へダメージを与えることに成功したのだ。
金属製ゴーレムには唯一、打撃が有効であること。ヒイロたちの強化魔法を何重にももらっていること。俺がどうやら〈武道家〉のような、格闘戦が得意な前衛職であったこと。そして、丹田から生まれるこの魔力に似た「何か」――
等々、様々な要素が複合(あるいは相乗)した結果であろう。
「行ける! こいつ斃せるぞ、ナナシ!」
ヒイロが快哉を上げた。
その通りだ。ダメージが通るのならば、殴り続ければいつかは斃せる。
今回の試練は、制限時間もない。
斃す手段がないならエンドレスの地獄だが、今やそれが突破口になっている。
それでも〈ミスリルゴーレム〉はタフなモンスターで、討伐までさぞ時間がかかることだろう。
しかし、もはや時間の問題でしかない!
「哈ッ!!」
俺は何度も傷つき、何度もヒイロたちに癒され、何度も拳打を、掌打を、蹴打を叩きつけ、ついには〈ミスリルゴーレム〉を粉砕することに成功した。
それを見てヒイロが、モモが、リンゴが、マッドが、ラッドが、喜びを爆発させた。
次回もぜひお楽しみに!